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戦国小町苦労譚

千五百八十年 一月下旬

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一月も半ばを過ぎれば、多くの者は正月気分が抜けて定常の業務へと戻っていた。

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未だ正月を引きずる者たちは、過ぎ去った日々を惜しみながらも仕事に励んでいる。

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静子も日々齎(もたら)される多くの報告書を捌きつつ、情報収集と分析に勤めていた。

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そんな折に、奥州(おうしゅう)(陸奥(むつ)国の別称であり、現在の青森、秋田、岩手、宮城、福島と非常に広い範囲を指す)でのいくさが中断しているとの報告が届く。

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最上家が停戦を申し出たという話であれば理解もできようが、終始いくさを優位に進めていた伊達家がこれに応じたというのが不可解であった。

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些細な情報であっても報告するよう命じたところ、半月近く経ってようやく停戦合意が為された理由を知ることとなる。

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「寒さが限界に達し、いくさを継続できなくなったのか……」

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根本的な原因は冬季の厳寒にあった。

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例年通りの寒さであったならば十分に対策を講じていたのだが、稀にみる暴風と豪雪に見舞われ外出すら困難な状況に陥った。

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横殴りに吹き付ける烈風が容赦なく体温を奪い、降りしきる雪と強風によって巻き上げられた積雪が吹雪となって視界は真っ白に染まるのだ。

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安全な建物から数歩進むだけでも遭難の可能性があるほどの事態に、流石の奥州人とていくさをしている状況ではないと悟った。

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一時的に停戦しようにも相手あってのことだけに容易には運ばない。

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特に劣勢な最上側が申し出たところで受け入れられるとは考えられず、双方の徒(いたずら)な消耗を避けるためにも伊達側から和睦の使者を派遣した。

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最上からすれば願ってもない申し出だけに警戒しつつも賛同し、春になって雪解けを迎えるまでの期間停戦することで合意する。

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敵に塩を送る形となった和睦だが、伊達家にとっても相手に隠しておきたい危難が訪れていた。

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それは尾張で買い付けた鉄の延べ棒を国許へと持ち帰り、伊達家自慢の大身槍(おおみやり)の穂先や火縄銃の火蓋や引き金などの機関部品へと加工したことに起因する。

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尾張の鉄鋼で作られた穂先は鋭く、素晴らしい切れ味を誇っていたのだが、氷点下を大きく下回る酷寒の状況になって様子が一変した。

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吹雪に見舞われ撤退してきた将兵たちが、武具の手入れをしようと凍り付いた槍の穂先を軽く叩いた瞬間だった。

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キンというガラスを叩いたかのような高く澄んだ音を立てて、強靭なはずの穂先が折れたというより割れてしまった。

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原因は分からないものの、同時期に製作された武具の全てにおいて、この異常な劣化が見られたこともあって伊達家としても停戦を望んでいたのだ。

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これは後に判明することだが、尾張の製鉄では大量生産を実現すべく様々な土地から鉄鉱石を買い付けており、偶然にも伊達家が買い求めた鉄鋼は燐(りん)を多く含んでいた。

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燐を多く含む鉄製品には冷間脆性(れいかんぜいせい)と呼ばれる物理特性があり、本来鉄は強い衝撃を受けるとしなやかに曲がるのだが、低温下に晒されると曲がることなく陶器のように割れ砕けてしまうのだ。

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既存の鉄製武具は砂鉄を原料とし、たたら製鉄で鍛えられた鉄を用いており、こちらは雨水や地下水による浸食を受けて風化し砂鉄となるため、硫黄や燐が鉄に先駆けて溶け出すことから期せずして脱燐を実現していた。

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「停戦した理由は判りました。しかし、こちらへの報告が遅れたのは頂けない。報告の遅れに対して抗議して下さい」

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「承知いたしました」

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両家のいくさについては双方だけで争っているため、静子が直接口を挟むことではない。

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しかし、両家のみが対峙(たいじ)する場を作り上げたのは静子であり、織田家の全面協力あってこそ成り立っていることを忘れてはならない。

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故にたとえ事後承諾という形であったとしても、静子が問い合わせをする前に報告すべきであり、遅きに失したことに対して苦情を申し入れる必要があると静子は判断した。

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先方にも非常事態という事情もあるだろうが、それは報告を疎かにして良い理由にはなり得ない。

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仮にこの怠慢を見逃せば距離的な都合も相まって、織田家に対する軽視へと繋がる可能性すらあった。

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それは信長の統治に対する反逆であり、長ずれば再び戦乱を招くことになりかねない。

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こうした経緯から静子は伊達家に対してかなり強く詰問する形で文を認(したた)めた。

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「伊達家についてはこれで良しと。この停戦を機に最上家が盛り返す可能性が出てきたけれど、それも含めて合意したのだから仕方ないよね」

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そう呟いた静子は朱印を捺(お)し、関東管領からの正式な文書たる朱印状として小姓に託した。

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書類仕事を切り上げた静子は、文机を片付けつつ静之と慶次を呼ぶように命じる。

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慶次については外出する旨の連絡が無かったことから呼び出しても問題ないのだが、事前に待機を伝えていない為に酒が入っている可能性があった。

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彼らには静之に関する込み入った頼み事を予定しており、世継ぎの将来を左右し得る真剣な話題であるだけに、酔いが回った状態ならば日を改める必要がある。

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出来る事ならば手が空いている今、しっかりと時間をとって話し合いたいと考えていた。

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「は……三位様、お呼びでしょうか」

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思わず母上と口から漏れそうになった静之だが、慶次ともども公式に招集されていることに気付いて言い直す。

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静子邸内でのことであり厳密には公の場ではないとはいえ、日頃の癖と言うのは非常時にこそ出てしまうため、公私の区別をつけるよう静之は心がけていた。

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公の場に於ける静子は織田家の重鎮であり、東国管領という雲上人である。

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元服を済ませたとはいえ、五位に過ぎない静之が迂闊(うかつ)に声を掛けることすら憚(はばか)られる存在なのだ。

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失敗が許される静子邸に於いて、無意識に区別できるようになるまで骨身に叩き込む必要があった。

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「慶次さんがまだ来られませんが、呼び出しに応じたからにはその内着くでしょう。まずは静之、貴方に仕事を任せたいと思います。慶次さんにはその補助について貰おうと考えています」

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「承知いたしました。一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

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「なんでしょう?」

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「側衆(馬廻衆の幹部)である前田殿を三位様の警護から外す程のお役目なのでしょうか?」

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「お役目というより、貴方の目付役というのが正しいでしょう。規格に染まらず自由奔放に振る舞っているように見えて、本当に重要な芯を外さない慶次さんだからこそ『学校上がりの優等生』たる貴方を監督するに相応しいと思ってのことです」

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静子は静之の最たる弱点として「対人関係」があると考えていた。

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静之は不幸な生い立ちからか、他者との関係性を構築することを苦手としている。

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更には静子の養子となってからも、立場上対等な交友関係を結ぶことが出来なかった。

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しかし為政者たらんと欲するならば、人との関りは避けて通れない。

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さりとて独り立ちを始めたばかりの静之に、全てを独力でやり遂げよと命じるのは流石に無体に思えた。

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そこで『転ばぬ先の杖』として、優しくも厳しく見守ってくれる先達(せんだつ)たる慶次に白羽の矢が立つ。

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「慶次さんは本当の優しさを心得ている方です。貴方の立場に気後れせず、嫌われることすら厭(いと)わず必要な助言をしてくれるでしょう。貴方は彼にできる限り頼らないよう励みなさい」

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「はっ!」

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「これから苦しいこともあるでしょう、言いたいこともあるでしょう、泣きたいこともあるでしょう、そうした時こそ慶次さんを頼りなさい。女である私には言えないこともあるでしょうから、腹を割って話せる相談役になってくれるでしょう。貴方が思い悩む多くの物事は、慶次さんもかつて乗り越えてきた道なのですから……まあ、お酒の力を借りることが多いかも知れませんね」

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「おいおい静っち、そいつぁ流石に人聞きが悪いってもんだ。俺が年がら年中酒を飲みたがっているようじゃないか?」

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いつから会話を聞いていたのか、静子の言葉に苦笑を浮かべながら慶次が部屋へと入ってきた。

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声を掛けられるまで全く気配を感じられなかったことに静之は驚くが、静子といえば慣れたもので表情一つ動かさない。

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「お酒を欲していないのなら、静之をお願いする付け届けとして準備していた酒と肴は蔵に戻すことにしましょうか?」

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「これは一本取られたな。静っちの折角の心付けだ、ありがたく頂戴するとしよう。男同士の会話には酒がつきものだからな!」

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痛い処を突かれた慶次は、己の額をぴしゃりと叩きながら軽口を返す。

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「凡(およ)その事情は把握していると思いますが、改めて慶次さんに静之の監督をお願いしたいのです。細かい要望は出しません、方法や判断についても全て一任します。必要とあれば拳が飛んだとて構いません」

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「それは構わないが、流石に一から十まで世話を焼いたんでは、コイツが成長する機会を奪うんじゃないかね?」

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「手取り足取り面倒を見ろなんて言いませんよ。慶次さんから見て良いことを成せば褒め、悪いことをすれば罰して頂ければ問題ありません。慶次さんは、最悪静之が致命的な失敗をする前に止めてさえ頂ければ十分です」

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「そういうことなら承ろう」

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「いくら私だって彼が元服した途端に突き放すような真似はしませんよ?」

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「なんだかんだと身内に甘い静っちのことだからもっと過保護になるのかと思っていたが、随分と割り切ったもんだと驚いてるんだ」

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慶次の思い描く静子像は、静之が失敗しないように先回りして道を整備し、彼がその道を歩いてゆく姿をはらはらしながら陰から見守るというものだった。

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ところが目の前の静子といえば、おそらく己が干渉したのでは甘さが出てしまうことを悟り、あえて信頼のおける慶次に静之を託すというのだ。

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「私が過保護になることで静之の成長を促せるのならば、いくらでも手を差し伸べますが、それでは自分の自己満足の為に子の成長機会を奪う虐待にしかなりません」

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「そこまでの覚悟があるなら俺も手加減はしねえ。それでも期待通りになるとは限らないってことだけは断っておくぜ」

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「ええ、それは彼次第ですから心得ています。せめて運が味方してくれることを祈っておきましょう」

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表面上は厳格な為政者を取り繕っているものの、白くなる程に握りしめられた拳が彼女の穏やかならぬ内心を物語っていた。

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その上で静子は慶次から一歩後ろに控える静之に視線を送る。

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己の行く末を左右する内容だというのに蚊帳の外であり、それでも口を挟まず沈黙を保っている姿に静子は彼の成長を感じていた。

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公的な場において静之が最も下位の立場にあり、上意下達の原則に鑑(かんが)みれば彼が口を挟むことは許されない。

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自分が迎える境遇に戦々恐々としながらも我慢を続けている静之に対し、静子は改めて水を向けた。

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「静之、貴方には様々な生い立ちの人々が一緒に働く部署へ研修に行って貰います。能力的な心配は要らないでしょうが、見識が広がることを期待していますよ」

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「はっ」

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静之の了承を以て会談は終わり、二人は連れ立って立ち去って行った。

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一人部屋に残された静子は、小さく息を吐いて呟く。

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「大人となってからが本番ですよ、静之」

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静之の研修は、およそ順調とは呼べない状況で始まった。

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静子が運営する学校に於いて、年齢や性別の異なる級友たちと交流をしていた彼だが、それは全員が最低限の教育を素地として持っていたからこそ成り立っていたのだと痛感する。

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日ノ本最高学府と銘打っていただけに、比較的裕福な環境で育った子女があつまっていた学校では、良く言えば粒ぞろいの生徒が共に学ぶ環境であった。

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しかし静之が配属された部署は、あまりにも彼の常識からかけ離れてしまっている。

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所属する人間は皆、生まれも育ちもバラバラであり、彼が常識と認識していた事柄が全く通用しなかった。

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静之は主計(かずえ)局の下部組織に当たる総務方(そうむがた)に研修生として配属されることとなる。

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静子軍の兵站(へいたん)部隊に対する経理及び補給業務を担う主計局に対し、総務方は食料、衣服、金銭の出納(すいとう)、施設の維持管理などを請け負う部署となった。

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言い方は悪いが要するになんでも屋であり、この部署を取りまとめる組頭(くみがしら)が異質過ぎた。

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男の名は杉下(すぎもと)作左衛門(さくざえもん)。

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尾張のうらぶれた孤村出身の百姓であり、それも八男(やおとこ)だというのだからその境遇は察するに余りある。

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苗字を名乗ってはいるが、組頭就任に際して賜った姓であり、彼の故郷では杉の巨木がご神木として祀ら(まつ)られていたことから名付けられていた。

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彼は静子が農業改革を行っていなければ口減らしに間引かれるか、家を出て何処(いずこ)かで野垂れ死ぬ運命にあった男だった。

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(どうして仕事が回っている? これほどまでに身の上が異なる者を寄せ集めれば、意見の対立が起きても不思議ではないはずだ。どうやって組頭は取りまとめているのだろう?)

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割り振られた仕事をこなしながら静之は混乱していた。

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主計局が帳簿上の数字を扱うのに対し、総務方では実際の物資を扱っている。

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始業の挨拶にて静之は皆に軽く紹介され、その後は組頭について回りながら都度振られる仕事に従事していた。

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明らかに困惑しながらも、黙々と作業を行う彼の姿を慶次はギリギリ視界に入る範囲で見守っている。

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(しかし静っちも容赦がないな。静之は人付き合いの経験が浅いうえ、他人との距離を測りかねて積極的に話しかけられずにいる。こうした環境はしんどいだろう)

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慶次は静之を己の弟であるかのように思っており、一廉(ひとかど)の男として身を立ててほしいのだ。

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それ故に、静之から求められない限りは助け船を出すつもりはない。

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対する総務方の面々も、明らかに高貴な育ちと見える静之をどのように扱ったものかと思い悩んでいた。

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「静之は私の後継者ではあるが、現時点では何の実績もない。ゆえに通常の新人が入った際と同じ扱いをしてほしい。己の地位や権力を笠に着るようならば、遠慮なく叱責するように」

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静子からはそのように伝えられているため、彼女を崇拝している作左衛門は言葉通りに静之を遇した。

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貧しい百姓の末子であり、持って生まれた地頭の良さを腐らせていた彼は、読み書きを教えてくれた寺の僧侶によってその才能を見出される。

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百姓仕事に於いては大した役に立たない能力だが、静子がこうした才を持つ者を拾い上げるべく報奨金を出していたため主計局の者に目に止まり、教育を施しながら現場で叩き上げられた。

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在野に埋もれた才能を拾い上げる道筋をつけることに私財を投じた静子の姿勢に、彼は崇敬の念を抱かずにはいられない。

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やがて頭角を現して総務方の長にまでなれたことに彼は甚(いた)く感謝しており、所帯を持つまでに育ててくれた周囲に恩を返すべく忠勤に励んでいた。

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(なんと白く繊細な指だ、まるで女子(おなご)のようではないか……)

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作左衛門は自分のタコだらけで節くれだった野太い指先と見比べて、思わず嘆息してしまう。

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(三位様からは常と変わらぬ対応をしろとのお達しだが、品の良い見た目とは裏腹に百姓出の俺から作業を命じられて、嫌な顔一つしないとは大したものだ)

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今朝慶次と共に職場に表れた静之を目にするまで、作左衛門はどれほど傲慢で鼻持ちならない穀潰(ごくつぶ)しがやってくるのかと不安に駆られていた。

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蓋を開けてみれば、小柄で線の細い上品そうな青年であり、物腰も柔らかく偉ぶった様子もない。

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それでも生活水準の差と言うのは如何ともし難く、うまく会話が嚙み合わないことが多々あった。

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静之自身もそれを自覚しているのか徐々に口数が少なくなり、すぐに会話が途切れてしまうのだ。

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(職場に馴染もうとはしてくれているが、どうして良いのか判らないのだろう)

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静之の存在は職場に不和を齎すわけではないのだが、明らかに彼の周囲だけ不自然な沈黙が支配する息苦しい空間となっていた。

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お目付け役の慶次が一向に介入しようとしないため、作左衛門自身が決死の覚悟で博打に出る。

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「皆、少し手を止めて聞いてくれ」

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彼は皆が打ち解けるための手っ取り早い解決策として、宴会を思いついた。

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どうにも静之は頭が良い為に理性が強く、己の内面を他者に晒すことを酷く恐れているように見える。

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酒が入れば理性も崩れ、彼が他人を寄せ付けないよう築いた壁も少しは和らぐことだろう。

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とはいえ、これは危険な賭けとなる。

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静子からお墨付きを与えられているとは言え、後継者である静之を取り込んで派閥を形成しようとしていると受け取られれば、容易に破滅を招くからだ。

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それでも組頭は決断した。

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「今日は早めに仕事を切り上げて、長門(ながと)(静之の字(あざな))殿の歓迎会をしよう」

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一瞬の沈黙が流れるが、どっと皆が一斉に歓声を上げた。

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下々の者とてハレの日には酒を嗜(たしな)む。

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『御神酒(おみき)上がらぬ神はなし』という言葉があるように、神様でさえお酒を好まれるのだから、神ならぬ人は言うに及ばない。

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「当然、作(さく)の頭が奢(おご)って下さるんですよね?」

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職場のお調子者がそう混ぜっ返すと、組頭としては否とは言えずに頷くほかない。

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「勿論勘定は俺持ちだ!」

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皆の手前恰好をつけて見せたが、彼の懐事情はそれほど暖かくはない。

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年末年始に何かと物入りが続いてしまい、寂しくなっていた財布にとって大打撃であった。

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組頭の奢りで飲み食いできるとあって盛り上がる面々だが、静之だけは困惑顔になっている。

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理由は明確であり、彼自身が場に馴染めていないことを自覚しているからだ。

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そんな静之の葛藤を見抜いてか、慶次が彼の頭を思いきり張った。

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「おいおい、せっかくの飲みの席だってのにしけたツラしてるなよ」

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突然の暴挙に周囲の空気が即座に凍り付いた。

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天下に聞こえた尾張三位様のご子息の頭を叩くという衝撃の後継に皆が息を飲む。

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「いたた…… 急に叩かないでくださいよ。せっかくお誘い頂いたのですから、喜んで参加させて頂きます」

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繊細な容姿からは想像できない程に頑丈な体と、軽妙かつしっかりとした受け答えに空気が緩んだ。

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ここまで踏み込んでも許されるという判り易い基準を慶次が身を以て示したことで、静之との間にあった垣根は随分と低くなったことだろう。

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「それじゃあ、俺が馴染みの店に向かうとするか!」

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「ちょっと待った!」

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話が纏(まと)まりかけたところへ、慶次が口を挟む。

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出鼻を挫かれた形となった組頭は鼻白むが、慶次は軽く頭を下げて詫びながら告げた。

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「飲みの席は良いんだが、こいつを城下町に連れ出すのは少々難しいんだ」

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慶次の言葉に皆が再び静之の立場を思い出す。

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「だからここで飲もうぜ!」

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間髪入れずに慶次が予想外の提案をした。

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「え!? いやいや、流石に仕事場で飲むわけにはいかねえ……」

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「大丈夫だって。その程度で目くじら立てる奴なんていねえさ」

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「それは前田様ゆえに罷(まか)り通っているだけで――」

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「大丈夫、バレなきゃ問題無い」

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「流石に酒と食い物を運びこんだら目立ちますよ」

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例のお調子者が声を上げると、名案が浮かんだとばかりに慶次が手を打った。

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「ならいっそ場所も変えちまうか! あそこなら文句を言う奴はいねえ」

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そう言うや否や、慶次は静之とお調子者の肩に腕を載せてさっさと歩き始める。

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仕方なく皆も彼に続くのだが、その向かう先が明らかになるにつれて作左衛門は震えあがった。

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「……それで、私にどうしろと?」

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目指す宴会場が静子邸の大広間であると知った彼らは、顔を真っ青にして慶次を引き留める。

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そんな様子を我関せずと突き進み、あろうことか静子本人と交渉を始める始末に皆は畏れ多くて顔を上げられない。

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慶次の要望を耳にした静子はやや呆れたものの、彼が静之の為に骨を折ってくれたことを察して了承する。

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後ろに控える才蔵が渋い表情を浮かべていたが、それでも彼が何かを口にすることはなく、慶次もそれを良いことにどんどん物事を進めていった。

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「料理人たちに宴会の準備をするようお願いしたから、お酒は程々にしてね」

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「流石は静っち、話が分かる!」

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慶次は静子に礼を告げると、そのまま皆を連れて大広前へと案内した。

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やがて宴会が盛り上がっている様子が静子の許まで届いてくる。

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「やはり難しいものですね。成長を見守る立場というのは……」

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静之が皆に馴染めることを祈りながら、あえて閉めずにおいた襖から聞こえる喧噪に耳を傾けるのだった。