戦国小町苦労譚
千五百七十九年 十二月中旬
(尚未翻譯)
年末年始の慌ただしさに揉まれているさなか、静子はふと一つの事が気にかかった。
(尚未翻譯)
「……そういえば静之(しずゆき)(四六のこと)ってどの程度お酒が飲めるんだろう?」
(尚未翻譯)
それは静之の飲酒限界についてであった。
(尚未翻譯)
元服を果たし、大人の社会へと踏み出した静之は、今後否応なしに酒の席に参加することになる。
(尚未翻譯)
しかし静之は節度ある生活態度を旨としており、過度な飲酒の末に正体を無くすような醜態(しゅうたい)を晒したことが無い。
(尚未翻譯)
静之が宴席の場において過度な飲酒から大きな失敗を犯し、破滅へと向かう未来を防ぐべく限界を確認する必要があった。
(尚未翻譯)
ところが静子自身が酒飲みではなく、信長から直々に禁酒令を出されている身であるため、酒の限界など調べようがない。
(尚未翻譯)
となれば酒に通じており、静之が失態を演じても秘密を守れ、かつ急性アルコール中毒などに達する前に止められる実力を備えた立会人が必要だろう。
(尚未翻譯)
「人選が問題よね。下手な人を呼ぶとただの宴会になっちゃうし」
(尚未翻譯)
即座に己の馬廻衆(うままわりしゅう)の面々が脳裏に浮かぶが、彼らが目の前で静之が酒を飲んでいる様子を黙って見守っていられるかと問われれば否であろう。
(尚未翻譯)
使命感から最初こそは見守ってもいられようが、酒の匂いにあてられて互いに飲み始め、やがて大宴会へと発展するのが目に見えている。
(尚未翻譯)
最終的には皆が酔いつぶれてしまい、見極めも何もかもがすっぽかされることになる。
(尚未翻譯)
絶対に酔い潰れない立会人として静子自身が参加することも一瞬脳裏を過(よぎ)るが、上司が酒を飲まずに仏頂面で臨席する酒宴など興ざめも良いところだろう。
(尚未翻譯)
静子が手掛ける事業の中には当然酒造業も含まれており、将来的には静之が後を継ぐことになる。
(尚未翻譯)
そうなれば酒の味も判らないトップに対して、職人気質の人間がついてきてくれるかは未知数だった。
(尚未翻譯)
杜氏(とうじ)(酒造りの最高責任者)だとて人である。
(尚未翻譯)
己の作り出した酒を実際に口にし、美味いと褒めてくれる人に仕える方が遣り甲斐もあろう。
(尚未翻譯)
「うーむ。どうしたものか……」
(尚未翻譯)
一人思い悩んではいるが、一向に答えが出ない。
(尚未翻譯)
おまけに視界の隅で謎のアピールを繰り返す慶次や長可が流石に目障りだった。
(尚未翻譯)
静之の吟味(ぎんみ)を託すには些(いささ)か不安が残るものの、さりとて他に当てがあるわけでもない。
(尚未翻譯)
もう一人の馬廻衆である才蔵の実直な佇(たたず)まいを思い出すが、彼本人も自覚しているように酒量が増えれば容易に節度を外してしまう性分であった。
(尚未翻譯)
今となっては静子の馬廻衆も増員されている。
(尚未翻譯)
前述の三人はそれぞれ側衆(そばしゅう)と呼ばれる将扱いであり、それぞれが二十名程度の配下を率いて馬廻衆を形成していた。
(尚未翻譯)
中でも才蔵に関しては静子軍の一部を任され、時に数千を超える兵を率いるまでに昇格しているのだが、彼は静子の馬廻衆であることに誇りを持っており、今もその地位を手放さずにいる。
(尚未翻譯)
また慶次が率いる馬廻衆は誰が呼び始めたのか定かではないものの、いつの間にか飛燕(ひえん)衆という名で呼ばれており、遊撃部隊のような運用がなされていた。
(尚未翻譯)
この部隊に関しては慶次本人が人員確保から訓練までを請け負っており、一般的な指揮系統には属さない静子直属の独立部隊として存在している。
(尚未翻譯)
音に聞こえた傾奇者(かぶきもの)たる慶次が採用しただけあって、その一人一人に至るまで曲者揃いの部隊となった。
(尚未翻譯)
原則的に静子軍の軍装は統一されているのだが、この飛燕衆に限っては装いの自由が認められており、ド派手な陣羽織や毛皮の腰巻などを纏(まと)う者すらいる。
(尚未翻譯)
当然この特別扱いを快く思わない者たちは主君たる静子に抗議をするのだが、彼女は淡々と告げた。
(尚未翻譯)
「貴方たちの意見は受け取りました。その上で、私は彼と主従の契りを交わすに当たってその行動を縛らない旨を約束しています。無論、それが公共の秩序を乱し、著しく損害を齎すものならば諫めもします。しかし、彼の言動が私の側近として相応しくないなどという理由では、介入するに値しません。自身の都合次第で約束を一方的に反故(ほご)にする者に、誰が仕えてくれるというのですか?」
(尚未翻譯)
静子に真正面からそう諭されては引き下がるしかない。
(尚未翻譯)
そもそもが嫉妬に端を発した難癖なのだ、筋違いであることは本人が一番心得ている。
(尚未翻譯)
こうして抗議を却下した静子だが、これにて一件落着とはいかない嫌な予感が付きまとっていた。
(尚未翻譯)
飛燕衆は慶次が長(おさ)であるからこそ纏まっている部隊であり、何処の部隊からも持て余されたある種、鼻つまみ者が集まっているのだ。
(尚未翻譯)
それ故に飛燕衆は比較的少数精鋭の部隊となっており、真正面からの力押しではなく奇襲を旨とする一撃離脱戦法を得意とすることからも遊撃隊として運用されていた。
(尚未翻譯)
新しい試みというものは得てして反感を持たれるということは承知していたが、それにしても根強い確執が横たわっている。
(尚未翻譯)
どうにかこれを解消できないものかと静子が思案していると、信長から安土へと登城せよとの命が下った。
(尚未翻譯)
「何やら面白い部隊を抱えているそうじゃな?」
(尚未翻譯)
「飛燕衆のことでしょうか? まさかもう上様のお耳にまで届いていようとは思いませんでした。燕が鋭く方向転換をして飛ぶように、狙いすました一撃離脱を繰り返す遊撃部隊でございます。敢えて人目を惹く装いをさせておりますゆえ、悪評であったならばお詫び申し上げます」
(尚未翻譯)
静子の謝罪を見当違いだと言わんばかりに手を払ってあしらうと、信長は更に言葉を重ねてきた。
(尚未翻譯)
「燕(つばくろ)か! 確か貴様の馬廻衆であった前田の倅(せがれ)が長を務めておるそうじゃな? 音に聞こえし傾奇者と聞く」
(尚未翻譯)
まるで新しい玩具(おもちゃ)を与えられた子供のように、目を輝かせた信長が身を乗り出してくる。
(尚未翻譯)
事情通の信長のことだ、恐らくは既に飛燕衆の陣容など把握しているだろう、それをおくびにも出さず敢えて静子に語らせようという魂胆だろう。
(尚未翻譯)
「お察しの通り既存の枠組みから逸脱した者の集団です。いくさ場に於いて悪目立ちすることは間違いありません」
(尚未翻譯)
「敢えて悪目立ちさせておるということは、無論狙いあってのことじゃな? 何事か企んでおろう、申してみよ」
(尚未翻譯)
流石は信長というべきか、こういうことに関して勘所を外さない。
(尚未翻譯)
飛燕衆は慶次を筆頭に傾奇者が多く、混沌とした戦場に於いても異質な存在感を放っている。
(尚未翻譯)
逆を返せば、敵からしても真っ先に発見できる程度には目立つ存在だということだ。
(尚未翻譯)
その目立つ集団が突如として消えたとしたらどうだろう?
(尚未翻譯)
すわ急襲かと警戒をする必要が出てきてしまう。
(尚未翻譯)
そうした神出鬼没を実現するために、慶次は静子に掛け合って装備を刷新していた。
(尚未翻譯)
戦場で着替えるなんてことが出来ないという、言わば常識を逆手に取った策であった。
(尚未翻譯)
それは上半身だけのレインコートとでも形容すべき樹脂製の上着であり、表面に標準的な織田軍の軍装を模したペイントが施してあるのだ。
(尚未翻譯)
少々着ぶくれはするが、戦場という非日常の場に於いてそれを見抜くのは非常に困難だろう。
(尚未翻譯)
つまり飛燕衆はいつでも群衆に紛れてその存在を消し、また上着を脱いで折り畳めば突如として目立つ集団が現れるのだ。
(尚未翻譯)
そんな集団が突如として横合いから奇襲をかけてくるのだから堪らない。
(尚未翻譯)
「ふむ、搦手(からめて)を旨とする部隊として運用するのじゃな。なかなか面白いことを考えるものよ」
(尚未翻譯)
「模擬戦に於いて、一定の戦果を上げております」
(尚未翻譯)
「一つ不満があるとすれば、そのような面白い話をわしが知らなんだことよ。今後は実行前にわしにも話せ。後から聞かされるわしの身にもなってみよ」
(尚未翻譯)
静子は頭を下げると同時に、信長が裏の事情まで察していることに舌を巻いた。
(尚未翻譯)
一見すると信長は静子が独断で実験的部隊を組織したことを責めているように見えるが、実際にはトラブルになる前に相談してさえくれれば調整をしてやると申し出てくれているのだ。
(尚未翻譯)
収集した多くの情報と、静子の言葉から彼女の狙いや部隊の意図するところを即座に見抜く信長の聡明さには驚愕させられてしまう。
(尚未翻譯)
「以降は上様にご相談するようにいたします。ご指摘いただきありがとうございます」
(尚未翻譯)
ともあれ、飛燕衆は信長がお墨付きを与えたことで異質な装いも含めて正式に認められた。
(尚未翻譯)
以降、飛燕衆が傾奇者らしく奇妙な恰好をしていることに誰も表立って口出しすることができなくなる。
(尚未翻譯)
天下人たる信長が必要だと認めたことに対し、それが間違っていると抗言できる者などこの世に存在しないからだ。
(尚未翻譯)
慶次も静子に面倒を掛けている自覚があり、少々気後れしていたのだが、それを封じてくれた信長には感謝するほかなかった。
(尚未翻譯)
信長から公認されたことを受けて、更なるカモフラージュ用の装備を開発しようと精を出す静子には苦笑が漏れた。
(尚未翻譯)
すぐに表裏で異なる衣装の塗装がされた上掛けが提案され、早くも試作が始まらんとしている。
(尚未翻譯)
「(いけない。上様の呼び出しで忘れていた……)うーん、仕方ないか。慶次さん、口止めできる酒飲みを連れてきて。勝蔵くんは蔵から適当な酒を見繕ってくれる? 銘柄に関しては献上予定の物以外なら一人一升まで認めます」
(尚未翻譯)
中座してしまった静之の酒量限界調査は、実際に試してみないことには判らないと腹を括(くく)る。
(尚未翻譯)
まもなく年末年始に差し掛かるため、彼らが酒宴を催したところで不審に思われる可能性も低いだろう。
(尚未翻譯)
正月は静之を己の手許に置いておけるため、外部に対して情報が漏れることもない。
(尚未翻譯)
多少のリスクはあれど、十分に挽回可能だと判断した。
(尚未翻譯)
そんな静子の心中を知ってか知らずか、慶次と勝蔵は明らかに浮足立って部屋から立ち去る。
(尚未翻譯)
あの様子ではそれなりに大規模な酒宴になりかねないなと思いつつ、静子邸の会計を担っている主計(かずえ)局からの払出状(はらいだしじょう)が無ければ酒蔵すら開けて貰えないことを忘れていることに苦笑する。
(尚未翻譯)
呆れながらも静子は小姓を呼びつけ主計局に書状を用意するように命じた。
(尚未翻譯)
(四半刻(三十分)もすれば、帰ってくるかな?)
(尚未翻譯)
事務全般を担える人材が増えた結果、主計局という管理部門が設けられ在庫管理がなされるようになっている。
(尚未翻譯)
新たに導入された制度であるため、古参の者ほどその存在を失念してしまう傾向にあった。
(尚未翻譯)
そして静子が予想した通り、彼らはほどなく肩を落として帰ってくる。
(尚未翻譯)
その様子から、蔵番によってけんもほろろにあしらわれたのが目に浮かぶようだ。
(尚未翻譯)
「払出状が無ければ追い返されるのは当然でしょ?」
(尚未翻譯)
既に手許に届いていた書状を彼らに渡しつつ小言を告げる。喜び勇むのは無理ないが、もう少し落ち着いてほしいと願う静子であった。
(尚未翻譯)
静子から払出状を受け取った二人は、静之を捕まえて宴会を始めた。
(尚未翻譯)
突然の酒宴に招かれた静之は困惑するものの、兄貴分たる慶次が率先して行動していることから悪いことにはなるまいと付き合うことにする。
(尚未翻譯)
その結果、静之は下戸というほどでもないが大酒が飲めるタイプでは無いということが判明した。
(尚未翻譯)
酒量が限界に達する前に体がブレーキを掛けるのか、悪酔いする前に吐き気を催してそれ以上飲めなくなるようだ。
(尚未翻譯)
そこで検証が終わると思われたが、慶次から酒宴の狙いを聞かされた静之自身が限界を超えるとどうなるか知りたいとのことで、救急対応できる者を待機させた上で飲み続ける。
(尚未翻譯)
こうして判明したのは、静之が限界を超えて飲み続けると次第に判断力が鈍り始め、突如電池が切れたように眠りに落ちてしまい、またその間の記憶を覚えていないということだった。
(尚未翻譯)
判断力が鈍るのは仕方がないが、記憶が無くなるのは少々問題だと静子は思い悩む。
(尚未翻譯)
余計な口約束をした挙句に、本人が覚えていないという最悪の状況が発生し得るため、何らかの対処が必要だと考える。
(尚未翻譯)
本人が限界を自覚できるため、そうそう無茶なことは起こらないだろうが、万が一に備えねばならない。
(尚未翻譯)
「年末年始には何かと酒宴があるから、酒に慣れるかもしれないし様子見かな? 一応本人にも限界を超えて勧められたら断るように言い含めましょう」
(尚未翻譯)
いつもの如く、年末年始は景気よく散在して金欠になった呑兵衛どもが給金の前借りに来る頃なのを彼女は思い出す。
(尚未翻譯)
静子としては十分な報酬を払っているはずなのだが、あればあるだけ使ってしまう無計画さが彼らにはあった。
(尚未翻譯)
そこで静子は一計を案じ、給与額の一部を天引きして積み立てるようにしており、彼らが前借りしていると思っている金は元々彼らの物なのだ。
(尚未翻譯)
毎月給与明細を作成して渡してはいるのだが、彼らがそれを見ている様子はないため今後も着々と積み立ては増えていくのだろう。
(尚未翻譯)
慶次が言うには「金を余さず使い切ることで、次の金運を呼び込む余地が生まれる」という考えがあるようだ。
(尚未翻譯)
蓄財して後生大事に金を抱え込むのは、金運を腐らせるとまことしやかに囁(ささや)かれているのだが、真偽のほどは定かではない。
(尚未翻譯)
「本人たちは使い切ることが『粋』だと思っているんでしょうね。ただ加減を間違って早めに使い切ってしまうのが困りものだけれど……」
(尚未翻譯)
彼らの財産をどのように使おうが彼らの自由であるため、考え方を否定するようなことはしないが、恒例行事のように年始早々から素寒貧になるのは頂けない。
(尚未翻譯)
まずは前述の積み立てを取り崩して与え、それでも足りなければ貸し付けをする予定ではいるのだが、今のところ前借りした上に更なる無心が無いことに安堵している。
(尚未翻譯)
馬廻衆については衣食住の全てが支給されるため、給与の全てを使い切ったところで然したる不自由がないのが問題なのかも知れないとも思う。
(尚未翻譯)
彼らが積み立てた資金は既に大店(おおだな)の番頭が一年で稼ぐ総額程にもなっており、これを静之が手掛ける銀行に口座を作って預けているため利子も加算される。
(尚未翻譯)
彼らはいつ命を落とすとも分からないため、貯蓄をするという発想が薄いが、仮に障害を抱えて生き残った際などに苦しい思いをしてほしくないのだ。
(尚未翻譯)
戦国の世に於いて公的扶助など望むべくもないため、いくさなどで障害を抱えた場合は年金が支給される仕組みは設けてある。
(尚未翻譯)
こうした基金をいくつも設立しては、その運用を回すため経営及び会計に明るい文官をもっと育成する必要があった。
(尚未翻譯)
ところが静子が文官育成で使用している教育内容は、あまりにも先進的であるため不用意に広めてはならないという信長から制限が設けられていた。
(尚未翻譯)
確実に身元が保証されており、また人品卑しからぬ者のみが受講を許され、更には生涯に亘って織田家に忠誠を誓う必要があった。
(尚未翻譯)
こうした経緯から需要に対して常に供給が不足しており、この構造的な問題をどう解決したものかと頭を悩ませる。
(尚未翻譯)
容易には解決できない問題はとりあえず棚上げとし、喫緊の給与の前借りに対処することにした。
(尚未翻譯)
「言われるままに渡すのも良くないよね。何かしら仕事を与えて、その代わりに前借りを認めるってことにしよう」
(尚未翻譯)
毎回積み立てを取り崩していたのでは利子が生じないため、静子が前借り分を立て替えていることから彼らも相応の受益者負担をするべきだろう。
(尚未翻譯)
静之を酒宴の席に慣れさせるためにも、彼らには静之を宴席に誘って貰い、更には彼ら自身が正体を無くさず静之の面倒を見ることを課せばちょうど良い塩梅(あんばい)となる。
(尚未翻譯)
彼らにとって羽目を外して潰れるまで飲めないというのはそれなりに辛いだろうし、健康を考えれば多少控えた方がむしろ良いのだ。
(尚未翻譯)
「本来は家臣からの無心なんてない方が良いんだけれど、今回ばかりは都合が良いね」
(尚未翻譯)
そんな事を考えながら数日が経つと、彼女が予想した通りの面々が給料の前借りを願い出てきた。
(尚未翻譯)
もはや見慣れた顔ぶれが揃っていることに彼女は呆れるほかなかった。
(尚未翻譯)
「年末までまだそれなりの日数があるのに、どうしてこうも計画性がないのかな?」
(尚未翻譯)
額に手を当ててため息を吐く。
(尚未翻譯)
彼女とお小言に視線を合わせられない彼らだが、それでも年末年始の酒宴に参加できないのでは恰好が付かないため重ねて願い出る。
(尚未翻譯)
「いや、はははっ。それを言われると辛いもんがあるぜ」
(尚未翻譯)
「笑い事じゃないよ慶次さん……生活に困らないどころか、それなりに遊んでも余るぐらいの給料は出しているはずだけど……」
(尚未翻譯)
「その、ちょっと、な」
(尚未翻譯)
苦笑いを浮かべつつ慶次は静子の言葉に返答する。
(尚未翻譯)
年末ということで配下を抱える者たちには、部下を誘って忘年会等をするだろうという考えの元、普段より多く給料を出していた。
(尚未翻譯)
しかし静子の予想を超えて金を使ってしまった彼らには前借りしか残されていないのだ。
(尚未翻譯)
原因は言わずもがなであり、飯と酒が旨いという一事に尽きた。
(尚未翻譯)
戦国時代に於ける食事とは最低限の栄養確保であり、本来味など二の次で腹さえ膨れれば良いという考えが一般的だ。
(尚未翻譯)
むしろ庶民は食えない日すらあり、食べられたところで大した量にもならないのが世の常である。
(尚未翻譯)
ところが静子の一次産業改革によって農業生産量が激増し、それによって生じた余力が他の産業を発展させたことにより尾張一帯の経済圏は特異な文化が形成されていた。
(尚未翻譯)
結果として尾張で満足に食事できないのは病人のみと言われるまでになっており、庶民でも手軽に多彩な食事を楽しめる程に外食文化が育っている。
(尚未翻譯)
食事と切っても切れない関係にあるのが酒だ。
(尚未翻譯)
こちらも様々な改革を行い、酒の生産量や種類も飛躍的に増えたため、酒蔵の近所には現代で言うところの居酒屋までが軒を連ねる。
(尚未翻譯)
居酒屋だけではない。屋台をはじめとした多種多様な飯どころが所狭しと並び、日々切磋琢磨しあっていた。
(尚未翻譯)
その競争があるため一等地に店を構えたとしても安穏とはしていられない。
(尚未翻譯)
いつ自分たちを脅かす人気店が生まれるか分からないという、いわば食の群雄割拠時代に突入していた。
(尚未翻譯)
「まあ慶次さんたちも皆の手前、勘定を持たないのでは恰好が付かず使い込むのも仕方ないですね。ただし、簡単に出したのでは示しが付きません。ですから、少しお願いを聞いて貰います」
(尚未翻譯)
小姓たちに仕事の内容を書いた文書を用意させる。
(尚未翻譯)
彼らはそれを手に取って読み進め、皆が一様に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
(尚未翻譯)
それもそのはず、仕事の内容とは前述の宴席での行動制限であったり、地味で面倒くさい作業であったりしたからだ。
(尚未翻譯)
年の瀬ということもあり、皆が大掃除に精を出す中、溝浚(どぶさら)い等の地味で面倒だが誰かがやらねばならない仕事を割り振っている。
(尚未翻譯)
もちろん仕事を引き受けなくてもある程度の金は都合する予定ではある。しかし、その総額は仕事を受けた場合と比べて低くなるのは当然と言えよう。
(尚未翻譯)
仕事を引き受け満足のいく額を得るか、仕事を拒否して最低限の金を得る、もしくは何も得ずに立ち去るという三つの選択肢が用意されている。
(尚未翻譯)
後は彼らの選択次第であろう。
(尚未翻譯)
「私は案を提示したから、後は各々の判断に任せるよ」
(尚未翻譯)
渋面を作ってはいたものの、それでも全員が納得して仕事を受けることに同意した。
(尚未翻譯)
面倒ではあるが形式的に必要であることは彼らも理解しているし、何よりも自分たちの金銭管理が甘いという自覚があったからだ。
(尚未翻譯)
そして仕事が面倒とはいえ、単純労働が多く苦手な書類仕事ではない。
(尚未翻譯)
例えば蔵の棚卸などが最たるものだろう。主計局の人間に付き合って、帳簿上の在庫と実情とを擦り合わせ、現状に即した在庫を記録するという重要な仕事である。
(尚未翻譯)
これを実施するには倉庫から物品を出したり、しまったりを何度も繰り返さねばならず、重量物も多いことから文官には荷が重いことも多いのだ。
(尚未翻譯)
「頑張り次第では色を付けてあげるし、手早く済ませてくれれば休暇も追加するよ?」
(尚未翻譯)
「承知した。ま、早く終わらせてぱぁっと騒ぐぜ!」
(尚未翻譯)
現金なものだと苦笑しつつ、少しだけ不安が頭を過る。
(尚未翻譯)
早く終わらせて休暇を与えたら、またすぐにお金を使い果たすのではないかという懸念だ。
(尚未翻譯)
流石にそこまでは面倒見切れないため、今度は我慢を覚えて貰おうと覚悟する。
(尚未翻譯)
彼らが去ったのちに、静子は一枚の書類を前に唸っていた。
(尚未翻譯)
それは自分に課した今年の予算であり、年初に計上した予算に対して使用実績が半分にも満たないのだ。
(尚未翻譯)
金は天下の回り物という言葉があるように、金は使うことに意味がある。
(尚未翻譯)
死蔵させたままでは金の流動性が低くなり、経済の停滞を招いてしまう。
(尚未翻譯)
昨年も似たような状況に陥っていたのだが、そちらは屋敷の補修修繕費の積み立てとして処理することで事なきを得ていた。
(尚未翻譯)
尾張の静子邸及び、京屋敷についても積み立てができている状況にあり、残すは安土の屋敷しかない。
(尚未翻譯)
そちらについては築年数が浅い為、すぐに補修が必要となる程でもないため悩ましい。
(尚未翻譯)
「夏と冬に大きな慰労会を催しても、福利厚生費程度じゃ使い切れないよね。お金がないのも困るけど、あり過ぎても用途に悩まされるってのは贅沢な悩みかな?」
(尚未翻譯)
少し前までは様々な研究開発に私費を投じていたのだが、それでは他の出資者が育たないという問題が生じていた。
(尚未翻譯)
技術街などがその好例であり、全ての分野に於いて静子の息が掛かっているのでは、正常な競争が生まれにくいのだ。
(尚未翻譯)
相手よりも良い物を作ろうと競い合うからこそ良い物が生まれるのであって、同じ出資者を持つ者同士が結託したのでは後進が育ちにくくなってしまう。
(尚未翻譯)
こうして静子が一人百面相をしていると、不意に横手から声が掛かった。
(尚未翻譯)
「静子。少し相談したいことがあるのだが、時間をとってもらえまいか?」
(尚未翻譯)
そう言いながら入室してきたのは、先ごろまで土佐に行ったきりになっていた足満であった。
(尚未翻譯)
丁度煮詰まっていた静子は、良い気分転換になるとばかりに彼と連れ立って外出し、目的地の前で足を止める。
(尚未翻譯)
「足満おじさんの目的地がここだとはねえ」
(尚未翻譯)
二人が訪れたのは静子邸の一角にある図書室であり、足満が普段足を運ぶことのない施設であった。
(尚未翻譯)
確かに現代にいたころの足満は頻繁に図書館へ通っており、様々な知識の吸収に余念がなかったのだが、戦国時代に戻ってからはとんと足が遠のいている。
(尚未翻譯)
「土佐でマンガンの他に蛇紋岩(じゃもんがん)の鉱床が見つかってな、クロムを入手する目途がたったのだ」
(尚未翻譯)
「クロムって何に使えるの? 私はそっち方面の知識なんてないよ?」
(尚未翻譯)
「それはよ~く知っておる。初期に電子書籍から書き写した技術書があったろう? あれの閲覧許可が欲しいのだ。蛇紋岩をうまく使えば転炉の実用化が見えてくる、そうすればお前の鉄道事業が一気に現実味を帯びると思ってな」
(尚未翻譯)
静子としては蛇紋岩がどんな石だったかすら思い浮かばないのだが、足満が頼もし気に頷いているところを見るに悪いことは起こるまいと彼を伴って図書室へと入るのだった。