戦国小町苦労譚
1579年 十月中旬
在出雲國失去蹤跡的秀吉軍本隊,已安然穿越中國山地,終於抵達川根村。
出雲(いずも)国で行方をくらませた秀吉軍の本隊は、無事に中国山地を踏破して遂に川根村へと至っていた。
從川根村可望見通稱一夜城的高小屋城,似乎能藉由附近流經的江之川的水運,不受毛利一方阻撓而合流。
川根村から吉田郡山城を望む一夜城こと高小屋(たかこや)城へは、付近を流れる江の川を利用した水運にて毛利側に妨害されることなく合流できるようだ。
雖然秀吉本隊在各地留了兵,但總兵力仍超過二萬人,是一支龐大隊伍。
秀吉軍本隊は各地に兵を残してきたとは言え、総勢で二万人を超える大所帯である。
川根村根本無法容納全部士兵,於是開始將部隊分為數隊,以高小屋城為起點展開兵力部署。
到底川根村には収まりきらないため、部隊を幾つかに分割して高小屋城を起点に兵を展開し始めた。
首先攻向高小屋城以南、跨江之川對岸的柿原城。
まずは高小屋城の南、江の川を挟む対岸に位置する柿原城へと攻め入る。
若說壞處,秀吉軍算是拼湊而成的軍隊,難以期待像光秀軍那種高度的作戰行動。
秀吉軍は悪く言えば寄せ集めの軍隊であるため、光秀軍のように高度な作戦行動は期待できない。
但相對地物資與人力壓倒性,因此以正面硬衝大抵能解決多數問題。
しかし、代わりに物量が圧倒的であるため真正面からの力押しによって大抵の問題は解決てきてしまうのだ。
基本上對籠城的敵方,攻方常處劣勢,但配備了最新的連發火槍兵後,地理上的優勢也因此被扭轉。
基本的に籠城する敵に対して寄せ手側は不利な戦いを強いられるのだが、そこに最新式の連発銃を装備した兵が加わることで地理的優位性をように覆してしまった。
轉瞬間攻下柿原城,接著連落周邊作為吉田郡山城支城的各處城池。
瞬く間に柿原城を攻め落とすと周辺に存在する吉田郡山城の支城を次々に落城させていく。
秀吉軍繼續向南推進,先攻釜ヶ城,接著以破竹之勢突進至長見山城、中山城。
秀吉軍はそのまま南進を続け、手始めに釜ヶ(かまが)城を手掛けると長見山(ながみやま)城、中山(なかやま)城と破竹の勢いで突き進む。
憑藉那股氣勢連高塚山城亦被攻陷,秀吉即將各部隊分散駐紮於各支城。
その勢いのまま高塚山(たかつかやま)城までをも落城させると秀吉軍の各部隊をそれぞれの支城に分散して駐留させた。
就這樣,秀吉與福島部隊會合後,僅三日之內便掌握了吉田郡山城東側一半的包圍圈。
こうして秀吉が福島の部隊と合流することから僅か三日にして、吉田郡山城の東側半分を手中に収めた包囲編が完成してしまった。
「哈哈哈! 真是快意快意。戰事不正該如此,汝等不覺得嗎?」
「はっはっは! 愉快愉快。いくさとはかくあるべきだと思わぬか?」
「勢弱之際越是不得鬆懈,兄上!」
「優勢な時ほど油断してはなりませぬ、兄上!」
「別那麼嚴肅。一口氣切斷周圍支城的聯絡,毛利那幫子定是驚得東倒西歪了吧」
「そう堅い事を申すな。一気に周囲の支城から連絡が途絶えたのだ、毛利共はさぞ泡を食っていることじゃろうて」
「幸好日向守殿(即光秀)抵達尚有餘裕。若僅憑我等先攻毛利亦不失為一事一興」
「幸い日向守(ひゅうがのかみ)殿(光秀のこと)が合流されるまでには猶予がある様子。このまま我らのみにて毛利を攻め落とすのも一興かと」
秀吉聽了弟秀長的意見,笑意更深,從容發言道。
秀吉は弟である秀長の意見を聞いて笑みを深めると、余裕の態度で言葉を放った。
「攻毛利已進入關鍵。故此吾擬在此小小玩弄一番」
「毛利攻めも佳境と言えよう。ゆえにわしはここで一つ遊んでやろうと思う」
「玩弄?」
「はっ、遊びとは?」
「毛利一方如今驚惶失措,暗中窺探吾等陣形。此刻他們正爭論要否出擊抑或固守城池。吾等便故意停止動作」
「毛利側は戦々恐々としてわしらの布陣を盗み見ておろう。奴らは今、打って出るべきかこのまま居城にて籠城を続けるか紛糾しておる筈よ。ここでわしらは敢えて動きを止めるのだ」
秀長等諸將面露疑問。以戰事常理,趁勝追擊方為良策。見諸人困惑,秀吉再開口。
秀長を始めとする諸将の間に疑問が浮かぶ。いくさの定石で言えば勢いに乗ったまま攻め続けるのが良手の筈だ。皆の困惑の表情を見て秀吉は再び口を開いた。
「彼等亦有西國霸者之矜持,於此局勢必欲分出雌雄。然而若如常正面決戰未免無趣,吾欲一計戲弄毛利」
「奴らとて西国の覇者たる矜持がある。そしてこの局面となれば、雌雄を決したいと考えるのは必然。しかし真正面からぶつかっても面白みが無かろう? 何か毛利を揶揄(からか)う策が欲しいのじゃ」
「既有勝利在手,實無需講究趣味……」
「せっかくの勝ちいくさに面白みなど必要ないと思いますが……」
「蠢材! 若在這番鋪陳後僅以正面擊破毛利,那只是理所當然的結果,無法留下於上樣的印象!若無能令上樣覺得有趣之事,終將只是與日向守分攤戰功而已」
「馬鹿者! ここまでお膳立てをした上で真正面から毛利を打ち破ったとて、それは順当な結果であって上様の印象に残らぬではないか! 何か上様が面白いと評される出来事が無ければ、日向守めと手柄を分け合って終わりになってしまう」
秀吉的指摘實為正確。雖定期補給並逐次回報戰況,但信長對秀吉佔優的情勢並未投以太多關心。
実際に秀吉の指摘は正しかった。定期的な物資の補給に際して戦況を逐次報告しているのだが、信長は秀吉優位で推移している戦況に大きな関心を寄せなかった。
這也在情理之中——已創造能勝之態勢,採取必勝之策,勝利近在眼前。
勝てる状況を作り、勝って当然の作戦を取っているのだから当然とも言えよう。
以投入的物量來看,反而輸掉比較困難,報告皆屬順當,遂未能留在信長記憶中。
実際に投入された物量を考えれば負ける方が難しい状況にあって、順当な報告が続いてしまったために信長の記憶に留まらなくなっていた。
無論多美味的菜餚,若天天上桌也會膩,因此相同道理。
どれ程美味い料理であろうとも毎日続けば飽きてしまうのと同じである。
秀吉之言正確,他們確實接連打破毛利防衛網,但信長並未特別在意,因為局面看似必勝,故不會留下深刻印象。
秀吉の指摘は正しく、彼らは毛利の防衛網を次々と打ち破っていたが、信長はそこまで関心を持たなかった。勝てる状態を作り、勝てるような作戦を取っていたのだから余り印象に残らなかったためだ。
那並非信長認為勝利理所當然,而是因為他接獲太多勝報,單純的勝利已難再引起注意。正如再好的商品,在競爭者眾多時也難突圍。
これは信長が勝つのが前提と思っているのではなく、多く勝利報告を受けた為に勝っている事だけでは記憶に残りにくくなってしまったためだ。どんなに良い商品があろうと競合が多くいれば売れにくいのと同じである。
「勝利本是理所當然!然而若無遊戲之心,上樣亦不會有興趣。又不可以冒失消耗兵力,故吾想到攻打支城的辦法」
「勝利するのは当然! その上で遊び心が無ければ上様は関心を持たれまい。かといって無謀な作戦で消耗してもいかん、そこで思いついたのが支城攻めよ」
「哈、哈?」
「は、はあ?」
「我等已掌握其東側之主要支城,毛利以為自己為西國雄主,決不會今時此刻退卻。既知此點,吾便刻意連西側支城皆攻下! 以示吾等認為彼等會捲尾而逃,必將重創其矜持」
「既に我らは奴らの東に存在する主要な支城を全て手中に収めておる。奴らも西国の雄たる矜持があるゆえ、よもやこの期に及んで逃げはすまい。それを判った上で敢えて西側の支城も全て落とすのじゃ! わしらは奴らが尻尾を巻いて逃げると思っておると示してやることで、奴らの矜持はいたく傷つけられよう」
秀吉說到此處,諸將始終漸能理解,露出寬慰之色。
秀吉がここまで語ると、ようやく諸将の間に理解が追いついたのか安堵の表情が浮かぶ。
「當然並非完全不攻打吉田郡山城本陣。我等會持續施壓,消磨彼等士氣。在令其無暇他顧之際,將其所倚仗的支城一一奪取!」
「無論、本拠地である吉田郡山城を一切攻めないと言うことはない。常に圧力をかけ続け、奴らの気力を奪うのだ。奴らが余計な気を回せない程度に攻めつつ、奴らが恃(たの)みとしている支城を全て落とす!」
「也就是說照舊行事即可?」
「要するに今まで通りで良いと?」
「正是! 若最壞情況被識破亦無妨,仍當盡可能在彼等發覺前將其暴露無遺!若他們輕視我等苦攻郡山城之無力,便教他們知道真正的愚蠢者是誰!」
「そうじゃ! 最悪こちらの意図を気取られても構わぬ、それでも可能な限り奴らが気付く前に丸裸にしてくれようぞ! 郡山城を攻めあぐねているわしらを間抜けと侮ったら、真なる間抜けは己だと教えてやろうではないか!」
「那倒是頗為迂遠的作戰啊……」
「それはまた迂遠(うえん)な作戦ですな……」
「所以才稱為遊戲,別把它想得像套死的作戰。若毛利屈服,今日之日本將再無人敢違逆上樣。這是賜予我等的最後表演場,當大展勇氣!」
「ゆえに遊びと称したのじゃ、作戦などと堅苦しく思うでない。毛利が屈すれば、この日ノ本で上様に逆らうものはいなくなる。これがわしらに与えられた最後の見せ場と大いに奮起せよ!」
「承知了」
「承知しました」
有些人對不直接攻打毛利居城吉田郡山城不滿,但多數家臣仍信服秀吉的話而遵行。
毛利の居城である吉田郡山城を直接攻めないことに不満を抱くものもいたのだが、多くの家臣は秀吉の言葉に納得して従った。
擬定大方針是秀吉的職責,將其細化為各部隊的作戰計畫則是作為軍師的兩位兵衛的職務。
大方針を打ち出すのは秀吉の仕事だが、それを詳細な計画に落とし込んで各部隊に展開するのは軍師たる両兵衛の仕事である。
鑑於以往攻城中龐大兵數反成弊端,出現遊兵浪費戰力,因此決定將支城攻略分南北兩路同步展開。
今までの攻城戦に於いて兵数の多さが仇となり、遊兵が出てしまっていることを踏まえ、支城攻略は南北に部隊を二分して一斉にかかることとなった。
南路立刻從高塚山城出發向南前進,經由吉常ヶ城,再在田淵ヶ城轉向朝西北行進。
早速南は高塚山城を出て南進し、吉常ヶ(よしつねが)城を経由して田淵ヶ(たぶちが)城で方向転換して北西へと進路を取る。
沿西北前進,依序攻擊青山城、光井山城,形成四處並進的路線。
そのまま北西へと進みながら青山(あおやま)城、光井山(みついやま)城を攻める四か所攻めのルート。
反而北路因需避開吉田郡山城的發現而穿過險峻山林,攻城數量較少。
逆に北回りの進路は険しい山中を、吉田郡山城からの発見を避けつつ進まねばならないために城攻めは少ない。
但仍安排攻取安芸宮崎城(以區別於宮崎縣之城而加上安芸)與船山城的路線。
それでも安芸(あき)宮崎(みやざき)城(宮崎県にあったお城と区別するため安芸を付ける)と船山(ふなやま)城とを落とすルートとなる。
對毛利陣營而言,若有唯一一線勝機,也許就在此刻,其他時機恐怕再無。
毛利陣営にとって唯一の勝機があったとすれば、この時を除いて他はあるまい。
若在東側所有支城被攻下之前,便放棄居城或出擊奪回已失之支城,或許命運會改變。
吉田郡山城から見て東側全ての支城を落とされた時点で居城を放棄するなり、落とされた各支城を奪回するべく打って出ていれば運命は変わっていたかも知れない。
然而現實中合議制的弊端使步調無法一致,待察覺時周邊支城已悉數失守,退路被截斷。
しかし現実にはここでも合議制の弊害によって足並みが揃わず、気が付けば周辺一帯の支城を全て奪われて退路を断たれてしまう形となってしまった。
在此情勢下,毛利只有二選一:向織田方求和降服,或進行無援的絕望籠城戰。
この期に及んで毛利陣営に出来ることと言えば和睦を申し入れて織田方に下るか、援軍の当てがない絶望的な籠城戦を行うかの二択となる。
順帶一提,駐守吉田郡山城的人數含非戰鬥員民眾約八千,若僅算純戰鬥要員恐不足三千。
ちなみに吉田郡山城に詰めている人数は非戦闘員である民達も含めて約八千人ほどとなり、純粋な戦闘要員だけに絞れば兵数三千人を割り込むだろう。
即便如此,曾有擊退尼子詮久率三萬兵的紀錄,使其判斷能抵抗秀吉二萬攻城。
それでもかつて尼子(あまご)詮久(あきひさ)率いる三万の兵を撃退した実績から、秀吉軍二万の攻城に耐えうると判断してしまった。
「結果是所有支城都被拿下,毛利仍避免與我方直接對決。若對手不是我們,或許能撐住也說不定」
「結局全ての支城を落とされて尚、毛利は直接対決を避けたのだな。それでも相手が我らでさえなければ持ちこたえたやも知れぬ」
「北條或可以祖傳戰法為藉口,但毛利恐怕難以如此。如此下來恐遭臣下抨擊懦弱」
「北条は先祖伝来の戦法と言い訳も立とうが、毛利はそうでも無かろう。これでは臣下から腰が引けていると非難されようぞ」
「果真失去所有支城,無援的籠城不過是『畫餅』而已,隨時會有背叛發生」
「流石に支城全てを失ってしまっては、援軍のあてがない籠城など『絵に描いた餅』よ。いつ裏切りが起こってもおかしくはない」
兩位兵衛預測未來展開持續謀劃。南北分兵後進軍速度更快,以迅雷不及掩耳之勢攻下支城。
今後の展開を予想しつつ両兵衛たちは策を練り続ける。部隊を南北に分けたことで進軍速度は更に上がり、まさに電撃的な速度で支城を攻略していった。
就這樣,秀吉軍一旦發動攻勢,短短一週內便將吉田郡山城周邊所有支城攻略殆盡,毛利陣營被真正地剝得一絲不剩。
こうして秀吉軍が攻勢に入って僅か一週間の内に吉田郡山城周辺一帯の全ての支城が攻略されてしまい、毛利陣営は文字通りの丸裸にされてしまう。
吉田郡山城雖被外界孤立並遭秀吉軍全方位包圍,卻仍然沉默未動。
吉田郡山城は外部から孤立し、全方位を秀吉軍に包囲されていると言う状況にあっても沈黙を続けていた。
即使對於老謀深算的兩位兵衛來說,毛利方的反應也顯得不自然,讓他們不禁懷疑有何被忽略的要素。
流石の両兵衛にとっても毛利側の対応は不自然であり、何か見落としている要素があるのではと不安が頭を過(よぎ)る。
他們用望遠鏡等持續偵察毛利陣營的情形,仍未見毛利主動出擊的跡象。
少しでも毛利陣営の様子を探ろうと望遠鏡などで監視を続けたのだが、それでも毛利側に積極的な攻めの姿勢が見られなかった。
「這可真是愈發奇怪。貴方對毛利動向有何看法?」
「これはいよいよ以て様子がおかしい。毛利の動向について貴殿はどうお考えか?」
對毛利消極態度感到困惑的黑田官兵衛,向並稱兩兵衛的搭檔竹中半兵衛徵求意見,欲打破現狀。
毛利の態度に困惑した黒田官兵衛は、この状況を打破すべく両兵衛と称される相方たる竹中半兵衛に意見を求めた。
官兵衛預想毛利或許不會發動大規模反擊,但可能會趁隙嘗試奪回支城。
官兵衛の予想では毛利が本格的な反撃に出ることはないまでも、こちらの隙を突いて支城の奪還を試みると考えている。
「此事確實難以預料。可想而知的是,毛利可能亦將本陣作為誘餌圖謀他事……」
「流石に想定できなかった事態です。考えられるとすれば、毛利もこちらと同じく本拠を囮(おとり)に何か企んでいるのやも……」
「嗯……佯裝籠城,趁夜脫離吉田郡山城,迂迴突破包圍連繫後方支城?若被外緣支城夾擊郡山城,我等也難自保」
「ふむ……籠城している風を装って夜陰に乗じて吉田郡山城を脱し、包囲網を掻い潜って更に後方の支城と連携するか? 確かに更なる外縁の支城と吉田郡山城との挟み撃ちに遭えば、我らとて分が悪い」
確實對秀吉軍而言,安藝國並非熟悉之地。若有我方未發現之脫逃路徑與外界聯絡或求援,被夾擊並非無可能。
確かに秀吉軍にとって安芸国は土地鑑がない。自分たちに発見できない抜け道を通って外部と連絡を取るなり、救援を要請して挟み撃ちにするなりと取れる戦法は無くもない。
若真如此,按理應在完全被包圍前就尋求救援,或針對某一支城集中突圍亦非不可能。
それならばそもそも完全に包囲される前に救援を求めていれば良い話であり、何処かの支城一点に絞っての脱出ならば出来なくもないだろう。
「確實行動無法看透。另一可能是毛利在等待冬天到來。相較築起高小屋城之時我方規模更大,若入冬積雪封路便需撤退」
「確かに狙いの見えない行動ですね。他に考えられるとすれば毛利は冬の到来を待つつもりかも知れませぬ。高小屋城を建てた頃と比べて大所帯ですから、冬になって雪に埋もれてしまえば撤退が必要となりますゆえ」
「若是如此,便可保留最少支城,放棄餘者,讓多餘部隊回撤自可安度冬季」
「それならば最低限の支城だけに絞って残りは放棄し、余剰部隊も帰らせれば充分越冬は出来よう」
「眾所皆知殿急於配合四六殿的元服,毛利或正瞄準此點」
「殿が四六殿の元服に間に合わせるべく逸(はや)っておられるのは周知の事実。毛利はそこを狙っているのかも知れませぬ」
「若真要回去,也只需由殿率一隊回師,無須急於攻略」
「それこそ殿だけが一部隊を率いて戻られれば良かろう。攻略を急ぐ理由にはならぬ」
無論如何絞盡腦汁,兩兵衛仍無法讀透毛利意圖,為此頭疼不已。
どれだけ知恵を絞ろうとも毛利側の意図が読めずに両兵衛は頭を悩ませる。
就連以籠城為主的北條氏,若有出擊良機亦會採取進攻之決心。
籠城を主戦略としていた北条氏ですら、攻める機会があれば打って出る気概を持っていた。
然而毛利卻未見此氣概,不知為何能堅持至此一貫籠城,令人生疑。
しかし毛利にはそれが感じられない。ここまで徹底した籠城を続ける理由が何なのか想像すら出来ないでいる。
因為在無望之態下籠城,內部不滿易累積,可能出現離反者。
何故ならば希望が無い状態での籠城は、内部での不満が蓄積して離反者が出る可能性があるからだ。
實際上毛利行動曾造成離反者,據說是因毛利元就曾主張『毛利家要生存,領地與當主權力宜適度』,導致內部利害權衡。
実際に毛利の行動によって離反者を出した事例もあり、これはかつて毛利元就(もとなり)が『毛利家を存続させるには領地と当主の権力は程々が良い』と説いたためだとされる。
「若毛利方主動攻勢,則可獲取各種情報;但若他們堅守至此,則其意圖難以捉摸」
「毛利方が攻勢に出てくれれば、それだけで様々な情報が手に入るという物だ。しかし、ここまで守勢に徹されると毛利の狙いが読めぬ」
「決戰方針係等待日向守殿到來,但要我們單獨攻下吉田郡山城麼?」
「決戦は日向守殿の到着を待つとの方針でしたが、我らだけで吉田郡山城を攻めますか?」
「……不,照原計即可。因毛利意圖難測,應增派斥候以防不測」
「……いや、それは予定通りで良いだろう。毛利の狙いが読めぬゆえ、不測の事態に備えて斥候を増やそう」
官兵衛對毛利消極感到狐疑,但決定不更改大方針,照原訂計畫行事。
官兵衛は毛利の消極的さを訝しみつつも、大方針については変更せずに当初通りの計画を進めるように決めた。
為免他方與外界連繫造成麻煩,決定以增員斥候細密包圍網目。
万が一にも外部と連携を取られては面倒になるため、斥候を増員することで包囲の網の目を細かくする方針だ。
「小早川、吉川等支撐毛利的將領皆勇猛。只要有他們,或可堅持到底,願彼等仍有戰心」
「小早川(こばやかわ)に吉川(きっかわ)と毛利を支える将は勇猛だ。彼らさえいればまだ戦えると慢心していることを祈ろう」
「是的,聽聞他等勇猛非凡。長年支撐毛利家興盛的武將果然與眾不同」
「ええ、彼らの勇猛さは伝え聞いておりまする。長らく毛利家の繁栄を支えてきた武将は一味も二味も違うことでしょう」
「以水軍為主的小早川雖被期待早降,卻仍是毛利兩川之一翼,不會輕易讓我們取勝」
「水軍主体の小早川は早々に降伏するかと思いきや、腐っても毛利両川の一翼、簡単に勝たせてはくれぬようだ」
毛利當主輝元之叔父吉川元春與小早川隆景,兩者姓名皆有川字,因而被比擬為輝元周圍左右的三支箭之一,合稱毛利兩川。
毛利家当主輝元の叔父にあたる吉川(きっかわ)元春(もとはる)と小早川(こばやかわ)隆景(たかかげ)は両名とも名字に川の字があることから、輝元を中心とした左右を担う三本の矢になぞらえて毛利両川(もうりりょうせん)と呼ばれている。
此為毛利元就所建構的當主與兩族親族之組織通稱,在史實中一直延續到長州藩由藩主與家老重臣支撐的體制為止;有說法稱隨隆景之死小早川氏亦式微而該稱謂消失。
これは毛利元就が確立した当主と親族二家による組織の通称で、史実に於いては長州藩の藩主と家老たち重臣が支える藩体制に移行するまで続いた。隆景の死によって小早川氏が滅亡した時を同じくして消えたという説もある。
「無論如何,吉田郡山城的陷落只是時間問題」
「いずれにせよ吉田郡山城の落城は時間の問題よ」
「不不尚未到可掉以輕心之時。他們有絕非我等可比的實戰經驗」
「いえいえ、まだまだ油断なりませぬ。彼らには我らとは比べ物にならぬほどの実戦経験があるのですから」
雖有些困難,秀吉軍仍順利突破毛利防線。那成功的經驗或許使兩兵衛略生驕傲。
多少の困難はあれど秀吉軍は毛利の防衛網を順当に突破してきた。その成功体験が両兵衛に僅かな増長を促したのかもしれない。
半兵衛察覺此點提醒自省,官兵衛亦發覺自身驕矜而重新緊繃心神。
それに気付いた半兵衛が自省を促す。官兵衛も自身の驕りに気付いて気を引き締め直した。
從備前國北上入備中國忍山城的宇喜多直家,對於織田方此番西國征伐中毛利敗亡有預感。
備前国を出て備中国は忍山城へと入った宇喜多直家は、この織田方による西国攻めに於いて毛利の敗北を予感していた。
若問原因,他只能說是直覺,也許是感受到戰理已改:無論在瀨戶內海一役之大敗,或浦上於吉井川之敗逃,都讓他體會到戰事常識已生變。
理由を問われれば勘だとしか答えられないのだが、大敗した瀬戸内海戦にせよ、浦上が敗走した吉井川の戦いにせよ、いくさの常識が変わってしまったのを肌で感じているからかもしれない。
他將視線落在那雙因歲月而顯皺紋的手上。凝視片刻,心中浮現出畢生所能攫取之物究竟為何的思緒。
彼は己の皺が目立つようになった手に視線を落とす。じっと見つめていると、己が生涯を懸けて何を掴めたのだろうかと言う思いが胸に去来した。
用各種謀略堆積來的一切如今從手中滑落,剩下的只有他本人,竟感到某種痛快之情。
様々な謀略を用いて積み上げてきたものは全て己の手から零れ落ちた。残っているのは我が身ただ一つという有様に愉快さすら感じる。
(如今毛利與宇喜多皆無,我等西國將被織田這怪物吞噬。或許我等曾輕視織田,不,更是輕視羽柴筑前守……)
(もはや毛利も宇喜多も無い。西国の全てが織田という怪物に呑まれるのだ。我らは織田を侮っていたのやも知れぬ、いや羽柴筑前守(ちくぜんのかみ)をか……)
羽柴筑前守秀吉,受命統領織田方面軍之一,確實是立志傳奇之人,但一度被視作從足輕起家的暴發戶而受輕視。
羽柴筑前守秀吉、織田の方面軍一つを任された武将であり、立志伝中の人物ではあるのだが、所詮は足軽上がりの成り上がり者と侮っていた。
事實上秀吉在第一次西國征伐曾遭遇慘敗,一度被逐出中國地方。
事実として秀吉は第一次西国征伐に於いて手痛い失敗を被り、一時期は中国地方から追い払われてしまった過去がある。
然秀吉以不屈的鬥志再獲機會,經捲土重來的奮鬥,現正對毛利形成決定性攻勢。
しかし秀吉は不屈の闘志で再びチャンスを掴むと、捲土重来(けんどちょうらい)の奮闘によって今まさに毛利に王手を掛けていた。
毛利久享西國霸主之名,但直家亦自幼流浪,一步步成為備前與美作的國主,尚有不可輕視的矜持。
西国の覇者として毛利が名を馳せて久しいが、それでも直家とて幼くして放浪の身から備前(びぜん)・美作(みまさか)の国主にまでなったのだ。
並非那麼容易就被討伐取勝。
そう易々と討ち取られてはやれぬ程度の矜持は持ち合わせている。
(一轉眼我已五十。若能以被稱為名將的明智日向守作為終生最後一章,亦是無憾!)
(気が付けばわしも齢五十になった。わしの生涯最期を飾るのが名将と謳われる明智日向守ならば不足はない!)
若願惜命求延壽,可選擇不讓家督讓渡而降服織田,然其多謀的人生不允許他作此選擇。
我が身を惜しんで延命を図るのならば、家督を譲らず織田家に下るという選択肢も無くはない。しかし、彼の謀略に満ちた人生がそれを良しとしなかった。
(寧可不捨矜持苟活於剩餘寥寥人生,亦不願放棄尊嚴;應如我心所指,奮力掙扎直至散盡)
(矜持を捨てて残り少ない人生を惨めに生きるより、我が心の赴くままに足掻いて散るのがわしらしい)
思及此處,他不由自主地笑出聲來。
そんな事を思うと、思わず笑いが込み上げてきた。
(回首一生盡是背叛與謀略。若能以武人之姿於戰場終結,則死亦無憾)
(思えば裏切りと謀略に満ちた人生だった。その最期をいくさ人として死ねるのならば本望よ)
直家幼時曾目睹祖父遭背叛殺害,成為童年流離的原體驗。
直家は祖父が裏切りに合って殺されると、幼くして流浪の身となった原体験がある。
為重振宇喜多家,直家使出各種手段不擇手段。
そこから宇喜多家を再興するために直家はありとあらゆる手を尽くした。
聽聞浦上好色傳聞,便勸美貌的母親成為其愛妾;本人年少時亦美少年,曾與之共枕。
好色な浦上の噂を聞きつければ美人であった母に愛妾となるよう勧め、また自身も美少年であったことから直家本人も閨(ねや)を共にしている。
面對避無可避的死亡,直家忽然思忖:那些曾因他謀略而喪命之人,如今會如何看待現在的我?
避け得ぬ死を前にして直家はふと思う。己が謀略によって手に掛けてきたものたちは、今の自分をどう思うのだろうかと。
他搖頭驅散那種感傷,來了一句自嘲:若是他們,定會含恨咒罵他應悽慘而死。
そんな感傷的な想いを頭を振って追い出すと、彼らならば恨みを込めて惨めに死ねと呪いの言葉を吐くだろうと自嘲(じちょう)した。
直家不僅與浦上交惡,亦曾與毛利對立。失去幕府後援時曾覺得命喪黃泉,但後來竟從原本對立的毛利處取得支援。
直家は浦上だけでなく毛利とも対立したことがある。幕府の後ろ盾を失った時は流石に身の破滅を覚悟したが、その後に敵対していたはずの毛利から支援を取り付けるまでに至った。
回想當時他嘴角含笑,並很快提醒自己現在正身處戰中。
その当時を思い出して笑みを浮かべたが、すぐに今はいくさ中であると思い直す。
(不妙,面臨死亡竟回首過往。好吧,為了我半生所築的宇喜多家,讓明智的兵也陪葬吧)
(いかんな、死を前につい過去を振り返ってしまう。さて、わしが半生を掛けて築き上げた宇喜多家の為に明智の兵には道連れになって貰おう)
他起身取起心愛的長槍。握緊那瞬間,確信此物將陪他至最後一刻。
彼は立ち上がると愛用の槍を手に取った。握りしめた瞬間、最期まで連れそう得物はこれだと確信する。
再次用力握牢,少年的熱情彷彿又浮現心頭。
もう一度しっかりと握りしめると、若かりし頃の情熱が再び胸に去来するように思えた。
「來吧,這裡便是老夫之死地。天國一人太寂寞,越多同行的亡友越好!就讓你們成為我活著之證!」
「さあ、ここがわしの死に場所よ。あの世で一人は寂しいゆえ、死出の友連れは多ければ多い程良いだろう! 精々わしが生きた証拠となって貰おう」
直家俯視著下方展開的最後戰場,高聲呼喊。
眼下に広がる最後のいくさ場を見下ろしながら直家は高々と叫んだ。