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戦国小町苦労譚

一五七九年十月中旬

「多麼大的失態啊!! 這是輝元一生的失誤……」

「何たる失態か!! この輝元一生の不覚……」

到了九月末、十月將至之際,從吉田郡山城所見的景色中出現了異物。

暦は九月の末となり十月が目前に迫る頃、吉田郡山城から見える風景に異物が現れた。

那確實是直到前一日都不存在的東西,絕對不應該存在。

それは確かに前日までは存在しなかったもの(・・)であり、決して存在して良いものではあり得ない。

突如出現的那物是座城。且非匆促搭建的木造建築,而是擁有精美漆喰塗層城牆的厚重城郭。

突如として現れたソレは城であった。それも急ごしらえの木造建築とは異なり、見事な漆喰塗りの城壁を備えた重厚な城だ。

懸揚的旗幟為信長之永樂通寶與秀吉之總金迎風飄揚。

掲げられた旗印は信長のものである永楽通宝と、秀吉のそれである総金とがたなびいている。

總之,一座敵軍的城池竟然在毛利家本據近在咫尺處突兀出現。

要するに毛利家の本拠地から目と鼻の先に敵軍の城が突如として現れたのだ。

一夜城出現的地點也成了問題。

一夜城が出現した場所も問題であった。

它矗立於高小屋山山脊交錯所成的山谷坡地,約沿著吉田郡山城東側流經的江之川向北上行約二公里處。

吉田郡山城の東側を流れる江の川を北上すること約二キロメートル程にある高小屋山の尾根同士が作る谷の傾斜に聳(そび)え立っている。

若東國中有人參戰小田原征伐,對這座一夜城那異常的形狀也會感到熟悉。

仮に東国は小田原征伐に参戦したものが居たならば、この一夜城が持つ特異な形状についても見覚えがあっただろう。

在城的中腹突出的構造,看起來像船隻的甲板,對無法想像其用途的輝元而言,顯得奇異而格格不入。

城の中腹辺りに突きだした船舶の甲板にも見える構造物は、その用途を想像することが出来ない輝元にとって奇妙で異質な城に見えた。

毛利陣營仿佛被突然架刀於咽喉,但吉田郡山城乃利用整個郡山的巨大山城,並非一朝一夕可奪取之物。

突如として喉元に刃を突きつけられた形となった毛利陣営だが、さりとて吉田郡山城は郡山全体を利用した巨大な山城であり、一朝一夕に落とせるような代物ではない。

城利用廣闊的土地設置了城主及其家族、部分重臣居所,設計能在平時與戰時皆可使用。

広大な敷地面積を利用して城主やその家族、一部の重鎮たちが住む館も設けられ、平時と戦時のいずれに於いても使用できるよう設計されていた。

反過來,因築於山間盆地且為防衛考量,交通極為不便。

反面、山間部の盆地に築城した上に防衛上の都合から交通の便は非常に悪い。

因此在史實中,後來成為居城的廣島城完工後,家臣紛紛遷居廣島城下;由於直到江戶幕府頒布的一國一城令實施為止吉田郡山城仍存續,據說它並未因某些理由被廢棄。

そのため史実に於いて後の居城となる広島城が完成すると、家臣たちは挙って広島城下へと移り住むことになる。後に江戸幕府が発した『一国一城令』が施行されるまで吉田郡山城は存続し続けていたため、何らかの理由で破棄されなかったと言われている。

「那座城有危險! 必須立即摧毀它!」

「あの城は危険だ! 直ちに叩き潰さねばなるまい!」

「等一等,看那城上懸的旗。右府(意指信長)與筑前守的旗印,我聽說那傢伙在墨俣也築過一夜城。此次也不知暗藏了何種機關」

「待て、あの城に掲げられている旗を見よ。右府(うふ)(信長のこと)と筑前守(ちくぜんのかみ)めの旗印、奴は墨俣でも一夜城を築いたと聞き及んでおる。此度(こたび)もどんな絡繰(からく)りを仕込んで居るや知れぬぞ」

「雖然這麼說,但即使袖手旁觀情勢也不會好轉! 若讓他們得意忘形再築第二、第三座城,後悔莫及。先給他們一擊,讓他們見識一下吧!」

「そうは言うが手を拱(こまね)いても状況は好転せぬではないか! 奴らが調子に乗って第二、第三の城を築かれては取り返しがつかぬ。軽く一当てして奴らに目にもの見せてくれようぞ」

對輝元而言無法容忍一夜城的存在。如各將所言,無論如何需實際攻打這一夜城以測其堅固程度。

輝元としては一夜城の存在をとても看過できない。諸将の誰かが口にしたように、いずれにせよ実際に一夜城を攻めてその堅牢さを測る必要があった。

即便是突兀出現的城,也絕不會是裡頭空無一物。若是空城,豈不是白白提供對方軍事據點,築一夜城便毫無意義。

唐突に出現した城とは言え、まさか中身が空と言う訳はないはずだ。空城ならばむざむざ相手に軍事拠点を提供することになるため、一夜城を築いた意味がない。

況且秀吉軍本隊理當正向西行進於山陰地區,最後通報時還在侵攻出雲國,卻突如越過中國山地出現在安藝國,令人覺得宛如妖術。

それに秀吉軍の本隊は山陰地方を西へと進行している最中のはず、最後に報告を受けた折には出雲(いずも)国を侵攻中だったのだが突如として中国山地を越えた安芸(あき)国に現れるなど妖術としか思えなかった。

合理推斷是秀吉軍的一部分先遣隊築起此一夜城,並在本隊來臨前堅守。

順当に考えるのであれば秀吉軍の一部先遣部隊が一夜城を築き、本隊到着まで籠城を続けると考えるのが妥当だろう。

若再拖延,便會與自山陽方面自南向西侵攻之明智軍會合,屆時明智·羽柴聯軍合力進攻,縱使堅固如吉田郡山城也難免陷落。

うかうかしていると山陽方面から南部を西に向けて侵攻中の明智軍と合流されてしまい、明智・羽柴連合軍が総力を挙げて攻めかかってこられては如何に堅牢な吉田郡山城とて落城は免れない。

時間愈有利於敵方,吾方則陷於絕境。下定決心認為此乃抉擇之時的輝元向眾人宣告。

時間は敵方を有利する一方で、こちらは窮地に追い込まれてしまう。ここが決断の時と腹を決めた輝元は皆に告げた。

「諸君仔細聽著! 那一夜城恐怕只有羽柴軍的一支小部隊堅守。本隊不可能越過險峻山嶺來到此地,這種荒唐事不會發生。那一夜城是打入我領地的楔,我認為在敵未整備前一舉攻下最為妥當!」

「皆の者良く聞いてくれ! あの一夜城には恐らく羽柴軍の一部隊が少数で籠城しておる筈だ。本隊が険しい山々を越えてここまで辿り着くなど荒唐無稽(こうとうむけい)なことが起こりようはずがない。あの一夜城は我らの領土に打ち込まれた楔(くさび)よ、準備が整わぬうちに一気呵成(かせい)に攻め落とすが吉と見た!」

「確實……據聞筑前守本隊兵勢甚眾。要在突如其來的城出現時立刻湧現並未得足夠時間!」

「確かに……筑前守めの本隊は大軍と聞く。突如として現れた城に湧いて出るには時間が足りぬ!」

「那就速即編成軍隊,將那一夜城如其名一夜之夢幻般消滅吧!」

「ならば早急(さっきゅう)に軍を編成し、一夜城を言葉通り一夜の夢幻としてくれようぞ!」

當毛利陣營在吉田郡山城準備攻擊一夜城之時,築城的福島正則獨自看著眼前景象暗自得意。

毛利陣営が吉田郡山城にて一夜城への攻撃を準備している頃、件(くだん)の城を築いた福島正則は眼前に広がる光景を前に一人ほくそ笑んでいた。

在毛利方眼裡或許看似一夜間築成,但實則此城斥資近二月時間建成。

毛利側からすると一夜にして城が現れたように見えただろうが、実はこの城は二月近い月日を費やして築城されている。

利用預定築城處位於山脊陰影的山谷,悄悄堆砌了作為城基的石垣以免被敵人發現。

築城予定場所が尾根の影になる谷間であることを利用して、城の基部に当たる石垣などを敵に見つからないよう密かに積み上げていたのだ。

待堅實地基完成,然後趁機在一夜間快速搭建上部建築,完成城池。

そしてしっかりとした土台の完成を待ち、満を持して上物の城を一夜にして作り上げたのだった。

正如毛利陣營所動搖,此一夜城乍看像是漆喰粉刷的堅固城堡,然而說實話大多只是門面紙糊的假象。

毛利陣営が動揺していたようにこの一夜城は一見すると漆喰塗りの堅牢な城に見えるのだが、実を言えば殆どは見掛け倒しのハリボテに過ぎない。

畢竟須在一夜內完成,根本無時間做紮實的施工。

何せ一夜にして城を作り上げねばならない為、しっかりと工事をする暇など有る筈がなかった。

這些建材在協力的川根村製作,透過江之川秘密運進後組裝,採用預製工法建成。

これらの建材は協力関係にある川根村にて作り上げ、江の川を通じて密かに運び込まれた上で組み立てられ、プレハブ工法によって建てられている。

乍看像漆喰塗層的白牆,實為靜子嚴選的最新建材『石膏ボード』。

一見すると漆喰塗りに見える白壁は、静子謹製の最新建材『石膏ボード』であった。

最終預定排放大砲的突出部位,以及承重的柱梁以外,其他處不過是在薄薄的板材上貼上石膏板的徒有其表。

最終的に大砲を並べる予定の張り出し部分と、重量を支える柱や梁部分以外についてはペラペラの板張りの上から石膏ボードを貼りつけただけの見掛け倒しなのだ。

對門外漢的福島而言不可知,此在尾張照一定規格製造的石膏板,是以堆疊稻草半紙做成的厚紙,並在其間塗上與水反應會固化的焙燒石膏與水的混合糊狀物而成。

門外漢である福島には知り得ない話なのだが、尾張に於いて一定の規格に従って製造されている石膏ボードはわら半紙を重ねて作った厚紙に、水と反応して固化する焼石膏と水との混合物をペースト状の間に塗りつけて作られている。

本應以雙面厚紙夾住石膏部分製成石膏板,但為了讓對方誤以為是漆喰牆,遂在一面厚紙上塗以白色塗裝。

本来は両面を厚紙にして石膏部分を挟み込むようにして作られる石膏ボードだが、相手に漆喰塗りの壁と見誤らせるため片面の厚紙に白い塗装が施されているのだ。

此特製石膏板為保證防禦遠距離攻擊之強度,厚度甚至達到一般建材難以想像的20ミリメートル,故相當沉重。

この特注の石膏ボードは遠距離攻撃を防ぐだけの強度を担保するため、一般的な建材ではあり得ない20ミリメートルにも達する厚みで作られているため相応に重量がある。

為越過中國山地運入,所有板材皆統一成一張榻榻米大小,並以規格化容器固定運至川根村。

それを中国山地を越えて運び込むため全て畳一枚分の大きさに揃えられ、これも規格化されたコンテナで固定して川根村まで運びこんでいた。

塗白的厚紙只有遠遜於我們所知油漆的防水性,若遭遇強風暴雨便會立刻露出原本的生色。

白く塗装した厚紙は我々の知るペンキに大きく劣る程度の防水性しか無いため、激しい風雨にさらされれば忽(たちま)ち元の生成(きな)り色を呈してしまうだろう。

雖可抵抗些微小雨或晨露,但能遇到天氣相助實屬幸運。

ちょっとやそっとの雨や朝露程度には負けないものの、天候が味方してくれたのは幸運であったと言うほかはない。

「哼哼哼! 毛利那些人焦急想攻來了。從煮飯的炊煙就能看出備戰情況呢」

「くくくっ! 毛利共め焦って攻め込もうとしておるな。炊飯の煙でいくさ支度が丸見えよ」

福島一手持著發給的望遠鏡自言自語。

支給されている望遠鏡を片手に福島は一人呟く。

正如福島所言,自吉田郡山城各處升起白色炊煙,閱歷豐富的福島藉此大概估算敵方戰力。

福島の言葉通り吉田郡山城の随所から白い炊煙が立ち上っており、その様子を見て経験豊富な福島は敵の戦力におおよその当たりを付けた。

若一開始就投入全兵力,縱使福島也不得不放棄一夜城,但毛利方因前次大敗而畏縮不前,犯下戰力漸次投入的愚行。

初手から全兵力を投入されていれば流石の福島とて一夜城を放棄せざるを得なかったのだが、毛利方も前(さき)の大敗で腰が引けており戦力の漸次(ぜんじ)投入という愚を犯すことになる。

經毛利陣營合議,志願攻城的二百名兵士在高小屋山麓集合,仰望這突如現身之城的雄偉。

毛利陣営の合議にて一夜城に攻め込むことになった有志の兵たち二百名が高小屋山の麓に集合し、突如として姿を現した城の威容を見上げていた。

從吉田郡山城看不見的城基部如今可見,發現山谷坡面上堆砌了堅實的石垣。

吉田郡山城から眺めていたのでは見えなかった城の基部が見えるようになると、谷の斜面に対してしっかりとした石垣が積み上げられていることが判明する。

僅憑此點就應回報非一夜城並重新檢討作戰,但現場指揮官為獲得更多情報,挑選約二十名士兵前往城中偵察。

これだけでも到底一夜城では無かったと情報を持ち帰って作戦を再考するべきなのだが、現場の指揮官は更なる情報を得ようと二十名ほどの兵士を選抜して城へと向かわせた。

士兵們攀越土堤抵達石垣時,城中便傾瀉各式大小石塊,近半兵力受創被迫撤退。

土塁を上って石垣に兵たちが達すると、城から大小様々な大きさの石が降り注ぎ半数近くの兵士が負傷して撤退するはめとなる。

目睹此景的指揮官隨即出動裝備火繩槍的兵與弓兵,從低地嘗試對城發起攻擊。

これを見た指揮官は次に火縄銃を装備した兵と弓兵を用いて、低地から城へと攻撃を試みた。

當然因受重力與仰角影響,無法看見藏於掩蔽物中的敵兵,只能大致瞄準那一帶射擊。

当然ながら重力の影響や仰角(ぎょうかく)の関係上、遮蔽物に身を隠しているであろう敵兵の姿が見えないため凡(おおよ)そのあたりを付けての射撃だった。

理所當然地未能對敵造成傷害,反而遭城防壁上的槍眼反擊。

当たり前のように敵になんら痛手を与えることが出来ず、逆に城の防壁に備えつけられた銃眼から反撃を受けることとなる。

尖銳的槍聲在山間回響,隨即一名弓兵與一名鐵炮手倒地。

甲高い発砲音が山にこだますると、銃兵と鉄砲兵が一人ずつ倒れ伏した。

指揮官終於察覺情勢不利,抬著傷兵開始撤退,一夜城方面未有追擊。

流石に状況の悪さを把握した指揮官は、負傷した兵たちを担いで撤退を始め、これに対して一夜城側からの追撃は無かった。

毛利陣營如字面般無計可施敗退,但實際接近一夜城所得情報仍十分重要。

文字通り手も足も出ないまま敗走した毛利陣営だが、それでも実際に一夜城に接近して得られた情報は大きかった。

雖被誤認為一夜築成之城,實則從基礎起就建得堅固。

一夜にして現れた城だと思い込まされていたが、基礎からしっかりと作られた頑丈な城であること。

且利用地利打造出令人難攻的巧妙結構,報告指出若欲攻下該城,攻方(即毛利方)需約為守方三倍的兵力。

また地の利を活かして絶妙に攻め辛い厭(いや)らしい構造になっており、あの城を攻め落とそうするならば寄せ手側(攻める側、即ち毛利方)は受け手の三倍程度の兵数が欲しいことなどが報告された。

基於這些情報,毛利陣營再度召開合議,最終得到如下結論。

これらの情報を元に再び毛利陣営は合議を重ねることとなり、最終的に得られた結論としては次の通りとなった。

「關於那座一夜城暫且忽視。若其持守城態度不積極攻擊,雖礙眼但就放任不理。」

「かの一夜城に関しては一旦無視するものとする。積極的に攻めてくる姿勢はなく、籠城に徹している限りは目ざわりだが放置する」

輝元向諸將宣示如此,理由在於一夜城規模狹小,即便高估其內部兵數也不會超過五百。

輝元は諸将に対してそう宣言した。根拠としては一夜城の規模が小さいため、内部に詰めている兵数を多く見積もったところで五百を超えないと見たためだ。

實際上輝元的推測命中,福島在一夜城配置的兵僅三百左右,多數部隊滯留川根村以水運支援與一夜城的物流。

実際に輝元の予想は的を射ており、福島が一夜城に配置している兵数は僅か三百に過ぎず、部隊の大多数は川根村に滞在して一夜城との物流を水運で支えている。

輝元對於敵方在其本據地僅置寡兵感到不解而困惑。其後輝元會知悉秀吉的真意,但那要等一會兒。

輝元としては敵の本拠地に寡兵を置いておく意味が理解できず混乱していた。後に秀吉の真意を輝元が知ることになるのだが、それはもう少し後となる。

此時秀吉所率本隊正自出雲國邊境向南行,接近已開通的越山路線。

その頃秀吉が率いる本隊は出雲国の国境(くにざかい)を南下し、開通した山越えルートへと差し掛かっていた。

在出雲國沿岸由後勤部隊補給並重整編制後,部隊踏入險峻山嶺。

出雲国沿岸部にて兵站部隊から補給を受けて、部隊を再編制しなおすと険しい山々へと踏み入っていくこととなる。

「這真是相當的難關啊。開闢此路,令人感念仍在前線堅守的福島之辛勞。」

「これは中々の難所じゃな。これを切り開き、今なお前線で耐えておる福島の苦労が偲ばれよう」

秀吉一邊行軍越山一邊自言自語地發表感想。

秀吉は実際に山越えルートを進軍しながら感想を独り言(ご)ちる。

山間所鋪設的道路乃簡易之物:踏實碾壓後撒上碎石,並加上緩坡以利排水。

山中に敷設された道は踏み固められた上に砕石を撒いた上に、水はけをよくするため緩い傾斜が付けられただけの簡素なものだ。

即便如此,仍比在會被樹根絆倒、非砍伐灌木難以前行的山徑為舒適得多。

それでも木の根に足を取られ、藪を切り開かねば進むこともままならない山道を通行するよりは遥かに快適と言えた。

「這可不是笑話,兄上。照這情況我們雖能先於日向守進入高小屋城(毛利所稱的一夜城),但關鍵的大砲若未能到位,便無法發揮致命一擊。」

「笑い話では済みませぬぞ、兄上。この様子では我らが日向守殿に先んじて高小屋(たかこや)城(毛利側の言う一夜城のこと)に入れましょうが、肝心要の大砲が届かないのでは決定打となりませぬ」

「笨蛋! 正因如此才能讓日向守心生負疚。畢竟我們為了與他遲到之事保持步調一致,才在敵本據前忍耐不前啊!」

「馬鹿者! それでこそ日向守めに負い目を与えることが出来ると言うものじゃ。なにせ我らは日向守の遅参に対して足並みを揃えるため、敵本拠地を前にして耐えて(・・・)いたのじゃからな!」

「那等詭辯能成立嗎?」

「その様な詭弁(きべん)が通りましょうや?」

「即便不成立也無妨。奴比我們晚到這一事實不變。我本就不介意不攻下吉田郡山城。那城環設多重護城河堅固,正面攻擊消耗過於驚人。」

「通らずとも構わぬ。奴が我らよりも遅れて合流したという事実は変わらぬ。元よりわしは吉田郡山城を落城させずとも構わぬと考えておる。幾重にも堀を巡らせた堅固な城ゆえ、真正面から攻めては消耗が激しすぎる」

高小屋城自始即故意暴露於毛利視野,使之注意,並讓他們誤以為守備堅固到不必主動攻擊,正是策略重點。

元より高小屋城はわざと毛利陣営の目に留まるように姿を晒して注意を払わせ、予想以上の守りの堅さに積極的に攻める必要性が無いと思わせることが肝なのだ。

在毛利方可見範圍內不顯異狀,並在此期間逐步將以石膏板應付的外牆換成水泥製構造。

毛利側から見える範囲では特に変わった様子を見せないようにし、その間に石膏ボードで間に合わせている外壁をコンクリート製の物へと徐々に置き換えていく。

預計到明智軍會合之時,城已由水泥構築外覆石膏板,成為堅固之城。

最終的に明智軍が合流する頃にはコンクリート造りの上から石膏ボードを纏った堅固な城へと変わっているという算段だ。

就這樣,後被稱為西國最後之大戰的秀吉攻打吉田郡山城的序幕被揭開。

こうして後に西国最後の大いくさと呼ばれる秀吉の吉田郡山城攻めの火蓋が切って落とされた。

當西國毛利與羽柴·明智之戰進入高潮時,東國奧州的伊達與最上之戰亦接近尾聲。

西国で毛利と羽柴・明智のいくさが佳境を迎えている頃、東国は奥州に於いて伊達と最上とのいくさも大詰めを迎えていた。

但因織田家的威光阻止他家介入,確保一對一的局面,且最上家內部懷有親伊達派這一『獅子身中之蟲』,因此處於劣勢。

とは言え織田家の威光によって他家の介入が許されず、一対一の構図が保証されている上に、最上家の内部には親伊達派という『獅子身中の虫』を抱え込んでいるため劣勢に甘んじている。

此戰一旦有一方宣降即告終結。此役為決定奧州支配者之雄雌而起,若一方使他方降服,戰爭之大義即消失。

このいくさはいずれかが降伏を宣言すれば終わりを迎えることとなっていた。これは奥州の支配者として雌雄を決する為に始まったいくさであり、片方が他方を軍門に下せばいくさの大義名分が無くなる為である。

再發動更大規模戰事將觸及東國管領靜子所頒禁令,故無法以武力改變勢力版圖。

それ以上のいくさについては東国管領たる静子が発した禁令に触れるため武力による勢力図の変更はできなくなる。

若再起新戰,不論理由為何,皆宣告將動用織田軍全力鎮壓,東國人對此深信不疑,知道這不是誇語。

仮に新たないくさを始めた場合、理由の如何に拠らず織田軍の総力を挙げて鎮圧すると宣言されており、それが大言壮語では無い事を東国の人々は身に染みて理解していた。

基於此背景,伊達與最上自始即以戰後局勢為考量,彼此避免巨額損失,採取小規模交鋒反覆,陷入膠著。

こうした背景があるため伊達家も最上家も最初から戦後を見据えたいくさをしており、互いに大きな損害が出ることを忌避(きひ)する為に小競り合いの繰り返しとなって膠着(こうちゃく)状態となってしまっている。

與奧州形成對照的是備前國(今岡山縣東部)之戰局。

奥州とは対照的な戦況を見せているが備前(びぜん)国(現在の岡山県東部)であった。

一直觀望明智軍與浦上交戰的宇喜多直家終於開始行動。

明智軍と浦上との交戦を見守っていた宇喜多(うきた)直家(なおいえ)が遂に動き始めたのだ。

直家以最終與織田方和睦為目標,決定不惜生命為換取更有利的和議條件而奮戰。

直家は最終的に織田方と和睦を結ぶことを目標に掲げ、少しでも有利な和睦条件を勝ち取るために己の命を費やすと決めている。

於是他將家督讓給年幼嫡子秀家,僅率直屬部隊離開居城岡山城,移往備中國忍山城。

そこで幼い嫡男たる秀家に家督を譲り、直家は直属の手勢のみを率いて居城の岡山城を後にし、備中(びっちゅう)国は忍山(しのぶやま)城へと移った。

並指定長船貞親為秀家的名代,代其名向明智軍遣使,表示宇喜多家願意臣服。

その上で秀家の名代として長船(おさふね)貞親(さだちか)を指名し、彼の名で明智軍に対して遣いを出し、宇喜多家の臣従を申し出る。

長船在交予使者的書信中說明,宇喜多家已準備向織田家臣服,並已與堅決反對的前當主直家絕交,將其逐出備前國。

長船は使者に託した書状の内にて、宇喜多家は織田家に臣従する用意があり、これに頑なに反対した前当主たる直家を絶縁の上で備前国から追放したと伝えた。

信中附言直家可能憤恨被逐出而對明智軍作亂,但宇喜多家與其無關,請明智隨意處置。

直家は追放されたことを恨みに明智軍に対して迷惑を掛けるやもしれないが、宇喜多家は関与しない故に好きに処断して欲しいと書き添えてあった。

雖是非常無理又自作主張,對外而言也無需為已與宇喜多家斷絕關係的個人負責。

非常識かつ勝手な言い分だが、それでも対外的には宇喜多家とは関係の無くなった一個人に対してまで責を負う必要はない。

接過長船的書信後,光秀面露難色,慎重回覆稱將就宇喜多家的臣服事宜咨報信長。

長船よりの書状を受け取った光秀は渋面を作ると、重々しく口を開いて宇喜多家の臣従について信長へと諮(はか)る旨を返答する。

細節條件仍待信長裁決,但已成為山賊般武裝勢力的直家令他憂心。

詳細な条件等については信長の判断を待つことになるが、山賊に等しい武装勢力となった直家の存在が気がかりであった。

光秀本為浦上的處置苦惱不已,今又加入這位殘忍詭譎的亂世梟雄直家,令他感到心中不安如刀絞。

浦上への対処だけでも頭を悩ませているというのに、ここへきて非道かつ謀略に満ちた乱世の梟雄(きょうゆう)たる直家が加わったことで光秀は胃の腑が傷むのを感じる。

光秀原想放任敗走的浦上向西前進,卻也不願坐視背後被刺。

光秀としては敗走した浦上など放置して西へと進みたいところだが、放置したまま背後を突かれるのも面白くない。

於是他在渡過吉井川後紮營,趁重整軍隊之機派斥候探查浦上逃向何處。

そこで吉井川を渡った先にて陣を張り、軍の再編成をする合間に斥候を放って浦上が逃走した先を調べることにする。

出人意料地浦上的去向很快便查明,連打聽都不用,那位操縱取回之高瀬舟幫助渡河的民眾告訴了他們。

予想に反して浦上の行方は容易に知れた。聞き込みをするまでもなく、取り戻した高瀬舟を操って渡河を手伝ってくれた民が教えてくれたのだ。

原來浦上一行沿吉井川北上,渡過河中洲與淺灘處,進入位於吉井川東側的天神山城。

なんと浦上たちは吉井川沿いに北上を続けた先に存在する中州と浅瀬が出来ている地点を渡り、吉井川の東側に存在する天神山城へと入城したという。

光秀既無地理熟悉度不知能否找到可渡點,又考慮到已渡至吉井川西側再折返之麻煩,所能採取的手段已然明確。

土地鑑の無い光秀が渡河できる地点を見つけ出せるか判らない上に、折角吉井川の西へと渡河しながら再び戻る手間を考えれば取り得る手段は決まっていた。

光秀決定整編軍隊向西行進,明知可能會被浦上從後突襲但仍決定放任。

光秀は再編成した軍を纏めて西へ向かうことを決め、浦上に背後を突かれる可能性を承知した上で放置することにする。

根據長船使者遺言,出奔的直家可能向西進入備中。

長船からの使者が言い残した内容に拠れば、出奔した直家は西に向かって備中へ入った可能性を示唆されていた。

「若就此取西向前進,或許會在備中遇上那位前當主……」

「このまま進路を西に取った場合、備中にて件の前当主とぶつかるやも知れぬ……」

對於直家那明顯故意的行路,光秀心有猜測,但仍無法不前進,於是光秀一行如追蹤般轉向追擊直家。

明らかに作為的な直家の進路について光秀としては思う処があるのだが、それでも先に進まないという手はないため光秀一行は直家を追うかのような形となった。

另一方面,在天神山城收到直家回信的浦上感到失望。

一方で天神山城にて直家からの返事を受け取った浦上は落胆していた。

他原本期待面對迫近的共同敵人明智軍能與直家聯合,卻被輕易地辜負。

明智軍という差し迫った共通の敵があれば手を結べるかもしれないと期待していたのだが、あっさりと期待は裏切られてしまう。

但浦上亦是老練之將領,覺得只要不被直家敵對,便探查明智軍之動向。

しかし浦上とて歴戦のつわものであり、直家に敵対されぬのならばと明智軍の動向を探ることにした。

浦上認為渡河的明智軍重返之可能性低,而正如他所料明智軍未理會此地轉而向西行進。

浦上としては渡河した明智軍が再び戻ってくる可能性は薄いと考えており、彼の予想通り明智軍はこちらに構わず西へと進路を取ったようだ。

直家告訴浦上的使者,自己將在備中國忍山城埋伏等待明智軍。

直家は浦上の使者に対し、自分は備中国の忍山城にて明智軍を待ち受けると伝えていた。

由此浦上認為可東西夾擊明智軍,遂即率軍追趕光秀向備中出陣。

このことから明智軍を東西から挟み撃ちに出来ると考えた浦上は、早速光秀を追いかける形で備中へ向けて出陣することにした。