戦国小町苦労譚
一五七九年六月中旬
長期持續的梅雨已經結束,靜子久違地來到技術街。
長らく続いていた梅雨が明け、静子は久しぶりに技術街を訪れていた。
看著面前一排陶壺,靜子與技術者們為難著。壺內裝著散發刺激性氣味的黏稠液體,置於灶上加熱著。
目の前に並ぶ陶器製の壺を眺めながら、静子をはじめ技術者たちが頭を悩ませている。壺の中には刺激臭を放つドロリとした粘液が詰まっており、竈に据えられて加熱されていた。
「靜子大人,這種廢油真的能派上用場嗎?」
「静子様、本当にこのような廃油が使い物になるのですか?」
「嗯。其實用植物油會比較好,但若能回收廢油再利用就能壓低成本嘛。」
「うん。本当は植物油を使う方が良いんだけれど、廃油が再利用できるなら価格を抑えられるからね」
靜子等人在做的是製皂。至於為何此時才開始做皂,大概是因為尾張推動工業化所帶來的弊端。
静子たちが何をしているかと言えば石鹸づくりである。何故今更になって石鹸づくりを始めたかと問われれば、尾張に於ける工業化推進の弊害であろう。
日夜與製造機械奮戰的技術者們因機械用油等沾染,不僅衣服,全身也變得髒黑,生活陷入不衛生的狀態。
日夜製造機械などと格闘する技術者たちは、機械の作動油などによる油汚れで衣服だけでなく己の体までも黒くなってしまい、不衛生な状況に陥っていた。
過去在尾張大量流通、以乾燥無患子作為清潔劑的方式,無法完全去除頑固油汙或土木作業帶來的泥汙,因此大家急需洗淨力更強的肥皂。
従来尾張で大量に流通していた天然の無患子(むくろじ)を乾燥させた洗剤では頑固な油汚れや土木作業由来の泥汚れを落としきれず、洗浄力の強い石鹸が強く望まれたのだ。
此外,為了在遠洋航行時維持衛生,肥皂也是不可或缺的;更高效率且能大量裝載的粉狀肥皂亦成為需求的一環。
それだけでなく外洋航行に際して衛生を保つためにも石鹸は必要不可欠であり、より効率的に多く積載できる粉石鹸なども必要となった背景もある。
製皂方法相當簡單:在原料油脂中加入苛性鈉(即氫氧化鈉)並加熱,便會發生皂化,產生製成固體肥皂的基質。
石鹸の作り方は簡単であり、原料油脂に苛性ソーダ(水酸化ナトリウムのこと)を加えて加熱すれば鹸化(けんか)(原料油脂が化学変化して石鹸に変わる現象)して固形石鹸の元が出来上がる。
若將其長時間乾燥,就能得到我們印象中的肥皂。
これを長期間乾燥させれば我々が思い描く石鹸が出来上がる寸法だ。
本來在此時代大量取得苛性鈉幾乎是夢想,但因為工業化持續需要,苛性鈉在尾張已是常見藥品。
本来であればこの時代に於いて苛性ソーダを大量に得るなど夢物語なのだが、工業化で常に需要がある苛性ソーダは尾張ではありふれた薬品なのだ。
要單純取得苛性鈉可對鹽水進行電解,但此法要大量生產需耗費龐大電力,並不現實。
単純に苛性ソーダを得ようとするなら食塩水を電気分解すれば良い。しかし、この方法では大量生産するのに莫大な電力が必要となり現実的ではない。
歷史上也有像肥皂發明時那樣由燃燒海藻所剩的蘇打灰提取苛性鈉的方法,但因需蒐集大量海藻且難以達到追求強洗淨力所需的高純度,故不在考慮之列。
史実に於いて石鹸発明時のように海藻を燃やして残ったソーダ灰から苛性ソーダを得る方法もあるが、これは大量の海藻を集める手間が掛かったり、強い洗浄力を求める上で高い純度が求められたりすることから論外となる。
因此採用了所謂「ルブラン法」,將海水與硫酸混合製成硫酸鈉,再加入木炭與石灰石燒製,由此大量獲得苛性鈉。
そこで採用されたのが所謂(いわゆる)『ルブラン法』であり、海水と硫酸を混合して硫酸ナトリウムを作り、それに木炭(炭素)と石灰石(炭酸カルシウム)を混ぜて焼くことで大量の苛性ソーダを確保した。
經過濃縮便能得到品質足夠的苛性鈉,然而苛性鈉(氫氧化鈉)為強鹼性劇藥,使用時需特別小心。
これを濃縮することで十分な品質の苛性ソーダを得ることができるのだが、苛性ソーダこと水酸化ナトリウムは強いアルカリ性を示す劇薬であり取り扱いには注意が必要とされる。
順帶一提,為富裕階層打造的高級肥皂反而容易開發:以山茶花種子提取的山茶油為原料,經過稍後提到的鹽析工程,加入從茉莉萃取的精油與蜂蜜,製成香氣華麗的逸品。
因みに富裕層向けの高級石鹸はいとも容易く開発できた。椿の種から採取した椿油を原料油脂として使用し、後述の塩析肯工程を経てジャスミンから取り出した精油と蜂蜜を添加することによって華やかな香りをつけた逸品だ。
當然這類商品價格不菲,作為朝廷進貢或贈與公卿等的禮品極為受重視,屬於頂級奢侈品。
当然ながら相応に値段の張る代物であり、帝への献上品や公卿(くぎょう)等が贈答品として重宝している程の高級品である。
因此難以普及到一般民眾或作日常使用,於是如何製造廉價肥皂成為課題。目光遂轉向尾張的烤鳥攤等大量產生的廢油。
それでは一般人に普及させたり、普段使いに使用したりするのは難しいため安価な石鹸を作ることが課題となった。そこで目をつけたのが尾張の焼き鳥屋台等から大量に出る廃油だ。
以前廢油通常以抹布吸收後焚燒處理,但會產生食物來源的腐敗惡臭及含大量煤煙的排煙,成為問題。
これまでは廃油の処理方法としてぼろきれ等に吸わせて焼却処分していたのだが、食品由来の腐敗臭や大量の煤を含んだ排煙を出すなどの問題となっていた。
於是為了再利用作為肥皂,首先進行過濾去除粗大雜質,再利用沸點差進行油水分離脫水,最後以離心分離抽取油脂部分。
そこで石鹸として再利用するにあたりまず濾過(ろか)を行って大まかなゴミを濾(こ)し取り、沸点の違いを利用した油水分離処理を行い脱水し、最後に遠心分離を行うことによって油脂部分のみを抽出する。
靜子等人正在加熱的是經過上述處理的廢油原料,但仍殘留著奇怪而刺激的異味難以完全去除。
静子たちが加熱しているのはここまで処理をおこなった元廃油であり、それでも奇妙な刺激臭が取り切れないで残されているのだ。
「那麼要進行鹽析了。請放入鹽。」
「それでは塩析(えんせき)を行います。塩を入れて下さい」
靜子一聲令下,技術者們往壺裡丟進大量食鹽。
静子の号令一下、技術者たちが壺の中に大量の食塩を放り込んだ。
於是原本液態的石膠(俗稱肥皂基)的上層浮出絮狀鬆軟的固體成分。放置一段時間後,上層會形成固化的肥皂層,下層則為鹽水層而分離。
すると液状だった石鹸膠(にかわ)(石鹸の元をこう呼ぶ)の上部にそぼろ状のふわふわとした固形成分が浮かんでくる。この状態で暫く放置しておくと上部には固形化した石鹸の層、下部に食塩水の層とに分離する。
此工序稱為鹽析;將得來的肥皂層再次加熱並添加水與鹽反覆鹽析,可得到洗淨力強且無臭的肥皂。
この作業を塩析と呼び、出来上がった石鹸層を再び過熱しながら水と塩を加えて塩析を繰り返すと洗浄力が高く無臭の石鹸を得ることが出来る。
再次加熱溶解後,加入廉價的迷迭香精油並加熱去除水分,就能做出所謂帶有綠草香味的廉價洗衣用肥皂。
これを再び熱して溶かし、今度は安価なローズマリーの精油を加えて加熱して水分を飛ばすと所謂グリーンハーブの香りがする廉価版洗濯用石鹸が出来上がった。
然而這仍不夠去除工業用油污,於是改用較便宜的白絞油(即菜籽油)廢油,加入氫氧化鉀(苛性鉀)和水在鍋中熬煮,製成常溫亦為液態的鉀皂。
しかし、これでも工業用油の汚れを落とすには不十分であったため、今度は比較的安価な白絞油(しらしめゆ)(菜種油のこと)の廃油に対して水酸化カリウム(苛性カリ)と水を加えて釜で炊き上げ常温でも液状となるカリ石鹸を作ることになる。
如此燉煮完成的液體肥皂將水分蒸發至接近凝膠狀,再加入鹽與由乾燥檸檬皮製成的稱為磨砂顆粒的研磨劑,以確保強力的洗淨力。
こうして釜炊きを終えた液体石鹸はゲル状になる手前まで水分を飛ばし、そこに塩と乾燥させたレモンの皮から作ったスクラブと呼ばれる研磨剤を添加することで強力な洗浄力を確保した。
將成品液體肥皂塗在沾有油汙的衣物上,用溫水搓揉洗滌,頑固油汙竟然像奇蹟般被清洗乾淨。
出来上がった液体石鹸を油汚れのついた衣類に付けて、ぬるま湯で揉み洗いをすると頑固な油汚れが嘘のように綺麗に落ちた。
周遭為其洗淨力喝采,靜子指示優化生產流程並開始量產,這才稍微鬆了口氣。
その洗浄力に周囲から歓声が上がり、静子は生産手順を最適化して量産を始めるよう指示をし、一息つくのであった。
當製皂工作從靜子手上交出後,來自各地派遣的農業士逐漸開始出現實質成果的報告。
石鹸づくりが静子の手を離れた頃、各地に派遣していた農業士の成果が少しずつ形になり始めたとの報告が上がってきていた。
以「尾張式農法」著稱的新式耕作田畑,產量字面上遠超以往,各東國地區紛紛發出驚嘆。
尾張式農法と呼ばれるようになった様式で作付けされた田畑は、従来とは文字通り桁違いの収穫量を誇り、東国各地から驚嘆の声が上がっている。
親眼見到這些成果的各地國人紛紛要求將農業士派往己領,但那些農業士自己則為成果未如預期廣泛提升而苦惱,同時又為當地人的正面反應感到欣慰。
その成果を目の当たりにした各地の国人は挙(こぞ)って自分の領地へと農業士の派遣を望むようになったのだが、当の農業士たちは思ったよりも成果が上がっていないことに頭を悩ませつつも現地人の反応に喜びを覚えていた。
家康與謙信對農業士的成果感到滿意,並向靜子陳情,希望持續支援農業士並推展至整個領地。
家康及び謙信は農業士たちの出した成果に満足しており、引き続き農業士の支援及び領地全体への展開を願う旨を静子に陳情する。
靜子為農業士在尾張以外土地也取得顯著成效而欣喜,同時為了確認主君對進一步技術支援的看法,便聯絡了信長。
静子は農業士たちが尾張以外の土地でも目に見える程の成果を上げられた事を喜びつつも、更なる技術支援に対する主君の考えを伺うべく信長へと連絡を取った。
對此信長回覆了簡短的「隨便你做吧」,靜子因此放心,認為他的期望方向與自己的方針並無偏差。
これに対する信長の返答は「好きにせよ」という素っ気ないものであり、彼の望む方向性と己の方針がずれていない事に安堵する。
「被完全交付是一種信賴的證明,今後也更容易派遣其他技術者。我們可以往三河和遠江種植大豆,往越後派遣釀酒相關的技術人員如何?」
「丸投げして貰えているのは信頼の証として、今後は他の技術者についても派遣し易い土壌が出来たね。三河と遠江(とおとうみ)には大豆を、越後には酒造関係の技術者を送ろうか」
這是因為自初期便與信長維持合作體制,家康領地的糧食自給率已被提升,所以有餘力種植製作味噌與醬油所需的大豆。
これは初期の頃から信長と協力体制にあったため家康の領土に関して、食料自給率が既に底上げされており味噌や醤油作りに必要な大豆を作付けする余裕があることが関係している。
而對於越後,當地對清酒釀造抱有強烈熱情,希望在救荒作物如薩摩芋普及前,也能利用剩餘米進行釀造上的投入。
一方の越後に関しては清酒造りに対する熱意が強く、救荒作物である薩摩芋等の普及を待つ間に余剰米を流用した醸造にも注力して欲しいとの要望があった。
正如有句話「人不僅為麵包而活」,靜子認為嗜好品的普及能帶來精神上的滿足,成為對明天的希望,因此她勤於提升各地的生活水準。
『人はパンのみにて生くるにあらず』という言葉があるように、嗜好品の普及による精神的満足度が明日への希望となると静子は考えており、各地の生活水準の向上に腐心している。
雖然以增加稻米產量為主要目的且已見成效,能說農業士的派遣事業已算成功,但在她希望各地也能開始產出作為主食以外各種作物的願望下,追加支援的計畫被擬定了。
主目的である米の増産が成功している時点で農業士の派遣事業は成功と言えるのだが、各地域で主食以外となる様々な作物が取れるようになって欲しいという彼女の願いの下、追加支援の計画が練られることとなった。
就這樣,靜子宅邸的忙碌驟增,當夏天將至時,謙信向靜子送來欲訪尾張的請示。
こうして急に忙しさを増した静子邸が夏を迎える頃、静子に対して謙信から尾張訪問の伺いが届けられる。
早已有前往京都向朝廷致意並到安土與信長及近衛前久(さきひさ)會談的計畫告知,但聽說謙信居然也想順道來拜訪自己,令她頗感驚訝。
かねてより朝廷への挨拶及び、信長と近衛前久(さきひさ)に会談するべく京と安土へ向かう計画を知らされていたのだが、自分の許へも立ち寄りたいとは思っておらず驚いてしまう。
對靜子而言,這正好能確認關於農業士支援的方針,於是她回覆說歡迎謙信到訪。
静子からすると農業士の支援に関する意向を確認できるため渡りに船であり、謙信に対して歓迎する旨の返信を出した。
從那時起就變得非常忙碌。畢竟越後人向來都是非常好酒,現在雖已到七月上旬,但對於新酒的「呑切(のみきり)」來說還嫌太早。
そこからが大忙しであった。何せ越後の人間は無類の酒好きが揃っており、七月上旬に差し掛かった今の状況では新酒の『呑切(のみき)り』にはまだ早い。
每年夏天慣例的呑切り,是指開栓秋季開始釀造的日本酒貯藏於酒桶,檢查有無變色,並確認香氣與味道的熟成程度的品質檢驗。
毎年の夏恒例となっている呑切りとは、秋口に掛けて仕込んだ日本酒を貯蔵している樽を開栓し、着色はないか、香りや味の熟成度合いを確かめる品質検査を指す。
那是能見到辛勤培育出的新酒的緊張與喜悅活動,所以本來希望重視釀造的謙信能親自見證,但也無可奈何。
手塩に掛けて育ててきた我が子たる新酒に出会える緊張と喜びのイベントであるため、酒造に力を入れようとしている謙信には立ち会って欲しかったのだが仕方ない。
雖非為了彌補此事,她仍決定為隨謙信而來的越後人準備酒宴,以示款待,並著手安排酒類供應。
その罪滅ぼしではないのだが、謙信に随伴してくるであろう越後の人々をもてなすべく酒の用意を手配することにした。
「這樣的量應該沒問題吧?」
「これだけあれば大丈夫かな?」
為保險起見,叫越後人景勝與兼續確認宴席所需的酒類。
念のため越後人である景勝と兼続に宴席用の酒類を確認して貰うことにする。
平日不常進入酒藏的兩人,對堆到足以令人仰頭的酒桶數量感到驚訝。
普段酒蔵へと立ち入ることのない二人は、見上げる程の高さにまで詰み上がっている酒樽の量に舌を巻いた。
兩人邊覺得只要靜子一句話就能調配出這麼多酒令人畏懼,邊勉強回覆說應該沒問題。
二人は一声かけるだけでこれだけの酒を調達できる静子を空恐ろしく思いながら、辛うじて問題ない旨を返答する。
兼續在感到畏懼的同時,對靜子的自制力也不禁生出敬意。
恐ろしく思うと同時に兼続は静子の自制心に尊敬の念を抱かずには居られなかった。
儘管處於能任意揮霍這等財力與權勢的位置,靜子的私生活卻出奇地樸素,令他們驚訝。
これ程の財と権力を恣(ほしいまま)に出来る立場にあるというのに、静子の私生活は驚くほどに質素だからだ。
反過來想像如果自己處於相同立場,是否能不濫用權力或不陷入浪費,二人認為可能很難做到。
翻(ひるがえ)って己が同様の立場にあったとしたら、権力を濫用したり浪費に走ったりせずにいられるだろうか?
兩人理解,生於戰國、帶著野心成長的自己,恐怕難以避免濫用或揮霍權力。
戦国時代に生を受け、野心を持って育った己には難しいと思わざるを得ないことを二人は理解した。
「今後我們也將擔負東國治理的一隅,必須整頓襟懷啊」
「これから東国統治の一角を担うであろう我らも、襟を正さねばならぬな」
景勝終有朝一日會被委以越後治理的責任,在承受旁人寄予的期待與壓力下,他希望能像靜子那樣去除虛飾、以誠實姿態面對人群。
景勝はいずれ越後の統治を任される立場となる。他者からの期待を一身に受ける重圧の中、静子のように虚飾を排し誠実にありたいと思うのだった。
與這些為政者的盤算形成對照的是,東國民間出現了顯著的變化。
こうした為政者たちの思惑とは対照的に、東国の民草の間に顕著な変化が起こっていた。
那是因為接受織田的農業支援後生產力提升,大家感受到眼前的溫飽得到保障,生活因此寬裕起來。
それは織田の農業支援を受けて生産力が向上し、当面の食い扶持が安堵されて生活に余裕が持てるという実感を皆が持ったことに起因する。
換言之,源於不想放棄穩定生活這一再自然不過的欲求,產生了厭戰的風氣(厭戦(えんせん)気運)。
つまり安定した生活を手放したくないという至極当たり前の欲求からくる厭戦(えんせん)気運であった。
厭戰風氣字面上就是迴避戰事的風潮,人們不願把性命押在賭盤上押一把,而是希望踏實耕作田畑、平靜地生活。
厭戦気運とは文字通りいくさを敬遠する風潮であり、己の命を賭け皿に乗せてイチかバチかの博打をするのではなく、地道に田畑を耕し穏やかに暮らしたいと思うことだ。
本來在這個時代,戰爭常常是由食糧問題引發的情形非常多見。
そもそも、この時代のいくさは食料問題を発端に発生していることが実に多いのだ。
若因為歉收、流民湧入或疫病蔓延等突發狀況無法確保足夠食糧,與其坐以待斃,選擇向他人奪取也是無可奈何的選項。
不作や流民の流入、疫病の蔓延などの予期せぬ事情で十分な食料を確保できなかった場合、ただ座して死を待つのではなく他者から奪うという選択肢を取るのは仕方ないとも言える。
然而,若有取得足夠食糧的希望,甚至能稍微累積儲備,人們會如何想呢?
しかし、十分な食料が手に入る見込みがあり、多少なりとも貯えを作ることすら可能となれば人々はどう思うだろうか?
誰都珍惜自己的性命,若有避開危險的方法,自會毫不遲疑地選擇那條路。
誰だって己の命は惜しい、危険を避ける方法があるなら迷わずにそちらを選択する。
不論民間如何變化,連武士階級中也開始流行厭戰風氣,這點恐怕是誰也難以預見的。
こうした民の風潮はともかく、武士階級に於いてまでも厭戦気運が広まってしまったのは誰もが予想し得なかっただろう。
對下級武士而言,能養活一族最為重要,他們選擇讓大家都能享受富足生活的道路,而非堅持理念、主張或過去的怨恨。
特に下級武士にとっては一族を食わせてゆくことが大事であり、己の主義や主張、過去の遺恨などよりも皆が豊かな生活を享受できる道を選んだ。
這真是甜蜜的毒藥。曾因向織田家示好而體驗到穩定生活的人,一旦嘗到便再也難以放手。
これは実に甘い毒であった。織田家に恭順を示すことにより一度安定した生活を体験した者たちは、最早それを手放すことなど考えられないようになってしまう。
飢餓是難以忍受的痛苦,過著連明日都無法預料的日子所帶來的心理負擔極為沉重。
それ程までに飢餓とは耐え難い苦しみであり、明日をも知れぬ生活を送ることからくる心理的負担は大きいのだ。
能吃飽肚子、不必為明天的飯食惶恐,這種生活甚至把對信長的反抗之心都壓碎了。
腹一杯になるまで飯を食べられて、明日の飯を心配する必要もない生活は信長に対する反抗心すらもへし折ってしまった。
可以說,得到足夠的營養與休息後,他們的理性判斷也回復了。
十分な栄養と休息を得た彼らに真っ当な判断力が戻ったともいえるだろう。
在織田家內,靜子的手腕被高度評價為以富足來拔除猛獸牙齒的妙策,但對靜子本人而言,她並無此等用意,心情因此複雜。
豊かさを与えることにより猛獣の牙を抜く妙手だと織田家中では静子の手腕が高く評価されたのだが、彼女としてはその様な意図はないため複雑な心境になるのだった。
「果然不會像尾張那樣的石高吧,但也希望不要抱過高期待啊……」
「流石に尾張程の石高にはならないと思うんだけど、過度な期待はして欲しくないなあ……」
尾張自古為沃土,憑藉技術革新本就具備能大幅提高生產力的地力。
元より尾張は肥沃な土地がらであり、技術革新によって飛躍的に生産力を増やせるだけの地力があった。
在尾張成功的施策不見得能在別處複製,加上面對的是自然,究竟會發生什麼事無從預料。
尾張で成功した施策が他の土地で成功するとは限らないうえ、自然が相手のことだけに何が起こるかは予想できない。
今年再好,明年也可能突遭歉收,因此靜子指示必須同時慎重推進備用的食糧確保措施。
今年は良くても翌年は突発的に不作に見舞われることも充分にあり得るため、常に予備の食料確保施策を並行で慎重に推進するよう静子は指示していた。
話雖如此,當代經濟對稻米的依賴甚深,甚至被稱為米本位制度,各國人民也能理解想儘可能增加水稻種植的心情。
とは言え、この時代の経済は米本意制度と呼ばれる程に米という作物に依存しており、各国人も米の作付けを可能な限り増やしたいという気持ちは理解できる。
若透過選擇與集中把資源投向稻作,生產量確實會顯著成長,但一旦稻作失敗,可能會導致餓死人,這是極具風險的政策。
選択と集中によって米作りにリソースを投入すれば、確かに生産量は目覚ましく伸びるだろうが、万が一米が駄目だった場合は餓死者が出かねないという危険な政策なのだ。
此外,各國的支援請求蜂擁而至,教導方的人手不足也已開始浮現。
更には各国からの支援要請が殺到しているため、教える側の人手不足も表面化している。
即便致力培養農業士,但畢竟依賴單一國家的人才,仍無法確保足以覆蓋整個東國的人數。
農業士の育成には力を入れてきたとはいえ、所詮は一国だけの人材に依存しているため東国全域を網羅できる程の人数を確保するには至らない。
原計劃是派出的農業士與當地人一同作業,學到技術的居民再傳授給他人,透過水平擴散像滾雪球般增加教學人力。
当初の予定では派遣した農業士と共に農作業をすることで学んだ地元の人々が別の人々に教えるという、水平の技術拡散によってネズミ算式に教える人材を増やす狙いがあった。
然而接受農業支援的地區接連創下超乎預期的成果,需求瞬間暴增,供給趕不上的局面出現。
しかし、農業支援を受けた地域が軒並み想像以上の成果を上げたため一気に需要が爆増し、供給が間に合わない事態となってしまう。
結局拮据難以為繼,遂與未事先調查的地區簽署承認風險的文件以縮小候選範圍,並從中以抽籤方式決定支援對象。
結局はない袖は振れぬということで、事前調査をしていない地域に関してはリスクが高い旨を受け容れるという文書を交わして候補を絞り、更にその中から抽選で選ぶ方式とした。
此次抽籤以籤問天意,旨在迴避不滿與爭議。
この抽選は籤(くじ)によって天意を問うものとし、不平不満を躱す狙いがあった。
東國的這股動向將西國的國人推入極為不利的處境。
こうした東国の動きによって西国の国人たちは酷く不利な状況に追い込まれてしまう。
不僅無法如前所構想從東西夾擊織田形成包圍網,靜子的開發支援越深入,東西間的經濟差距便會越迅速擴大,形成時間上的制約。
何せ東西から織田を挟撃するという従来の織田包囲網を構築することが不可能となってしまっただけでなく、静子による開発支援が進めば進むほどに東西の経済格差が大きく広がってしまうという時間的制約までついてくるのだ。
即便現階段僅尾張與美濃二國,其經濟力也被認為足以對抗整個東國;若此勢力擴散至全東國,對西國國人而言無異於惡夢。
現時点でも尾張・美濃二国だけで東国全ての国と勝負できるといわれる程に経済力が突出している。これが東国全体に広がってゆくのは、西国の国人たちにとって悪夢でしかない。
西國至今仍無法決定是向織田家臣服還是徹底抗戰。
西国ではこの期に及んでも尚、織田家に対して恭順を選択するか徹底抗戦するかを決断できずにいる。
現在負責攻略西國的是秀吉與光秀,但東國越發富庶,織田勢力便越有餘力把多餘兵力轉向西方。
今でこそ西国攻略をしているのが秀吉と光秀の二人だが、東国が豊かになればなるほどに余剰戦力を西へ振り向ける余裕が出来てしまう。
即便拼盡全力將那二人擊退,織田軍主力──信長軍與靜子軍──仍會保持無損。
仮に死力をふり絞って二人を追い返したとして、織田軍の主力たる信長軍と静子軍は無傷のままだ。
現在採取靜觀態度的信長一旦真正展開行軍,抵抗將毫無意義,猶豫的餘地也將不復存在。
今は静観を決め込んでいる信長が本格的に行軍を開始すれば抵抗は無意味であり、逡巡している余裕すらなくなってしまうだろう。
戰國時代的終焉正徐徐而確實地向西國逼近。
少しずつ、されど着実に西国でも戦国時代の終焉が訪れようとしていた。
謙信自越後上京,向朝廷及信長行禮致意後,終於抵達尾張。
謙信が越後より上京し、朝廷及び信長への挨拶行脚の後、遂に尾張へと到着することとなる。
靜子作為接待總責任,舉行宴席款待他們。
静子は接待の総責任者として彼らをもてなす宴席を催していた。
「可以看出大家真心相信未來會比今日更好。這個世界不再是為了明日的食糧必須從他人手中奪取才能活下去的時代了。」
「皆が今日より良い明日が待っていると心から信じているのが窺える。明日の糧を得る為に他者から奪わねば生きられない世の中ではなくなろうとしている」
謙信自越後出發,經今浜(即現在的長浜),巡訪京與安土後抵達尾張,滿懷感慨地說道。
越後を出て今浜(現在の長浜)を経由し、京及び安土を歴訪し尾張に至った謙信は万感の思いで言葉を紡いだ。
無論走到織田領何處,皆未見民眾為生活所苦,無論大人孩童皆滿面笑容。
織田領の何処へ行っても民たちが生活苦に喘いでいる様子はなく、大人も子供にも笑顔が溢れていた。
儘管各領國間貧富差距確實存在,但大家都一致向前生活的情形讓謙信如同親眼所見般欣慰。
とはいえ領国ごとに貧富の差は確実に存在するのだが、それでも皆が一様に前を向いて生活していることが謙信は我が事のように嬉しかった。
「身為在亂世中長大之人,對於戰事消弭仍有一絲寂寞,但比起那更令我欣喜的是戰亂終結。再也不會有為了一把種籾而父母出賣子女的世道……」
「乱世を生きた身としては、いくさが無くなる事に一抹の寂しさを覚えるが、それ以上にいくさの終焉が喜ばしい。たった一握りの種籾を巡って親が子を売るような世ではなくなるのだ……」
在此時代,父母為了確保口糧而販賣子女早已成習,遺棄年邁無力工作的老人――俗稱姥捨て――亦盛行。
この時代に於いて親が食い扶持を確保するために子を売ることは常習化しており、年老いて働けなくなった老人を捨てる姥(うば)捨てなども横行していた。
在嚴寒的東國這種現象更為顯著,長期目睹此情的謙信,看到孩子嬉戲、老者守望、父母辛勤勞作的景象,從心底覺得美好。
寒さの厳しい東国に於いてはその傾向がより顕著であり、そんな状況を長らく見てきた謙信は、子供が遊んでいる様子を老親が見守り、両親は労働に汗を流す様を心の底から美しいと思った。
「這景象將成為不久將來越後的模樣!不,我一定會實現它。」
「この光景は近い将来の越後の姿となりましょう! いえ、絶対にしてみせるのです」
坐在謙信旁的景勝舉拳慷慨陳詞。雖然對於武士無用武之地而感到寂寥亦非全無,但他更加嚮往家人能彼此疼惜、安然生活。
謙信の傍に座している景勝が拳を掲げて気炎を吐いた。いくさ人の活躍の場が無くなることに寂寥(せきりょう)感を覚えない訳ではないのだが、それ以上に家族が互いに慈しみ合って生活出来る事への憧れが強い。
「……即便我們以戰力擊敗織田殿,也不會見得這等景象。終究只能向他人奪取者,無法讓眾人綻放笑顏。」
「……仮に我らがいくさで織田殿を破っていたとしても、この光景を目にすることは無かったであろうな。結局他者から奪うことしか出来ぬ者では皆を笑顔にしてやれぬ」
在被稱為戰國的殘酷時代裡,為了稀少糧食互相奪取而爭鬥,必然會陷入日益衰弱的窘境。
戦国の世と言う過酷な状況下で、少ない食料を互いに奪い合って争っていてはじり貧に陥ることは目に見えている。
即便如此,為了活過每一天仍不得不奪取;他們明白人應以分享而非搶奪來體現為人的尊嚴。
それでもその日一日を生き抜くためには奪わずにはいられない。人が人らしく生きる為には奪うのではなく、分け与えるのだと判ってはいた。
然而他們已對此抱持「不切實際的空想」而放棄;但信長卻做到了,僅憑此一事便足以讓人覺得選擇降服並非錯誤。
しかし、それは現実を見ない絵空事だと彼らは諦めてしまっていたのだ。しかし、信長はそれを成して見せた、ただこの一事を以て恭順を選んだことが間違いではなかったと思える。
「冒昧言之,無論我們多麼善戰也無法戰勝他們。當他們陷入窮困時,是那些曾被分糧的人站了出來,且這種互助的連鎖從未中斷。」
「恐れながら、我らがどれ程いくさに強くとも彼らには勝利できなかったことでしょう。彼らが窮地に陥った際には、彼らに糧を分け与えられた者が立ち上がり、その連鎖が途切れないのですから」
「確實。再怎麼擅長戰事,頂多也只是奪取性命而已。如今我才意識到那與為了減口而賣子之父母無異。」
「確かにな。どれだけいくさ巧者であろうとも、所詮は命を奪うだけのこと。口減らしに子を売る親となんら変わらぬことに今更ながら気づかされたわ」
謙信在得知信長於宇佐山之戰陷入窮境時,對其戰鬥表現不禁感到戰慄。
謙信は信長が窮地に陥った宇佐山の戦いを知った折、その戦いぶりに戦慄を抱かずにはいられなかった。
在此時代敗戰常使兵士四散,早已被視為常識,難以整頓統率。
この時代における負けいくさでは、兵は散り散りになってしまい統率など出来ようはずもないのが常識だ。
然而在宇佐山之戰中擔任殿(しんがり)的兵士們,直到最後都未曾逃離,戰至最後。
しかし宇佐山の戦いに於いて殿(しんがり)を務めた兵たちは、最期まで逃げずに戦い抜いたのだ。
他們本可有無數逃亡機會。檢視現場者留下的手記記載,多數遺體已非完整狀態,有的四肢殘缺,箭矢如刺猬般插滿全身。
逃げる機会など幾らでもあっただろう。現場を検分した者が残した手記には、彼らの遺体の殆どがまともな状態ではなく、四肢が欠け矢がハリネズミのように刺さっているものすらあったと記されている。
儘管如此,他們仍不放武器,與可能是敵兵的遺體同歸於盡,令人驚嘆不已。
それでも得物を手放さず、敵兵であろう遺体と相打ちになっていたと言うのだから驚嘆する他ない。
為了守護他人而賭上生命成為死兵者,便有如此可畏之力。
誰かを守るために命を賭して死兵となったものは、それ程までに恐ろしいのだ。
「那正是精神超越肉體的證明。實乃一騎當千的猛將,要是我早已落荒而逃。」
「あれこそ精神が肉体を凌駕(りょうが)した証左よ。正に一騎当千の兵(つわもの)なり、わしならば尻尾を巻いて逃げておる」
「就連我也會逃走。若一開始便以捨命去搏相殺,想要活下去之人毫無勝算。」
「某でも逃げまする。最初から命を捨てて相打ちを狙われては、生き残りたいと願う者に勝ち目がございませぬ」
兩人雖裝出打趣的樣子,但這無疑是他們的心聲。
二人とも軽口を叩いている風を装っているが、これは紛れも無い彼らの本音であった。
面對捨身不顧的死兵,再如何磨練的技藝亦失其意義;無論武藝達到何等境界,出擊時依然會生出破綻。
己の身を省みない死兵を前にしては鍛え上げた技量も意味をなさない。どれ程の武の境地に至ろうとも、攻撃する際には隙が生じる。
因為試圖閃避攻擊,反擊才打不中;若完全不避開而硬接對方反擊,反而會被抓住破綻。
攻撃を回避しようとするから反撃が当たらないのであって、一切避けずに受けて反撃されれば隙を突かれてしまう。
「祈願今後不再與死兵交戰。我等的目標是將尾張的民眾那樣的生活帶到越後。」
「今後に於いて死兵と戦うことが無いことを祈ろう。我らの目標は尾張の民達のような生活を越後に齎すことだ」
「然也。那樣一來在越後也能吃到美味的飯了。」
「然り。そうなれば越後でも旨い飯が食えるようになりましょう」
「好酒也能喝到呢」
「旨い酒も、な」
先前的陰鬱氣氛被一掃,只要一談到食物,兩人便變得饒舌起來。
先ほどまでの暗い雰囲気が一掃され、食い物の話となった途端に二人は饒舌になった。
好飯與好酒,這兩樣只要具備,彷彿世間一切無慮,兩人的表情像孩子般閃耀。
旨い飯と酒、この二つさえ揃えば世はすべてこともなしと言わんばかりに二人の表情は子供のように輝いている。
「明知是不得允許的願望,但不禁想到就這樣繼續在靜子殿手下當人質生活。」
「許されぬ願いとは理解しておりますが、ふとこのまま静子殿の下で人質生活を続けたいと思ってしまうのです」
「哦!若是那樣我也想體驗看看。隱居時也許該投靠尾張……」
「ほう! それほどならばわしも体験したいものよ。隠居する折には尾張に身を寄せるべきか……」
「靜子殿在育兒時所提出的方針是:多吃、多玩、多學、多睡。本來還有一節是要多工作,但看她的工作態度,那一條被認為最好別學,因而被刪除。」
「静子殿が子育てする際に掲げておられた方針が、よく食べ、よく遊び、よく学び、よく眠るとのこと。本来はよく働き、という一節もあったのですが、静子殿の働きぶりを見るに、そこだけは見習わぬ方が良いとのことで外されました」
「靜子殿的工作方式已成為民間談資。聽說在有後繼者出現之前,甚至有人直接去向織田殿陳情。」
「民の口の端に上るほどだからな、静子殿の働きようは。後継ぎが出来る前には織田殿に直談判する者すらいたと聞き及んでおる」
「對此確實不能不對織田殿感到同情。織田殿反而會率先勸她休息,她每次被提醒就想休息,但不知不覺又開始工作了……」
「流石にあれに関しては織田殿に同情を禁じ得ませぬ。織田殿はむしろ率先して休むよう働きかけておられましたからな、本人は指摘される度に休もうとするのですが気が付けば働いているらしく……」
「為了自己而粉骨碎身的臣下固然令人感激,但若因此損及自身名聲,想必也讓織田殿苦惱不已。」
「己の為に粉骨砕身してくれる臣下は有難かろう。しかし、それが己の評判を落とす羽目になるとは織田殿も悩ましかったであろうな」
「四六殿成為後繼者後,她也開始壓抑工作量,才終於平穩下來。再者靜子殿的臣下也已成長,大家都盡力排除那些只有她才能做的工作。」
「四六殿が後継者となり、彼女も仕事量を抑えるようになってようやく落ち着いております。また静子殿の臣下が育ったのも大きいかと、彼女でなければ出来ない仕事というものを極力排するように皆が尽力しておりますな」
靜子自從事奉信長以來,工作量雖有增加,但減少的次數屈指可數;即便如此她仍維持自他皆認同的健康體魄,精力充沛地四處奔走,無人敢插手。
静子は信長に仕えて以来、仕事量が増えることはあっても減らしたことは指折り数えられる程度でしかない。それで居ながら自他ともに認める健康体を維持し、精力的に動き回っていたため誰も口を挟めなかった。
甚至連為靜子殿捨命也在所不惜的足滿也無法干預,可見要制止靜子的工作癮是多麼困難。
そして静子の為ならば己の命すら惜しまない足満ですら手を出せなかったことからも、静子の仕事中毒を制することが難しかったことが窺い知れる。
恐怕靜子已成資訊中毒,若放慢腳步休息放鬆,接收到的資訊量被限制,與平時相比的落差會驅使她去尋求工作。
恐らく静子は情報中毒になっており、ゆっくりと休んで寛いでいると入ってくる情報量が制限され、普段との格差から仕事を求めてしまうのだろう。
歸根究柢,除非如信長所為般,從強制剝奪工作開始,讓她習慣資訊稀少的狀態,否則只會回復原狀。
結局は信長が行ったように、強制的に仕事を取り上げてしまい情報量が少ない状況に慣れさせることから始めない限り、元の木阿弥となってしまうのだ。
「她的行為原理仍然不明。基本上是無欲之人,卻不知為何對奇怪的東西感興趣。前陣子在京中發現一束古舊的紙束,讓她高興不已。我稍微看了一眼,只有些骯髒破爛的東西,上面亂寫著牢騷,完全看不出有何價值,令人費解。」
「彼女の行動原理は未だに判りませぬ。基本的には無欲な御仁なのですが、何故か妙なモノに興味を示されるのです。この前も京で何やら古めかしい紙束を見つけて喜んでおられました。少し拝見させて頂いたのですが、汚らしい襤褸(ぼろ)切れに乱雑に愚痴が書き連ねてあるだけでおよそ価値があるように思えず首を傾げました」
「我也把從無後繼者之家庫裡發現的書籍讓給她,結果收到了大量回禮。靜子殿似乎能在古書中找到價值,但我可不明白我閒玩時的日記有何價值。」
「わしも後継者の絶えた家の蔵から見つかった書物を譲ったら、大量の返礼品が届けられたぞ。どうにも静子殿は古い書物に価値を見出すようだが、わしにも手遊(すさ)びの日記に何の値打ちがあるのかは判らぬよ」
對於生活在不那麼久遠時代的他們來說,前人稍早留下的日記或塗鴉幾乎無法發現任何價值。
そう遠く隔たって居ない時代に暮らす彼らにとって、少し昔の先人が書いた日記やら落書きやらには何の価値も見いだせない。
然而對於生於遙遠未來且是歷女的靜子殿來說,這些是能了解已失傳當時情況的資料,因而渴望得如饑似渴。
しかし、遥か未来で生を受けた上に歴女である静子にとっては失伝してしまった当時の状況を知ることが出来る資料であるため、喉から手が出る程に欲しいものとなる。
正因為知道那些已失傳,靜子殿才想把一次史料整理編纂,留給後世,這樣的心思恐怕難以被理解。
失伝してしまった事を知っているからこそ一次史料を纏めて編纂し、後世に残そうと考えている静子の思惑は理解できないだろう。
以這個條件說來也適用於みつお,但他偏理工科取向,對歷史並無那麼深的情感投入。
この条件で言うならばみつおにも当てはまるのだが、彼は理系よりの人間であるため歴史にそれほど思い入れが無い。
順帶一提,曾在未來度過時光的足滿,雖理解代代相傳技術的重要性,卻對由勝者恣意編纂的歷史毫無興趣。
因みに未来で過ごしたことのある足満にとっては、連綿と受け継がれた技術の重要性は理解するものの、勝者によって恣意的に編纂される歴史なんぞには興味すらなかった。
「多虧了她,圖書館藏書豐富,對於能從中獲得大量學問的某而言實在感激。從司書給我看的圖書目錄來看,很多被蒐集的資料令人費解不知為何會被收藏。」
「彼女のお陰で図書館には膨大な蔵書があり、沢山の学びを得られる某としては有難いところではありまする。司書殿に見せて頂いた図書目録からすると、何故これを蒐集したのかと謎になる資料も多くございます」
「對我們凡人而言無價值之物,像靜子殿那等才人也許能看見不同的東西。」
「我々凡人にとっては無価値なものであっても、静子殿程の才人であれば違うものが見えておるやも知れぬ」
對兩人來說靜子的蒐集癖難以理解,但她總是付出代價買下,無從責備。
二人にとって静子の蒐集癖はおよそ理解できるものではなかったが、必ず対価を払って譲り受けているため咎めるものでもない。
在他們眼中那不過是古怪的行為罷了。
彼らにとっては酔狂な行動として目に映るだけである。
「到了這地步,唆使東國之人造反以形成反織田勢力恐怕不可能。那位投靠毛利的人似乎始終不懂這一點。」
「ここに至っては東国の者を唆して反織田の勢力を作り出すのは不可能であろう。毛利の許に身を寄せておられる、かのお方は一向にご理解されぬようだがな」
「我們判斷織田殿所描繪的未來為最良之策。至於其他人,則以戰決雌雄。事已徹底決定無疑。」
「我らは織田殿が描く未来が最良と判断して下った。そして他の者はいくさにて雌雄を決した。既に完膚なきまでに決着がついておりまする」
「嗯。天助織田殿。吾等之使命是在守望織田殿的治世以避免民苦,同時將更好的明日留給子孫。」
「うむ。天は織田殿に味方したのだ。我らは民が苦しまぬよう織田殿の治世を見守りつつ、より良い明日を子供たちに残すのが使命よ」
謙信並非盲目信任信長。人皆有突變之可能,若他成為以壓政使民受苦之人,謙信也不會遲疑以己之武向信長提出異議。
謙信は信長を盲信しているわけではない。人は誰しも突如として豹変する可能性を秘めているため、仮に彼が民を圧政で苦しめるような存在になれば、己の武を以て信長に異を唱えることを躊躇しない。
謙信所求的是一個無戰事、百姓能安心生活的世代。
謙信が求めるのはいくさのない、民が安心して暮らせる世なのだ。
他不會為了滿足私慾而希望百姓成為犧牲的亂世。
我欲を満たさんが為、民たちが犠牲となるような乱世を望んではいない。
「我不認為織田殿的治世會永遠持續。萬物流轉,終有終結。然而至少在我等仍在世時,絕不會坐視此類暴行。」
「織田殿の治世が永久に続くとは思わぬ。万物は流転するゆえ、必ず終わりは訪れる。だが、少なくとも我らの目が黒いうちは、そのような暴挙を見逃さぬ」
「我們也不能僅僅享受和平,必須對變化保持警覺。」
「我らもただ平和を享受するだけではなく、変化に目を光らせねばなりませぬな」
謙信向景勝點頭,隨即豪爽地啜了一口茶,彷彿宣告此話題已罷。
謙信は景勝の言葉に頷くと、この話はもう終わりだと言わんばかりに豪快に湯呑を呷った。
「在這般盛大的宴席上只能喝茶實在可惜,但為了明日與靜子殿的會談必須養精蓄銳。至少可以說,東國的未來責於她的雙肩並非誇張。」
「これほど盛大な宴席で茶しか呑めぬのは口惜しいが、明日の静子殿との会談に向けて鋭気を養わねばならぬな。少なくとも東国の未来は、彼女の双肩に懸かっていると言っても過言ではあるまい」
「與其憂慮不如行動。某並不那麼擔心。」
「案ずるより産むが易しということもございます。某はそれほど心配しておりませぬ」
景勝帶著笑容回答謙信的話。
景勝は謙信の言葉に笑みを浮かべながら答えた。
「看到你們的模樣我很驚訝。竟然都吃了太多好吃的東西,以至於從前穿的衣服穿不下,誰能想得到呢」
「お主らの姿を見た時は驚いたぞ。揃いも揃って旨いモノを食べ過ぎて、昔身に着けていた着物が入らぬとは、誰が想像できようか」
「冒昧回話一番,並非長了多餘的贅肉。只是因為充足的飲食與每日的鍛鍊,身體比以前大了一圈。至於酒量增加那事就無可辯解了……」
「お言葉を返すようですが、無駄な肉がついたわけではございませぬ。十分な食事と日々の鍛錬によって一回り体が大きくなっただけにございまする。酒量が増えた事については言い訳のしようがございませぬが……」
「真令人羨慕。我這裡每個月都有醫生來診,還對我的飲酒嚴格指導著」
「羨ましい話よの。わしの許には毎月医者が通ってきて、酒について厳しく指導されているというのに」
「不過,正因如此聽說御實城様的狀況變好了。據靜子殿所言,只要能維持現在的狀態,便可逐步放寬對飲酒的限制」
「しかし、そのお陰で御実城(おみじょう)様の具合が良くなったと聞き及んでおりまする。静子殿によれば今の状態を維持できるなら、徐々に飲酒についても規制を緩めて良いと仰っておられました」
「雖是可喜之事,但不可鬆懈。若每月的診察結果不理想,限制便會立刻收緊。從前因為交際喝得過頭時,曾被把飲食的一切都管得死死的」
「何とも喜ばしい話だが油断は出来ぬ。毎月の診察の結果が思わしくなければ、即座に締め付けが厳しくなろう。以前、付き合いで深酒をした折には飲み食いの全てを管理されたゆえな」
謙信以前在與他國諸臣的會談中需互相斟酒,談得比預期熱絡,結果常常喝得過量。
謙信は以前、他国の国人との会談に於いて酒を酌み交わす必要があり、思いのほか話が盛り上がってしまい深酒に至ることがあった。
後來每次定期會合都會飲酒,結果在翌月的診斷中立刻發現病情惡化,於是被處以連每天可攝取的鹽分量與水分量都被完美管理的生活。
その後も定期的に会合を持つ度に飲酒していたところ、翌月の診断でたちどころに病状の悪化が発覚し、それに対する罰則は一日に取れる塩分量から水分量に至るまで完璧に管理された生活を送る羽目になった。
在飲食方面全由醫生帶來的助手監視,並牽連周遭的人,所有自由被封鎖的生活即便是謙信也刻骨銘心。自那以後謙信便遵守規定的酒量。
飲食全てに於いて医師が連れてきた助手に監視され、周囲の者も巻き込んで一切の自由が封じられた生活は流石の謙信とて骨身に染みた。それ以来謙信は、定められた酒量を守っている。
「家臣起初終日擔心那些跟在我身邊監視我的人會暗殺我,卻被靜子殿派來的醫師勸說若不就醫恐怕幾年內就會喪命,於是改變了態度」
「家臣は終始わしに付き従う監視の者に暗殺を心配しておったようだが、静子殿より派遣された医者にかからねば数年で命を落としていたであろうと諭され態度を変えおった」
「即便他們被視為可惡,卻是為了治好御實城様的身體而盡心盡力。即使不行刺,只要放任不管也能達成目的吧」
「疎ましく思われようとも御実城様のお身体を治そうと尽力して下さったのです。暗殺などせずとも放置すれば目的は達せていたことでしょう」
「他們即便被懷疑仍忠於職守。他們對工作的自尊恐怕不遜於我們武士。那等懷疑之人最後也會為己所感到羞愧」
「彼らは疑念を掛けられても尚、職務に忠実であった。己の仕事に対する矜持は、我ら武士にも劣らぬだろう。疑った家臣が己を恥じる程にはの」
不論謙信多麼覺得不快,仍有聲音出來指責那些堅決跟隨他、注意他一舉一動的助手們。
謙信がいくら煙たがっても強硬に彼に付き従い、一挙手一投足に注意を払う助手の姿に彼らを糾弾する声を上げるものが現れた。
「我們是受靜子様親自命令來治療上杉様的身體。欲救命的我們圖謀暗殺,這等違背靜子様旨意的事,即使天地顛倒也不會做。若仍無法接受,見到可疑之狀即可斬殺也無妨」
「我らは静子様より直々に上杉様のお身体を治すよう命を受けておりまする。命を救わんとする我らが暗殺を企てるなど、静子様の意に背く行為は天地が逆さまになろうとも行いませぬ。それでも尚、ご納得されぬのであれば怪しい様子を見かけ次第斬り捨てて頂いて構いませぬ」
對此助手們連聲色都未曾激動,淡然冷靜地回應道。
これに対し助手たちは言葉を荒げることすらなく、淡々と冷静に返した。
不僅醫師,甚至連那些助手對靜子的忠誠皆已深植,見此而曾懷疑者便羞愧其心性而道歉。
医師だけでなくその助手に至るまで、静子に対する忠誠心が行き届いている様を見て、疑いの目を向けた者は己の性根を恥じて謝罪する。
助手們既然要貼身侍候貴人,對於被懷疑可能行刺之事是心知肚明,他們接受了道歉,未再發展成更大紛爭。
助手たちも貴人に付き纏いをする以上、暗殺の疑いを向けられることは重々承知しており、謝罪を受け容れそれ以上のもめ事に発展するようなことは無かった。
反而因為醫師與助手們坦誠相對,謙信的家臣們被他們對職務的誠懇打動,開始加深交流。
むしろ医師や助手たちが腹を割って話したことで、謙信の家臣たちは医師たちの職務に対する誠実さに惚れ込み交流を深めるようになる。
起初關係有些生硬,但經過數月便完全打開,有些人甚至結成了私人友誼。
最初はぎこちない関係であったが、数か月も経てばすっかり打ち解け、中には個人的な友誼を結ぶに至るものすら現れた。
「恐怕就連靜子殿也未曾預料到,正因那些人的盡力,家臣們才能信任那位他們由衷崇敬的靜子殿」
「恐らく静子殿とて予想していなかっただろうが、あの者達の尽力があったからこそ、家臣達も彼らが心底心酔する静子殿を信用できたのだ」
聽了謙信的話,景勝面帶笑容點了點頭。
謙信の言葉に景勝は笑みを浮かべて頷いた。