戦国小町苦労譚
一五七九年 一月下旬
大致將東國納入掌控的織田領,在正月期間總是瀰漫著和樂的氛圍。
東国を概ね手中に収めた織田領の正月は、終始和やかなムードが漂っていた。
信長所標榜的「天下布武」似乎愈發具體,因此前來向主君信長行賀的諸將表情也都明朗。
信長の掲げた『天下布武』がいよいよ現実味を帯びてきたためか、主君たる信長へ挨拶に参ずる諸将たちの表情も明るい。
至於靜子,因為獲得了東國管領的職位,便先去向信長與信忠行禮,接著輪到被人來拜見她。
静子はと言えば、東国管領という役職を得たため真っ先に信長と信忠へ挨拶を済ませ、今度は挨拶をされる側へと回ることになった。
那些從安土遠赴尾張的諸將,對那裡的異樣景象感到驚訝。
安土から遠く離れた尾張へと赴く諸将たちは、その異様さに驚くこととなる。
以信長居城安土城為例,城郭並非以戰鬥為前提設計,歷戰諸將不禁擔憂若遭攻入該如何是好。
信長の居城たる安土城もそうなのだが、いくさを前提とした城塞として設計されておらず、攻め込まれたらどうするのかと歴戦の諸将は危ぶまざるを得ない。
對此信長與靜子的回答相同:若敵人已攻入本拠地,勝負已定,與其築起為了拖延而固守的城堡,不如投資於使領地富庶的經濟。
これに対する回答は信長も静子も同様であり、そもそも本拠地まで攻め込まれた時点で負けが確定しているため、そこで粘るための城砦を作るよりも所領を豊かにする経済へと投資した方が良いと言うものだ。
說到尾張,有那古野(なごや)城,而靜子的宅邸就位於該城下町的中心。
尾張に関して言えば那古野(なごや)城が存在し、その城下町の中心に静子邸が存在している。
不過城作為防禦機能並未被利用,名義上的城主是靜子,但實際上只是被當作巨大的倉庫使用而已。
とはいえ城としての機能は利用されておらず、城主は静子ということになっているが、現実的には巨大な倉庫として利用されているに過ぎない。
過去若要向靜子賀歲,通例是去安土,拜訪她在當地停留時居住的屋敷。
今までは静子に挨拶をしようと思えば、安土へと正月の挨拶に赴いた静子が滞在する現地の屋敷を訪ねるのが通例であった。
然而因靜子成為東國管領,必須前往她的本國致意,於是大家都來到尾張行禮。
しかし、静子が東国管領となったため彼女の本国へと挨拶に赴く必要に迫られ、皆が尾張へと挨拶へ来ることになっている。
諸將原以為會在那古野城晉見,卻被帶到一座平房的武家屋敷,對於那裡幾乎沒有任何防禦設施感到驚訝。
諸将は当然の流れとして那古野城での謁見があると考えたのだが、案内されたのは平屋の武家屋敷であり、防衛設備もへったくれも無いことに驚かされる。
事實上依信長的構想,整個城鎮從一開始便以木牆與堀包圍,宛如要塞,因此並不像諸將所感的那樣完全無備。
実は信長の構想によって当初から街全体が木壁と堀で囲まれた要塞のようになっているため、諸将が抱く印象ほど無防備ではない。
即便如此,寬闊鋪好的道路縱橫交錯,充滿活氣的城下町以及領民的富足,讓人不得不承認此處正是東國經濟的核心。
それでも舗装された広い道が縦横に走り、活気に溢れた城下町及びその領民の豊かさを見ると、こここそが東国経済の中心地なのだと理解せざるを得ない。
就這樣,讓諸將抱持奇異感慨的正月例行行事告一段落。
こうして諸将たちに奇妙な感慨を抱かせて正月の恒例行事は終わりを告げるのだった。
當靜子沉浸在正月氣氛時,西國的國人們正為困局焦頭爛額。
静子が正月気分を満喫している頃、西国では切羽詰まった国人たちが頭を悩ませていた。
其中聽聞上月(こうづき)城失守的宇喜多(うきた)直家(なおいえ)不禁驚恐,深感明日換成自己難保。
中でも上月(こうづき)城の落城を知らされた宇喜多(うきた)直家(なおいえ)は、明日は我が身と震えあがってしまう。
雖與在上月城敗北的浦上(うらがみ)宗景(むねかげ)已分道揚鑣,但既未向征西的羽柴軍投降,仍會被視為敵對勢力。
上月城で敗北を喫した浦上(うらがみ)宗景(むねかげ)とは袂(たもと)を分かってはいるものの、西国征伐中の羽柴軍に対して降伏を申し入れていない以上は敵対勢力と見做される。
自負以謀略在亂世中生存的直家,也不得不畏懼那能將堅固城壁像障子紙般擊穿的大炮。
自分は策謀を以て乱世を生き抜いてきたと自負している直家であっても、堅牢な城壁さえ障子紙のように破って見せる大砲という物には恐怖せざるを得ない。
或許因為過去行跡,毛利家對他高度警戒,視為有背叛可能,甚至難以暗中投靠羽柴軍。
しかも今までの行状ゆえか、毛利家から裏切る可能性が高いと監視が付けられており、秘密裡に羽柴軍へ下ることすら難しい。
儘管如此,他的直覺告訴他繼續依附毛利生還的機率也不高。
とは言え、このまま毛利についていても生き残れる可能性が低いと己の勘が告げていた。
(既然事到如今,帶著浦上的人頭作為人情禮物倒戈織田方也不失為一計……)
(ことがここに至らば、浦上の首を手土産に織田方へと寝返るのも一興か……)
在宿敵直家尋求降伏之際,上月城遭大敗的浦上宗景撤退到備前國(今岡山縣)的天神山城,思索對抗明智軍的方策。
宿敵たる直家が降伏を模索している中、上月城で大敗を喫した浦上宗景は備前(びぜん)国(現在の岡山県)の天神山城まで撤退し、明智軍への対抗策を考えていた。
事先以為已了解的大炮,與親眼親耳親身感受的大炮之間的差距巨大得驚人。
事前に情報を得ていて理解したつもりになっていた大砲と、実際に己の目と耳、体を通して感じた大砲との乖離(かいり)は凄まじかった。
不僅直擊能改變地形的駭人威力,還有那種從高處俯瞰卻仍無法看見、由遠距離單方面發起攻擊的情景,簡直是夢魘。
直撃すれば地形をも変えてしまう馬鹿みたいな威力はもとより、高台から見下ろしても尚見えないような長距離から一方的に攻撃されるというのは悪夢でしかない。
一軍能生活之處唯有城中,雖然還能據守,但明智軍一旦全面行動,這等城郭也難以久守,理所當然。
一軍が生活を出来る場所と言えば城しかないため籠ってはいるものの、明智軍が本格的に動き出せばこんな城とて長くもたないであろうことは明白だった。
然而親身在砲彈如雨中逃生的經驗,讓宗景抓到了對付大炮的頭緒。
それでも実際に砲弾が降りしきる中を逃亡した経験が、宗景に大砲攻略の糸口を掴ませていた。
「果然大炮是可怕的武器,然而並非完全無弱點。對斜面或建築物威力驚人,但恐怕無法向正面或正面下方發射彈藥。」
「なるほど大砲とは恐ろしい武器だ。しかし、弱点が無いわけでもない。斜面や建造物に対しては凄まじい威力を発揮する一方、恐らく真正面及び正面より下に向けては弾を発射できまい」
(更進一步說,落在地面的砲彈威力會大幅減弱。若在地面挖掘空堀讓兵伏地,從較低位置攻擊或能攻略大炮……)
(更に言えば地面に着弾した砲弾は、その威力を著しく落としていた。ならば地面に空堀を掘って兵を伏せさせ、低い位置から攻撃すれば大砲を攻略できるやもしれぬ……)
宗景的想法很有道理。事實上於史實中的第一次與第二次世界大戰,砲彈滿天飛時,人們正是藉由稱為塹壕的溝渠掩護身軀進行戰鬥。
宗景の発想は的を射ていた。実際に史実に於ける第一次及び第二次世界大戦では大砲の砲弾が飛び交う中、塹壕(ざんごう)と呼ばれる堀のような溝で身を守りながら戦闘が行われていたのだ。
若在備前國作戰,地利在宗景一方,且易於在配備大炮之軍隊必經之路上埋伏兵力。
備前国で戦うならば地の利は宗景側にあり、大砲を擁した軍勢が通れる経路に兵を伏せておくことも容易なのだ。
再者,可供一定兵力對陣的地點有限,預先構築多處堀壕,恐怕比起單純固守城池更有勝算。
またある程度の軍勢が向かい合って戦闘出来る場所となれば限られており、そこに予(あらかじ)め幾つも堀を構築しておけば籠城するよりは余程勝ち目があるのでは無いかと思い至る。
宗景遂即命令部下在國境設下陷阱,並築造以土壘補強的空堀。
宗景は早速配下に対して国境(くにざかい)への罠の敷設及び、土塁で補強した空堀の構築を命じた。
日本初,甚至世界首見的塹壕戰能否奏效,唯有天知。
日ノ本初、いや世界初の塹壕戦が果たして功を奏するのか否かは神のみぞ知るところだろう。
一月下旬將近時,靜子正在閱讀從越後派出的農業士帶回的報告書。
一月も下旬に差し掛かろうと言う頃、静子は越後に派遣した農業士から齎された報告書を読んでいた。
原先預估稻米產量至少會是以往的三倍,但實際在地作業後發現,越後的氣溫與水溫遠低於尾張。
当初の見込みでは米の収穫量が従来のものに比べて少なくとも三倍にはなろうと思われていたのだが、実際に現地にて作業を行ってみると尾張と比べて随分気温・水温が低いことが判明する。
若以從尾張帶來的秧苗種植,因難以充分生長,估計最終產量會降至約昔日的兩倍左右。
尾張より持ち込んだ苗を作付けした場合、十分な成長が見込めないことから最終的には従来の倍程度までに落ち込むだろうと括られていた。
另一方面,三河及遠江(とおとうみ)的環境與尾張相近,報告指出可望達到約傳統的兩倍產量。
他方の三河及び遠江(とおとうみ)では環境が尾張と大差ないことから、従来の倍程度の収量が見込めるとの報告となっている。
之所以三河與遠江自始估計為產量倍增,是因為肉眼可見的技術改革在德川領內已經推動。
何故三河と遠江では当初より倍の収量見積もりとなっていたかと言えば、目で見ただけで判るような技術改革は既に徳川領に於いても推進されていたためである。
尤其是見效快且效益高的「正條植え」,自本多忠勝闖入靜子村莊時便開始逐步導入,在德川領已成常識。
特に即効性があって効果が高い『正条植え』については、本多忠勝が静子の村に迷い込んだ折から徐々に導入されており、徳川領に於いては既に常識となっていたのだ。
此外透過選別種籾、育成至秧苗後再分發的方式、導入暗渠排水及借貸先進農具,預期收穫可倍增。
これに加えて種籾の選別や、苗まで育成させた上で配布する方式、暗渠排水の導入や先進的な農機具の貸与によって収穫が倍増すると見込まれている。
關於越後,因需考量稻種改良等長期工程,報告寫道有部分派出的農業士已決意在當地奉獻一生。
越後に関しては米の品種改良なども考慮に入れた長期間に及ぶ取り組みが必要となることから、派遣した農業士の何割かは現地に骨を埋める覚悟だと書かれていた。
接獲相同報告的謙信對於產量倍增感到意外的欣喜,然而農業士們似乎並不滿足。
同様の報告を受けている謙信にとっては、倍ともなれば望外の喜びなのだが農業士たちは満足していない様子だった。
年輕的農業士們希望在越後落地生根,在當地成家並推動農業改革,謙信於是命令部下盡速協助安排。
若い農業士たちは越後に根を下ろし、こちらで所帯を持って農業改革に取り組みたいと要望を寄せており、早速便宜を図るよう配下に命じている。
謙信與越後民眾的盤算是,先確保能填飽肚子的米,接著就是釀酒。
謙信及び越後の人々の目論みとしては、まずは腹を満たす米を確保できれば次は酒である。
在尾張生活後返回越後的人每每念起尾張的清酒,便熱切希望能在越後釀出同樣的酒,這股熱情使本來排他的越後人轉而合作。
尾張で生活して越後に戻った人々がことある毎に口にする尾張の清酒、それを越後で作れるようにしたいと言う熱い思いが本来排他的な越後人を協力的にしていた。
此外三河稻作順利,計畫將提前推進大豆生產以提升民生水準。
なお三河では米の作付けが順調であるため、計画を前倒しして生活水準を底上げする大豆の生産にも取り掛かることとなる。
第一年仍以稻米為優先,大豆方面則以實地驗證為主,同時展開為未來正式栽培做準備的調查。
一年目は米優先であり、大豆に関してはあくまでも実地検証ではあるが、本格的な栽培を視野に入れての調査が行われることとなった。
「果然越後環境嚴苛。農業士以對抗大地的長期鬥爭為職業,少許艱難不足為懼;既然仍要求增員,想必是出現了非大規模工程或調查難以解決的問題吧」
「やはり越後の環境は厳しいようですね。農業士は大地に対して長期的な戦いを挑むことを生業(なりわい)とするから少々の事では音を上げない。それにも拘わらず増員を求めるというのは、大規模な工事なり調査なりをしないと解決しない問題が持ち上がったんだろうね」
報告書中沒有記載關鍵問題。或許他們以直覺理解,但難以言語化。
報告書には肝心の問題についての記載がない。恐らく肌感覚では問題を理解しているのだろうが、それを言語化することが出来ないのだろう。
靜子對增員並無異議,但對於人選有自己的考量。
静子としても増員に否やは無いのだが、その人選については考えたいことがあった。
農業直接關係民生,因此在推動振興時無可避免要處理租稅問題。
農業は生活に直結している産業であるため、その振興を進めるにあたってどうしても租税問題を避けて通れない。
為課適正稅額需測量農地,並將其記載為檢地台帳的文書。
適正な税を課す為には農地の測量も必要となる上、それを検地台帳として文書にする必要がある。
為此必須核對過往的徵稅記錄,與實際收穫量比對並修正為可信的文書。
それをするには過去分の徴税記録を検(あらた)め、実際の収穫量を突き合わせて信用に足る文書へと修正する作業が必要だ。
此事牽涉諸多既得利益,預期會有不願往昔弊端被揭露者的阻撓,靜子認為正值得謙信協助,應當果斷整頓。
これは様々な利権が絡む上に、過去の不正を暴かれたくない者による妨害も予想されるため、謙信の協力を得られる今こそ大鉈を振るうべきだと静子は考える。
「如此一來,下次追加派遣時就得派遣測量技師、文官及兵力了」
「そうなると次回の追加派遣時には測量技師や文官及び兵員も送り込まないといけないね」
即便為同盟國,也鮮少國人樂見他國派兵入境。
同盟国とは言え他国に兵士を送り込まれることを良しとする国人はいないだろう。
若不與謙信緊密聯絡慎重行事,恐會留下被加諸不當疑義的破綻。
謙信と密に連絡を取り合って慎重にことを進めないと、あらぬ疑いを掛けられる隙を見せることにもなりかねない。
僅此恐會被越後視為苛政,故也準備了一些易懂的利益作為甜頭。
これだけでは越後にとって厳しい施策と受け取られるため、判り易い飴も用意することにした。
即是在追加人員中包含釀酒職人──杜氏與蔵人。
それはこの追加要員に酒造り職人である杜氏(とうじ)と蔵人(くらびと)を含めることだ。
杜氏是管理釀酒全盤的首長,依其指示執行實務的是蔵人。
杜氏とは酒造り全体を管理する長であり、彼の指示に従って実務を担当するのが蔵人である。
他們是越後酒鬼憧憬不已的清酒釀造專家,亦是越後被允許釀造清酒的象徵。
越後の呑兵衛(のんべえ)達が憧れてやまない清酒造りのプロフェッショナルであり、越後に於ける清酒造りが許された証でもあった。
靜子並無意圖獨佔尾張的清酒,但既已獲得日本第一的名聲與權威,也難免被政治利用。
静子としては清酒を尾張で独占するつもりなど無いのだが、日ノ本一の呼び名も高く権威を得てしまった以上、政治的に利用されるのも止むを得ない。
對信長而言,獨佔清酒所帶來的利益與被視為狹隘之間令他尷尬不安,但終究決定大膽解禁同盟國釀酒的先例。
信長にとっても清酒を独占することで得られる利益と、己の狭量さを天秤に掛けるようで忸怩(じくじ)たる思いだったのだが、ここは思い切って同盟国での清酒造りを解禁したという経緯があった。
全然不知信長心中糾結的靜子,很快便思及越後的名水調查。
そんな信長の葛藤を知らない静子は、早速越後の名水調査に思いを馳せていた。
日本酒以米為主原料,但水同樣是極為重要的素材。
日本酒は米を主原料とするが、水も非常に重要な原料だと言える。
洗米、浸米及仕込み等過程大量使用水,因而水質自然深刻影響酒的優劣。
米を洗ったり浸したり、仕込みの時にも水が使われるなど酒造りに於いて水は多く使用されるため、当然ながら酒の善し悪しにも大きな影響を与える。
有句話說『名水所在即有名酒』,可見水對釀酒之不可或缺。
『名水あるところに名酒あり』と言われる程に酒造りに欠かせないのが水なのだ。
因此日本酒酒藏常集中於可取名水的地域。
それゆえ、日本酒の酒蔵は名水が得られる地域に集中していることが多い。
其中兵庫的灘之宮水、京都伏見的伏水,皆以適合釀酒的名水聞名。
中でも兵庫は灘(なだ)の宮水(みやみず)、京都は伏見の伏水(ふしみず)は酒造に適した名水として有名だ。
不用說,兩地皆有從尾張派來的職人於當地從事釀酒工作。
なお、どちらの地域にも尾張から派遣された職人たちが現地で酒造に従事していることは言うまでもない。
「只是現在時機不妙吧。這時候恐怕各酒藏都人手不足……」
「でも、今は時期が悪いんだよね。今の時期は何処の酒蔵も人手が足りないだろうし……」
在無法指望冷暖房設備的戰國時代,冬季較易控制抑制雜菌繁殖並促進酵母發酵的適溫。
冷暖房設備が望めない戦国時代に於いて、冬は雑菌の繁殖を抑え酵母による発酵を促進する適温を管理しやすい。
降溫困難,但只要有燃料就能升溫,所以冬季較好掌控。
温度を下げることは難しいが、燃料さえあれば温度を上げることは容易いからだ。
因此冬季是釀酒最繁忙的時期,職人忙得連貓手都想借。
こうしたことから冬は酒の仕込みが最も活気づく時期であり、この時期の職人たちはそれこそ猫の手も借りたい程に忙しい。
且由於此時的仕込み程度會影響最終酒味,故難以在此時向職人徵召赴越後。
またこの時期の仕込み具合によって最終的に得られる酒の味が左右されるため、職人たちに越後行きを打診し辛い時期であった。
靜子身為擁有多間酒藏的藏元(酒藏老闆),對職人而言是給予薪酬的存在,因而難以拒絕她的請求。
静子の立場は多くの酒蔵を抱える蔵元(くらもと)(酒蔵のオーナー)であり、職人たちにとって己の碌(ろく)(給料)を与えてくれる存在であるため彼女の希望を断ることが難しい。
然而靜子不欲無視職人意願強制移居,那是暴虐之舉。
しかし、静子としては本人の気持ちを無視して強制的に移住させるという暴挙は避けたい。
但又不願於此時給職人增添負擔,靜子苦思後想出妙計。
とはいえ今の時期の職人たちに余計な負担を掛けたくない静子は悩んだ末に妙案を思いついた。
即以告示募集,所謂張貼的招募啟事。
それは掲示物による募集、いわゆる張り紙と言う奴であった。
因尾張領民識字率高,貼於飯處等地的赴越後釀酒職人募集傳單吸引大量目光。
尾張領民の識字率の高さもあって、飯処(めしどころ)などに張り出された越後への酒造職人募集のちらしは多くの耳目を集めることとなる。
抱有將來擁有自己酒藏野心的年輕職人,為追夢飛躍前往新天地的日子想必不遠。
いずれ自分の酒蔵を持ちたいと野望を抱く、若き職人たちが飛躍を夢見て新天地へと向かう日はそう遠くないだろう。
處理完緊迫懸案後,靜子抽出一份必須靜下心來處理的報告書。
喫緊の懸案を片付け終えた静子は、腰を据えて取り掛からねばならない報告書を取り出す。
那是關於被視為外洋航行跳板的青ヶ島之報告。
それは外洋航行への足掛かりとして目を付けていた青ヶ島に関する報告書であった。
經數次航行後發現,只要組成數艘船的船隊便能抵達青ヶ島,然而該島作為中繼地仍有致命問題。
数回に亘る航行の結果、数隻で船団を組めば問題なく青ヶ島へと到着できるようにはなったのだが、青ヶ島には中継地とするには致命的な問題があるようだ。
報告指出經詳查島嶼外圍,無適合吃水深之外洋船接岸之處,且海浪洶湧難以停泊。
報告書によれば島の外周をじっくりと調査した結果、外洋航行できるような喫水線の深い船舶が接岸できるような場所がなく、また波が荒いため停泊していることも難しい。
雖可換乘載數人的小艇登陸,但多為切立懸崖,沿岸難以設置物資集積處。
積載していた数人乗りの小舟に乗り換えて、島へと上陸自体は出来たものの海岸線に切り立った崖が多く、沿岸部に物資集積所を作ることすら困難というものだった。
「只靠地圖書有些資訊是讀不出來的……真沒想到會是如此險峻之地」
「地図帳だけからじゃ読めない情報もあるよねえ……まさか、ここまでの難所だとは思わなかった」
靜子與信長選青ヶ島為中繼地,理由或許是當時無人入植,且從地圖上看似有整備良好的港灣。
静子と信長が青ヶ島を中継地として選んだ理由として、恐らくこの時点では誰も入植していない無人島であり、地図帳を見る限りは港湾も整備された良立地に思えたからだ。
然而水手等實地評估認為此處根本無可望之港口,乃險惡之地。
しかし、現地を訪れた水夫達の見立てではおよそ港など望めない難所だと思われる。
實際登島的技師從沿岸及高處拍攝島上照片,明顯中心地呈凹陷的臼狀火山口(カルデラ)地形。
実際に島へと上陸した技師たちが沿岸部および、高所から見下ろす形で島の写真を撮影してきたのだが、明らかに中心地が窪んだすり鉢状のカルデラ地形だった。
若比喻成平靜水面落下水滴所作之王冠狀地形,或許更易理解?
凪いだ水面に落とした水滴が作り上げる王冠のような地形と言えば判り易いだろうか?
換言之環繞四周皆為山之盆地,雖可作天然水囊,然山脈卻阻隔一切作為。
つまりは周囲全てを山に囲まれた盆地であるため天然の水がめとしては機能するのだろうが、何をするにも外界を隔てる山が邪魔になる。
一方面明白無人島自有其原因,另一方面亦對那些在如此嚴苛地形上開墾築港的前人感到敬佩。
無人島となるにはそれなりの理由があるのだということを思い知ると同時に、こんな過酷な土地にさえ入植して港を作った先人の努力に頭が下がる思いだ。
從第一波中繼基地就挑戰如此高難度的島嶼實屬冒險,靜子被迫檢討計畫。
中継基地の第一弾からこれほど高難度の島に挑むのは無謀であり、静子は計画の見直しを余儀なくされる。
「若如此,附近可補給的中繼基地候選是……八丈島吧。那裡屬於北條氏領地且島民眾多,曾因可能與織田方生怨而被排除過……」
「となれば付近で補給が可能な中継基地の候補は……八丈島かな。あそこは北条氏の領地で島民も多いから、織田方とは確執が生まれそうで候補から外した経緯があるんだよねえ……」
然則靜子覺得有時不得不權衡,遂速整理由報並著手擬具變更計畫的上申書。
そうは言っても背に腹は代えられぬと思い至った静子は、早速報告書の要諦を纏めて計画変更の上申書作成に取り掛かった。
八丈島較青ヶ島向本土約六十公里,據說室町時代即派代官進行統治。
八丈島は青ヶ島と比べると約60キロメートル本土よりに位置し、室町時代には代官が派遣されて統治が始まったようだ。
統治之所以延伸至此類離島,原因之一是當地特產名為「黃八丈(きはちじょう)」的絲織品。
こんな離島にまで統治の手が伸びた原因の一つが特産品の『黄八丈(きはちじょう)』と呼ばれる絹織物にあった。
當時那種鮮豔的黃色極為珍貴,甚至曾因其統治權而引發權力爭奪。
当時としては珍しい鮮やかな黄色が珍重され、時には統治をめぐって権力争いすらあった程である。
被列為日本三大紬之一,以島內自生植物草木染出鮮明的黃色、樺色與黑色為特色。
日本三大紬(つむぎ)の一つに数えられ、島内に自生している植物による草木染で黄色、樺(かば)色、黒色を基調とした鮮やかな発色が特徴だ。
現階段領主尚未定,便暫以東國管領靜子直轄地處理。
現時点では領主が決まっていない為、便宜的に東国管領である静子の直轄地という扱いになっている。
「若開辦本土與島間定期航線,可望提升便利性並增加與外界交流,島民生活水準或可提高;但若島民性格排斥外來干預又該如何……」
「本土と島とを定期就航便で結べば利便性も上がるし、外界との交流も増えて島民の生活水準も向上するかな? 逆に外部からの干渉を嫌う気質だったりしたらどうしよう……」
總之靜子下定決心,認真擬寫給信長的文書,深知不先派船隊赴現地無從開始。
とにもかくにも一度現地へ船団を派遣しないことには何も始まらないと腹を括った静子は、信長に対する文を認(したた)めるのであった。