戦国小町苦労譚
関白閣下の憂鬱
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「やれやれ……どうあっても私を排除したいようだな」
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眼前に転がる刺客の亡骸(なきがら)を見て、近衛家当主の前久(さきひさ)はため息を吐いた。
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今宵は朝廷での仕事が長引き、そのため遅くなった帰宅途中に襲撃を受けた。
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比較的治安の良い上京とは言え、日が暮れれば人通りも絶えて辺りは薄暗くなってしまう。
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闇夜に乗じて物陰から襲撃すれば、前久を亡き者に出来ると考えていたであろう黒幕の思惑は覆される。
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闇討ち程度で前久の命を獲れるのならば、政敵の犇(ひし)めく伏魔殿たる朝廷で関白など勤まらない。
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前久は無為に命を散らせた刺客へ憐みの視線を落としている。
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「関白様、周辺をくまなく調べましたが他の仲間は見つかりませんでした」
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「ご苦労様、身元が判るような物も見つからないようですし、調査は夜が明けてからにして帰りましょう。前子(さきこ)の様子も気になりますし」
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護衛からの報告を受けた前久は、付近に襲撃者が潜んでいないことが判ると帰宅を優先する。
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前久は先ごろ産まれた娘の前子をとても可愛がっており、少しでも早く凄惨な現場を離れて日常へと回帰したいと思っていた。
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前久との付き合いが長い護衛隊長は、主人の思惑を汲(く)み取ってすぐさま護衛の隊列を再編成する。
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周辺に斥候が放たれ安全を確認しつつ前久を載せた牛車(ぎっしゃ)は進み始めた。
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「私は君たちの仕事を疑っていない。近頃は刺客の影すら見ることが無かったというのに、牛車への襲撃が出来たというのは不自然です。当然誰かしら有力者の手引きあってのことでしょう、その裏を調べておくれ」
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「承りましてございます」
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前久の護衛隊長は、前久の言葉に深々と頭を下げた。
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前久の言にあるように、上京は静子子飼いの兵による監視体制が敷かれており、怪しい人物の出入りから武器の持ち込みに関してまで常に注意を払っている。
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その監視の目を潜り抜けて前久の牛車へ武器を持った状態で近づけたのだから、事件の背後にはかなりの大物が控えていると考えるのが当然だ。
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相手が大物となれば警察機構程度では調査も難しいのだが、前久の護衛部隊を含む静子の軍は正親町(おおぎまち)天皇の覚えも目出度く、証拠があれば何処であっても立ち入り調査ができる旨の詔勅(しょうちょく)が発されていた。
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この詔勅の効果は絶大であり、禁中(天皇が住み,儀式や執務などを行う宮殿のこと)以外ならば五摂家の邸宅であろうとも捜査する権限が与えられる。
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襲撃者の身元は判りそうにないが、所持していた武器から捜査を進めることは出来そうだ。明るくなれば更なる証拠が見つかるやもしれないため、現場に何人かを残して一行は帰途に就いた。
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「私を排せば、公家全体の影響力が弱くなるということすら判らぬのか……」
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短絡的すぎる敵対者に対して前久は失意を隠し切れなかった。
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仮に前久が命を落とせば、近衛家は血眼になって犯人を追及することになる。当然ながら護衛を任されている静子が黙っているわけもなく、盟友である信長も出張ってくるはずだ。
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そうなれば朝廷に対して、武家の勢力が大手を振って介入する口実を与えることになってしまう。
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(私が右府(うふ)殿(信長のこと)の立場ならば、確実に公家から実権を取り上げて悪だくみが出来ないようにするだろう。権威を担保し得る権限までもが取り上げられれば、公家の存在が形骸化しよう。私は右府殿と夢を共にするが、従属するつもりはない)
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乱世を終わらせ、治世へと導くというのが前久の宿願である。
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朝廷に於いて絶大な権力を振るう前久だが、彼を含めて厭戦(えんせん)機運は公家社会を始め京に住まう全ての人が願うところだ。
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応仁の乱以降、長く続いた乱世はそれだけ人々の心を疲弊させており、このまま何事もなく織田の治世が始まることを希求していた。
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信長は人々のそんな心理を理解しているからこそ京の治安を重要視しており、貴重な戦力を割(さ)いてまで治安維持に注力している。
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(そのような折に、公家の中から平和を乱す者が出たらどうなることか……。朝廷を預かる身でありながら、その程度の趨勢(すうせい)すら読めぬとは、失望させてくれる)
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前久には己を亡き者にしようと画策した相手に心当たりがあった。確実とは言えないものの、十中八九間違いないだろう。
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襲撃の夜から二日経ち、予想よりも早い段階で今回の事件の背後関係を洗うことが出来た。
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詳細な報告を受けた前久は嘆息する。予想通り前久への襲撃は二条家に連なる公家の指図であった。
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静子を害そうと企て壱岐(いき)へと流された、二条家当主の昭実(あきざね)に対する仕打ちを逆恨みしての犯行だ。
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凶器は元々祭具としてとある商人より買い求めた、鉾(ほこ)を改造して短刀に仕立てた物であった。
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当然のように祭具を扱った商人に対して、誰に売ったのかを確かめようとしたのだが、いつの間にか取引を記した帳面が紛失していたのだった。
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また当日店番をしていた番頭も、首から上が無い状態で河原に横たわっていたことから、徹底した証拠隠滅が図られている。
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物証が得られない以上は、これ以上踏み込んだ捜査が出来ないと前久が結論付けた。
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「二条家の元当主であっても島流しにされたのだ、相応に警戒していると言うことか」
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今度の敵対者は小心者ゆえに搦(から)め手を使ってくるようだ。
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前久としては公家全体に不利益を齎すゆえに、大人しくしていて欲しいのだが、怨讐(おんしゅう)に囚(とら)われた者には正論が通じない。
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今は武家との対立を避け、公家が一丸となって朝廷の権威を盛り立てなければならない時期だ。
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公家同士で脚の引っ張り合いをしていては話にならない。
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「二条家が絡んでいるとなれば、また京に鬼が出るやも知れぬな……」
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地獄より舞い戻った鬼が悪さをしなければ良いのだがと、前久は憂えずにはいられなかった。