戦国小町苦労譚
過ちの代償
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静子が日ノ本へと持ち込んだオオウミガラスは尾張の環境に適応できず、その数はなかなか増えない。
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外見的にも生物学的にもペンギンに似ていることから、小氷河期の日ノ本ならば飼育できるだろうと考えたのだが甘かった。
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飼育方法を確立できず、試行錯誤を繰り返す日々だ。
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当初は海水環境を用意できずに淡水での飼育をしたところ、食欲不振から昏睡して死に至る個体が出始めた。
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そこで静子お膝元での飼育を諦め、養殖場近くの海水環境での飼育に切り替える。
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すると今度は食欲旺盛になりすぎてしまい、肥満に陥る個体が現れる始末。
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過度な体重増加に伴い足の裏に負担が掛ったのか、足の裏が腫れ上がり歩けなくなって弱り始め、衰弱の末に死に至った。
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それでもこれらについては飼育環境や与える餌を工夫することで改善できたのだが、どうにもならない日ノ本特有の問題がある。
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それは湿気であった。元より極地付近に生息していることから高温・多湿となる日ノ本の夏には適応できない。
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どうしても水場付近はカビが付きやすく、そのカビを原因とした肺炎のような症状で命を落とすオオウミガラスが頻出した。
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当初は原因不明であったが、病死した個体を解剖したところ肺に菌球と呼ばれる菌の塊が認められたことから判明する。
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「其の方らの働き、実に見事でした」
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このような四苦八苦しつつも、何とかオオウミガラスの飼育を継続していた飼育員たちを静子が私邸へと呼び出した。
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オオウミガラスの生態は少しずつ判り始めてはいるものの、飼育方法の確立はおろか頭数の維持すら覚束ない状況であったため皆が叱責を覚悟していたのだ。
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ところが蓋を開けてみれば逆にお褒めの言葉を賜ることとなり、飼育員たちは思わず胸をなでおろす。
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「そう身構えずとも構いません。皆の働きによってオオウミガラスの飼育方法が判明しつつあり、カビに弱いという特性を解明した功績を称えてお招きしました」
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「は、はっ! ありがたき幸せ」
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「とは言え、私からの言葉だけでは懐も温まらないでしょう。功績に見合った褒美を取らせますので、安心なさい」
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静子の言葉に飼育員たちはどのような反応をしたものか困惑してしまう。
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静子としてはフレンドリーに接したつもりなのだが、飼育員たちからすれば静子は東国管領という雲の上の人物であり、不興を買えばどうなるのか恐ろしくて仕方がない。
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「そうそう、貴方たちの活動について資金面で難癖をつけていた者は更迭(こうてつ)しました。職場環境の改善には引き続き目を配りますので、何かあれば相談するようにして下さい」
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「え!? そ、それは……」
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飼育員たちの誰もが疎(うと)ましく思っていながらも、相手が役人であることから我慢していた。
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その役人が更迭されたとなれば嬉しいはずだが、飼育員たちは空恐ろしさも感じている。
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何故ならそのことを誰かに漏らしたことはないし、役人をなんとかしてくれと上申した覚えもないからだ。
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最初はオオウミガラスの飼育に掛かる費用に対して、思うような成果が出ていないことに対する皮肉や嫌味だった。
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飼育員たちも成果を出せていないことに忸怩(じくじ)たる思いがあるため、役人に対して何ら反論をしない。
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それに味を占めた役人は、ことあるごとに小言を言うようになり、やがてそれは罵倒(ばとう)へと発展していった。
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未知の問題に対して手探りで取り組んでいる最中の心無い暴言に、飼育員たちは萎縮し疲弊していく。
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飼育員たちが反撃してこないのを良いことに、役人はついに予算を縮小するよう進言すると脅して言うことをきかせようとしてきた。
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それは卑劣な取引の強要だった。飼育に掛かる経費を水増しして請求し、その差額を役人に渡せば上手く取り計らってやるというものだ。
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これに対して飼育員たちはどうしたものかと思い悩んでいたところ、思いもよらない場所から突然解決したと伝えられる。
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困惑するなと言う方が無理であり、また僅かでも誘いに乗ることも脳裏を過(よぎ)ったため後ろ暗くもある。
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「お、恐れながら申し上げ――」
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「それには及びません。貴方たちは正しく職務を全うし、その結果として褒美を受けとった。よろしいですね?」
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「は、伏してお礼申し上げます。一層の精勤を以て御恩情に報いまする」
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飼育員の代表たる飼育員長は、静子の言葉になんとか返事をした。
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その後、彼らは別室にて小姓から褒賞金というには少々多すぎる金子を受け取り、静子邸を後にする。
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こうして飼育員たちは港町にある養殖場付近の仕事場への帰途につき、ようやく緊張から解放された彼らは思わず息を吐いた。
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「ふう……生きた心地がしなかった」
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その言葉に全員が頷く。経費の横領を持ち掛けた役人は、取引に応じない飼育員たちに対して締め付けを行っていた。
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何かと理由を付けては経費精算を先延ばしにされ、飼育員たちはオオウミガラスの餌代などを自腹で捻出さえしていたのだ。
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その結果として食事に事欠く者すら現れたため、彼らはやむを得ずに禁を破ることとなる。
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「良かったですね。オオウミガラスの肉を食べたことを咎められなくて……」
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それは病死以外で命を落としたオオウミガラスの肉を鍋にして食べてしまったことだった。
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通常は静子の指示に従ってオオウミガラスの死骸を焼却処分にしていたのだが、空腹を抱えた状態で肉と油が焦げる匂いは暴力的だった。
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『どうせ焼却するなら食っちゃっても良いのでは?』
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誰が呟いたのかは既に思い出せないが、それは酷く魅力的な提案だった。
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飼育員たちは未知の生物を飼育するにあたり、その安全性が確認できるまで食することを静子から禁じられている。
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その状況でも彼らは三日耐えた、しかし余りの空腹に耐えかねて四日目には焼却処分待ちのオオウミガラスに手を付けてしまった。
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良質の餌を与えられ肥満状態になった個体の肉は実に美味であった。
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少しでも歩留まりを増やすため、丸ごと煮込んで皆で分け合って汁まで残さず食べきったのだ。
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その翌日に静子から呼び出しがあったのだから、飼育員たちが怯えていたのも無理はない。
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因みに静子がオオウミガラスの食用を禁じた理由は、大きく二つあった。
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一つは未知の動物であるため、鶏インフルエンザ等に代表される人畜共通感染症の発生を予防するため。
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もう一つが史実に於けるオオウミガラスの絶滅理由にあった。
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オオウミガラスだけに限らずペンギンなども同様なのだが、彼らは外敵が少ない環境で生活していたためか人類を恐れない。
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更に飛ぶこともできず、地上では特徴的なヨチヨチ歩きをするため容易に捕獲できてしまうのだ。
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警戒心が薄くて容易に捕獲でき、肉や卵まで食用となるとなればドードー鳥と同じような末路を辿ったのは必然だっただろう。
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史実に於いてはヨーロッパ人による乱獲で、数百万羽以上いたとされるオオウミガラスが僅か三百年ほどで絶滅に追い込まれたのだった。
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「滅多なことを言うな! 誰が聞いているか判らぬのだぞ」
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「しかし、静子様はお優しそうな方だったし、我らの窮状を訴えればお目こぼし頂けるやも……」
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「我らは禁を破ったが、静子様の手により窮状を救われた。そんな我らの役目は、オオウミガラスを絶やさぬ術を見つけることだ。今後の忠勤によってご恩に報いるしかあるまい」
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「然り! この日ノ本に於いて我らほどオオウミガラスに精通している者は他にいまい。知見を継承せずに命を落としたのでは誰の為にもならぬ」
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やむに已まれぬ事情があったとはいえ、禁を破った事実は変わらない。
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恐らくは自分たちが禁を破ったこと程度、静子にはお見通しであったに違いない。
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実際に飼育員長はそのことを静子に自白しようとしたが、それを遮られたのだ。
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静子の温情に感謝し、一層奮起しようと考える。
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「それにしても、褒美として頂いた金子はいくらなんだろう? 随分とずっしりしてるんで、気になるな」
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「確かに……職場も近いことだし、一つ確認してみるか」
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適当な場所を見つけると彼らは腰を下ろし、金子の入った袋を開けて中身を確認する。
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中には彼らの年収に匹敵するほどの金子が入れられており、皆が喜びに満ちた表情を浮かべて興奮していた。
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そんな中で飼育員長のみが背中に氷柱を突きこまれたかのような、引き攣(つ)った表情を浮かべて震えている。
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飼育員長の袋にのみ、一枚の紙が入っておりそこにはこう書かれていた。
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『次はないよ』