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戦国小町苦労譚

千五百七十七年 四月下旬

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「奴(やっこ)さんども、己の勝利を微塵(みじん)も疑ってませんってツラしてやがるぜ」

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慶次は静子から借り受けている遠眼鏡で敵陣を眺めながら呟いた。遮るものの少ない広々とした平野部に於いて、上杉景虎(かげとら)の軍勢と、慶次の属する長尾景勝の軍勢が向かい合っている。

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突如として景虎が景勝に対して挑戦状を叩きつけたが為、尾張でも越後でもない越中での決戦が実現する運びとなったのだ。尾張からの付き従っている人質組のほかに、越後から駆けつけてきた手勢が合流することにより、兵数に於いては景虎が六に対して景勝は四程度の比率となっている。

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「もっと捨て鉢になっているかと思ったのですが、流石は将器と言うところでしょうか。兵に動揺が見られませんね」

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慶次から遠眼鏡を受け取り、同じように敵陣を見渡しながら四六が応えた。慶次と四六が詰めている場所は、景勝軍本陣であり大将の景勝をはじめ、直臣の兼続などの人質組が揃っている。

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しかし、謙信及び彼の家臣の姿はない。彼らは中立の立場を貫かねばならぬため、上杉家の中でも特殊な立ち位置となっている。それ以外の諸将は派閥によって二分され、親北条派は景虎へ、親織田派は景勝を支援すべくそれぞれの陣へと参じている状況だ。

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それでも人質として数年ものあいだ尾張で過ごしていた景勝の派閥は切り崩され、有力な将兵の多くは景虎側に付き従ってしまっている。

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そんな状況下でも景勝側に付いた者たちは、主流派となった親北条派に冷遇された傍流であったり、筋金入りの譜代の臣ゆえ景勝の復権を信じていたものだったりと実に様々だ。

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「彼我(ひが)の勢力差は明らかだな」

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ただでさえ兵数で劣る景勝側には、更に不安要素が存在した。それは寄せ集めの軍隊ゆえの連携不能である。

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個では無く群として戦ういくさに於いて、幾度となく訓練を繰り返すことによって足並みを揃えることが可能となる。ここまでの行軍でも露呈した事実だが、景勝軍は進軍速度ですら上手く揃えることができなかった。

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しかし、これは元より致命的な問題とはなり得ない。そもそも近代戦闘のように小部隊同士が連携し合って有機的に作戦を遂行するなどというのは絵空事に過ぎず、大抵は陣太鼓などの合図で大まかに前進と後退を指示し、後は現場の判断に任せるしかないのだ。

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「ふうむ、北条からの支援が望めぬことは伏せられておるのやも知れぬな。いくら何でも沈みゆく船に取り残されたにしては、兵の表情が楽観的に過ぎる」

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一見優勢に見える景虎軍だが、その実は薄氷を踏む思いで持ちこたえているに過ぎなかった。本来であれば謙信不在の隙をついて上杉家を乗っ取り、武田家・北条家と共に残党を挟撃する手筈であったのだ。

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ところが蓋を開けてみれば積雪を理由に謙信は出兵せずに越後に留まり続け、北条家と同盟を結んでいる武田家は織田家によって滅ぼされてしまった。

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武田家が滅んだ時点で謙信の許へと北条攻めへの参陣要請が届いており、景虎ら親北条派の立場は刻一刻と悪化する中、更に悪条件が重なった。

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このままでは上杉家は織田家と共に北条攻めに加わることになり、板挟みとなる親北条派などは真っ先に最前線で使い潰されることが目に見えている。

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そこで景虎は親元でもある北条へと密書を送り、上杉家転覆に対する援軍を送ってくれるよう要請した。

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しかし、ついぞ北条から色よい返答が戻ってくることは無かった。要するに北条家は自分たちのことで手一杯であり、自分の尻は自分で拭けという事である。

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窮地に追い込まれた景虎は乾坤(けんこん)一擲(いってき)の策として、これまで頑なに避けてきた真正面からの後継者争いを突きつけた。

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日毎に悪くなっていく状況に焦って打ち出した窮余の策であったが、これが予想以上の効果を生み出した。

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この状況下で尚、堂々と宣戦布告を行うということは北条からの協力を取り付けられたのだと諸将が判断したことだ。

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更に言えば寡兵ながら精鋭を揃えての奇襲作戦を試みていた景勝の出鼻を挫くことにも成功している。仮定の話は無意味だが、仮に景勝たちの越後入りを許していれば、そもそも武装蜂起すら叶わず討ち取られていた可能性が高い。

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「兵数で劣り、しかも練度も相手が上と来ている。はてさて如何に戦ったものやら」

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急造の軍隊で複雑な作戦など実行しようがない。しかし、真正面から力押しをしては兵数及び練度で劣る自軍の敗北は自明であった。

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そこで景勝は己を囮(おとり)とした短期決戦を前提の作戦を立案する。急ごしらえの軍でも遂行でき、尚且つ上手くハマればその場で決着が付く必殺の策であった。

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それ故に景勝が負うリスクは極大となる。一歩間違えば大将首を取られ、その時点で敗北が決定するのだが、景勝はそれでも良いと考えた。

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いずれにせよ景勝が勝たねば上杉家の明日は無くなるのだ。負けた時のことなど考えるだけ無駄というものだろう。

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「さて、それじゃあ俺も(・)前線に陣取らせて貰うとするかな。勝負を決する要でもあり、決着を見届ける特等席にもなりそうだ」

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慶次はそう言うと右手の拳を伸ばした左手の掌に打ち付ける、中国武術で良く見られる抱拳礼のような仕草で気合を入れた。

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景勝の作戦はそれほど難しいものではない。自軍を大きく三つの部隊に分け、左右両翼と中央の部隊に再編成する。

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左右両翼の部隊については、特に練度に劣る者たちを中心に構成され、通常の物よりも長い槍を持たせた兵と、体を丸ごと覆って余りあるほどの大盾を持った兵を並べて防御に専念させる。

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最前列は盾兵のみで構成され、その隙間から後方の槍兵が攻撃するという仕組みである。全力で敵をその場に釘付けにすることだけに専念するのだ。

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後列からは比較的経験豊富なものが支援し、戦列が崩壊するのを防ぐという相手の攻撃を受け止め、じわじわと出血を強いることになる。

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一方中央の部隊はと言えば、全軍の中でも選り抜きの精鋭が集められ、人質組及び上杉家譜代の臣とその兵士たちで固められている。

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極めて練度が高い将兵が揃っているというのに、武装は長槍と大盾という両翼の部隊と代り映えのしないものとなっていた。

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それでも静子謹製の鎧一式はひどく人目を惹いた。極彩色の陣羽織や目にも鮮やかな朱色の大鎧、兜の前立てもメッキが施されており、陽光を反射してまぶしく輝いている。

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更には旗指物も大量に集められ、馬鹿でもここに大将が居ますよと一目で判る危険極まりない傾(かぶ)きっぷりを見せていた。

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この異様な陣立ては、景虎側にも即座に伝わったようで、本格的に刃を交える前の詞戦(ことばだたかい)に於いても、挑発的と受け取られたようで散々に詰(なじ)られた。

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対する景勝側は卑怯者の貴様らにも、大将がここにいると示してやっているのだ、臆(おく)せずして掛かってこいと更なる挑発を重ねさえした。

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ここまでされては景虎としても捨て置くことなど出来ようはずもなく、敵も主力を中央に集めて一点突破を図る魚鱗の陣形を敷いた。

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「さて、互いに言葉は尽きた。これより我らは修羅となる。前田殿、お主とはいくさの後も盃を交わしたいものだ、ゆめゆめ死んでくれるなよ」

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「そいつは無理な相談だ。生きるか死ぬかは天のさじ加減一つよ。なあにいずれ皆泉下に向かうんだ、先に逝った方はのんびり待てば良かろう」

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「至言よな。それでは前田殿の墓標には『天下無双の傾奇者、酒瓶片手に泉下で待つ』と刻ませて貰おう」

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「縁起でもない。生死は兵家の常なれど、生きて朝日を共に拝もうぞ」

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兼続と慶次はそう互いに軽口をたたき合うと、掲げた拳を打ち合わせて分かれていった。

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因みに四六は本陣の最後尾、輜重(しちょう)隊(兵站を担う輸送部隊)の付近にとどめ置かれている。如何に武芸の腕を示そうとも、初陣で最前線に出すような真似は出来ない。

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いくさ場に立って、生き死にの場の空気を体験できれば良いと言う慶次の考えに拠るものだった。そして己が実際に人を殺したことがなく、いくさ場に於いて役に立てると思っていない四六はこれを快く受け入れた。

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そして景虎軍及び景勝軍の双方がにらみ合い、張り詰めた緊張が頂点に達した頃、どちらからともなく法螺貝が吹き鳴らされ陣太鼓の音と共に景虎軍が動き出した。

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横一直線に広がった景勝側の陣形に対し、一点突破を図ってか景虎率いる本隊を含む一団が中央突破を試みた。

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景虎軍の騎馬を先頭に据えた突破力重視の突撃は、しかし景勝軍後方に陣取った鉄砲隊が互いに斜め前方を射撃した結果生まれた十字砲火ゾーンに呑まれた。

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それでも十分な鉄砲を用意できなかったが為にいくらかの突破を許し、これが景勝軍の前線部隊へと襲い掛かった。

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しかし、これに対する景勝軍の対処は狂気じみたものであった。時速数十キロで突進してくる人馬含めて三百キロを超える重量を地面に打ち立てた大盾と、長槍で迎え撃ったのだ。

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何人かの兵士はあえなく踏みつぶされ、無残な屍を野に晒すことになった。しかし、恐ろしいことにその大多数をその場に縫い留めたり、もしくは弾き逸らして勢いを削った。

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この成果の裏には鋼鉄で補強された大盾と長槍にこらされた工夫があった。大盾には引き出し型の支持架が存在し、これを地面に突き刺して斜めに支持することで堅牢かつ強固な壁とすることが出来た。

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更には長槍も西洋のパイクに学び、石突を地面に突き立てた上に兵士が上から踏んで固定し、人力の逆茂木(さかもぎ)とすることで馬を貫いたり、馬上の将を落馬させたりしたのだ。

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それでも大質量の打撃を受けたためか、左右両翼に対して中央が内側に凹んだ形となり、勢いに乗った景虎軍は一気呵成(かせい)に攻め寄せた。

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混戦に持ち込まれてしまえば両翼からの火力支援も叶わず、兵数の多寡もあってか次第に奥へ奥へと中央部のみが押し込まれていく。

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中央部隊の前線を支える将兵は決死の奮闘で善戦するものの、じりじりと押し込まれてしまっていた。否、景勝軍の兵たちは互いに連携しながら巧みに後退を続けていたのだ。

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しかし、目前に景勝の馬印を晒されては、自軍は前方に押し込んではいるものの、敵兵自体それほど損耗していないことについぞ気づくことが出来なかった。

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「よし! 良いぞ、この調子じゃ。大将首は目の前ぞ、首級を上げた者には望みの褒美を取らす!」

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景虎も大声を張って兵を励まし、その勢いに乗って兵士たちも盛んに敵を攻め立てた。

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そして絶望の檻は完成した。いつの間にか景虎軍は蛸壷(たこつぼ)のように入り口を狭めた包囲網の中に閉じ込められていた。

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更に景勝軍両翼最後尾に伏せられていた工兵達の手によって、唯一の活路である壷の口は閉じられた。

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尾張が誇る製鉄技術の粋で作られた画期的な新装備、木の杭に巻き付けられた有刺鉄線が張り渡され、援軍が駆けつけることも景虎たちが死地から逃れることも出来ない蓋となって立ち塞がる。

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史実では第一次世界大戦に於いて塹壕戦で大々的に使用され、その有効性を証明した有刺鉄線はこの時代の人間の手には余るものであった。

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細いが強靭かつしなやかな鋼線は、刀で斬ろうが槍で突こうが大きく破損させることが出来ない。手で隙間を広げようにも棘が刺さるし、そんな無防備な姿を敵が見逃してくれるはずもない。

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そして景勝軍両翼が左右から圧を掛け、今まで防御に徹してじりじりと撤退していた景勝軍本隊が反撃に転じたことによって形勢は完全に覆った。

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「な、なんの音だ!?」

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景虎は後方から聞こえる木製の杭を大槌で地面に打ち込むようなガンガンという音に気が付いた。

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しかし、気が付いたところで既に手遅れであり、今更どうすることも出来ない状況に追い込まれた事が周囲から聞こえる悲鳴によって嫌でも知れた。

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「ぎ、ぎゃー!! 押すな棘が刺さる!!」

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「わしも後ろから押されておるのじゃ、下がれ下がれー!!」

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反転して攻めてくる景勝軍と、左右両翼の部隊に押しつぶされ、縦に伸びた景虎軍の本隊は逃げる兵士が、鉄条網にほかの兵士を押し付けるという地獄絵図のごとき様相を呈していた。

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気が付けば優位な状況から一気に死地に囚われていた。景虎からすれば悪夢そのものの状況だが、その悪夢は刻一刻と凄惨さを増していく。

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それでも残された手勢を纏めて部隊を立て直し、敵の薄い個所を目指して一点突破を図ろうとしていた景虎の横顔に血飛沫が掛かった。

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見れば虎柄の陣羽織を血に染めた武者が、見たことも無い巨大な刃を持つ長柄の武器を振り回し、兵士の首を刎ね飛ばしたところであった。

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それは長巻きと呼ぶには分厚く無骨な大鉈じみた刃を先端に具(そな)えた武器を振るう慶次の姿であった。

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「おっと、大将首を見つけたぜ。敵将景虎ここにありだ。お前ら踏ん張れ!」

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そう叫ぶと慶次は得物を大きく薙ぎ払った。旋風の如き斬撃が走ると、刃の進路上にいた兵士が巻き込まれてボウリングのピンのように飛ばされる。

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慶次の切り開いた空間へとすかさず走り込んだ景勝軍の兵士が、景虎へと通じる道を塞ごうと押し寄せる景虎軍を押しとどめた。

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そうするうちにも左右から掛けられる圧力は増し、景虎を守る手勢は次々と討ち取られていく。

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そして遂に景勝軍の兵士が景虎へと迫ると槍を突きつけた。景虎を押さえられた景虎軍の兵士も投降し、景虎の馬印が下され景勝のものが掲げられる。

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こうして勝敗が決し、本陣が落とされたことを知ったほかの部隊も次々と武器を捨てて投降していった。

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武装を解除され腰縄を打たれた状態で座らされていた景虎の許へ、兼続を伴った景勝が現れた。

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「勝敗は決した。沙汰は追って御実城(おみじょう)様が下されよう。今しばしおとなしくしておれ」

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「ふっ……戯言(ざれごと)を。国盗りを夢に見、それが破れたならば沙汰を待つまでもない!」

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越後を簒奪(さんだつ)せんと蜂起した景虎の夢は破れた。我が身惜しさに沙汰を待つような生き恥を晒すことは景虎の矜持が許さなかった。

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「ならば腹を切れい! 介錯はわしが務めてやろう」

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「忝(かたじけな)い」

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景虎はそれだけ口にすると鎧を外し、上衣をはだけると景勝から投げ渡された刃を腹に突き立てた。

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漏れそうになる苦鳴を押し殺し、口の端から血を零しながらも真一文字に腹を掻っ捌いて見せる。

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「お見事。後のことは任されよ」

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それだけを告げると、景勝は景虎の首めがけて刀を振り下ろした。景勝は配下に命じて景虎の首を清めさせ、丁寧に風呂敷で包むと用意してあった木箱に収めた。

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こうして越後の龍こと上杉謙信の後継者を決めるいくさは景勝の勝利で幕を閉じた。

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東国の情勢は目まぐるしく変化していた。戦国最強と謳われた武田家はわずか一月で滅び、上杉家にて勃発したお家騒動もたちどころに鎮火させられてしまった。

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これらに対して運命共同体であるはずの北条は沈黙を保っていた。正確には手を打とうとしていたのだが、方針を決めあぐねている間に決着がついてしまったのだ。

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内情を知らないものからすれば、次に織田家が目指すのは北条であるのは明白であり、何ら動きを見せない北条に対する不信感を募らせている。

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中でも蘆名(あしな)、伊達(だて)、最上(もがみ)の三家は焦っていた。北条家が音頭を取り、反織田として協力していたため、今のままでは遠からず織田の手が己に及ぶやも知れぬと恐怖した。

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それでも三家は明確に織田家に対して反旗を翻したわけではない。単に勝ち馬となりそうな北条に味方していただけであり、北条に勝ちの目が無いのであれば次なる勝ち馬に乗らなければならない。

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それは即ち、織田家への寝返りだ。しかし三家とも信長の苛烈な性格は把握しており、なんの手土産もなしに寝返りを打診したとて到底受け入れては貰えまい。

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各々が自分の血を残すため、生き残る術を模索していた。

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「思った通り同盟が崩壊したね」

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静子は真田昌幸の齎した北条に関する調査報告書に目を通しながら呟いた。東北の三家に限らず里見や佐竹も動揺しているようだ。無論、こちらからも外交を通じて揺さぶりをかけているが、それにしても結びつきが脆すぎた。

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反織田同盟の要である武田、北条の片翼が失われた途端、利害のみによって成り立っていた同盟はたちどころに崩壊した。

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同盟を脱した面々はそれぞれが保身に走っており、この分では柴田が率いる小田原攻めでは北条だけを相手取れば良いことになりそうだと静子はほくそ笑む。

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「俺たちが攻め込む前に勝手に滅ばれては困るぞ」

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湯呑から茶を啜りながら信忠が呟く。気楽に構えている信忠を見て静子は頭が痛くなった。

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静子は信長と信忠の親子喧嘩に関しては不干渉を貫き距離を置いていたのだが、渦中の人物である信忠が松姫を伴って静子邸へと押しかけてきたため、否応なしに巻き込まれてしまった。

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蟄居中であるとは言え、信忠に尾張まで押しかけられては岐阜に帰れとは言えないため、閉門していた門を開いて彼らを招き入れることになる。

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これに対して意外にも信長は何を言うでもなく静観を保ち、静子からの問い合わせに対し「馬鹿息子の頭を冷やしてくれ」とだけ返していた。

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明確な指示を得られなかった静子は、とりあえず二人を客間に通して客人として遇することにする。

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そうして信忠は尾張から政務をこなしつつ、時ならぬ休日を満喫していた。今も松姫に膝枕をして貰いながら、静子が読み終えた報告書に目を通している。

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「意地を張ってないで上様に謝ったら? それが出来ないうちは、北条攻めに君の居場所はないよ」

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「おいおい、それはないだろう。俺は東国征伐の総大将だぞ? 北条攻めの指揮は柴田がとるにせよ、俺が参戦しないことはあり得ないはずだ」

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「不満があるなら上様に言ってね。朱印状で届けられた正式な命令だから。織田家の屋台骨を揺るがす騒動を起こしたままの君には、総大将を任せておけないと思われたのかもね」

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「なんてこった……」

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信忠は悄然と項垂れる。彼の目論見では北条攻めでも出色の手柄を立て、信長の後継者に相応しい人物であると内外に知らしめるつもりであった。

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しかし、その機会は他ならぬ信長の手によって奪われてしまった。この状況から信忠が北条攻めに参戦するには、織田家の継承問題を揺るがしたことに対して決着をつけねばならない。

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「ねえ、どうして正室に拘ったの? ここ数日様子を見ていたけれど、松姫が自分から正室の立場を欲したようには思えないんだけど」

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「他言するなよ? 俺は静子だから信じて話すのだ。俺の配下にいる諸将から松を側室ですらない妾(めかけ)にするよう具申されたんだ……」

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さすがの静子も思わず息を飲んだ。亡国の姫とは言え、今後も統治を行う旧武田領の民にとっては大恩ある信玄の忘れ形見である。

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彼女を側室として遇することで民たちの心証はぐっと良くなり統治もしやすくなるだろう。それを押してまで松姫を貶める必要があるのだろうか?

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長年宿敵としていがみ合ったがゆえに、命のやり取りが生じた結果、身内を殺された等の軋轢はあるだろう。

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しかし、いくさをする以上は生き死には当然のことであり、こちら側も相当数の敵方を殺傷している。その程度はいくさの不文律として受け入れているはずである。

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「いってえ!」

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静子が考え込んでしまったため、手持無沙汰になった信忠は静子がまだ目を通していない書類を抜き取ろうとした。

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しかし、信忠の手が書類を掴む前に静子がいつの間にか取り出した扇子で信忠の手の甲を叩いて暴挙を阻止した。

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「勝手に触らない!」

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「考え込んでるようだったから、少しでも仕事を進めてやろうと思ってだな……」

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「思ってもないことを言わない。興味があるのはわかるけど、私が見る前に覗くのは越権行為だからね。私が良いと判断したものだけになさい」

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そう言うと静子は報告書の入った文箱を片づけ、背後に控えていた小姓に預けて隣室へと下がらせた。

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「それで松姫を妾にするよう進言された君はどうしたの?」

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「それが思ったよりも大勢いてな、このまま放置しては松の身が危ういと思い、逆に正室にすると表明することで父上の耳にも入るようにしたのだ」

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「なるほどね。問題を大きくすることで逆に暗躍できないようにしたんだ。でも、それならそうと先に根回しをしておかないと……」

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「差し迫った脅威があったんだ。俺が松の傍を離れることすら躊躇われるほどにな」

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「そうだったんだ。それじゃあ、私から上様に口利きをしてあげるから、素直に皆の前で謝罪なさいな」

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「他言するなと言ったはずだ!」

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「そんなことを言っていられる状況じゃないの。このままだと上様としても君を廃嫡しなくちゃいけない処まで追い込まれているんだよ?」

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「そうは言うがな、男が一度口にしたことを曲げるなど……」

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「黙らっしゃい! 頭を下げたところで君の値打ちが下がるわけじゃなし、意地を張って死ぬことに何の意味があるの? 松姫も道連れになるんだよ?」

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そう言われては信忠としても返す言葉がなく、口惜し気に押し黙った。それに気を良くした静子が、己の胸を軽く叩いて請け負う。

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「ここはこの静子お姉さんに任せておきなさい」