戦国小町苦労譚
一五七七年 四月上旬
天目山是位於現在的山梨縣甲州市大和町木賊(とくさ)的一座山。曾被室町幕府追討的武田氏第十三代當主武田信滿在此自盡,武田氏曾一度於此斷絕。
天目山とは、現在の山梨県甲州市大和町木賊(とくさ)に存在する山である。かつて室町幕府に追われた武田氏13代当主である武田信満(のぶみつ)が自害しており、一度はここで武田氏が断絶していた。
其後再興的武田家最後當主勝頼選擇天目山作為決戰之地,是否為命運的惡作劇?
その後再興された武田家最後の当主である勝頼が、天目山を決着の場として選んだのは運命のいたずらであったのだろうか。
在標高較低的天目山山頂附近,勝頼的陣地已被撤去,刈去下草並踏實地面後形成了一處視野良好的廣場。
比較的標高の低い天目山の山頂付近に張られた勝頼の陣は撤去され、下草を刈った上に地面を踏み固めたであろう見晴らしの良い広場が出来上がっている。
晨霧瀰漫中,廣場中央有勝頼坐在折疊式矮凳(床几)上雙臂交叉等候。
朝もやの立ち込めるなか、その広場の中央に床几(しょうぎ)(折り畳み式の腰かけ)に腕組みをして座る勝頼が待っていた。
此時,率領僅數手勢的信忠沿山道筆直地登上來。
そこに僅かな手勢のみを率いた信忠が山道を真っすぐに登ってくる。
「……來了嗎」
「……来たか」
見到信忠的身影,勝頼低聲喃喃。勝頼命令手下遠遠撤退,嚴令無人接近決戰之地。
信忠の姿をみとめた勝頼が呟(つぶや)いた。勝頼は配下を遠く下がらせ、決戦場へは誰も近づかないよう厳命している。
勝頼緩緩站起,取起靠在一旁的朱塗大身槍。勝頼身披武田自豪的赤備,甚至戴上威嚴的面頰,完全防備。
勝頼はおもむろに立ち上がると、傍に立てかけてあった朱塗りの大身槍を手に取った。勝頼のいでたちは武田の誇る赤備(あかぞな)えを身に纏(まと)い、厳めしい面頬までも装着した完全防備である。
相對地,出現在決戰場的信忠穿著不符當時常理的打扮。
これに対して決戦場へと現れた信忠はこの時代の常識にそぐわない恰好をしていた。
「一騎打ちを申し込んだのはそちらのはず。勝敗に拠らず自刃すると伝えたゆえ、侮ったか?」
「一騎打ちを申し込んだのはそちらのはず。勝敗に拠(よ)らず自刃すると伝えたゆえ、侮ったか?」
對於勝頼的質問,信忠回答同時命令除見證人長可外的部下退到槍刀無法及之處。
勝頼の問いに対して見届け人である長可(ながよし)を除く配下を槍や刀が届かない位置にまで下がらせつつ応える。
「侮るならば一騎打ちなどせずに討ち取っておる。甲斐武田の武を継ぐ漢と認めたがゆえに、この場を設けたのだ。見たところ、気力も体力も充分なようだ」
「侮るならば一騎打ちなどせずに討ち取っておる。甲斐武田の武を継ぐ漢(おとこ)と認めたがゆえに、この場を設けたのだ。見たところ、気力も体力も充分なようだ」
「施しを受けたゆえでは無いが、本当にそのような恰好で良いのか?」
「施しを受けたゆえでは無いが、本当にそのような恰好で良いのか?」
被問及的信忠的確穿著奇怪,足下是織田軍標準的綁帶長靴,外搭類似現代軍用工作褲(カーゴ褲)般的粗獷下著,外面再穿上脛當。
問われた信忠は確かに奇妙な格好をしていた。足元は織田軍標準の編み上げのブーツに現代のカーゴパンツのようなざっくりとした下履きの上から脛当(すねあて)を身に着けている。
軀幹方面則穿著胴鎧,覆蓋腰部的草摺與勝頼無異。原本應覆肩至肘的大袖被拆除,手首到肘的籠手則稍微加大。
胴体は流石に胴鎧を纏い、腰部をカバーする草摺(くさずり)は勝頼と変わらない。肩から肘までを覆うはずの大袖は取り外され、手首から肘までを覆う籠手がやや大型化していた。
至於頭部,完全未戴任何一套兜甲,可說是毫無防備的裝束。
頭部に至っては兜一式を一切身に着けていない無防備と言っても過言ではないいでたちであった。
「まさかこの期に及んで矢を射かけるような真似はせぬであろう? ならば経験で劣る側なりに工夫を凝らしたのだ」
「まさかこの期(ご)に及んで矢を射かけるような真似はせぬであろう? ならば経験で劣る側なりに工夫を凝らしたのだ」
信忠說罷從部下接過一把比自己身高略長的手槍並退後。長可站在兩人對峙的中間,退到一旁以免妨礙,注視兩人的動向。
信忠はそう言うと配下から自身の身長よりやや長い手槍を受け取ると下がらせた。長可は向かい合う二人の中ほどに立ち、邪魔にならぬよう後ろに下がって二人の動向を見守る。
面對穿戴當世具足完全防備並持有長大大身槍的勝頼,僅帶較短手槍且腰佩太刀的明顯輕裝信忠在距離上吃虧,看來極為不利。
当世具足の完全防備に長大な大身槍を得物とする勝頼に対し、間合いで劣る手槍の他には腰に太刀を佩(は)いているのが見える明らかに軽装の信忠は如何にも不利に見えた。
見信忠準備就緒,勝頼將手中的大身槍在頭頂上大幅畫圈展示後,側持槍向信忠指去並開口說道。
信忠の準備が整ったのを見た勝頼は手にした大身槍を頭上で大きく円を描くように回して見せると、脇に構えて信忠の方へ穂先を向けて口を開く。
「ならば最早何も言うまい。これより先は口先では無く己の武を以て意を示そう。いつでも掛かって参れ!」
「ならば最早何も言うまい。これより先は口先では無く己の武を以て意を示そう。いつでも掛かって参れ!」
勝頼說畢停步觀察信忠動向。信忠因在間合上劣勢,不敢輕率踏前,靠著拖步緩慢縮短距離。
勝頼はそういうと足を止めて信忠の出方を窺った。対する信忠は間合いで劣るため、迂闊(うかつ)に踏み込むこともできずすり足でじりじりと間合いを詰める。
當手槍只差半步可及之際,勝頼動了。他將側持的大身槍在手中滑動般地突向前方,幾乎沒有預備動作卻帶著充足威力的一擊。
後半歩で手槍が相手に届くというところで勝頼が動いた。脇に構えた大身槍を手の中で滑らせるようにして前方へ突き出し、予備動作が殆ど見えないと言うのに充分に威力の乗った突きを放つ。
原本應該緊盯對手動作的信忠卻晚了半瞬反應,無法及時迴避,只能把手槍刺入大身槍的前進路線以偏移槍尖,並因反作用力向相反方向逃開身體。
相手の動きを注視していたはずの信忠だったが、半瞬反応が遅れたため回避が間に合わず大身槍の進路上に手槍を突き立てて穂先を逸らし、反動で逆方向へと体を逃がす。
勝頼的大身槍穗先長達一尺(約30公分)以上,幾可稱之為刀身的穗尖在刺入時削去了手槍的槍柄。
勝頼の大身槍は穂先が一尺(約30センチメートル)以上もの長さがあり、その刀身とも呼ぶべき穂先が手槍の柄を削りながら突き込まれた。
本來操作沉重的大身槍並不易,若被躲開帶威力的突擊,理應會產生極大的破綻。
本来であれば重量のある大身槍を扱うのは難しく、威力の乗った突きを躱(かわ)されれば大きな隙が生まれる筈であった。
然而勝頼不與被偏移到側面的力流對抗,反而將橫向的力與自身力量及身體扭轉相結合,像折疊身體般緊湊地旋轉大身槍,從斜上方向拍擊般施出一擊。
しかし勝頼は側面に逸らされた力の流れに逆らわず、むしろ横向きの力に自身の力と更に体の捻りをも加えて体を折りたたむようにしてコンパクトに大身槍を回転させ、斜め上方から叩きつけるような一撃を放った。
見到那記向逃離處砸下的揮擊,信忠斷定手槍無法完全接下,於是拋身側跳迴避。
逃げたところへ叩きつけるように振り下ろされる一撃を見た信忠は、手槍で受けきることは不可能と断じるや体を投げて横っ飛びに回避する。
翻滾著從地面起身的信忠所見,是再次側持大身槍、毫無破綻的勝頼身影。
地面を転がりながら起き上がった信忠が目にしたのは、再び脇構えに大身槍を携えた隙の無い勝頼の姿であった。
(沒想到會到這種程度,判斷錯了)
(よもやこれほどまでとは、見誤ったわ)
在提出這場一騎打之前就已派間諜探查勝頼個人的武威。雖然獲得了其善於部隊指揮的情報,但從未得到勝頼本人精於武藝的情報。
この一騎打ちを打診する前から勝頼個人の武威については間者に探らせていた。しかし、部隊の指揮に秀でていると言う情報は得られども、勝頼本人が武芸に秀でているという情報はついぞ齎(もたら)されなかった。
在名立武藝者齊聚的武田家裡,信忠認為勝頼個人並非特別強悍也是情有可原。
名立たる武芸者が揃っている武田家に於いて、勝頼個人の強さはさほどでもないと信忠が判断したのも仕方ない面もあった。
「その鎧、見た目通りの重さではないな?」
「その鎧、見た目通りの重さではないな?」
「ただの一合でそこまで見抜くか。前評判などあてにならぬものよな、元よりこちらは挑む立場。織田勘九郎推して参る!」
「ただの一合でそこまで見抜くか。前評判などあてにならぬものよな、元よりこちらは挑む立場。織田勘九郎推して参る!」
勝頼的指摘是對的。信忠的甲冑皆為特製,是匠心不吝惜投入尾張最先端技術的絕品。
勝頼の指摘は正しい。信忠の甲冑は全て特別製であり、尾張の最先端の技術が惜しげもなく注ぎ込まれた逸品である。
看似普通布料的カーゴ褲,其實以熔化玻璃像製作棉花糖的機械般被吹飛,用離心力拉細拉長成極細的玻璃纖維,編織於表層。
ただの布に見えるカーゴパンツも、溶かしたガラスが綿菓子を作る機械のようなもので吹き飛ばされ、遠心力を用いて細く細く引き伸ばされたガラス繊維を表側に編み込まれている。
當然若直接接觸皮膚會造成細小割傷且刺癢,於是裏側細心地以普通布料做了襯裡。
当然そのままでは肌に触れれば細かい切り傷が出来てチクチクするため、裏側には通常の布地で裏当てが施されていると言う念の入れようだ。
若僅此則不過是稍耐用且不易燃的布料,但用於脛當與籠手部分的裝甲板則更有一番不同。
これだけならば少し丈夫な燃えにくい布に過ぎないが、脛当や籠手部分に用いられている装甲板は更に一味違う。
在尾張才能製造的鋼材,以稱為冷間線引的技法在常溫下細拉延展。
尾張でしか造れない鋼を冷間(れいかん)線引(せんび)きと呼ばれる技法によって常温のまま細く引き伸ばす。
此乃一項只有在能以蒸氣機關持續且均勻施加巨大力量的情況下,才能實現,水車或畜力根本無法達成。
これは水車や畜力では到底生み出せない、蒸気機関による巨大な力を均一に加え続けられるようになって初めて実現できる技術であった。
因此雖然還稱不上鋼琴弦那般細,但能製出比一般針金還細、約如章魚線般的鋼線。
これによりピアノ線程とはいかないまでも、針金というより細いタコ糸ぐらいの鋼線が造られる。
將它編成網狀後,多層貼附在赤樫薄板上,並以樹脂固化成型。
これをメッシュ状に編み込んだ上で赤樫の薄板に幾重にも張り付けられ、それらを樹脂で固めたものとなっている。
強度幾可與鐵板相當,但重量僅約五分之一,完全是一種超前技術的防具。
鉄板と変わらない程の強度を持ちながらも、重量は五分の一程という完全にオーバーテクノロジーの防具に仕上がっていた。
信忠為了先發制人而衝了上去。當代具足為了防箭採取減少縫隙的工夫,防禦力雖高,視野卻無可避免變窄。
次は己が先手を取るべく信忠が駆けた。当世具足は矢を防ぐため、隙間を少なくする工夫が施されており、防御力が高い反面視界がどうしても狭くなる。
他面對勝頼向左側疾走,既從視線外側閃開,又繞到其慣用手的背側,佔據一個難以被追擊的位置。
勝頼と向き合って左側に駆けることで視界から外れつつ、しかも利き手の裏側に回り込むことで追撃しにくい位置を取る作戦であった。
勝頼的回應卻奇特地是對著信忠完全轉背並俯身蜷縮。看到他把身軀收得小小的,信忠幻視出一根被極限壓縮的彈簧的模樣。
これに対する勝頼の応えは、信忠に完全に背を向けて屈みこむという奇妙なものであった。体を小さく丸め込む姿に、信忠は極限まで押し縮められた発条(ばね)の姿を幻視した。
背脊像被刺入凍寒的冰柱般湧起不寒而栗,信忠驟然當場躍起。
背筋に凍(い)てつく氷柱(つらら)を突き込まれたような悪寒に、信忠は咄嗟にその場で飛びあがった。
果真一縷閃光掠過信忠足下,隨後傳來能聽見風切聲的鋒利斬擊,原本修剪得短短的下草被再度割得更短。
果たして信忠の足元を閃光が走り抜けた。遅れて風切り音が聞こえるほどの鋭い斬撃が走り抜け、短く刈り揃えられた下草が更に短くなった。
他擁有能從任何姿勢自由揮槍的非凡軀幹,以及產生銳利刺突與斬擊的剛勁力道;那可稱為天下無雙的侍大將般令人畏懼的武藝鋒利。
どのような体勢からでも自由に槍を振るえる尋常ならざる体幹と、鋭い刺突及び斬撃を生み出す剛力。天下無双の侍大将と呼べる恐ろしいまでの腕の冴えであった。
「只會逃是不算一場勝負的!」
「逃げてばかりでは勝負にならぬぞ!」
「剛才真把膽都嚇冷了。甲斐的武士們都擁有這等力量嗎……」
「流石に今のは胆が冷えたわ。甲斐の武士(もののふ)は皆これほどまでの力を持っておるというのか……」
判斷中距離無法分出勝負的信忠,一邊向先前能讓勝頼攻擊不易到達的方向疾走,一邊縮短雙方距離。
中距離では勝負にならないと判断した信忠は、先ほどのように勝頼の攻撃が届きにくい方向へ駆けつつも距離を詰める。
像大身槍這類長柄武器,一旦被貼近到密接距離,反而因為攻擊範圍過長而難以命中。
大身槍のような長柄の武器は、密着間合いに入られてしまえばリーチが災いして攻撃が当たらなくなってしまう。
勝頼當然對此瞭若指掌,他將支撐長柄的左臂向內折,右手推柄時大幅向外一圈,從而施出緊湊的斬擊。
当然その程度のことは知悉(ちしつ)している勝頼は槍を支える左腕を内側に折り畳み、柄を押し出す右手を大きく外側に回すことでコンパクトな斬撃を放ってきた。
信忠險之又險躲過,已貼近勝頼眼前。大身槍尖端已繞到了勝頼遠後方,信忠見此良機便大步踏前。
間一髪でこれを躱した信忠は、勝頼の目前にまで肉薄していた。大身槍の穂先は勝頼の遥か後方へと回っており、今が好機とばかりに信忠が大きく踏み込んだ。
「啪嗒!」一聲奇怪的響動,信忠大幅後退;他的胸腹側面變形,細看可見如蜘蛛網般裂痕延展。
バシン! という奇妙な音が響いて信忠が大きく後退した。信忠の胴は側面が歪み、よく見ると蜘蛛の巣状の亀裂が走っている。
「那到底是甚麼!? 好像敲到岩石一般啊。」
「なんなのだそれは!? 岩でも叩いたかのようじゃ」
果然勝頼使出的是以槍頭石突的打擊。從橫掃斬到直線打突無縫接續,信忠的虎子胸甲被打凹,並被彈飛出攻擊距離之外。
果たして勝頼が放ったのは、槍の石突による打突であった。横薙ぎの斬撃から直線の打突へと繋ぐ隙の無い連携に、信忠は虎の子の胴鎧を凹まされた上に、間合いの外へと弾き出されてしまった。
「這是靜子特製的甲冑! 別以為能輕易貫穿!」
「静子特製の甲冑よ! そう易々とは貫けぬと心得よ!」
吼叫之後信忠再次發起第三次突擊。在以命相搏的極度壓力下,氣力與體力比想像中更快消耗。
そう吼(ほ)えると信忠は三度目の突撃を敢行した。互いの命を懸けた戦いという極度のストレス状況下では、予想以上に気力及び体力を消耗する。
雖然未成有效一擊,但看起來每次發出反擊、並保留體力的勝頼反而比吃到沉重一擊的信忠還更感疲憊。
有効打にはなっていないものの、手痛い一撃を食らった信忠よりも、都度カウンターを放って体力を温存しているように見えた勝頼の方が疲労していた。
信忠從視線外以刺痛般惱人的進攻消耗勝頼體力,效果超出預期。勝頼疲累導致大量出汗,超過吸收極限的汗珠流入,一顆遮住了單眼。
視界の外からちくちくと厭らしい攻めをしてくる信忠の行動は、想像以上に勝頼の体力を削り取っていたのだ。勝頼の疲労は発汗を促し、吸水の限界を超えた汗の玉が片目を塞いだ。
那一瞬間、連微小縫隙都稱不上卻足以分出命運。信忠大步前躍,將手槍刺入勝頼眼前地面,拔腰間太刀並像滾動般從勝頼腋下穿過。
その一瞬の隙とも言えない空隙が運命を分けた。大きく踏み込んだ信忠は手槍を勝頼の眼前の地面に突き立てると、腰の太刀を抜いて転がるように勝頼の脇の下を駆け抜けた。
因為手槍阻擋,無法揮出長槍的勝頼右臂揮空,右臂根部噴出鮮血,卻仍把槍丟掉,伸左手去拔腰間太刀。
手槍が邪魔となって槍を繰り出せなかった勝頼の右腕が宙を舞った。勝頼の右腕の付け根から鮮血が噴き出すが、構わず槍を捨てて左手で腰の太刀を抜かんと手を伸ばした。
背後再起斬擊,這回從左臂肘部以下被斬斷。雙臂盡失的勝頼知曉敗亡,跪於地上挺直背脊喊道。
再び背後からの斬撃が走り、今度は左腕の肘から先が斬り飛ばされた。両腕を失った勝頼は敗北を悟り、その場に膝を突くと背筋を伸ばして叫んだ。
「好漂亮啊! 以此傷勢,某的性命也快要斷了。想自刃卻無臂可用,能否請求介錯?」
「見事だ! この傷ではまもなく某(それがし)の命も潰(つい)えよう。自刃しようにも腕がない。介錯(かいしゃく)を願えまいか?」
信忠對此回應並喊道。
それに信忠が応えて叫ぶ。
「這是薄冰勝利。雖未盡全力,仍代行介錯。」
「薄氷の勝利であった。及ばずながら介錯仕(つかまつ)る」
信忠說罷站到勝頼身後,勝頼垂首露出頸項,信忠挺直背脊高高舉刀。
信忠はそう言うと、背筋を伸ばし首が見えるよう頭(こうべ)を垂れる勝頼の背後に立ち、高々と太刀を振りかぶった。
「砍吧!」
「やれい!」
隨著勝頼的話語,刀刃劈下,一刀之下勝頼首級落下,身軀遲緩前傾倒下,武田家最後的當主逝去。
勝頼の言葉と共に刃が振り下ろされ、一刀の下に勝頼の首が落とされた。遅れて体が前のめりに倒れ、武田家最後の当主は逝った。
「若無此甲冑,我應該早已赴泉下。武田四郎,真乃一位武士。」
「この鎧が無くば、泉下に向かうは己であったであろう。武田四郎、まことの武士(もののふ)であった」
武田勝頼討死的消息由織田家散布,瞬間傳遍日本全土。即便日薄西山仍被稱為戰國最強的武田家滅亡,震撼了各地的國人。
武田勝頼の討ち死に、この一報は織田家の手によって広められ、瞬く間に日ノ本全土に伝わった。痩せても枯れても戦国最強と呼ばれた武田家の滅亡は、日ノ本中の国人を震撼させた。
因此再無人反對織田家成為武家領袖──征夷大將軍。嚴格說北條或許不會承認,但實際情況是只能事實上默許。
これによって織田家が武家の頭領たる征夷大将軍となることに異を唱える者は居なくなった。厳密に言えば北条は認めないであろうが、事実上黙認するしかないというのが実情である。
即便武田家被視為不共戴天之仇,信長也僅回了一句「是嗎」。
不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の仇とされた武田家の滅亡にも信長は一言「そうか」と応えたのみであった。
過去傾注心血要打倒的武田家,真正聽聞滅亡時在胸中掠過的是難以填補的空虛感。
今まで打倒することに心血を注いできた武田家だが、いざ滅亡したと聞いて胸に去来したのは埋め難い空虚感であった。
機敏早聽利的堺商人們後來向信長獻上慶賀,紛紛貶低武田家並讚頌織田家。對那些說奉承話的群輩,他以沈默的威壓讓其噤聲。
利に聡く気の早い堺の商人たちは、後に信長に対して祝いを贈り、口々に武田家を貶して織田家を誉めそやした。そんな佞言(ねいげん)(おべっか等、媚びへつらう言葉)を吐く輩の悉(ことごと)くを無言で威圧した。
無法忍受信長投射出令人寒心的目光與如同實際壓力的沈默,商人們匆匆離去。
信長の放つ底冷えするような視線と、物理的圧力を伴うような沈黙に耐えられなくなった商人たちは早々にその場を辞すこととなった。
時間回溯,選定新府城為信長與信忠軍及德川・穴山聯軍集結之地,相關人士齊聚討論戰後處理。
時は戻って信長と信忠軍、及び徳川・穴山連合軍が集結できる場所として新府城が選ばれ、関係者が揃って戦後処理を話し合うこととなった。
討取勝頼的信忠軍先入城整備,從南方進軍的德川・穴山聯軍也會合。他們雖為無血開城,但不知是否曾有掠奪,城內荒廢,他們清掃並掩飾表面以修整。
勝頼を討った信忠軍がまず入城して準備を整え、南部から進軍してきていた徳川・穴山連合軍が合流した。彼らは無血開城ではあったものの、略奪があったのか荒れ果てた城内を清掃し、表面を取り繕った。
在那一連串暗中運作之後,遲到趕到的信長及近衛前久被迎了進來。信長一到場便宣稱要當場論功行賞,並召集相關人等。
そうした影働きの末、遅れて駆けつけてきた信長及び近衛前久を迎え入れることとなる。信長は到着するや否や、その場で論功行賞を行うと宣言し、関係者を集めた。
「此度的勝利,是因為長期抵抗武田侵攻的三河守殿的奮戰才得以實現」
「此度(こたび)の勝利は長きに亘(わた)って武田の侵攻に抗い続けた三河守(みかわのかみ)殿の奮闘あってのことである」
信長將首功賞給了家康。正因為他對抗武田的侵攻堅守陣地,才有今日的勝利。
信長が第一功として賞したのは家康であった。彼が武田の侵攻に対して踏ん張ったからこそ今日(こんにち)の勝利があるという訳だ。
雖然在第二次東國征伐中未立下大功,但信長考量他過往的成就而給予評價,並賜予家康駿河國。
第二次東国征伐に於いては大きな戦功を立てていないが、過去分の成果を勘案しての評価であった。信長は家康に対し、駿河国(するがのくに)を与えている。
接著,作為武田本國的甲斐國,賜予給黑母衣衆首領、在東國征伐中隨從信忠的河尻秀隆。
次に武田氏の本国でもある甲斐国(かいのくに)は、黒母衣(ほろ)衆筆頭であり東国征伐に於いて信忠に付き従った河尻(かわじり)秀隆(ひでたか)に与えられた。
隨後,伊那國賜予信忠的直臣毛利長秀,上野國與信濃國的一部分則分給滝川一益。
次いで伊那国(いなのくに)は信忠の直臣である毛利(もうり)長秀(ながひで)に、上野国(こうずけのくに)と信濃国(しなののくに)の一部は滝川一益に与えられることとなった。
賜給滝川的領地中包含了過去的真田領,但真田昌幸已打算在尾張安葬,故並未多做干涉。
滝川に与えられた領土には、かつての真田領も含まれていたが、当の真田昌幸は既に尾張に骨を埋めるつもりでいるため、特に口をはさむこともなかった。
而因武田氏覆亡而陷入內戰的諸領地,則賜予在本次東國征伐中立下卓越戰功的長可。
そして武田氏が亡んだことで内戦状態に陥っている領土については、今回の東国征伐に於いて出色の手柄を立てた長可に与えられることとなる。
表面上看起來像是抽到爛籤的長可,信長判斷若由長可治理,能一邊平撫一邊妥善治理。
見るからに貧乏くじを引いた形となっている長可だが、信長は長可ならばそれらを鎮圧しつつ上手く治められると判断していた。
最後,作為第二次東國征伐總大將且親手討取勝頼的信忠,竟未獲任何褒賞。
最後に第二次東国征伐の総大将であり、勝頼を直接討ち取った立役者でもある信忠に対しては何の褒章も与えられることが無かった。
「身為總大將卻違背命令,進行使全軍陷入危險的一騎打,這是其所受的懲罰!」
「総大将でありながら言いつけに背き、軍全体を危険に晒す一騎打ちを行った罰だ!」
信長如是冷冷地說。誠然身為織田家嫡子,進行可能危及性命的一騎打確實是輕率之舉。
信長はそう吐き捨てるように言った。確かに織田家の嫡子でありながら、命の危険がある一騎打ちを行ったのは軽率であっただろう。
眾人對此困惑不解,是否能與完成東國征伐半數功績相抵銷,信長接著說道。
しかし東国征伐の半分を成し遂げた功績と相殺し得るものだろうかと皆が首を傾げるなか、信長が続けて言った。
「准許那傢伙娶武田的遺孤松姬為妻。不同意武田復權,但允許其血脈存續,作為賞賜」
「あ奴には武田の遺児である松姫を娶(めと)る許可を与えた。武田の復権は許さぬが、血の存続を許したことを以て褒美とする」
聽到這裡,無人對信長的裁決提出異議。
ここまで聞けば信長の裁定に口を挟むものはいなかった。
接著信長對最後仍追隨勝頼戰鬥殆盡的五十餘名忠臣評為「即便是敵人也令人佩服」,並保證不追究其本人及一族郎黨的罪責,使其生活得以安穩。
続いて信長は、最期まで勝頼に従って戦い抜いた忠臣五十余人に対し「敵ながら天晴(あっぱれ)」と評し、本人を含む一族郎党に咎を課さないことを確約し、生活を安堵させた。
反之,對於在武田家劣勢時叛離卻又未投靠織田者,因其優柔寡斷而被處以重罰。
逆に武田家が劣勢に追い込まれたのちに離反し、さりとて織田家に与(くみ)しなかった者については、その優柔不断さを責めて厳罰に処している。
為了家族延續而背叛乃戰國常事,僅以此為由不會逼人家斷絕門戶,但對實施屠殺與掠奪者則予以斬首處決。
家の存続を求めての裏切りは戦国の習いであり、それだけを理由にお家断絶に追い込むような真似はしないが、虐殺を含む略奪を行ったものは斬首された。
見到那般苛烈的處置,木曾義昌原本怕會因率先倒戈而受責難,然而在領地加增與安堵被宣告後幾乎顫倒。
その苛烈な対応を見た木曾義昌は、真っ先に寝返ったことを責められるかと恐怖したが、領地の加増及び安堵が言い渡されると腰が抜けそうになっていた。
反倒對於在微妙時機向德川示好、請求轉向的穴山難以處置。其已成為德川麾下,縱使信長也無法干涉其人事。
逆に微妙な時期に寝返りを打診してきた穴山については扱いが難しい。既に徳川の臣下となっており、信長といえどその人事に口を出すことは出来ない。
「甲州有一種名為『泥かぶれ』的病。穴山殿請擔任此事的陣頭指揮。詳情將由織田家參議稍後告知,望為根絕此病盡力」
「甲州には『泥かぶれ』なる病がある。穴山殿はこれに対する陣頭指揮を執っていただきたい。詳細については織田家相談役より追って知らせるゆえ、この病の根絶に向けて尽力されよ」
聽到信長的話,穴山因安心而撫胸。對於名為『泥かぶれ』的致命疾病,與其從頭重建指揮系統,不如由與當地居民有聯繫的領主擔任首領更為有效,信長如此判斷。
信長の言葉を耳にした穴山は安堵から胸を撫でおろした。『泥かぶれ』という死病に対し、一から指揮系統を構築しなおすよりも、地元の住民と繋がりがある領主を頭に据える方が効果的だと判断されたのだ。
因此穴山的領地得以安堵,他以德川家配下臣子的身分,開始與侵蝕甲州全域的死病展開漫長抗爭。
これによって穴山の領土は安堵され、徳川家配下の臣として仕えつつ、甲州全域を蝕(むしば)む死病と永い戦いを始めることになる。
「吁!此穴山以一命相賭,必全力以赴」
「はっ! この穴山、己が一命を賭して取り組みまする」
見到信長的裁定以及接受裁定的穴山,家康也鬆了口氣。因德川軍自南方北上時,曾在甲府盆地附近的疫區親眼見到『泥かぶれ』的患者。
信長の裁定とそれを受け入れた穴山を見て、家康もホッと一息ついた。南部から侵攻していた徳川軍は、甲府盆地付近の流行地にて『泥かぶれ』の罹患者を直接目にしていたからだ。
在第二次東國征伐中採取自南部北上的德川軍路線時,靜子已向家康傳達『泥かぶれ』的詳細情況。
第二次東国征伐に於いて南部から北上するルートを取る徳川軍に対して、静子は家康に『泥かぶれ』の詳細を伝えていた。
當時若說有寄居於水中看不見的蟲在腹中築巢導致人致死,聽來荒誕無稽,但該資訊來自靜子,且有記載詳細病理的資料與照片等具說服力的視覺證據,成為了決定性的說服力。
水の中に棲む目に見えない虫が腹に巣くい、人を死に至らしめる等と言う当時からすれば荒唐(こうとう)無稽(むけい)な話も、他ならぬ静子からの情報であることと、詳細な病理について記された資料及び写真という説得力のある視覚情報が決定打となった。
也許正因如此,家康在接受穴山後讓其到當地視察。在那裡,他見到如地獄繪圖中餓鬼般腹部鼓起、手足枯槁消瘦的居民。
そうした事もあってか、家康は穴山を受け入れた後に現地を案内させた。そこで彼は地獄絵図にある餓鬼のように腹を膨らませ、手足が棒のように痩せ細った住民を見ることになる。
由此家康對『泥かぶれ』格外警惕,畏懼由含晨露的草叢感染,遂撒布靜子借予的生石灰,命加強防備的兵刈除下草等,以確保安全邊行軍。
そこから家康は『泥かぶれ』に対して万全の注意を払うこととなった。朝露を含んだ草から感染することを恐れ、静子から貸与された生石灰を撒いたり、防備を固めた兵に下草を刈らせたりなどして安全を確保しつつ進軍した。
結果進軍速度大幅放慢,未能在新府城落城前會合,但得以累積在實施防疫下前進的寶貴經驗。
その結果、進軍速度は大幅に落ちて新府城落城までに合流できなかったが、実際に防疫をしつつ進軍するという得難い経験を積むことが出来た。
此『泥かぶれ』不會人傳人,因須經由中間宿主ミヤイリガイ才能發育為具有感染力的セルカリア。然而糞便或尿中含有的蟲卵流入河川,經由ミヤイリガイ而間接感染則有可能。
この『泥かぶれ』が人から人へと伝染することはない。中間宿主であるミヤイリガイを経由しなければ、感染能力を持つセルカリアに成長できない為である。ただし、糞便や尿に含まれる虫卵が河川に流れ込み、ミヤイリガイを経由して間接的に感染することはある。
知悉這種未知且可怕的死病現狀後,家康全力贊成穴山專注於撲滅『泥かぶれ』。
未知の恐ろしい死病の現状を知った家康は、穴山が『泥かぶれ』撲滅に注力することにもろ手を挙げて賛成した。
「以此為論功行賞之終。今我將返回安土,關於詳情日後會有聯絡」
「これを以て論功行賞を終わりとする。わしはこれより安土へ戻るゆえ、子細については追って連絡があろう」
「請稍候,織田大人」
「お待ちくだされ、織田殿」
說畢該說的話後,信長起身大步欲離開室內,家康將他呼住。信長投以鋭利目光,但家康以溫和笑容續說。
言うべきことを言い終えた信長は席を立ち、大股で室内から去ろうとしたところを家康が呼び止めた。信長が鋭い視線を投げかけるが、彼は柔和な笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「聽聞您欲賞觀富士山。若是如此,務請使用吾領,我將引領大人至可眺望富士的景勝地」
「何やら富士の山を見物されると耳にし申した。そうであるならば是非に我が領をお使いくだされ。富士の山を望む景勝地をご案内いたしましょうぞ」
「……確實聽聞富士山為險地,那就承蒙您相讓」
「……確かに富士の山は難所と聞く。ならばお言葉に甘えるとしよう」
「請交付在下辦理」
「お任せくだされ」
縱然是信長也不認為能親自登富士,頂多打算在一處視野良好的丘陵,拍下日出反射下熠熠生輝的富士後返回。
流石の信長も直接富士登山できるとは思っていなかった。精々が見晴らしの良い丘から日の出を反射して輝く富士を写真に収めて帰るつもりであった。
然而對於能一覽那樣景色之地並無頭緒,不免感到有些隨意碰運氣的成分。
しかし、そうした景色を一望できる場所についての見当はついておらず、行き当たりばったりの感は否めない。
於是家康的建議正是天助,接下來正是他大顯身手的時候。負責引導信長一行,亦包括替他們探路與開道的工作。
そこで家康の提案はまさに渡りに船であった。そしてここからが家康の腕の見せどころとなる。信長一行の案内を務めるという事は、その露払いをも含まれる。
也就是說,路途中絕不能出現哪怕千分之一的遇到歹徒這種意外。家康向家臣下達指示,指定信長一行的通行路線,並命令整修路段。
つまり道中でならず者に遭遇するなどと言うハプニングが万に一つでも起こってはならないのだ。家康は家臣に指示を出し、信長一行が通行するルートを定めると、その整備を命じた。
若行程中有山林便派人掃山,若因水漲橋梁倒塌的河川則緊急施工重建。對於作為宿所的寺社,更先行通知使其動員全體打掃,捐獻金銀,不僅整修宿坊,甚至替跟隨信長的士兵築起臥榻。
道行(みちゆき)に山があれば山狩りを行い、増水して橋が落ちた川があれば突貫工事で再建させた。更に宿所となる寺社に関しては、先触れを出して総出で清掃を行わせ、金銀を寄進して宿坊はおろか、信長に従う兵士たちの寝床まで作り上げさせた。
當家康忙得不亦樂乎時,信忠與長可則是享受著短暫的休憩。
そうして家康が張り切っているなか、信忠と長可は僅かな休息を満喫していた。
「此番之戰大致已安定下來了呢」
「此度のいくさは概ね落ち着くところへ落ち着きましたな」
「雖說總大將被扣上無功的嫌疑,但也是如此」
「まあ総大将が功なしというケチはついたがな」
信忠吸著熱茶又反駁幾句,長可露出有些惡意的笑容。
熱い茶をすすりながら混ぜっ返す信忠の様子に長可は意地の悪い笑みを浮かべる。
「你這麼說卻又巧妙地拿下了正室的聯姻,真是滴水不漏啊」
「そう言いながらちゃっかりと本命の婚姻を勝ち取っておられる辺りは、ぬかりありませぬな」
「討取武田當主的名聲,加上導致東國討伐成功的戰功。若兩者齊備,便無法反對娶松為妻了」
「武田の当主を討ち取ったという名声と、東国征伐を成功に導いたという実績。これが揃えば松を娶ることに異を唱えることは出来ぬよ」
「若行事過於任性,上樣可是會發火的喔?」
「流石に勝手が過ぎると上様はおかんむりでしたぞ?」
「為了貫徹信賞必罰,表面上看似震怒,然而最終卻未受責處而被赦免。結果好則一切好」
「信賞必罰を徹底するため表面上は怒っているように見せておられるが、結局のところお咎めなしで赦されておる。終わり良ければ総て良しだ」
「那股怒氣看來是真,不過也無妨。倒不如說信勝如何了?」
「あの怒気は本物に思えましたが、まあ良いでしょう。それよりも信勝は如何でした?」
「若長大了,或許會成為可怕的將才也說不定」
「長じれば恐るべき使い手になったやも知れぬ」
勝頼討死後,原以為信勝會自刃追隨,卻出乎意料地向信忠提出一對一的決鬥。
勝頼が討ち死にした後、自刃して後を追うかと思われた信勝だが、予想に反して信忠に一騎打ちを申し込んだのだ。
本就無法勝過打敗其父的信忠,但他還是選擇與其抗衡一番,總比坐等死去要出一口氣吧。
元より父を打ち負かした信忠に勝てる道理は無いのだが、それでも座して死を待つよりは最期に一矢報いんと挑んだのであろう。
結果是,還沒真正交鋒就被一刀斬倒。因為一騎打前信勝禁止家臣追隨,他們只得放下武裝投降於織田軍。
結果は、まともに打ち合うこともなく一刀の下に切り伏せられた。一騎打ちを前に信勝は家臣に後を追うことを禁じたため、彼らは武装を捨てて織田軍に下った。
在勝頼之首與信勝遺體被歸還後,北條夫人選擇出家,終生為他們誦經悼念。
見分が終わった勝頼の首と、信勝の遺体を返された北条夫人は、出家して終生彼らを弔って過ごすということだった。
「比起那個,真正的問題是『泥かぶれ』。聽說靜子正在擬定計畫,但詳細還沒報上來。方針是從把流行地的居民隔離開開始。」
「それよりも問題は『泥かぶれ』だな。何やら静子が計画を立てているらしいが、詳しいところはまだ上がってきていない。方針としては流行地から住民を隔離するところから始めると言っていたが」
「欸!?讓被病魔侵蝕的人移動,真的沒問題嗎?」
「え!? 病魔に蝕まれた奴を動かしても大丈夫なのか?」
長可似乎被驚到,立刻恢復原來的語氣向信忠詢問。
驚いたのか、咄嗟に元の口調に戻った長可が信忠に訊ねる。
「嗯,好像是種會在腹中積聚寄生蟲的病。據說病人體內那些蟲子通常不會輕易傷害他人。」
「ああ、何でも腹の中に虫が溜まる病らしい。病人の腹に詰まっている虫は、滅多なことでは他の人間に悪さしないそうだ」
「啊,就是照片上反覆看到的那個。據說大小不到小指指甲尖,卻有那麼多看不見的蟲子,真讓人起雞皮疙瘩。」
「ああ、写真で散々見せられたアレだな。小指の爪の先にも満たない大きさらしいが、そんな目に見えない虫がうじゃうじゃいるってのはゾっとする話だ」
「好像就是寄生蟲一類的生物,像吸食他人血液而逐漸肥大的水蛭般的東西。」
「何でも寄生虫という生き物らしい。他人の生き血を吸って肥え太る蛭みたいな生き物だな」
「原來如此。看不見確實麻煩,但只要消滅那種叫做什麼的貝殼就行了吧?」
「なるほどな。目に見えないというのは厄介だが、あの何とか言う貝を根絶やしにすれば良いんだろ?」
「嗯,但聽說那極為困難。貝的數量極多,不只在水中,甚至在陸地也有,若殘留一點即可瞬間大量繁殖……」
「ああ。しかし、それが途方もなく難しいと聞く。貝の数が途方もない上に、水場だけでなく陸にも居て、少しでも残せばあっと言う間に増えるらしい……」
兩人窺見了要根絕『泥かぶれ』這一浩大難題的一角,對於如用有洞的長柄勺舀水般徒勞的作為感到一陣黯然。
『泥かぶれ』の根絶という壮大な難事の一端を垣間見た二人は、その穴の開いた柄杓で水を掬うが如き所業に暗澹(あんたん)たる気持ちになった。
『泥かぶれ』撲滅的第一步如同史實般從病理解剖開始。無論對病理機序瞭解多少,仍須開腹親自確認肝臟狀態,確定無疑是「日本住血吸蟲」所為。
『泥かぶれ』撲滅の第一歩は史実通り病理解剖で幕を明けた。いくら病理の機序を知っていても、実際に開腹して肝臓の状態を確認し、間違いなく『日本住血吸虫』の仕業であると確定せねばならない。
幸好當時正值戰時,檢體並不短缺。從戰死者遺體中挑選出身材矮小、消瘦且腹部鼓脹者開腹檢查。
幸いにして戦時であったため、検体には事欠かなかった。戦死した遺体のうち、身長が低く痩せ細り、腹が膨らんでいる者を選んで腹を開いた。
隨軍的防疫部隊金瘡(きんそう)醫衆穿戴不透水的樹脂手套與圍裙,切開遺體腹部暴露肝臟,並在其門靜脈上開刀。
従軍していた防疫部隊である金瘡(きんそう)医衆は、水を通さない樹脂製の手袋や前掛けに身を包み、遺体の腹を切り開いて肝臓を露出させ、その門脈に刃を入れた。
被切開的門脈內部充滿了蟲卵並引起發炎,突起的肉組織包裹成為所謂的肉芽腫(にくげしゅ)。至此首次確認了『泥かぶれ』的病變與其成因。
切開された門脈内部は虫卵が詰まって炎症を起こし、それを盛り上がった肉が包み込むという肉芽腫(にくげしゅ)を形成していた。ここで初めて『泥かぶれ』の病変とその原因が確認された。
與這些工作同時,還回收了作為中間宿主的ミヤイリガイ,並對村民進行問診調查,研究據點迅速建立起來。
これらの作業と並行して中間宿主であるミヤイリガイの回収、村人への聞き取り調査が行われ、急速に研究拠点が構築されていった。
為了究明『泥かぶれ』,金瘡醫衆們接到靜子的指示按史實進行實驗,依照既定程序穩步累積資料。
『泥かぶれ』を究明する金瘡医衆たちは静子から史実通りの実験を行うよう指示されており、決められた手順に従って着々とデータを積み重ねている。
見到這樣的研究體制逐漸完善後,信長避開河岸,與德川軍一同向南前進,目標是富士山。
こうした研究体制が整うのを見届けた信長は、川沿いを避けて徳川軍と共に南下しつつ富士山を目指していた。
「這就是名聞日之本的靈峰,富士嗎!」
「これが日ノ本一と名高い霊峰、富士か!」
從家康引導之處眺望富士山真是絕景,正逢無雲晴空,從山麓到山腳的翠綠鮮明可見,山頂殘留的白雪在陽光下熠熠生輝。
家康に案内された場所から眺める富士山はまさに絶景であった。折よく雲一つない青空は晴れ渡り、裾野から麓までを染め上げる緑が鮮やかに見え、途中から白く残雪の残った山頂部が輝くようであった。
沉醉於絕景的信長回神後立刻命令技術人員將此景拍下。雖然缺乏望遠鏡頭與高感光底片等設備,拍攝困難重重,但仍設法留下幾張收納那美麗富士山的照片。
絶景に見惚れていた信長は我に帰ると、即座に技術者たちへこの眺望を写真に収めるよう命じた。望遠レンズや高感度フィルムなど望めない中での撮影は難航したが、それでも何とか美しい富士山を閉じ込めた写真を残すことが出来た。
信長整日心情愉快,家康則像水上之天鵝般優雅地帶著微笑,然水面下卻不斷拚命努力。
終始上機嫌の信長であったが、家康は水上の白鳥の如く優雅な笑みを浮かべつつも、水面下では必死の努力を続けていた。
之所以不惜強請信長來延續接待,是為了向未來的織田家顯示德川家可擁有的影響力。
無理を押してまで信長を招いて接待を続けている理由は、今後の織田家に対して徳川家が持ちうる影響力を示す必要があったからであった。
至今德川家被視為阻止武田入侵的最前線存在;既然武田家已亡,德川家隨著利用價值的降低,地位有下滑的風險。
今までは武田の侵攻を阻む最前線としての存在価値が認められていた徳川家である。その武田家が亡んだ以上、今後はその利用価値の低下に伴って徳川家の地位が下落する恐れがあった。
如今再也不能樂觀地假設攻滅北條時必須且必然需要德川家的協助。觀察此次甲州征伐中長可的出色戰果,反倒更自然地認為僅靠織田家自身也足以攻破。
北条を攻め滅ぼすに当たって是が非でも徳川家の協力が必要と楽観視できるような状況ではもはやない。今回の甲州征伐に於いて大活躍した長可の戦果を見るに、織田家のみでも充分攻略できると見る方が自然だ。
「根據先前的約定得到了駿河,但對未來的打算無從得知。」
「かねてよりの約定から駿河を得たが、この先については見当がつかぬ」
目前的德川家掌握三河、遠江(とおとうみ)與駿河三國,但若織田家繼續崛起,是否能堅持自主獨立令人存疑。家康認為至少要以未來十年為目標來決定行動。
現在の徳川家は三河、遠江(とおとうみ)、駿河の三か国を擁するが、このまま織田家が躍進を続けた場合に自主独立を貫けるかは疑わしい。少なくとも今後十年を見据えて行動を決定する必要があると家康は考えていた。
然而在為勝利氣氛高漲的德川家中,抱持這種刺痛般緊張感的只有家康一人。其他家臣則深信不疑今日如常的明日會延續。
しかし勝ちいくさに沸きたつ徳川家に於いて、このひりつくような緊張感を抱いているのは家康のみであった。他の家臣たちは今日と変わらぬ明日が続くと信じて疑わない。
即便如此,大家對於款待作為同盟要角的信長,可能左右國家前途之重要性持有共識。擋在他們面前的是橫渡天竜川的難題。
それでも同盟の重要人物である信長をもてなすことが国の行く末を左右しうる重大事であると言う認識は共通していた。そんな彼らに立ち塞がったのが天竜川の渡河であった。
「要在兇暴的天龍(指天竜川)上架橋,乃是古今未曾有的艱鉅工程!」
「暴れ天竜(天竜川のこと)に橋を渡すなど古今(ここん)未曾有(みぞう)(古くから今まで一度もあったためしがない様)の大仕事ですぞ!」
「小天竜尚可渡過,大天竜則無法辦到。」
「小天竜は渡せども、大天竜は叶いませぬ」
「這裡還是以安全為重,改用船渡吧。」
「ここは安全を取って船便で渡しましょうぞ」
現在的天竜川流域已成一線,但在當時東側有一條、西側有兩條支流。東稱大天竜、西稱小天竜,河水發源於諏訪湖,水量驚人。
現在の天竜川は流域が一本化されているが、この時代では東に一本、西に二本の川が流れていた。東を大天竜、西を小天竜と呼び、諏訪湖を水源地とした膨大な水量を誇る河川であった。
因此一旦大雨便常發洪水,甚至被稱為『暴れ天竜』。記載顯示從元祿到明治初期約一百七十年間,發生過大大小小四十次洪水。
そのため、ひとたび大雨が降れば頻繁に洪水を起こすことから『暴れ天竜』とさえ呼ばれていた。記録によれば元禄から明治初期にかけての約百七十年間で、大小四十回の洪水が発生している。
粗略計算約每五年就會有一次洪水,架橋等同夢話,所架之橋終將被沖走被視為定局。
単純計算でも五年に一回は洪水が発生する計算となり、橋を架けるなど夢物語であり、架けたはしから流されるのが落ちだと考えられていた。
但家康主張馴服那條『暴れ天竜』,以浮舟連結並鋪上木板,架起船橋。他說正因為做非常人所能之事才會令人感動,並不顧資金多少下令必須完成。
しかし、家康はその『暴れ天竜』を制して船を浮かべて連結し、その上に木板を渡した船橋を架けると言い出した。通常では出来ないことを為すから人は感動するのだと説き、どれ程資金が掛かろうとも成し遂げよと厳命した。
於是信長一行緩步前進的同時,周邊各處被徹底搜集船隻,並以近乎誘拐的方式帶來大工投入工程。
かくして信長一行がゆるりと歩みを進める裏で、周辺一帯から船を根こそぎかき集め、大工を誘拐まがいに連れてきて工事に従事させた。
這等決死的努力終於見效,當信長抵達天竜川時,已架起一排相連的船橋,直到一行全部渡過都未曾崩毀。
こうした決死の努力が実り、信長が天竜川へと到着する頃には見事に一列に繋がった船橋が架かり、一行が渡り終えるまで崩れることもなかった。
或許因為搶工,船隻大小不一,橋板處處傾斜,甚至出現行走困難的落差。
突貫工事を行ったためか、船の大きさがまちまちであり、橋板がいたるところで傾いていたり、歩くのに難儀するほどの段差が生まれていたりもした。
然而信長看了這些卻一句不發,始終好心情地享受旅程。
しかし、信長はそれらを見ても何も言うことなく終始上機嫌で旅を楽しんだ。
「歡迎回來。」
「お帰りなさいませ」
迎接那位興致盎然的信長的,是靜子帶著前所未見之怒意的模樣。
そんなご機嫌な信長を待ち受けていたのは、未だかつて一度として目にしたことのない程の怒りを湛(たた)えた静子の姿であった。
常言道性格溫厚者一旦變臉,反差尤大。親身體會到這點的信長,為想到將臨於己的災禍而不由發抖。
普段温厚な人間であるほど、豹変した際の落差が大きいと言う。身を以てそれを知った信長は、己に降りかかる災厄を思って身震いするのであった。