戦国小町苦労譚
一五七七年 四月上旬
殘雪融化、街道往來恢復的三月下旬,足滿的身影出現在臨向日本海的敦賀港。
残雪も溶け街道の往来が回復した三月下旬、日本海を臨む敦賀(つるが)港に足満の姿はあった。
他原本打算率軍進入越後並直指佐渡島,然而被雪封鎖且內有家中紛爭的越後,宛如蟲毒一般令人不安。
彼は軍を率い越後入りして佐渡島を目指そうと考えたのだが、雪に閉ざされた上にお家騒動を抱えた越後は、さながら蟲毒(こどく)の様相を呈している。
靜子勸說道,即便是同盟關係,織田家的屬下若進軍恐生不必要的摩擦,於是若狹國便在敦賀集結了。
たとえ同盟関係にあるとは言え織田家の配下が進軍すると余計な軋轢(あつれき)を生みかねないと静子に諭され、若狭国(わかさのくに)は敦賀へと集結していた。
足滿向來不懷顧忌於上杉家,但因是靜子的請求,他只好修正計畫。
上杉家に対する気遣いなど持ち合わせていない足満だが、ほかならぬ静子の要望であるため計画を修正している。
雖然已進入若狹,照曆法是春天,但日本海波濤仍高且洶湧,足滿一行被迫滯留數日。
若狭に入りはしたものの暦(こよみ)の上では春なのだが、まだまだ日本海の波は高く荒れ模様であったため足満たちは数日の足止めを食らっていた。
日子白白流逝,足滿脾氣越來越差,到了連部下都感到刺痛般緊張的時候,天氣終於回復。
無為に過ぎ去る日を重ねるごとに足満の機嫌は加速度的に悪くなっていき、部下たちですらひりつく(・・・・)ような緊張感を覚えるころ、ようやく天候が回復する。
不想錯過良機,足滿等便組成船隊從敦賀港出航。持有在織田勢力範圍內自由移動免狀的靜子,在佐渡島前設置補給點以便他們補給。
この機を逃すまいと足満たちは船団を組んで敦賀港より出航した。織田家の支配圏内を自由に移動できる免状を持つ静子は、足満たちが補給を受けられるよう佐渡島直前に補給地点を設けている。
先在如今石川縣北部的輪島集結補給物資,船隊依序靠泊容量不足的輪島港完成補給,然後再度集結,從佐渡島的真野灣上陸。
現在の石川県北部に位置する輪島に補給物資を集積し、船団が一度に停泊するほどの許容量のない輪島港へ順に寄港することで補給を実施すると、再度集結して佐渡島の真野湾から上陸した。
話雖是離島,但佐渡島為大島,其內部由本間氏分為五大氏族互相爭霸,宛如戰國時代的縮影。
さて、離島とは言え佐渡島は大きな島である。この島の内部では本間氏が五つの氏族に分かれて互いに覇を争うという、戦国時代の縮図のような状況となっていた。
佐渡以金銀山維生,各氏族靠控制金山維持生計。此際曾為惣領家的雜太本間勢力衰弱,取而代之的是被稱為郷地頭者的崛起。
ここ佐渡島は金銀山で成り立っている島ゆえに、各々の氏族は金山を支配することで生計を立てている。この頃になると惣領家であった雑太(さわだ)本間氏は勢力を弱め、代わりに郷地頭(ごうじとう)と呼ばれた者が台頭してきた。
亦即掌控西三河金山的羽茂本間、擁有新穗金山的久知本間與潟上本間、控制鶴子銀山的河原田本間與沢根本間。
すなわち西三河金山を支配する羽茂(はもち)本間、新穂(にいぼ)金山を擁(よう)する久知(くじ)本間と潟上(かたがみ)本間、鶴子(つるし)銀山を押さえた河原田(かわはらだ)本間と沢根(さわね)本間である。
其中勢力較大者為掌控島北的河原田本間與統御南部的羽茂本間。不滿此情勢且地理上對沢根本間有利的足滿,巧言誘使其倒戈。
中でも大きな力を持っていたのが島の北部を勢力下においた河原田本間と、南部を束ねる羽茂本間であった。これを快く思わない者の内、立地的に都合の良かった沢根本間を足満は言葉巧みに寝返らせた。
當織田軍旗所屬的船隊現於佐渡島西南的真野灣時,原本應在沿岸迎擊的沢根本間非但未戰,反而招入船隊,揭露了他的背叛,島上如蜂窩遭擾般陷入動亂徵兆。
そして織田の軍旗を掲げた船団が佐渡島南西部に位置する真野湾に現れた際に、これを迎撃すべく沿岸に布陣したはずの沢根本間氏が一戦交えるどころか、これを招き入れたことで彼の裏切りが明らかとなり、迫る戦乱の兆しに全島が蜂の巣を突いたような状態となる。
說到底,上岸是件繁瑣之事,船隊規模大需時,於是有人試圖阻止他們,那人就是在近處築有河原田城的河原田本間。
一言に上陸と言っても船団規模となると相応に時間を要するため、これを阻止せんと動いた者がいた。それはほど近くに河原田城を構える河原田本間であった。
他們出動事先集結的近百艘船,加上陸上的部隊欲夾擊,而在還未看清敵情就被徹底擊退。
彼らは予(あらかじ)め集めてあった百艘(そう)近くの船と、陸上からの部隊で挟み撃ちにすべく出撃する。そして敵を視界にとらえるか否かと言う段階で散々に打ち払われてしまった。
原本雙方的觀測精度與武器有效射程差異太大,戰況根本一面倒,目睹此景的各本間氏震驚,雖衰弱仍向惣領家雜太本間求仲裁。
そもそも観測精度及び兵器の有効射程が違いすぎ、まるで話にならない戦況を見たそれぞれの本間氏は震えあがり、衰えたりとは言え惣領家の雑太本間に仲裁を求める。
於是雜太本間的呼籲下氏族代表集會,但見到足滿軍壓倒性的兵力後自恃增長的沢根本間演起了『借虎威的狐狸』。
こうして雑太本間の呼びかけで氏族の代表が集められたのだが、足満軍の圧倒的な戦力を目にして増長した沢根本間は『虎の威を借りる狐』を演じてしまった。
他聲稱,無論本間中誰再強終究井底之蛙,參與無望之戰實在愚蠢;自認開明且有先見之明,故痛下決心招入他們。
曰(いわ)く、本間の中で如何に強くとも所詮は井の中の蛙であり勝ち目のないいくさをするのは愚かである。開明的で先見の明がある自分はそれにいち早く気付いたがために、断腸の思いで彼らを招き入れた。
他說與其白白流血,不如在被允諾轉封時歸降軍門;我會為你們斡旋,新天地從頭再來,便這般宣之。
無駄に血を流すのではなく、転封(てんぽう)を約束して貰える間に軍門に下るのが得策である。自分がとりなしてやるから新天地で一から出直そうとぶちまけた。
聞此,其他本間氏當然怒不可遏。身為氏族共識決定徹底抗戰之事被背棄,且招來外患,他竟厚顏無恥地說『你們也要聰明點』。
これを聞いた他の本間氏は当然激怒した。氏族の総意として徹底抗戦すると決めたことを反故(ほご)にしたうえ、外患と言う災いを招いておきながら恥知らずにも「お前たちも賢くなれ」と言い放ったのだ。
此語成為交涉崩裂的導火線,佐渡島陷入泥淖般的內戰。沢根本間自覺因長年受壓而反撲犯下大錯,但為時已晚,命運齒輪轉動,將本間氏推向滅亡之路。
この発言を機に交渉は決裂し、佐渡島は泥沼の内戦状態へと陥ることになる。当の沢根本間は長く本間氏の底辺で抑圧されてきた反動から失策を犯したと悟ったが、時すでに遅しであった。運命の歯車は回り、本間氏を滅びの道へと転がし始める。
題外話:現代日本刑法亦有『外患誘致罪』。外患誘致即與外國勢力通謀,使其對本國實施武力,是國家叛逆罪之一,該賣國行為的刑罰僅有死刑。
余談だが現代日本の刑法に於いても外患誘致(がいかんゆうち)罪は定められている。外患誘致とは外国の勢力と通謀(つうぼう)し、自国に対して武力行使させる国家反逆罪の一つであり、この売国行為に対する量刑は死刑のみである。
雖未曾適用,但在連坐制已廢的現代司法中仍被列為最重刑罰,可見其為動搖國家存亡之重罪,無可置疑。
未だ適用された例はないのだが、連座制の廃された現代司法に於いて最も重い刑罰を科すことからも、国家の存亡を揺るがす重罪と考えられていることは疑いようもない。
在佐渡島上,足滿無疑即是造成滅亡的外患;若知將此等外患內招會帶來何種結果,即便反對死刑者也會閉口不言。
この佐渡島に於いて足満たちはまごう事なき外患であり、これを内に招いてしまったことがどのような結果を齎すかを知れば、死刑反対論者とて口を噤(つぐ)むことになろう。
「吾等乃外來者,凡本間之戰應由本間之手解決。若不由你等先頭,便無從開始」
「我らは外様(とざま)、あくまで本間のいくさは本間の手によって決着を付けねばなるまい。お前たちが先頭に立たねば始まらない」
足滿摧毀了原本維持的佐渡均衡,將島推入戰亂旋渦後如是宣告。雖後方督戰並提供援助,但堅稱主角非沢根本間不可,使其被推上箭頭位置。
保たれていた佐渡島の均衡を根底から破壊し、戦乱の渦へと叩き込んだ足満はそう言ってのけた。足満たちは後方から督戦及び援助はするものの、あくまで主役は沢根本間でなくてはならないとし、沢根本間は矢面に立たされることとなった。
就此構成沢根本間與餘下本間氏的對立結構,沢根本間始終在最前線被磨損。起初誓為本間首領意氣風發,然足滿支援消極,隨著我軍損耗增加不信感也日深。
こうして沢根本間と残る本間氏との対立構造が成立し、沢根本間は常に最前線ですり潰され続けた。最初こそ我こそが本間の頭領たらんと血気盛んであったものの、足満の援護は消極的であり、自軍の損耗がかさむに連れて不信が募ることになる。
而足滿則刻意留在後方,稱若他們表現過好便不算本間之戰;不能與足滿為敵的沢根本間怨恨自己選錯了結盟對象。
対する足満は自分たちが活躍しては本間のいくさとならぬと後方に留まり続け、逆立ちしても足満たちに勝てない沢根本間は手を組む相手を間違えたと臍(ほぞ)を噛むことになった。
足滿更要求沢根本間不允敵人投降。表面上說是無餘力養活俘虜,實際上不分男女老幼一律處理,令沢根本間震驚恐懼。
更に足満は沢根本間に敵の投降を許さないことを要求する。建前上は捕虜を養えるだけの余裕がないとのことだったが、女子供や老人に至るまで例外なく扱うとあって、沢根本間は震え上がった。
被海洋環繞的島嶼民眾須互相扶持方得生存,故即便相爭亦有不過度的默契禁忌存在。
周囲を海で隔てられた島などでは人々は互いに助け合いをしなければ生活が成り立たない。そのため互いに争ったとしても暗黙の了解としてやりすぎに対する禁忌が存在する。
即使是被嫌棄者也有村八分之理,火災與葬禮時仍會互相幫助,對於將承擔下一代的男女孩無差別滅口則明確觸犯禁忌。
たとえ鼻つまみ者であろうとも村八分と言って、火事と葬儀の時だけは助けると言ったものが最たるものだろう。そして次代を担う女子供を無差別に手に掛けるなどということは明確に禁忌に抵触する事項であった。
但賽已投擲。既已與其他本間氏為敵,若失去足滿協助,其他本間氏決不會寬恕沢根本間。
しかし、既に賽(さい)は投げられてしまった。既に他の本間氏と対立してしまった以上、足満の協力を得られなくなれば他の本間氏は沢根本間を赦しはしないだろう。
既是去亦是回皆地獄,沢根本間接受了足満的要求;他未能察覺此舉將成為決定整個本間族滅亡的最後一推。
行くも地獄、戻るも地獄ならばと沢根本間は足満の要望を呑んだ。それが本間一族全体の破滅を決定付ける最後の一押しになることに、沢根本間はとうとう気づけなかった。
足滿對族滅的首個犧牲者是河原田本間。雜太本間仲裁決裂後,足滿先下手控制局勢,在各族整裝前行動果決。
足満による族滅の最初の犠牲となったのは河原田本間であった。雑太本間による仲裁が決裂して以降、それぞれがいくさ支度をする前に機先を制する形となる。
河原田本間本採合理之策,期望他族增援而守河原田城,但若敵方火力壓倒性超越自守,守城方之策即告失效。
河原田本間は他の本間氏による増援を期待し、河原田城に籠城をするという理にかなった判断を下した。しかし相手が己の防御力を圧倒的に上回る火力を具(そな)えていた場合、この戦法は成り立たない。
城門與城壁被火砲砲毀,破口處涌入沢根本間的兵士,且新式火槍的射程與精度遠勝我方火繩槍,令我軍潰散。
城門及び城壁を火砲で破壊され、こじ開けられた大穴から沢根本間の兵たちが雪崩込み、更には自軍の火縄銃を上回る射程と精度の新式銃によって追い散らされた。
河原田城瞬間陷落,城主本間佐渡守高統悟知無法抵抗,放火殉城,自刃。此戰所俘者,不論赤子皆一律處決。
河原田城は瞬く間に陥落し、城主である本間佐渡守(さどのかみ)高統(たかつな)は抗しきれないと悟ると、城に火を放って自刃する。そしてこの一戦によって捕えられた者は、赤子に至るまで皆一様に処刑された。
此等殘暴行徑由逃出生天者與尚存本間氏斥候廣為傳播,沢根本間遂成為本間一族叛徒與死敵。
その非道な行いは命からがら逃げた者や、残る本間氏の斥候などによって周知され、沢根本間は本間一族の裏切り者にして不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の仇となった。
以河原田城的大屠殺為開端,沢根本間當主本間左馬助踏上了通往地獄的單程車票。
この河原田城での虐殺を以て、沢根本間の当主である本間左馬助(さまのすけ)は地獄への片道切符を手に走り出す。
接著足滿命沢根本間攻打掌控島南部的最大勢力羽茂本間。雖然在最前線直接交鋒的沢根本間兵士消耗殆盡,但羽茂城也未能作出有力抵抗而陷落。
次に足満は沢根本間に島南部の最大勢力であった羽茂本間を攻めさせた。最前線に立って直接刃を交える沢根本間の兵たちこそ損耗するものの、羽茂城も然したる抵抗をすることなく陥落する。
得知河原田城慘狀的羽茂城主本間高茂與近臣一同逃往其兄任城主的赤泊城,然追擊迅速,赤泊城亦迅速淪陷。
河原田城での虐殺を知らされていた羽茂城主の本間高茂(たかもち)は近臣とともに、実弟が城主を務める赤泊(あかどまり)城へと落ち延びた。しかし間を置かずに追撃の手が掛かり、赤泊城もあえなく落城してしまう。
當時城主一族欲乘舟出海逃離,惟被足滿事先轉移的船隊破壞,於赤泊港被沢根本間兵捕獲處決。
その際に城主一族は城を脱して船で海へ逃れようとしたのだが、前もって船団を移動させていた足満の手によって船を破壊され、赤泊港にて沢根本間の兵に捕縛され処刑された。
當本間一族的兩大勢力被摧毀後,剩餘諸本間紛紛請降,然而其降請絕不被接受。被逼至若敗則男女老幼盡被屠戮,他們唯有化為死兵抵抗。
本間一族の二大勢力が潰(つい)えると、残る本間氏は次々と降伏を申し出る。しかしそれらが決して受け入れられることはなかった。降伏を許されず、負ければ女子供に至るまで皆殺しにされると追いつめられた彼らは死兵と化す。
沢根本間的兵逐漸在這些拼死抵抗的敵手前消耗殆盡。於是潟上本間、久知本間相繼被肅清,雜太本間的城主一族被處刑後,沢根本間完成了對佐渡島的統一。
文字通りに死に物狂いで抵抗してくる敵に沢根本間の兵たちは徐々に削られていった。こうして潟上本間、久知本間までが平らげられ、雑太本間も城主一族が処刑されたのを以て沢根本間による佐渡島統一がなされる。
在最後一場戰役中指揮的沢根本間當主左馬助,被流彈擊中陣亡,本間一族四百年之歷史在無勝者的情形下落幕。
その際に最後のいくさに於いて指揮を執っていた沢根本間当主の左馬助が、流れ弾(・・・)によって討ち死にを果たし、勝者不在のまま本間一族の四百年にも及ぶ歴史は幕を下ろすこととなった。
如是,外患這種威脅乃由文化與價值觀迥異之他者發起的侵略,成為前所未有的災厄。造成佐渡滅亡的外患足滿,哼了一聲,召來本土織田家的代官命令沢根本間殘黨服從後離去。
このように外患という脅威は、文化も価値観も異なる者による侵略であり、未曽有(みぞう)の災厄となって降りかかる。佐渡島に破滅を齎した外患である足満は、つまらなそうに鼻を鳴らすと本土から織田家の代官を招いて従うよう沢根本間の残党に命じると、佐渡島を後にした。
場景轉換:此時一艘安宅舟正緩緩進入尾張港。尾張港為日之本數一數二的大港,港灣設施齊全,多艘大型船舶停泊其間甚為熱鬧。
処は変わって、今まさに尾張港へと一艘(そう)の安宅(あたけ)舟が入港しつつあった。尾張港は日ノ本有数の巨大な港であり、港湾施設が充実しているため大型船舶が何隻も停泊して賑わっている。
沿港的港灣都市歷經擴張,已成以港為中心的扇形大都市。每日諸多船隻往來,隨之而來的鉅額資金滾入靜子的懷中。
港に連なる港湾都市も拡張に拡張を重ねた結果、港を中心とした扇状の大都市となっていた。ここでは日々多くの船が行き交い、それに伴って莫大な金が静子の懐へと転がり込む。
自北方的東北到南方的九州,太平洋側各地船隻絡繹不絕。尾張港創設之初僅為聯繫中部及東海地區與堺的地方港。
北は東北地方から、南は九州に至るまで太平洋側に位置する様々な場所からひっきりなしに船が訪れては出ていく。開設当初の尾張港は中部及び東海地方と堺を結ぶ地方港に過ぎなかった。
但隨著織田家勢力擴張,港灣設備完善,且稅率被壓低,尾張迅速躍升為國內一流的貿易港。
しかし織田家の勢力が拡大するにつれ港湾設備は充実し、それに反比例するように税率が低く抑えられたため瞬く間に日ノ本有数の貿易港へとのし上がっていくことになる。
隨著尾張獨有的特產品目增多,逐漸對紀伊半島對岸的西方堺形成對照,人稱東方尾張相對於西方堺。
更には尾張にしか存在しない特産品の品目が充実するに連れて、紀伊半島を挟んで西の堺に対して東の尾張と呼ばれるようになっていった。
如今港灣設備經工業化推進後機械化,名實皆為日之本處理能力首屈一指之港。自神戶港開設以來,定期航線開通,與西國的物流量增加。
今では工業化が推し進められた末に機械化された港湾設備によって、名実ともに日ノ本一の処理能力を持つ港だと言えよう。神戸港が開設して以来、定期便も開通して西国との流通量が増えた。
搭乘這些既定航路,也與統治四國的長曾我部建立了定期航線。就在此時,正站在係泊船甲板上的竹中半兵衛與黑田官兵衛驚得張口結舌。
この確立された航路に便乗して四国を統べる長曾我部とも定期便によって結ばれる。そうした中、今まさにもやい綱によって係留された船の甲板に出ていた竹中半兵衛と黒田官兵衛は、開いた口が塞がらなくなっていた。
「這、這就是尾張港……。連安宅舟都覺得巨大,看看停泊在這港裡的船!彷彿造訪巨人之國……」
「こ、これが尾張港……。安宅舟ですら巨大だと思っていたのに、この港に停泊している船はどうだ! まるで巨人の国を訪れたのかと思わせる……」
停靠尾張港的船多為九鬼水軍退役之船或試製後投入民間者,外輪船等外觀異質的船隻特別吸引他們的目光。
尾張港に停泊している船舶は、九鬼水軍からの払い下げのものや、試験的に造られた末に民間へ放出されたものも多く、外輪船などは見た目からして異質であるため彼らの目を惹いた。
再者大型動力起重機裝卸貨櫃的景象,宛如巨人的臂膀在揮動;那臂膀運來的貨櫃從中搬出物資,被巨大倉庫一一吞噬,猶如巨人之口。
更には大型の動力クレーンがコンテナを積み下ろしする様は、巨人の腕(かいな)が動いているようにも見える。その腕が運んだコンテナから搬出される荷物を次々と呑み込んでいく巨大な倉庫は、さながら巨人の口であった。
日之本最先端且東國最大之物資集積地,即為靜子—and 進而信長—所掌控的尾張港。
日ノ本最先端にして東国最大の物資集積地、それが静子の延(ひ)いては信長が支配する尾張港であった。
「彷如童話吧?這一切實質上由靜子殿來差配。名義上是織田的若公(指信忠)直轄,然實際上已完全委任於她」
「お伽噺(とぎばなし)のようでしょう? これら全てを実質的に差配しておられるのが静子殿となります。名目上は織田の若様(信忠のこと)の直轄ということになってはいるのですが、完全に委任されているようです」
「何等……」
「なんと……」
先前與安宅舟船長交談的羽柴秀長帶著懂行的表情對官兵衛說;只憑眼見的信息便感到震撼的官兵衛,無法想像這等規模的港口會產生多少財富。
それまで安宅舟の船長と何事かを話していた羽柴秀長が訳知り顔で官兵衛に語って見せる。目から入ってくる情報だけで圧倒されていた官兵衛は、これほどの規模の港が生み出す富がどれ程になるか想像もつかなかった。
若將這一切一手掌控,自然讓人理解為何有人願意在有馬開發上投入巨資。
それらを一手に握る者ならば、有馬開発に巨費を投じるという話も頷ける。
「在此管理尾張的是靜子殿;若將美濃的統治與尾張之監督歸於若公,便可理解其分工」
「ここ尾張を仕置(しおき)(所領統治全般を指す)されているのが静子殿、美濃の統治及び尾張の監督をされているのが若様と思って頂ければ判りやすいかと」
「竟是一位女子,竟被任以這等領地!?」
「女人でありながら、これほどの領地を任されておられるのですか!?」
「噓,聲音不要那麼大!一旦有人聽見恐生大事。尾張乃靜子殿以滅私奉公之心培育之地,因而百姓無不敬重她」
「しっ、大きな声を出されますな! 誰かの耳に入れば大事になってしまいます。ここ尾張は静子殿が滅私奉公をして育て上げられた地、ゆえに民の誰もが彼女を敬っておりまする」
「性情烈的船人恐怕是先動手再說吧」
「血の気が多い船人達ならば、口より先に手が出ますな」
秀長向初訪尾張的官兵衛諄諄告誡。靜子本人除非被公然辱罵,否則對於暗地的閒言碎語並不在意。
秀長は初めて尾張を訪れる官兵衛にそう助言した。静子本人は公然と罵倒されでもしない限り、陰口については当然あるものとして気にもしていない。
然在她信奉者眼中,那是不可饒恕的暴行。曾有年輕魯莽的船員公開批評靜子,被較年長的船員群起將其打入海中的事件發生。
しかし、彼女を信奉するものからすれば赦しがたい暴挙となる。実際に向こう見ずな若い船員が、公然と静子のことを批判した際には、年かさの船員総出で海へと叩き落されるという事件が起きている。
若僅此還能當笑談,但一旦傳到因愛知用水脫離貧困深淵而獲救的知多半島居民耳中,後果恐怖非常。
これだけならば笑い話で済むのだが、愛知用水によって貧困のどん底から救い上げられた知多半島に住む者たちの耳に入れば恐ろしいことになる。
對他們而言靜子是救主與光明未來的象徵,任何玷污她之人都將以各種手段排除;最輕者被痛毆,最重者則可能再無出頭之日。
彼らにとって静子は救い主であり、明るい未来の象徴的存在であるため、それを汚す存在はあらゆる手段を以て排除される。つまりは良くて袋叩き、悪ければ二度と日の目をみることが叶わなくなるのだ。
「這樣在此閒聊也不錯,但先去旅館安頓下來吧。之後大家一起去大啖美食如何?」
「こうして立ち話をするのも悪くはないですが、まずは宿へ向かい腰を落ち着けましょう。その後は皆で食べ歩きとしゃれこみますか」
「我等可不是來觀光遊玩的……」
「我らは物見遊山にきたわけでは……」
官兵衛欲辯解,秀長卻不理會率先行進。半兵衛拍了拍嘆氣的官兵衛肩膀,官兵衛無奈地跟上。
官兵衛が抗弁しようとするが、秀長は聞く耳を持たずに先立って歩き始める。嘆息する官兵衛を励ますように肩を叩いた半兵衛がそれに続き、渋々官兵衛も歩を進めた。
然而一行人放下行李在街上遊蕩時,最興高采烈並拖著眾人四處奔波的,正是官兵衛本人。
しかし宿に荷物を置いて街へと繰り出した一行のうち、最も浮かれて皆を引きずり回すことになるのは誰あろう官兵衛であった。
翌日,對一切充滿新奇且興奮未消的官兵衛,與把照顧這位觀光客的事全推給半兵衛而偷得假期的秀長,帶著明顯疲態的半兵衛一同前往靜子宅邸。
翌日、見るものすべてが目新しく興奮冷めやらぬ官兵衛と、お上りさんの世話を半兵衛に押し付けてちゃっかり休暇を満喫した秀長は、明らかに疲れが隠せない様子の半兵衛を伴って静子邸へと向かっていた。
秀長一行抵達靜子宅後被請去浸湯,待靜子準備齊備前在待客室休息。原定午後會見,因官兵衛想先一睹名聞遐邇的靜子宅,遂請求提前接見。
秀長一行は静子邸に到着すると湯浴みをするよう促され、静子の準備が整うまで控えの間にて寛いでいる。当初の予定では昼過ぎに面会であったのだが、噂に名高い静子邸を一目見たいと官兵衛が言い出したため、予定を繰り上げられないかと打診したのだ。
靜子正值午膳,曾想邀同用餐,卻被彩拒絕。如此破格禮遇恐生錯誤認知,且希望在繁忙的靜子至少能好好吃頓午膳,故婉拒之。
当の静子は昼餉の時間であったため、一緒に会食をと考えたのだが彩に却下されてしまう。そこまで破格の厚遇をしては、相手に誤った認識を持たれてしまうのと、ただでさえ忙しい静子にせめて昼餉ぐらいはゆっくりと取ってほしいという思いからであった。
「哟!此茶真不錯。香醇且帶豐厚甘味」
「ほう! これは良いお茶をお出しになる。香ばしくもふくよかな甘みが感じられますな」
官兵衛雖被緊張壓得無心品茗,但了解靜子性情的半兵衛與秀長一邊塞茶點一邊啜茶放鬆。
官兵衛は緊張からそれどころではないのだが、静子の人となりを知る半兵衛と秀長は出された茶請けを頬張りつつ、茶を啜(すす)って寛いでいた。
儘管半兵衛心繫西國戰事,秀長卻完全調整心態;既然在尾張無所作為,不如在尾張做唯有此地能辦之事,秀長如此思忖。
それでも半兵衛は西国でのいくさが気にかかっているようだったが、秀長は完全に開き直っている。いくら気を揉んだところで尾張に居ては何も為せない、それならば尾張でしかできないことを為すべきだと秀長は考えた。
就這樣從抵達已過半刻(約一小時),小姓來報靜子已備妥。
そうこうしている内にも秀長らが到着してから半刻(約一時間)ほどが経ち、静子の準備が整ったと小姓から告げられた。
到此刻心定的官兵衛一飲而盡茶杯,起身與眾人被引至謁見之間。
ことがここに至って腹が座った官兵衛は、一息に茶を飲み干すと立ち上がり、一行は謁見の間へと案内される。
謁見之間裡靜子已在等待,秀長一行俯伏各自致辭後一同抬頭。
謁見の間では既に静子が待っており、秀長一行は伏してそれぞれに挨拶の口上を述べると揃って面を上げた。
坐在秀長斜後方的官兵衛隔著秀長的肩頭首次看見靜子,目不轉睛。最初感想是出乎意料的嬌小。
秀長の斜め後方に座している官兵衛は、秀長の肩越しに初めて目にする静子の姿に見入っていた。最初に抱いた感想は思いのほか小さいということだった。
在戰國時代靜子算是高大的女性,然因她的事蹟與逸話先行,眾人習以為她是個魁梧的女傑。
戦国の世に於いては大女の部類に入る静子だが、彼女の業績や逸話が先行した結果、誰もが彼女を大柄な女傑だと思い込む節がある。
實際的靜子或許因脫離農務而神情溫和,看來纖細柔弱,並不像濃姬那般一見便有威嚴,令官兵衛懷疑她是否真為傳奇人物。
実際の静子は農作業から解放されたためか、優し気な面持ちもあってほっそりとした手弱女(たおやめ)に見える。濃姫などのような一目見て分かる威厳も感じられないため、官兵衛は本当に彼女が立志伝中の人物なのかと首を傾げた。
但環視四周便能理解他的疑慮是錯誤的。侍奉她之人看來意氣昂揚,對職責自有驕傲之色。
しかし落ち着いて周囲を見回せば、彼の疑問が的外れであったことはすぐに理解できた。彼女に仕える者たちは見るからに覇気に満ち、己の職責に誇りを持っていることが窺える。
僅憑五摂家之姬或信長寵臣的名位,並不足以提升部下士氣;這些表情來自對一位真心可敬之人的效忠。
五摂家の姫であるという立場や、信長の寵臣(ちょうしん)であるというだけでは配下の士気は上がらない。心より尊敬できる相手に仕えるからこその表情であった。
(他們真心崇拜靜子殿。以利益結盟容易,但以情感紐結的關係更為堅固。果然是可畏之人)
(彼らは本当に静子殿に心酔しているのだろう。利のみを以て味方を作るのは容易いが、情でも結びついた関係は強固となる。確かに恐ろしい御仁だ)
基本上主從關係多由利益維繫。正因主人給予利益,部下才以恩義侍奉;主人保護自身及其一族,部下才願以性命盡忠。
基本的に主従関係というのは利によって為される。主人から与えられる利があるからこそ、ご恩を以て奉公するのである。主人が自分及び自分の一族を守ってくれるからこそ、主人に命を懸けて尽くすのだ。
主人若以人德獲得配下敬重,該關係更為牢固。情義所建立之連結有時會超越利害得失促使行動,對軍師而言,無法以利害衡量的對象較難應對。
主人が配下に利を与えるのは当然として、更に人徳を以て配下から敬われればその結びつきは更に堅固なものとなる。情による結びつきは時に損得勘定を超えた行動を促すからだ。損得で測れない相手は軍師の立場からすればやりにくい。
「久等了。久違了,不知近況可好?」
「お待たせしました。お久しぶりとなりますが、お変わりありませんか?」
「哈!多虧眷顧,兄弟二人安然無恙。承蒙臨時召見,且不欲多耗貴時,是否可即入正題?」
「はっ! お陰様で兄共々変わりなく過ごしておりまする。急な申し出に応じて頂いた上に、更に余計なお時間をお掛けする訳にも参りませぬ。早速本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「正是,於戰中閒談不中看。正題即是有馬開發之事吧」
「そうですね、いくさの最中(さなか)に世間話は無粋でしょう。本題とは有馬開発についてですね」
靜子提及有馬二字,令官兵衛震驚。那代表他方已深諳此處情勢,且我方又為請求支援的一方,處境本已弱勢,令他焦慮不已。
静子の口から有馬という単語が出てきたことに官兵衛は驚愕していた。具体的な地名を挙げられるほどにはこちらの手の内が読まれ切っているのだ、それでなくとも支援を請う側であるため立場が弱いというのにと気が急いてしまう。
一旁的秀長習以被靜子看透心思,反而故作坦然,還有餘裕諂詞說「不愧是靜子殿,洞察明察」。
一方秀長は静子に心の内を読まれることなどいつものことと開き直っており、「流石は静子殿、ご賢察であられる」などと追従する余裕すらあった。
「正如所言,特來請求支持有馬的開發。幸運的是神戶港已順利起步,但鄰近的播磨與攝津並無明顯吸引力,故欲利用攝津靠近有馬之溫泉資源」
「仰るように有馬の開発にご支援を賜りたく参りました。幸いにして神戸港は順調に滑り出しましたが、付近の播磨や摂津にこれと言った魅力がありませぬ。そこで摂津は有馬の地に湧く温泉を利用できぬものかと」
聽了秀長的話,靜子點頭稱是。實際上秀吉與秀長兄弟在今浜(今之長浜)的統治曾多次失敗,那只顧自身御座之地富庶而忽略他處的狹隘視野應是主因。
秀長の言葉を聞いて静子は尤(もっと)もだと首肯する。実際に秀吉及び秀長兄弟は今浜(現在の長浜)の統治に関して何度も失敗している。そこには御座所である今浜のみが富めば良く、他は適当で良いという視野の狭さがあったのだろう。
經過苦澀經驗,秀吉認為需以播磨與攝津一帶為圈,振興經濟圈,但構想雖大,資金不足;此時靜子提出神戶港開發,故二話不說便投入。
今までの苦い経験を踏まえ、秀吉は播磨や摂津一帯を巻き込んでの経済圏を盛り上げる必要があると考えた。ただし構想は大きくとも先立つものが無い。そんな折に静子が神戸港の開発を打診してきたため、一も二もなく食いついたのだ。
靜子掌管之港自然不會被精於利益的商人放過,果如秀吉所料,神戶港繁榮至今已無寒村昔影。然僅有港口並不足以令整個領地富庶。
静子が手掛ける港となれば利に聡い商人たちが放っておくわけがない。果たして秀吉の読み通り、神戸港はかつての寒村だった頃の面影すらない程の繁栄を見せている。しかし、港だけでは領地全体が富むわけではない。
神戶港為九州與堺之間的中轉地,要持續發展需在港周邊形成特產或能吸引遠客的景勝地,靜子想起自己村落曾以溫泉起家,遂選中有馬之地。
神戸港は九州と堺とを結ぶ中継地であり、継続した発展を願うのであれば港周辺の地域に特産品なり、遠くからでも足を運びたいと思わせる景勝地なりが欲しい。そこで静子の村も当初温泉で名を上げたことに思い至り、有馬の地に白羽の矢を立てた。
「情況已了解。確實有馬湧出上質溫泉,開發後可成良好湯治場」
「事情は判りました。確かに有馬は良質の温泉が湧いており、開発すれば良い湯治場になるでしょう」
對靜子而言,有馬溫泉的開發具吸引力。至今關西提到溫泉仍先想到有馬,史實上秀吉與有馬溫泉確有密切關聯。
静子としても有馬温泉の開発は魅力的であった。現在でも関西の温泉と言えば真っ先に名が挙がるほどに有名であり、史実に於いても秀吉と有馬温泉には密接な関係がある。
依史實,近年來將來會襲及近畿一帶的『慶長伏見地震』後,有馬溫泉整體湯溫上升以致不適於入浴之事件曾發生。
史実通りであるならば近い将来近畿一円を襲うことになる『慶長伏見地震』の後、有馬温泉全体の湯温が上昇してしまい入浴に適さなくなるという事件が起こっている。
憂此情者秀吉自地震翌年起展開大規模整修工程,對有馬泉源施手,因而湯溫穩定,且得以一定程度地調整。
これを憂いた秀吉は地震の翌年から大規模な改修工事を行い、有馬温泉の泉源に手を入れている。これによって湯温は落ち着き、またある程度の調整ができるようにもなった。
自此之後直到現代,有馬溫泉對泉源未再大規模施工,秀吉的決斷可謂支持了有馬溫泉的繁榮,亦非誇大之詞。
そしてそれ以降、有馬温泉は現代に至るまで泉源に対して工事を行っていない。秀吉の決断が有馬温泉の繁栄を支えたと言っても過言ではないだろう。
「不過,也非沒有問題」
「とは言え、問題がない訳でもありませんね」
靜子在有馬溫泉開發上有一項令人憂慮的問題。熟悉秀吉內部情勢的半兵衛聞言面露難色,而尚未弄清情勢的官兵衛則露出困惑。
静子には有馬温泉の開発を行うに当たって懸念する問題が一つあった。秀吉の内部事情を把握している半兵衛は静子の言葉を耳にして難しい顔を作るが、事態が呑み込めていない官兵衛は首を傾げている。
此乃早期就臣服秀吉、與他共患難者與因播磨侵攻而新成其配下者之間的差異。與其說是秀吉的問題,不如說是羽柴一門長年累積的弊病。
これは早い段階から秀吉に臣従し、苦楽を共にしてきた者と、播磨侵攻によって新たに配下となった者との差であろう。秀吉と言うよりも羽柴氏一門が抱える積弊(せきへい)(長く積もり重なった害)とも言えた。
「所言我明白。問題不是有馬,而在於我們自身」
「仰ることは判っておりまする。問題は有馬ではなく、我々にこそあるということも」
苦澀的沉默後,半兵衛說出了原因。
苦い沈黙ののち、半兵衛はその理由を口にした。