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戦国小町苦労譚

一五七七年 一月下旬

年已開,新曆為天正四年(1576年),史實上是信長開始築造安土城的那一年。

年が明けた。暦の上では天正四年(1576年)となり、史実に於いて信長が安土城の築城を開始した年となる。

信長在比史實早一年完工的安土城迎來新年。尾張當然如此,整個日本的形勢也正在與既有歷史大幅改變中。

史実と比して一年早く完成した安土城にて信長は新年を迎えた。尾張は勿論のこと日ノ本全体の情勢も、従来の歴史と比べると大きく変わりつつある。

尤其從百姓的眼光看,織田家達到極盛,而反倒曾稱霸戰國的武田顯著衰落。

特に民の目線から見た織田家は隆盛を極め、逆に戦国最強の名をほしいままにしていた武田の凋落が著しい。

雖無人明言,但許多人認為新年將會是改寫日本勢力圖的激動之年。

誰が口にしたわけではないが、新年こそは日ノ本の勢力図が大きく書き換わる激動の年となるだろうと考える者も多かった。

對於作為西國雄主的毛利和東國要津的北條來說,新年伊始便只能苦澀地體認此事。

対する西国の雄たる毛利や、東国の要(かなめ)である北条にとっては忸怩(じくじ)たる思いを新年早々に噛みしめることになる。

依百姓輿論,他們被認為理所當然地應該被擊敗,且事實上也未能展現足以翻盤的存在感。

民たちの下馬評に依れば、自分達は順当に倒されて然るべきだと認識されており、またそれを覆せるだけの存在感を示せていないのも事実であった。

「常說打仗之前勝負已定,但人情上還是希望在揭開蓋子之前不知勝負吧?」

「いくさを始める前に勝敗は既についているって常々言ってるんだけれど、心情的にも蓋を開けるまでは判らないと思いたがるのが人情なのかな?」

靜子一邊低聲自語,伸手向眼前漆塗的重箱夾取食物。她正吃著裝在四層重箱裡的御節料理。

そう呟きつつ静子は目の前に鎮座する漆塗りの重箱へと箸を伸ばした。彼女が口にしているのは四段重ねの重箱に詰められていた御節(おせち)料理である。

鋪開的各個重箱裡自去年暮已預先準備的菜餚滿滿堆疊,色彩繽紛的料理與厚重的漆器形成的對比賞心悅目。

展開された各々の重箱には昨年の暮れより仕込まれた料理がぎっしりと詰め込まれ、色とりどりの料理と重厚な漆器が織りなす対比が目を楽しませてくれる。

說來『おせち』起源於從中國傳來的節供(在稱為節的季節交替之際,為祈豐收或表感謝而供奉的)習俗,在我國則源自奈良時代朝廷舉行的節會。

そもそも『おせち』とは、中国より伝わった節供(せっく)(節(せつ)と呼ばれる季節の変わり目ごとに、豊作を祈念または感謝してお供え物をした)の行事に端を発し、我が国では奈良時代に朝廷で執り行われた節会(せちえ)に起因する。

不過奈良時代的『おせち』與現代大相逕庭,遠非華美,多為飯、高盛上置的膾與煮物、湯物、燒物等簡樸菜色。

とは言え奈良時代の『おせち』は現代のそれと異なり華やかさとは程遠く、飯と高盛(たかもり)に載せられた膾(なます)や煮物、汁物、焼物といった質素なものであった。

像靜子她們現在所食用的那種重箱盛裝的御節料理,史實上普及則是在大正時代左右。

静子達が口にしているような重箱詰めのおせち料理が一般的になったのは、史実上では大正時代の頃だと言われている。

原本『おせち』一詞指的是五節句之一、正月七日的人日所供的所有慶祝料理。

元々『おせち』という言葉は、五節句(せっく)の一つである正月七日に当たる人日(じんじつ)に出された祝儀料理全てを指していた。

順帶一提,其他節句還有三月三日的上巳、五月五日的端午、七月七日的七夕、九月九日的重陽。

因みに他の節句は、三月三日の上巳(じょうし)、五月五日の端午(たんご)、七月七日の七夕(しちせき)、九月九日の重陽(ちょうよう)とがある。

即便現代,象徵雛祭的三月三日『桃之節句』、作為兒童節的五月五日『端午之節句』、以及以織姬與牽牛的故事和在竹上懸掛寫願短冊的『笹之節句』即七夕,仍深植於我們日常生活中。

現代に於いても雛祭りに象徴される三月三日の『桃の節句』、子供の日として認識されている五月五日の『端午の節句』、織姫と彦星の物語や、願い事を書いた短冊を笹に吊るす『笹の節句』こと七夕(たなばた)として我々の生活に根付いている。

「聽說北條到了這個時候還在內部爭鬥。只要構成組織的人不變,『小田原評定』(即只會拖延結論的會議)也不會改變吧」

「北条はこの期(ご)に及んで尚、内輪で揉めておると聞いた。組織を構成する人々が変わらぬ限り『小田原(おだわら)評定(ひょうじょう)』(長引くだけで結論を出せない会議などの意)も変わらぬようだ」

足滿一手拿著與重箱分開準備的蛤蜊清湯,回答靜子的提問。他在自己盤子裡堆了滿滿一堆栗金團,剛才就一直手斟喝酒。

重箱とは別に用意されている蛤(はまぐり)のお吸い物を片手に、足満が静子の問いに答える。彼は自分の取り皿に栗きんとんを山盛りにし、先ほどから手酌でお酒を飲んでいた。

也許讓人意外,但甜的栗金團配上辛口清酒很對味,加上吃蛤蜊清湯來配,便能不停地吃下去。

意外に思われるかもしれないが、甘い栗きんとんと辛口の清酒の組み合わせは相性が良く、また栗きんとんと対を成す蛤のお吸い物を口にすることで延々と食べ続けられてしまう。

像現代流傳的重箱盛御節並無嚴格規定,因此從二段或三段到超過五段的豪華款皆有存在。

現代にも伝わるような重箱詰めのおせち料理には、厳密な決まりが存在しない。その為、二段や三段のものから五段を超える豪華なものも存在する。

然而若要強說正式形式,四段重箱被視為正統。這或是因三數象徵完成與安定,在其上再加一段寓意發展性,或認為四象徵四季包容一整年等緣故的吉兆習俗。

しかし、それでも強(し)いて言うなれば四段のお重こそが正式なものとされる。これは数字の三が完成や安定を示すため、その上に一つ段を積み上げるという発展性を願っての験(げん)担ぎであったり、四という数字が四季を表し、一年を内包するとされたりするためだ。

但因四(し)會讓人聯想到死亡,故認為不吉而改稱為與(よ)之段,稱為『与の段』。

ただし、四(し)は死を連想させることから縁起が悪く、四(よん)を与(よ)と言い換えて与の段と呼んだとされる。

這也是後年形成的作法之一,重箱亦有定式,外黑內朱被視為正式的色彩搭配。

これも後年に出来た作法ではあるが、重箱にも様式が定められており、外が黒で内が朱のものが正式な色合いとされている。

擺放的料理亦有固定款式,靜子在一段放了蒲鉾與黑豆等祝肴,二段則放鯛、鰤、海老等被視為吉利的海鮮燒物,三段放紅白膾與醋蓮藕等醋物,『与の重』則放以里芋等山珍製成的煮物。

詰める料理にも定番が存在し、静子は一の重にかまぼこや黒豆の他に祝い肴を、二の重には鯛や鰤、海老といった縁起が良いとされる海の幸の焼物を、三の重には紅白膾や酢れんこんなどの酢の物を、与の重には里芋など山の幸を使った煮物を詰めている。

「說來也算是在農業不甚適合的關東之地建立王道樂土,被稱為關八州國家的盟主與關東之王,既然身份擺在那裡,不可能不以武力逼迫降服吧?武田的侵攻三月就要開始,若在那之前打不出超出我們預想的起死回生一手,現在窮境就翻不了了」

「お世辞にも農業に適しているとは言えない関東の地で王道楽土を作り上げ、関八州国家の盟主であり関東の王と呼ばれた手前、矛を交えずして降伏は出来ないってところかな? 武田侵攻が三月にも始まるから、それまでに我々の想定を超える起死回生の一手を打てないなら詰んだ状態は覆らないね」

「大概會如史實般因無法得出結論而滅亡吧。但即便形勢有利也不可掉以輕心,俗話說窮鼠也會咬貓。」

「恐らくは史実通りに結論が出せずに滅ぶのだろうな。しかし優勢とは言え油断は禁物だ。窮鼠(きゅうそ)猫を噛むの故事もある」

「贏了還要繫緊兜繩嘛。前路未卜,險象環生,實在危險。」

「勝って兜の緒を締めよって言うしね。一寸先は闇だよ、剣呑(けんのん)、剣呑」

若因驕傲大意而在收尾階段失誤,最終被逆轉,後果將不堪設想。從世間看來,東國征伐曾有一次失敗,此次乃期待捲土重來的攻勢。

慢心した挙句に詰めをしくじり、最後の最後で逆転されたら目も当てられない。世間的には東国征伐に一度失敗しており、捲土(けんど)重来(ちょうらい)を期しての攻勢だ。

若這次無法徹底征服東國而和局,或更甚遭遇敗北,便可能動搖外界對織田軍整體實力的信心。

今回東国を攻めきれずに引き分けたり、ましてや敗北を喫したりした場合、織田軍全ての強さを疑われることになり得る。

事情不會只歸咎於靜子一人失誤,可能會質疑織田軍甚或信長是否配當天下人。

ことは静子一人の失敗に収まらず、織田軍のひいては信長が天下人として相応しいかどうかを問われることになりかねない。

必須取得無可置疑的完全勝利。

疑問を挟む余地すらない完全なる勝利を収める必要があった。

「東國一旦清理完畢,毛利也將很快淪陷。那麼剩下的大概只有九州勢了。話說東北的伊達家如何?」

「東国が片付けば、程なくして毛利は落ちる。となれば残すは九州勢のみとなろう。そう言えば東北の伊達家はどうなった?」

「奇妙大人正以對北條之戰的一環對其施加各種牽制,但似乎還沒得到好回應。不過我認為這也是時間的問題。」

「奇妙様が対北条戦の一環として色々と揺さぶっておられるけれど、中々良い返事がないみたい。ただし、これも時間の問題だと思う」

「若看著對北條的經濟戰局仍不改宗旨,那便無資格成為下一代的擔當。剩餘的猶予不多,先進的輝宗大人會如何行動呢?」

「北条に対する経済戦争の推移を見ても考えを変えぬのならば、次代を担う資格はない。残された猶予は少ないが、さて先進的な輝宗(てるむね)殿はどう動くか?」

「我們的物流也有極限,若他能早些南下,可能會被委以奧州一帶的統治……關鍵在於能否察覺到這點。」

「私達にも物流の限界があるから、早い段階で下ってくれれば奥州一帯の統治を任される可能性があるんだけれど……そこに気付けるかどうかだよね」

北條氏不滿足於僅掌控關東一帶,還伸手向東北,向伊達、蘆名、佐竹拉攏協力,組成龐大的反織田聯合。

北条氏は関東一円だけに飽き足らず、東北へも手を伸ばし伊達や蘆名(あしな)、佐竹にも協力を取り付け巨大な反織田連合を結成している。

表面上有結束,但實際上難稱一體。伊達與蘆名互相爭權,佐竹只是處於合作關係,並非隸屬於北條。

名目上は結束しているものの、その実態は一枚岩とは到底言えない。伊達と蘆名は互いに勢力争いを繰り返しているし、佐竹はあくまでも協力関係にあるだけであり北条に従属している訳ではない。

就地理與勢力而言,主軸在近畿至中部・東海的織田聯合所受影響微乎其微。這更像是相互不侵犯且在陷入困境時互相支援的框架,勉強稱得上是反織田聯合。

地理的にも近畿から中部・東海地方を主軸としている織田連合に対する影響力は微々たるものだ。反織田連合というよりも相互不可侵及び、窮地に陥った際に相互支援するという枠組みというのが精々だ。

考量此種情勢,信忠判斷此聯合不及當年以本願寺為盟主所築之反織田包圍網的凝聚力,因而把目光投向尚有成長性但尚未脫離苦境的伊達家,試圖以懷柔手段拉攏。

そうした状況を鑑(かんが)みた上で、かつて本願寺が盟主となって作り上げた反織田包囲網よりも結束力が脆いと判断し、信忠は成長の余地があるものの、苦境を脱しきれていない伊達家に白羽の矢を立てて調略を試みていた。

當然,為了多重保險,也對蘆名與佐竹施以牽制。

勿論、二重三重に保険を掛ける意味でも、蘆名や佐竹に対しても揺さぶりを行っている。

史實上考量到伊達家將來有統一奧州成為東北霸者的可能性,但眼下的梵天丸(伊達政宗幼名)還不到十歲,只是個年幼孩童。

史実に於いては伊達家が奥州を統一して東北の覇者となるため、将来性をも考慮している。しかし、現時点での梵天(ぼんてん)丸(まる)(伊達政宗の幼名)は十にも満たない幼子でしかない。

信忠認為若伊達家接受我方的調略倒好,否則就必須在其嶄露頭角之前將其扼殺。

信忠は伊達家がこちらの調略に同調するならば良し、さもなくば頭角を現す前に捻り潰す必要があると考えていた。

「倉促拼湊的聯合很危險。本應該從本願寺的第二次織田包圍網察覺到。不過北條的重臣們執著於過去的成功經驗,對不利的現實視而不見。」

「急ごしらえの連合は危うい。本願寺の第二次織田包囲網で気付くべきだったのだ。しかし、北条の重臣どもは成功体験に固執し、都合の悪い現実から目を逸らしておる」

「『船頭多而船上山』就是那個意思。善於傾聽民意與部下的意見、實現近似共和制的政治形態確實可觀,但組織擴大後決策遲緩是無法避免的吧。」

「『船頭多くして船山に上る』ってね。民や配下の意見を良く聞き、共和制にも近い政治形態を実現しているのは見事だけれど、組織が肥大化するに連れて意思決定が鈍重になるのは避けられなかったんだろうね」

「無論如何北條與我等不可共存。既無法並立,便只能滅之;既然終將散去,武士的情義是讓他們乾脆光榮地消散。」

「いずれにせよ北条と我らは共存できぬ。並び立てぬ以上は滅ぼすのみ、どうせ散るのならば潔く散らせてやるのが武士の情け」

「嗯,但請足滿大叔負責佐渡島。若能盡快收拾完畢,並趕來支援就令人欣慰。雖然已有朝廷的許可,但實際控制者本間氏不會就這樣默默順從,請務必多加小心。」

「うん、でも足満おじさんは佐渡島をお願いするね。出来ることなら手早く片付けて、応援に駆けつけて貰えると嬉しいかな。朝廷からの許可を得ているとはいえ、実効支配している本間氏が黙って従う道理が無いから充分に気を付けて欲しいな」

「明白。會迅速(……)處理的(……)」

「分かった。手早く(・・・)片付けよう(・・・・・)」

足滿本就把實力行使放在心裡,但既是靜子的希望,便不能拖延。原本並未特別選擇的攻略手段,在以早期解決為名的大義下,被導向更為苛烈的方向。

元より実力行使を念頭に置いていた足満だが、静子の希望とあっては遅参する訳にはいかない。さして選ぶつもりもなかった攻略手段が、早期解決を図るという大義名分のもとに苛烈な方向へと舵がきられた。

「希望今年能把毛利也解決。四國有同盟的長宗我部奮戰,畿內幾乎已平定……意外的是本願寺的撤退速度較慢,教徒派得有點太多了。」

「今年中に毛利まで片付くと良いんだけれどね。四国は同盟関係にある長宗我部(ちょうそかべ)が奮闘しているし、畿内はほぼ平定できたから……予想外だったのは本願寺の撤収が遅れているところかな。ちょっと信徒を送りすぎたね」

本願寺已向信長屈服,由下間頼廉擔任窗口並指揮,決定從石山本願寺撤出。

本願寺は信長に屈し、下間(しもつま)頼廉(らいれん)が窓口となって指揮を執り、石山本願寺から退去することが決まっている。

問題在於大量生活於石山本願寺內的信徒。信長為逼迫本願寺,一方面削減過往的本願寺領地,一方面將那裡居住的信徒驅趕回本願寺。

問題は石山本願寺内で生活していた膨大な信徒にあった。信長は本願寺を追い詰めるため、かつての本願寺の領土を削り取りながら、そこに住んでいた信徒を本願寺へと追い立てた。

結果石山本願寺被迫接納信徒至近乎容載極限,即便要撤離也無法為他們提供安身之所,四處苦惱。

結果的に石山本願寺は許容量ギリギリまで信徒を抱え込むことになり、いざ石山本願寺を退去するとしても彼らに安住の地を与えることが出来ず四苦八苦していた。

因為人數龐大,一旦全部化為暴徒,周邊地區的治安將蕩然無存,信長透過近衛前久一邊援助一邊推進解體作業。

人数が人数であるため、それらが全て暴徒と化せば近隣一帯の治安が地に落ちるため、信長は近衛前久(さきひさ)を通して援助しながら解体作業を進めている状況だ。

「下間頼廉持續幽閉顯如的理由,大概是為了不讓戰後處理的不滿指向他吧。」

「頼廉が顕如(けんにょ)を幽閉し続けている理由、恐らくだけれど戦後処理の不満を彼に向けない為なんだろうね」

「既然圖謀下剋上,恐怕他準備承擔那些汙名吧。」

「下剋上を企てた以上、汚名は己が被るつもりなのだろうな」

顯如的下落未被公開,但大概被幽禁於奧院。然而信長與靜子都不打算刻意讓顯如出面自首。

顕如の所在については明かされていないものの、恐らくは奥の院にて幽閉されていると思われる。しかし、信長も静子も敢えて顕如を出頭させようとは考えていなかった。

他們已被解除武裝,原先的多數財產多被變現分給信徒,所剩無幾,而且還失去了作為信仰據點的石山本願寺。

既に武装解除が為された上に、蓄えられていた多くの財産は信徒の為に換金され配られたため殆ど残っていない。更に信仰の拠り所となる石山本願寺を失っている状態だ。

雖然幾乎不可能,但即便顯如圖謀東山再起,也會很少有人聽從他的號令。結局已定,沒有人能逆著時代潮流過著艱苦的生活。

万が一にも無いとは思うが、顕如が再起を図ろうとも彼の声に従う者は少ないだろう。既に決着はついてしまったのだ、誰しもが時代の流れに逆らって過酷な生を送れる訳ではない。

「就算是顯如,也不會在此時挑起事端。即便嘗試,在規模擴大之前就會被鎮壓,這是顯而易見的。」

「顕如としても今更ことを荒立てるような真似はしないでしょう。仮にやったとしても、規模が拡大する前に鎮圧されるのは目に見えてるでしょうし」

作為武裝集團的本願寺已死。經下間頼廉的策略,僅勉強以宗教團體的形態維繫生存。

武装集団としての本願寺は死んだ。頼廉の策により、辛うじて宗教としての本願寺教団が生を繋いでいるに過ぎない。

他們被間者時刻監視,一旦有武裝起義的徵兆便會瞬間被剿滅。

彼らは間者達によって常に監視され、武装蜂起の気配を察知されようものなら瞬く間に滅ぼされるだろう。

下間頼廉並非愚笨到不知此理,但仍留有一絲不安——因為無法掌握曾為強硬派的教如的動向。

頼廉はそれが判らない程愚かではないのだが、一抹の不安が残されていた。強硬派であった教如(きょうにょ)の動向が掴めなくなったというのだ。

(或許還會再起一波波瀾吧)

(もう一波乱あるかも知れないね)

靜子覺得事情不會就這樣順利結束。

このまま順調にことが済むとは思えない静子であった。

去年新年因信長的體諒,靜子度過了相對(……)平和的一年,但今年與其他重臣一樣,成了行程繁重的拜年走訪。

昨年の正月は信長の配慮により、比較的(・・・)穏当な正月を過ごしていた静子だが、今年は他の重臣たち同様過酷なスケジュールでの挨拶行脚(あんぎゃ)となった。

向信長、信忠、義父前久等上位者問候完畢後,接著是同儕間的拜訪。即便這一階段告一段落,也尚未結束。

信長や信忠、義父である前久をはじめとした目上の人々への挨拶が済むと、同格同士の挨拶回りが行われる。これが一段落しても終わりとはならない。

接下來輪到她在尾張接受新年的拜訪。與只需站在最前面向上位者問候不同,接受拜訪的一方比想像中耗費更多心力。

今度は自分が尾張で正月の挨拶を受ける番が回ってくるのだ。自分が矢面に立てば済む上位者への挨拶回りと異なり、挨拶を受ける方は想像以上に労力を要する。

若輕率與任何人會面,便會被質疑鼎的輕重(即統治者的能力)。

軽々しく誰にでも面会したのでは鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問わ(統治者としての能力を疑われる)れてしまう。

在這裡的主角不是靜子,而是處理那些來訪者的家臣團,因此靜子只能旁觀。雖然偶爾在決裁上需徵求她的判斷,但基本上都是交由家臣處理,閒得無事的靜子在被召喚之前便與灰色大狼凱撒一家一起過日以維持心情安定。

ここでの主役は静子ではなく、それらを捌く家臣団となるため静子は見守るしかなかった。決裁等で静子の判断を求められることもあったが、基本的には任せっきりとなるため手持ち無沙汰となった静子は、お呼びがかかるまではハイイロオオカミのカイザー一家と過ごすことで精神の安定を図っていた。

然而這種新年氛圍在一月下旬一到便徹底改變。

しかし、そうしたお正月ムードは一月下旬に差し掛かって一変する。

「羽柴大人正進行攻圍作戰,暫時降低武具補給的優先順序,改為增加食糧、醫療用品與生活雜貨後發送。」

「羽柴様は攻囲作戦中だから暫く武具の補給は優先順位を下げて、代わりに食料品と医療品、生活雑貨を増やして発送して」

松之內(一月中旬)因默契性的休戰而較為平靜,但西邊有播磨、丹波的平定與本願寺的解體作業,東邊則是一股腦朝向武田、北條的征伐工作推進。

松の内(一月中旬まで)は暗黙の休戦協定があったためか穏やかだったが、西は播磨・丹波平定と本願寺の解体作業。東は武田・北条征伐に向けての作業が一気に押し寄せてきた。

負責丹波平定的明智光秀在去年已定下大勢,現在似乎在鞏固地盤,因此沒有顯著的大動作。

丹波平定を担う明智光秀は、昨年時点で大勢を決しており、現在は地盤固めに着手しているためか目立った大きな動きがない。

因此注意力自然而然聚焦在持續攻城的秀吉身上。

必然的に城攻めを継続している秀吉に注目が集まっていた。

那位秀吉明白此役將成為他的分水嶺,在整頓軍紀後謹慎地推進攻城戰。

件(くだん)の秀吉は、ここが己の分水嶺となることを理解しており、自軍の綱紀粛正を図った上で慎重に城攻めを進めていた。

或許是重實效勝過虛名的作法帶來了好運,秀吉軍連戰皆捷,成功推進至明石。

名よりも実(じつ)をとる運用が幸いしたのか、秀吉軍は連戦快勝を重ね、明石まで攻め進めることに成功していた。

「就算奪回明石,真正的難題才開始。雖掌握明石港與尼崎港,可藉海運輸送物資,但也必須持續撥兵守護據點,並需組建海軍。」

「明石を取り戻せても、ここからが難題だよね。明石港と尼崎港を確保できたから、海運での物資輸送が可能になった反面、この拠点を守るための兵力を常に割かないといけないし、海軍を組織する必要もあるよね」

不言而喻,明石港與尼崎港皆為良港。掌握這些港口後,無論軍資或兵站維持方面,都足以在某種程度上扭轉作為遠征軍的不利。

語るまでもないが明石港と尼崎港は優良な港として名を馳せている。これらを手中に入れた事により、軍資金はもとより兵站維持という面に於いて、遠征軍であるという不利を覆せたと言っても過言ではない。

然而問題仍存在。如前所述,可能會遭受由毛利支持的村上水軍的海上封鎖。尼崎港較接近織田勢力圈,難以輕易動手,但明石港位於最前線,情況則不同。

しかし、問題がないわけでもない。前述のように毛利が支援する村上水軍によって海上封鎖される可能性があるのだ。尼崎港に関してはより織田勢力圏に近いため、おいそれとは手が出せないだろうが、明石港は最前線に位置するため事情が異なる。

直運物資至最前線固然是優點,但一旦落入敵手便可能再次陷入窘境,因此不能再像以往那樣單靠攻勢行動。

最前線へ直接物資を運びこめるという利点もあるが、敵の手に落ちれば再び窮地に立たされることになりかねず、これまでのように攻勢一辺倒という訳にはいかなくなった。

此外因未能將淡路島納入勢力範圍,還需防備自彼處發起的攻擊。明石港雖為要衝,但秀吉認為不能僅依賴此一地。

更に淡路島を勢力下におけていないため、そこからの攻撃に備える必要もあった。明石港は要衝だが、ここだけに依存する訳にはいかないと秀吉は考えた。

「上樣已經批准新港(神戶港)開發了嗎?」

「上様から新港(神戸港)開発の許可は下りた?」

「是!前幾日已獲上樣裁可。並依事業計畫派遣技師集團。」

「はっ! 先日ご裁可頂きました。それに伴い、事業計画通りに技師集団を派遣しております」

「明白。此將成為與愛知用水並列的大規模國家事業。當前以向前線補給物資為目的,但請指示設計時着眼於未來。」

「判りました。これは愛知用水に並ぶ大規模な国家事業となるでしょう。当面は前線への物資補給を目的としますが、将来を見据えて設計するよう指示して下さい」

是秀吉打探、靜子擬定的神戶港開港計畫。由於六甲山脈至大阪灣一帶地形陡峭,海底被大幅切割,水深急遽加深,神戶具備成為天然良港的條件。

秀吉が打診し、静子が立案したのが神戸港の開港であった。六甲山脈から大阪湾にかけての急峻な地形によって海底が大きく削られて水深が急激に深くなっており、神戸には天然の良港となれる素養があった。

在現代日本亦被列為五大港之一,並被指定為國際戰略港灣。

現代日本に於いても五大港の一つに数えられ、国際戦略港湾にも指定されている。

檢視神戶港的歷史,據說始於被稱為大輪田泊的兵庫港。但嚴格而言,兵庫港與神戶港的位置以半島為界呈左右並列的扇形。

神戸港の歴史を繙(ひもと)けば、大輪田(おおわだの)泊(とまり)と呼ばれた兵庫港が始まりとされている。しかし、厳密には兵庫港と神戸港の位置は半島を挟んで左右に並んだ扇型の形状をとっている。

兵庫港曾是日宋貿易的中心而繁榮,但在引發戰國時代的應仁之亂後荒廢。

かつては日宋貿易の中心地となって栄えていた兵庫港だが、戦国時代の発端となった応仁の乱によって荒廃してしまっていた。

另一方面,後成為神戶港之地區當時僅廣布著一個小小的寒村。

一方、後の神戸港となる場所には小さな寒村が広がっているだけとなる。

史實上,明治時代政府將兵庫港指定為開港場(對外貿易用港口),詳細調查海域後發現,原先僅是單純入海口的神戶反而更適合做為港口。

史実に於いては明治時代に政府が開港場(かいこうじょう)(外国貿易用の港)として兵庫港を指定し、海域を詳細に調査したところ、単なる入り江に過ぎなかった神戸の方が港として適していると判明した。

以此為契機設置了居留地,並開始神戶港的開發。開港之初碼頭較短,水深淺,大型船無法停靠。

これを機に、居留地が設けられ、神戸港の開発が始まった。開港当初は波止場の長さが短く、水深が浅いため大型船が横付けできなかった。

為解決此問題,增建伸入較深水域的新港埠頭,使其得以發展為國際港灣都市。

この問題を解決するため、水深の深い位置まで突き出した新港埠頭が増築されたことにより、国際港湾都市として発展することとなる。

(被發現於明治以後。也就是說現在只是有個寒村的偏僻之地。也因為如此說服上樣和羽柴樣費了不少功夫,但若看向未來,毫無疑問這裡更有利。)

(見出されたのは明治以降。つまり今は寒村があるだけの僻地。おかげで上様や羽柴様を説得するのに骨が折れたけど、将来を見据えるなら断然こっちだよね)

利用既有設施較容易,但既得利益已形成,調整利害關係困難。不如在未被任何人沾染的無垢土地上從頭興建新港,能掌握全部權益,利潤更大。

既にあるものを利用するのは簡単だが、既得権益が出来てしまっているため利害関係の調整が難しい。それより誰の手垢も付いていない無垢な土地に、新たな港を一から作り上げる方が全ての権益を握れるため旨みが大きい。

向寒村居民提出遷居處並使其遷出後,便無人可插手此計畫。若港灣規模擴大,將來會如今的神戶港般把兩個港合稱為神戶港。

寒村の住民に移住先を提示し、立退きさせればこの計画に口を出せる者はいない。いずれ港湾の規模が拡大すれば、現在の神戸港のように二つの港を合わせて神戸港と呼ばれるようになるだろう。

發展到那一步時,利害衝突或許會發生,但那將作為未來課題交由後繼者處理。

そこまで発展すれば利害関係が衝突する事もあり得るが、それは将来の課題として後継者に託すこととなるだろう。

靜子自以前便在伺機開港,惟須等秀吉制壓該一帶後,才能推動計畫。

静子は以前から神戸港を開港する機会を窺っていたのだが、秀吉が一帯を制圧したことによって計画を推進することが可能となったという背景がある。

「本來雇用寒村本地人、將財富落實當地本是上策,但毛利方面可能會有攪局的工作,無法完全排除。因此,關於涉及本次港灣開發的非單純勞力者,我方會自行派遣以因應。」

「本来ならば寒村の地元民を雇って、現地に富を落とすのが上策ですが、毛利側の工作がある可能性が捨てきれません。故にこの港湾開発に関わる単純労働者以上の者に関しては、こちらから送り込むことで対処します」

「明白了」

「承知致しました」

「至於羽柴大人則暫時告一段落……對明智大人而言,需要的或許是進行政治操作的情報與金錢吧?」

「羽柴様については一段落として……明智様に必要となるのは政治工作をするための情報と、金かな?」

政治世界如同所謂清濁並包,因為它是生活的延伸,單靠光鮮的說辭無法運作。

政治の世界は清濁(せいだく)併(あわ)せ呑(の)むというように、生活の延長線上にあるため綺麗ごとだけでは回らない。

為了迅速鞏固基盤,所需的是誰將成為關鍵人物的情報,以及為了使他們成為我方而提供的金錢。

手っ取り早く地盤を固める為に必要となるのは、誰がキーマンとなるかという情報と、それらを自分達の味方にするための金であった。

靜子被告知,光秀將進行使織田家屬人成為多數派的拉票工作,對結成反織田陣營者施行離間策略,並透過向當地有力者分發金錢來贏得民心的說客活動。

光秀は織田家に属する者たちが多数派となれるよう多数派工作を、反織田でまとまっている者達へ離間工作を、地元有力者に金を配ることで辺り一帯の民心を獲得するロビー工作を行う予定だと、静子は知らされている。

但以金錢為動的人,一旦獲得更大利益便易於背叛,故必須監視。不過比起基於祖訴積怨等情感形成的關係,他們較易處理,且只要持續提供利益便會順從;不再需要時斷絕關係即可,無後患。

ただし金で靡(なび)くものは、より大きな利益を提示されれば容易に裏切るため、監視が必要となる。それでも先祖代々の恨みなどの感情に根差した関係よりは扱いやすいし、利益を提供し続ける限りは従順だ。不用になれば関係を断てば良いため、後腐れも無い。

「關於西國,因為幾乎不會因積雪等而斷絕交通,從今後西國情勢會變得重要。好,請轉告持有那個(・・)的藤堂君,務必加強聯絡。」

「西国に関しては積雪などで交通が断絶することはまずないし、これからは西国の情勢が重要になるかな。よし、アレ(・・)を持っている藤堂君に、連絡を密にするよう伝えて下さい」

「哈哈」

「ははっ」

藤堂高虎配置的裝備,是無線電話機。可說是現代人人理所當然使用的行動電話的先祖。

藤堂高虎が配備している装備、それは無線電話機であった。現代では皆が当たり前に使っている携帯電話の先祖とも言える機械である。

無線電話技術需要專門知識,簡單說明即是將聲音轉為電信號,放大後以電波發射,另一端的接收機再放大接收信號並轉回聲音,藉此實現無線通訊。

無線電話の技術に関しては専門的な知識が必要となるため、簡単に解説すると音声を電気信号に変換し、それを増幅した後に電波として飛ばし、別の受信機にて受信した信号を増幅して再び音声に変換することで実現する無線通信である。

利用此技術,靜子便能在尾張就直接取得西國的情報,亦能逐次掌握東國征伐的情況。

これを利用することにより、静子は尾張に居ながらにして西国の情報を直接入手でき、また東国征伐の状況を逐次把握することが可能となる手筈となっている。

關於西國,因為沿途領域屬於我方控制,設置中繼基地較為容易,現階段傳輸尚未出現問題。

西国に関しては途中の領域が支配下にあるため、中継基地を設置することが容易であり、現時点では伝送に問題が発生していない。

然而對於東國征伐,必須邊進軍邊逐步設置發電設備與電波中繼設施,因此正耗費巨大的準備人力與資金。

しかし、東国征伐に関しては発電設備と電波中継施設を逐次設営しながら進軍しなければならないため、準備に膨大な労力と資金を費やしている最中であった。

促成這些技術實現的關鍵人物是足滿。他在穿越來到此處後,看到連幼小孩童都持有自己的通訊端末,與遠方的人互相聯繫,為之感動。

これらの技術を実現する要となった人物が足満である。彼はタイムスリップした先で、幼い子供ですら己の通信端末を持ち、遠く離れた人と連絡を取り合っている姿に感銘を受けた。

雖是驚人的技術,但他得知那些基礎知識並未被隱匿、而是對所有人開放,於是莫名燃起學習的慾望。

凄まじい技術であるにもかかわらず、それらの基礎的な知識は秘匿されることなく誰にでも開示されていると知り、何故か無性に学びたくなったのだ。

因為失憶,不知那奇異熱忱的原動力為何,他便埋首於大型圖書館,從中學程度的電子電路開始,經由礦石收音機,逐步投入電子製作的世界。

記憶喪失であったため、その奇妙な熱意の原動力が何なのか判らないままに大型図書館に通いつめ、中学レベルの電子回路から始まり、鉱石ラジオを経て電子工作の世界へとのめり込んでいった。

當能理解電波的本質是磁場與電場的相互作用時,他已能繪製電路圖並製作出晶體管收音機。

電波の正体が磁界と電界の相互作用によるものだと理解できるようになった頃には、自分で回路の設計図を引いてトランジスタラジオを作れるようになっていた。

在戰國時代一旦能製造發電機與馬達,電波的發送與接收理論上已可實現,但在訊號放大方面卻陷入困境。

戦国時代に於いても発電機とモーターが製造できるようになった時点で、電波の送受信は可能になっていたのだが、どうしても信号増幅という点で行き詰ってしまった。

現代可由晶體管與二極體極為簡便地實現之事,在戰國時代卻難以達成。因此足滿決定使用晶體管實用化之前的真空管。

現代ならばトランジスタやダイオードによって極めて簡単に出来ることが、戦国時代では至難となる。そこで足満はトランジスタが実用化される前の真空管を用いることにした。

以當前的加工技術來說,製造真空管本身並非那麼困難。然而因為要承受高溫,核心部件燈絲的耗損率極高、壽命極為短暫,是其缺點。

現時点の工作技術があれば、真空管自体を作ることは然程難しくはない。しかし、高熱が加わるため基幹部品であるフィラメントの損耗率が極めて高く寿命が極端に短いという欠点があった。

為了補償無法預知壽命的真空管,電子電路被設計為冗餘且龐大。電路膨脹後銅線的阻抗也不容小覷,所需電力亦大幅躍升。

いつ寿命を迎えるか判らない真空管を補完するため、電子回路は冗長化して巨大化する。回路が肥大化すれば銅線の抵抗も馬鹿にならず、必用とされる電力も跳ね上がった。

若能使用現代燈絲所用的鎢絲固然理想,但要溶解熔點攝氏三千度以上的金屬本身就困難重重。

現代のフィラメントに用いられているようなタングステンがあれば良いのだろうが、そもそも融点が摂氏3000度を超える金属を溶かすこと自体が困難であった。

且含鎢的礦床多分布於中國,且多集中於仍未開發的地區,因而難以取得。

またタングステンを含む鉱床の多くが中国に分布しており、尚且つ未だに未開発の土地に集中しているため、調達することも難しい。

於是使用目前可用的最高等級熔爐,並以可精煉的高熔點合金鎳鉻合金製作燈絲。

そこで現在持ちうる最高の炉を使用し、精製できる高融点合金であるニッケルとクロムの合金を用いてフィラメントを作成している。

順帶一提,將聲音轉為電信號相對容易,使用作為釀酒副產物得到的酒石酸鈉結晶,即所謂的「羅歇爾鹽」。

因みに音声を電気信号に変換するのは比較的容易であり、ワイン醸造の副産物として得られる酒石酸ナトリウムの結晶、いわゆる『ロッシェル塩』を用いる。

製作飽和的酒石酸鈉溶液,讓結晶析出到盡可能大的程度即可完成準備。把它貼在紙杯底部固定,接上電極後對著紙杯說話就會產生微弱電流。

酒石酸ナトリウムの飽和溶液を作成し、可能な限り大きな結晶を析出させれば準備は完了だ。紙コップの底にでも貼り付けて固定し、電極をつないだ状態で紙コップに話し掛ければ微弱な電流が流れる。

將電線接到該電極並延長,途中加入信號放大器把電信號輸入另一個同樣的杯子,紙杯便會傳出人的聲音。

この電極に電線を繋いで延長し、途中に信号増幅器を噛ませて別の同様のコップに電気信号を入力すると、紙コップから人の声が聞こえるという仕組みである。

經過這些過程開發出的無線電話機雖然龐大且為固定式,但目前仍能連接尾張與京之間的通訊。

こうした経緯の末に開発された無線電話機は、大型かつ据え置き型ではあるが、現時点でも尾張と京とを通信で結べている。

「關於西國大概就是這些了。東國方面有什麼報告嗎?」

「西国に関しては以上かな。 東国について何か報告はありますか?」

「目前沒有特別值得一提的報告。武田正陷入長期的物資供給不足,連籌措生活必需品都十分吃力。現況僅能勉強取得食糧,戰事根本無從談起。」

「現時点では特筆すべき報告はございません。武田は慢性的な物資の供給不足に陥っており、生活必需品を工面するのにも四苦八苦しているようです。食料を調達するので精一杯という状況であり、いくさなど論外でしょう」

「非常好。有人會理解即便我們餓得吃不飽,敵人仍會來攻擊,請告訴真田先生繼續不要鬆懈。」

「上々ですね。自分達が食うや食わずという状況でも敵は攻めて来ると理解している人もいるでしょうから、引き続き手を緩めないよう真田さんに伝えて下さい」

「是,明白了。」

「はっ。承知しました」

「也別壓得過緊造成大量難民,請傳達要拿捏好既不殺也不讓其自立的分寸。我去巡視一會兒。」

「あまり締め付け過ぎて難民が大量発生しても困りますから、生かさず殺さずの匙加減を工夫して下さいと伝えて。私は少し見回りをしてきます」

完成與負責聯絡間諜的接洽人會談後,靜子起身離席。她帶著護衛才藏前往暫置於越後的人質處。

間者との窓口を担っている連絡役との会談を終えた静子は席を外す。護衛の才蔵を伴った静子は、越後から預かっている人質たちの許へと向かう。

他們最近常待在練武館(也就是所謂的武道場),這次也不例外,大家都在練武館揮汗如雨。

彼らは近頃練武館(いわゆる武道場)に入り浸っており、ご多分に漏れず今回も皆が練武館で汗を流していた。

才藏把緊閉的道場門推開,首先撲來的是一股厚重的熱氣,熱得幾乎嗆人,彷彿不受冬日寒氣影響。

閉ざされていた道場の扉に才蔵が手を掛けて押し開く、最初に感じたのは冬の寒気をものともしないむせ返るような熱気だった。

他們個個專心練習,有人敞開上衣穿著袴,無心地揮舞長槍。

彼らは誰しもが熱心に鍛錬しており、上着をはだけた袴姿となり無心に槍を振るっている者もいた。

「靜子殿,特地來到這等場所,請問有何吩咐?」

「これは静子殿。このような場所までご足労頂くとは何か御用でしょうか?」

被打開的入口吹入的寒風使景勝注意到靜子的到來,他一邊用手巾擦汗一邊喊道。

開け放たれた入り口より吹き込む寒風によって、静子の存在に気付いた景勝が手拭いで汗を拭きつつ声を掛けてきた。

靜子囑咐眾人不必理會她,繼續練習,然後把景勝帶到練武館的一側。

静子は彼らに自分に構わず稽古を続けるよう声を掛けると、景勝を練武館の端へと誘(いざな)った。

「今天來是有通告要說。讓大家久等了,終於準備好了全員的入浴手形。」

「今日は通達事項があってきました。お待たせしていましたが、ようやく全員分の入浴手形が準備できました」

「喔!辛苦了,十分感謝。那工作方面如何安排?」

「おお! お骨折り頂き有難く存じます。では働き口については?」

「關於那點還沒收到正式命令書,但已經得到上樣的決裁,近日內應可准許。」

「そちらについては正式な命令書が届いていませんが、上様の決裁は頂けたので近日中にも許可できるでしょう」

聽到靜子的回覆,以景勝為首的越後眾人欣喜若狂。所謂入浴手形即是他們進浴池的許可證。

静子の返答を受け、景勝をはじめとした越後の皆は歓喜に沸いた。入浴手形とは彼らが風呂に入るための許可証である。

他們也相當習慣尾張式的生活,練習流汗後非常渴望泡進熱湯中療癒身體。

彼らも随分と尾張様式の生活に染まっており、鍛錬をして汗を流した後は熱い湯船に浸かって体を癒したいと言う気持ちが強かった。

以前只要慶次同行便可以團體形式入浴,但若他不在,則只能擠到水池邊拿些水擦身。

今までは慶次が同道していれば団体として入浴が許可されていたのだが、彼が居ないとなると湯を貰って体を拭うのみとなる。

雖然不太可能他們會做壞事,但若放他們自由進入禁止佩帶寸鐵的浴場,已超出靜子一人可決之範圍。

今更彼らが悪さをするとは思えないが、寸鉄を帯びられない浴場への立ち入りを自由にするとなると静子一人の裁量の範疇(はんちゅう)を超えた。

最終信長的決定是一次最多允許五人入浴,並附有註記戒長時間泡澡及禁止攜帶酒類入浴。

最終的に信長が下した判断は、一度に五人までの入浴を許可するというものであった。注意書きとして長湯を戒めるものと、風呂への酒類持ち込みを禁じる旨が添えられていた。

大概是慶次先示範的吧,在湯池裡喝一杯對越後眾人而言應該是至福時刻。

恐らく慶次が最初にやってみせたのだろうが、湯船で酒を一杯やるというのは越後の面々にとって至福の時間であったのだろう。

然而再豪爽的越後人也會因在浴中大醉而昏倒,差點在湯中溺斃,從此禁止攜帶酒類入浴。

しかし、さしもの越後人(うわばみ)であっても風呂での深酒は昏倒必至であった。あわや湯船で溺れ死ぬという騒動となり、以降の酒類持ち込みは厳禁となった。

景勝所說的工作並非正式職業介紹,而是類似臨時打工的短期工作。

また景勝が口にした働き口とは、本格的な職業斡旋ではなく、臨時のアルバイトに類するものであった。

身為人質無法安心長期從事職業,故尋找隔天輪流、半日左右的工作。

人質の立場では、腰を据えて職業に就くわけにもいかないため、隔日で半日程度の仕事を探していたのだった。

身為人質,他們享有與較富裕武士相當的待遇保障。但他們也是普通人,也想喝一杯夏天在附近開始流行的啤酒配烤雞肉串,或是加了大量海產的煮物「關東煮」。

彼らは人質であるため、比較的裕福な武士と同程度の待遇が保証されている。しかし、彼らも人の子であり、夏頃に界隈で流行りはじめたビールと焼き鳥や、海産物をたっぷり使った練り物の浮かぶ『おでん』で一杯やってみたいこともある。

換言之,他們想增加可由自己支配的零用錢。這不同於最低的溫飽,而屬於奢侈開支,因此他們希望靠自己賺錢。

つまりは自分の裁量で自由に使える小遣いを増やしたいというものだ。最低限の食い扶持とは異なり、贅沢の部類になるため、彼らは己で金を稼ぎたいと願ったのだ。

「(時代劇裡武士打工常見的就是製作番傘吧)關於勞動,直接出去外面工作有難度,先請他們從我屋敷的修繕或町內的道路修整(道普請)等做起。」

「(時代劇だと武士のアルバイトって言えば番傘作りが定番だよね)労働については、いきなり外部に出るのは難しいため、まず私の屋敷の補修や町内の道普請(みちぶしん)等に従事して頂きます」

尾張的靜子宅也已有些年頭,處處可見老化跡象。不過老化多侷限於表層部分或受力的可動部位。

尾張の静子邸もそこそこ年季が入ってきており、随所に老朽化の兆候が見られるようになっていた。とは言え、老朽化しているのも表層部分や、可動部などの負荷が掛かる場所に限られている。

這樣程度的補修無需動員專業大工或黑鍬衆,只要有數名大工擔任工頭,與作為輔助人力的越後人手即可。

この程度の補修であれば、専門の大工や黒鍬衆などを動員する必要もない。現場を指揮する者として数人の大工と、彼らを補佐する労働力としての越後勢が居れば事足りる。

「多蒙特別照顧,實在感激。各位!接下來會很忙!但想到能吃到好料、在澡池中洗去一日疲憊,這算得了什麼!」

「格別のご配慮痛み入る。皆の者! これから忙しくなるぞ! だが旨いものを食い、湯船で一日の疲れを流せると思えば何のことはない!」

「應!!」

「応!!」

(雖然基礎體力有了,但武道和木工用到的肌肉不同,還是先安排按摩師吧)

(基礎体力はあるだろうけれど、武道と大工仕事じゃ使う筋肉が違うって言うし、按摩(あんま)師の手配もしておくかな)

看著熱血的景勝,既覺得欣慰也開始為近期可能發生的事做準備。

気炎を上げている景勝を見て、微笑ましく思いながらも近い将来に起こり得る事象への備えを進める。

起初分成幾人一組輪流工作,果不其然,不習慣的勞動導致一堆人全身肌肉痠痛。

手始めに数人ずつが一組となって代わる代わる労働に従事したのだが、案の定慣れない労働で全身筋肉痛に陥るものが続出した。