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戦国小町苦労譚

千五百七十六年 六月上旬

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ヴィットマンとバルティ二頭の訃報は信長の許へもすぐに届けられた。

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「そうか、逝ったか」

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報告を聞き終えた信長は一言だけ呟くと、その日の予定を全て中止にするよう指示を出し、誰であろうと取り次ぐなと厳命して自室へと戻っていった。

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物事を予定通りに進めたがる信長にしては異例の職務放棄だが、とてもそれを指摘できるような雰囲気ではなかった。

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信長が纏う空気が突如として研ぎ澄まされた刃のように鋭くなり、下手なことを口にしようものなら切り捨てられることが予想できてしまったためだ。

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その証拠に信長が立ち去った後も、残された小姓たちは動けず固まったままとなり、元通りに動けるようになるのにかなりの時間を要した。

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「今日は随分とお早いお戻りですこと」

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信長が自室に繋がる襖を開け放つと、そこにはここに居るはずのない人物が座していた。

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緋毛氈(ひもうせん)の上に優雅に座し、朱塗りの銚子(ちょうし)から盃へと酒を注いでいるのは、誰あろう信長の正室である濃姫であった。

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信長は本来尾張に居るはずの濃姫が、安土にある屋敷の自室に居ることを不審に思いはしたが、彼女が神出鬼没なのはいつものことと早々に追及を諦めた。

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信長は不機嫌さを隠そうともせず、濃姫の差し出した盃を受け取ると一息に飲み干した。

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「これはこれは殿らしからぬ飲みっぷり。何か良いことでもございましたか?」

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「全て承知の上で来ておるくせに、わざとらしいわ!」

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信長は濃姫から乱暴に銚子を奪うと、盃へなみなみと酒を注いで濃姫に突き付けた。濃姫はニコリとほほ笑むと、盃を受け取って同じように一息に飲み干してみせた。

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「それで、貴様は静子についているのではなかったのか?」

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「ほほっ。己のことで手一杯の折に、目上のものが居ては満足に嘆きもできませぬ。幸い静子を支えるものには当てがありますゆえ、言伝(ことづて)を残してこちらへと参り、妾にしか出来ぬことをしようかと」

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「……なんと伝えた」

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心の機微(きび)を巧に操る濃姫が託した言葉とは何なのかが気になった信長が訊ねる。

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「暫し己のことのみを気にかけよ。後のことは妾がよしなに取り計らうゆえ、ゆっくりと休むようにと。礼は前(さき)の『ちょこれーとけえき』で構わぬとも」

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「ふ……。あ奴が気に病まぬよう、具体的な礼まで要求するとはな。貴様も随分と静子には甘いようだ」

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「殿ほどではございませんよ。それに二心なくあれほど献身を尽くしてくれる臣など他におりましょうや?」

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「確かにな。ならば静子は其方(そなた)に任せよう。わしはわしでやることが出来た」

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「おやおや、それでは妾がお願いに参った意味がございません。殿方には判らぬ女子(おなご)の我が侭も聞いてはいただけませぬか?」

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「ふん! どうせわしには女心など判りはせぬ。好きに申してみよ」

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コロコロと笑いながら濃姫が声を掛け、それを受けた信長は渋面で立ち上がりかけた動作をやめて、どっかと座りなおした。

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無言で信長が差し出した盃に、濃姫は銚子から酒を注ぎながら静子の為、信長に骨を折って欲しいことを伝える。

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信長は口を挟まずにすべてを聞き終えると、盃の酒をまた一息に呷(あお)ってみせた。

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「なんとも迂遠(うえん)なことだ。だが其方が言うのならそれが静子の為になるのだろう、好きにせよ。わしは国人として為さねばならぬことを為すまで」

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それだけを言い終えると、信長は席を立ち部屋から出て行ってしまった。急に人気(ひとけ)が無くなった室内で、濃姫はぽつりと呟いた。

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「不器用なお人」

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ヴィットマンとバルティが静子の許を去った夜が明け、静子は予定通りに山へと通じる全ての道を閉鎖した。

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山は古来、神と同一視されることから人の理(ことわり)が通じぬ地であり、年老いた獣はその身を若い獣に託すことで命が紡がれていく。

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それは悠久の昔から繰り返された自然の営みであり掟であった。それを覆すことはできないが、せめてその姿を衆目に晒したくないというのが彼らの家族である静子の願いであった。

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静子が閉山期間を1年と定めたのも、それだけの時間があれば彼らの骸(むくろ)は白骨化すると予測し、それを回収して弔(とむら)うつもりだったのだ。

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「……冗談はやめてよ」

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「心中お察しいたしますが、これは冗談ではありません」

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静子は封書の内容を全て読み終えると、肩を落としながら言葉を漏らした。静子に請(こ)われて一緒に内容を検(あらた)めていた彩も、困惑顔で静子の声に応じる。

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静子が冗談かと疑ったのも無理はない。静子が手にしているのは詔書(しょうしょ)と呼ばれる帝の命令を伝える公文書だからだ。

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中身は静子が禁足令を発した山を神体山(しんたいさん)(神が宿るとされる山)に定めるというものだった。

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「詔書って作成手順が複雑な上に、帝はもとより公卿(くぎょう)全員の承認が必要となるんじゃなかったかな? 一朝一夕に用意できる代物じゃないよね……いつから決まっていたんだろう?」

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詔書とは読んで字のごとく、詔(みことのり)(天皇の命令)を伝える書である。つまり国家の大事に際して発布される重要書類であり、格式や手順が重んじられる即位や改元の折など儀礼的な際に用いられる。

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静子が己の我が儘で始めたことに対して発布されてはならないものだった。

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近代日本史に於いて最も有名な詔書が昭和天皇の出された「大東亜戦争終結の詔書」であり、いわゆる玉音放送の原稿となったものだ。

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現代に於いても国会の召集や衆議院解散、参議院の通常選挙などに際して発行されていると聞けば、その重要性は理解できるであろう。

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「喪(も)が明けた一年後に建立(こんりゅう)予定の社についても、四天王寺より金剛組が派遣される手筈とのことです。他にも名立たる番匠(ばんしょう)(現代でいう宮大工)が名乗りを上げているそうです。また石工として有名な穴太衆(あのうしゅう)からは、いつでも参ずる用意があると……」

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「待って、待って! 何だかどんどん大事になってないかな? 私はこじんまりとした社を建てて、あの子たちを祀(まつ)ろうとしただけなんだけど……」

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静子の言葉に彩は重いため息を吐いた。静子の自己評価が低いというのは重々知っているつもりだったが、こうして目の当たりにするとまた別の想いが浮かんでしまう。

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静子はどれほどの大事を成そうとも、いつでも代替の利く一個人に過ぎないと言う意識が根底にある。だが、他のものから見れば静子の代役が務まる人物など居るはずがない。

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つまり静子の動向は常に有力者の耳目を惹き付けることになる。そんな静子が全ての公職を離れ、一個人として長い休暇を取るなどという情報を掴めばどうなるか?

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宿敵と目された本願寺との決着がついた矢先の出来事だけに、邪推するものは少なくなかった。そこに来て信長が、自分の名で静子の為に番匠を募ったがために今回の騒動へと発展した。

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「帝や朝廷のご意向については判りかねますが、番匠については予想がつきます」

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「え!? どういうこと?」

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「静子様、貴女が今まで為さってきた恩が返ってきているのです」

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「うーん、恨まれる覚えは割とあるけど、恩返しされるようなことってそんなに無いような……」

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処置のしようがないとばかりに彩は頭を振った。その様子を見ても静子は首を傾げるばかりなので、敢えて口にすることにした。

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「自覚がないと言うのも問題ですね。静子様にとっては、当たり前(・・・・)のことかも知れませんが、この乱世に於いて余所にまで援助をするという事がどれほど稀有(けう)なことかご理解下さい。貴女は技術の保護や継承を目的として手を差し伸べられたのでしょうが、身体を悪くした番匠を引き受けたり資金援助を申し出たりするというのは誰もが成し得なかったことなのです。身を切るような思いで仲間を見捨てなければならなかった彼らが、安心して仕事に励めるようになった御恩を返そうとするのは不思議ではありません」

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「あー。大工仕事に事故は付きものだし、それに対する保障が無いのは使用者側の怠慢だと思うんだけどね。私に恩義を感じてくれるなら、それを他の人に回してあげて欲しいな。確か恩送(おんおく)りって言うんだよね? ただ、そういうことなら無下にする訳にもいかないから、今回は甘えさせて貰おうかな」

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「それが良いと思います。仏の教えに『懸情流水(けんじょうりゅうすい) 受恩刻石(じゅおんこくせき)』(情けを懸けたことは水に流し、受けた恩は石に刻んで忘れないの意)というものがあるそうです。静子様が水に流された情けが、巡り巡って戻ってきたと思い、彼らの恩返しを受けて差し上げて下さい」

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「恩返しを受けて当然って考えるようになるのが怖いんだけど、今回は正直助かるかな。流石に歴史ある社を建立する技術は、私達じゃ持ち得ないからね」

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「これも天の配剤なのでしょう。静子様に苦難が訪れれば、その助けとなる申し出があるのですから。貴女が今までに他人に施されてきた功徳を、天は見ておられるのかも知れません。もし貴女が間違った道に進もうとされるなら、それを正すのは臣下の務めです」

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「……ありがとう」

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いつになく想いを込めて語る彩を前に、静子はくすぐったさを覚えつつも感謝を告げた。

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大きく深呼吸をした静子は、頭を振って混乱を落ち着かせる。

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詔書の件については、朝廷が善意だけで動くはずもないため、何らかの下心があっての事だろう。それでも一度発布された詔が取り消されることはあり得ない。

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起こってしまったものは仕方ないとして、それによる影響を制御するのが為政者の務めだと静子は考えた。

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生活の一部を山に依存している民が不利益を被らないよう、上手く立ち回らねばならないが、前例のないことだけに困難が予想される。

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「正直なところ、神体山となることでどんな影響が出るかは予測がつかない。ただ、良きにつけ悪しきにつけ、混乱に乗じて悪事を働こうとするものは出るから、いつも以上に注意しないとね」

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「はい、承知しました。我々の手に余るようであれば、上様のお力も借りられるよう準備をしておきます」

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「取り越し苦労であれば、それに越したことはないんだけどね。それにこの世にある悲劇って、悪意から起こったものより善意から生じたそれの方が多いんだよね。ヴィットマンとバルティの喪に服す時間くらい放っておいて欲しかったなあ……」

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「静子様は今まで地位にも財産にも名誉にも興味を示されませんでしたから、はじめて目にした隙に舞い上がっているのでしょう。そのような慮外ものには、目にものを見せてやりませんと」

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「いやあ、進んで敵対はしなくて良いよ。ただ注意だけは払いましょう」

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「はい、では失礼します」

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ともに気を付けようと話を締めくくった二人だが、彼女達の心配は杞憂となった。

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朝廷からの干渉については、義父である近衛前久(さきひさ)が詔書を止められなかったことを気にしてか、徹底的に根回しを行って以降の動きを悉(ことごと)く封じた。

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前久とは対照的に信長は真正面から公家達を糾弾(きゅうだん)する。身を尽くして仕えてくれた臣下を労わって休養を与えたと言うのに、そこへ騒ぎの種を持ち込むとは織田家に対する挑戦かと問うたのだ。

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片や武家の頂点へと至りつつある信長と、関白という公家の頂点である前久の両方から板挟みとなり、虎の尾を踏んでしまったことに気付いた者たちが震え上がった。

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静子としては仰々しい儀式などするつもりもなかったのだが、発布されてしまった詔書の影響は如何ともしがたく、ヴィットマンとバルティを山の鎮守(ちんじゅ)神とする地鎮祭が営まれることになった。

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公には地鎮祭となっているが、その内実は葬儀と葬送をも兼ねていた。本来は身内だけでひっそりと執り行うつもりだっただけに、ここまでの大事になるのは予想外であった。

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朝廷としては山頂で儀式を執り行うつもりであったが、静子が禁足を頑として譲らず、また彼女の後見人二人がそれを支持したために麓での開催となった。

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参列者についても錚々(そうそう)たる顔ぶれが並び、そうした権威を意に介さない傾奇者の慶次や、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)を絵にかいたような長可ですら、静子の願いを叶えんがため正装に身を包んでいる。

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(お前たちの事を知らない人も多いけど、心から悼(いた)んでくれる人達は揃っているから許してくれるよね?)

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山頂に向かって静子は瞑目し、ヴィットマンとバルティが自分達を見守ってくれることを祈った。

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この一件に関しては帝の威信に関わるため、朝廷からは帝の代理人として関白である義父の前久を筆頭に、彼の派閥に属する公家が並ぶ。また山科(やましな)言経(ときつね)ら文人たちも参加していた。

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言経はこの日の出来事を日記に次のように記している。

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「京から遠く離れた地に於ける、誰も名も知らぬような山を霊峰とする祭事だが、終始厳かに進められた。特に尾張の者たちは皆が真摯(しんし)に祈りを捧げ、しわぶき一つ聞こえなかった」

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更には参列者の顔ぶれについても触れていた。

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「驚いたことに本願寺からも名代が参列していた。未だ和睦がなっていないというのに使者を遣わせ、またそれを受け入れた尾張方の度量の広さには驚かされた。散々に煮え湯を飲ませた相手ですら敬意を払わせるほどの人物とは如何ほどのものか」

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そうして目にした静子の姿に対する言及がないのは、多分に肩透かしを食らったためであろうか。

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彼以外にもこの日の事を記した文人は多いが、それらは地鎮祭そのものよりも、後に催された直会(なおらい)について多く触れられている。

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織田家からは信長、信忠、信孝の三名が参列し、濃姫やお市たちは参列を遠慮した。

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濃姫は静子が大げさにすることを望まない事を知っており、少しでも負担が軽くなるよう裏方全般への協力を申し出てくれている。

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彼女の助力のおかげで、多少の余裕をもって祭事に臨めている静子は、参列者に挨拶をしていた。

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「本日はご多忙のところ、ご参列を賜り有難く存じます」

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静子は信長と信忠へ口上を述べて頭を下げる。信孝は他の誰かに捉(つか)まっているのか、この場にはいなかった。

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深々と頭を下げる静子に対し、信長は彼女に身を起こさせると幼い子供にするかのように頭を撫でた。突然のことに静子が驚いて目を見開くが、信長は優しい眼差しで「貴様は良くやった」とだけ口にすると立ち去った。

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信忠も信長に続いて歩み去るが、静子とすれ違う際に彼女の肩を二度軽く叩いてみせた。公の場で出来る彼なりの精一杯の慰めだと理解した静子は、思わず視界が歪んだが涙を拭って彼らを見送った。

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元より決まりきった手順が定められている地鎮祭だけに、それほど時間を掛けずに終了すると宴会に相当する直会へと移る。

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直会とはお神酒で乾杯し、お供え物のお下がりを皆で食する事を言う。

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思いがけず大事になってしまったが、そこは天下に鳴り響いた尾張の産物がこれでもかと供され、誰しもが見た事もない料理や酒に魅了されていた。

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静子の身内以外にとっては祭事であり、酒が入ってしまえば厳かな雰囲気など消し飛んでしまい、大変な賑わいとなっていく。

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気分が落ち込みがちであった静子にとって、こうした賑やかな空気はありがたかった。

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「静子様、拙僧も少し説教の真似事を致しましょう」

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鱈のカレー揚げと野菜炒めの大皿を一人で空にした華嶺行者が、会場の隅で一人佇んでいる静子の許へとやってきた。

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明らかに怪異な風貌をしているというのに、不思議と誰からも注目されず、静子自身も目の前に来られるまで彼の存在を認識できなかった。

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華嶺行者は静子が落ち着くのを待ってから、決して大きな声ではないのに不思議とはっきり耳に残る声で語り始める。

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「静子様は、貴女の許を去った二頭に対して十分な事をしてやれなかったと後悔しておいででしょう。しかし、それは傲(おご)りというものです。どれ程万全の準備をしていたとしても悔いは残るでしょうし、神仏ならぬ御身がどれほど尽くそうとも十全の施しなどというものは成し得ませぬ」

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華嶺行者の言葉は決して聞こえの良いものでは無かったが、それ故にするりと心に沁み込んできた。

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静子よりも遥かに多くの生死を見送ってきたものが達した境地から発される言葉は、静子の後悔を傲慢だと断じた。

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しかし、それは同時に彼女が背負っているものを少し軽くもしてくれた。

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「死とは終焉(しゅうえん)ではありませぬ。二頭(かぞく)を欠いた日常の始まりであり、残されたものはそれぞれに日々を懸命に生きねばならぬのです。去ったものを偲ぶのは良いでしょう、しかし囚われてしまってはいけませぬ」

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「……」

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「このような神事を行わずとも、山へと還った彼らは我らを見守ってくれるでしょう。織田様の唱える天下布武、大したお考えですが山からすればそれすらも刹那(せつな)の夢。たとえ道半ばに朽ちたとしても、山は全てを受け入れてくれるでしょう。貴女は多くを背負おうと気負い過ぎ、却ってご自身が見えておらぬのでしょう。すぐに忘れろとは申しませぬが、貴女を今支えてくれるものを顧(かえり)みることも大事かと存じます」

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「……そうですね。ありがとうございます。少し、気が楽になりました」

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「いやはや、生臭坊主が偉そうなことを申しました。ですが御身が今を蔑(ないがし)ろにすれば、二頭も安心して眠れぬことをお忘れ無きよう」

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そう念を押しつつ深々と頭を下げた後、華嶺行者は人ごみの中へと戻っていった。先ほどまでの遥か遠くを見つめるような透明な眼差しは消え去り、強烈に食欲をそそるカレー鍋の匂いにフラフラと誘われる様はユーモラスですらあった。

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その余りの落差に静子は思わず苦笑し、久しく忘れていた空腹を思い出した。それまでは手を付けようとも思わなかった料理に箸を伸ばし、口に入れて噛みしめると生の実感が湧いた。

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ヴィットマンとバルティの献身によって静子はこの戦国の世で生を繋いだ。彼らの主人として静子が為すべき務めとは、悲嘆に暮れることではなく、彼らが遺した命を次代へと繋げていくことだ。

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彼らの子であるカイザーやケーニヒ達は同族の子を為さなかったが、ウルフドッグという形でその血を残している。それが絶えてしまわぬよう、手を尽くすことが己の役目だと理解した。

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「月が綺麗だね」

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直会と称した宴は尚も続いているが、徐々にその規模は小さくなっている。眠りこんでしまった者や、酔い潰れたものは都度足満たちが外へと運びだしているため、会場に残る人数はどんどん少なくなっていた。

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給仕や片づけをしている小間使いや下働きたちに後を任せ、静子は直会の場から立ち去った。既に日はとっぷりと暮れ、天には現代では決して目に出来ない澄んだ月の姿が見える。

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「そろそろ寝ないと。明日も早いからね」

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信長も信忠も決して口にはしなかったが、静子は彼らが自分の復帰を望んでいることを漠然と理解していた。

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それについて薄情だと静子は思わなかった。自分の立場を思えば十分に時間を貰ったし、個人的な感情と領主としてまた信長の臣下として果たすべき責務は別だ。

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それにこれで彼らと決別せねばならないわけではない。静子の人生はこれからも続いていくのだ。生きている限り、折に触れて彼らを偲ぶ機会は巡ってくる。

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「これから大変な事になる、かな」

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静子は空を見上げながら独白する。今まで信長は静子を通じて多くの情報を掻き集めていたが、それらを積極的に活用して動いてはいなかった。

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しかし、機が満ちつつあるのだろう。天性の勘によってそれを嗅ぎ取った信長は雌伏の時を終え、雄飛の時を迎えた事を天下に知らしめようとするだろう。

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「上様は私が落ち着くまで待ってくれたのかな? 流石に思い上がりすぎか」

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自嘲気味に呟く静子だが、彼女の考えは的を射ていた。

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信長はこれより一気に攻勢に出る。その為にも自軍の力を最大限に発揮させる静子の存在が必要不可欠であった。

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彼女が万全の状態を取り戻すまでは、戦端を開くことはできないと機を窺っていたのだ。

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そして遂に機は満ちた。彼女が戦線に戻れば信忠と静子の第二次東国征伐が始まる。