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戦国小町苦労譚

千五百七十五年 五月中旬

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尾張勢と越後勢に分かれた相撲大会は、僅差で越後勢に軍配が上がったらしい。

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らしいと言うのは、試合後に勝敗関係なく宴会に雪崩れ込み、関係者全員がへべれけに酔った結果、皆の記憶が曖昧になっており、多分越後勢が勝ったのではないかという事しか判明しなかったためだ。

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宴会で消費しきれなかった酒は、勝者の権利として越後勢に引き渡され、尾張の名物として故郷へ送ったり、仲間内で集まって酒宴を設けたり、個人で月見酒と洒落込む者がいたりと銘々に消費していた。

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「焚き付けたとはいえ、流石に酒蔵一棟(ひとむね)分が消えるって言うのは凄いね」

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すっかり風通しの良くなった蔵内を見て、静子は感慨深げに呟いた。預けた鍵を返却されたため、確認や掃除のために蔵の扉を開いたが、棟上げの時以来となるがらんどうの蔵内を見渡すことになった。

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恐らく越後勢の面々が感謝のしるしとして掃除をしたのだろう、磨き上げられた柱や塵(ちり)一つ落ちていない床を見ると、悪い気はしなかった。

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静子は再び蔵に施錠をすると、蕭に蔵の鍵を託した。改めて蕭に蔵の状況を確認した後、新しい酒たちを運び込むよう命じる。

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「静子様、いくら同盟を結んだ越後の者とはいえ、流石に勝手にさせすぎでは?」

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執務室に戻ると、書類の整理をしてくれていた彩が一言苦言を呈した。景勝たちの身分は、謙信が信長に臣従した証であり、悪く言えば謀反に対する人質である。

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粗略に扱って良い訳ではないが、客人のようにもてなすのも違うのではと、彩は考えていた。

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「人質生活って言うのは意外に気が休まらないらしいからね、偶には気分転換も大事だよ。未だに上杉の家督問題が解決しないから、彼らと友誼を結んでおくことには意味があるしね」

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「それにしても限度があります。つい先だっては、慶次様が付いていたとは言え、与六様が二日も連絡を絶ちました。幸いにして花街の遊郭にずっと滞在していたと判りましたが、一歩間違えば外交問題にもなり得る事件だったのですよ?」

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「あー……アレは、流石に困るね」

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慶次が兼続と連れ立って早朝より出かけ、そのまま二日間音沙汰がなく、あわや街道を封鎖して捜索隊を派遣する寸前までいった事を思い出した。

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一日程度であれば朝帰りの範疇であり、特に問題としていなかったが、一切の連絡がないまま二日目となるとそうも言っていられない。

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如何に慶次といえど、人の身には変わりなく、不意を突かれれば不覚を取ることもあり得る。無いとは思うが、慶次を亡き者にして上杉からの人質を他者に奪われるという事も想定せねばならない。

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皆が焦燥を抱きながら、決断の時を待っていると、二日目の夕刻にひょっこり二人が戻ってきた。早速問い詰めると、両名共に「相手が連絡をしているものと思い込んでいた」という始末。

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流石にお咎めなしという訳にもいかず、二人ともに半年の夜遊び禁止を申し渡したという顛末があった。

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「ま、まあ、これも戦略の一つだよ。ここまで人質に対して自由を与え、丁重に扱っていれば、越後で政変があったとしても織田家に対して不義理を働きづらくなるから……」

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「そこまでお考えでしたか。私は静子様が人質を管理するのが面倒で放置しているのだと思い込んでおりました。軽率な事を申しました、浅慮をお許しください」

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「いやいや、そう畏まらないで。そうだね、彩ちゃんの言う通り、締めるべきところは締めているという姿勢を見せるのも重要だね。でも、今は微妙な時期だから、当分は現状維持でお願い」

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見透かされている。表面上は殊勝に謝って見せているが、半眼になっている辺りに本音が垣間見える。静子としては慶次ならば問題ないと信頼して任せたのだから、何かあれば責任を取る覚悟さえしていれば良いと考えていた。

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そもそも慶次が心を許す相手が、自分達に敵意を抱いている可能性等、考えてもいなかった。

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「静子様。滝川様と丹羽様が連れ立ってお出でです、如何なさいますか?」

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「ん? 先触れはなかったよね? 何か起こったのかな? 了解、すぐに向かうよ」

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静子が彩の視線を受けて気まずい思いをしている処へ、小姓が来客の報せを持ってきた。これ幸いと、彩の追及を躱し、そちらの対処をすることにした。

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「お待たせいたしました」

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応接の間へ入ると、静子は二人を待たせたことを詫び、上座ではなく二人の対面へと座した。

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「こちらこそ、先触れも無く突然押しかけて申し訳ござらん」

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滝川と丹羽も、無作法な来訪を詫びて静子に頭を下げる。

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「この度はわしとこちらの丹羽殿、共に静子殿にお知らせしたき儀があり、参った次第。まずはわしの方から」

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それぞれが挨拶を済ませたところで、滝川が率先して口を切った。

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「先だって、上様より東国征伐に加わるようにと命を受けました。これよりいくさの支度を整えますが、まずは参陣のご挨拶に伺いました。日取りに余裕がないため、慌ただしいご挨拶になった事をお詫び申し上げる」

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「急な要請にも関わらず、即応して頂きありがたく存じます。滝川様のお力添え、心強く思います」

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東国征伐軍の編成に於いて、滝川一益率いる滝川軍も同じく幕下(ばっか)へと組み込まれた。播磨や毛利家など西国への脅威に備える軍には秀吉と光秀が、北陸の治安を預かるのは柴田を筆頭に、佐々と前田利家が担う。

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つまり東国征伐の陣立ては、信忠を筆頭に静子と滝川が両翼を支える形となる。なお、同行している丹羽に関しては、安土城普請の最高責任者でもあるため、一連の軍事行動には組み込まれていない。

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因みに静子軍のうち実戦部隊以外は、各方面軍に兵站担当として貸し出されているため、織田家内で最も広範囲に影響力を及ぼす将として認識されていた。

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今や円滑な軍事運用は疎(おろ)か、物流や土木工事と言った大きな事業は、前もって静子に根回しをしているといないでは結果が大きく異なるため、譜代の重臣であろうとも静子への挨拶を欠かすことは出来なくなっている。

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「私の用件は、安土城普請についてのご相談です。先頃、落雷からの山火事により、檜材の製材所が焼けてしまい、予定していた材木調達の目処が立たなくなりもうした。つきましては、誠に勝手ながら静子殿が押さえておられる檜材を、こちらへ回しては頂けませぬか?」

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静子が押さえている檜材とは、田上山から産出される檜のことである。

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琵琶湖の水害を抑えるため、静子が信長に図って田上山の伐採を輪番制とする計画性林業へと変更したことが発端となり、近江一円の檜材供給を一手に担うことになっていた。

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静子としては流通に制限を掛けておらず、適宜必要とされる量を市場へと流している。しかし、今回のように緊急かつ大量の材木が必要となった場合、それを都合出来るのは静子を措いて他にはいなかった。

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「少々お待ち頂けますか? 製材済のもので宜しければ、相当量の備蓄が御座います。ただ、玉切り(一定の長さに切断すること)後の丸太材となると、そう多くはご用意できません」

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静子は小姓に命じて材木の備蓄資料を持ってこさせ、書類を確認しながら返答する。木材というものは山から切り出してすぐに建築に使える訳ではない。

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乾燥させたり灰汁(あく)出しをしたりと、板や木材へと加工する前の段階にも手間暇がかかる。一定の寸法へと製材した後にも、乾燥をさせない事には、水分が抜ける過程で割れたり変形したりするため使い物にならない。

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急に言われて右から左へと用意できるものではないのだが、そこは流石に材木の元締めだけあって充分な量の備蓄が準備されていた。

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「黒鍬衆や棟梁達の見積もりでは、これだけの資材があれば事足りるとのことで書類を預かっております」

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丹羽が懐から取り出した書類を、小姓が預かり静子へと渡す。建築に関しては静子が以前MKS単位系へと基準を揃えたため、専門外の丹羽には概算でしか把握できない資料だが、静子は問題なく理解することが出来た。

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「この規格の木材であれば、充分にご都合することが可能です。後ほど正式な引き渡し書を作成し、丹羽様の許へと届けさせましょう」

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「はっ! 忝(かたじけの)う存じます」

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二人の用件は早々に片付いてしまった。自分の用事が終わり次第席を立つのでは、余りにも失礼にあたるため、二人は静子と近況などについて話し合う。

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「此度(こたび)の東国征伐でこそ、大功を挙げたいと考えてはおるのですが、飛び地となる東国の領地を拝領しても扱いに困るのが難しいところですな」

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「今のところ、東国は美濃と尾張に人・物・金が集中しております。奇妙様の東国征伐が成った暁には、北条領である相模辺りまで繁栄に浴せる事を願わずにはおられませぬ」

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「然り! 京から遠く離れた僻地と思うのか、家臣も良い顔をしておりませぬ。いずれは、今の尾張のように栄えると思えば、皆に発破も掛けられるというもの」

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「京と言えば、各々方お聞き及びか? 昨年、上様が中止された納涼御前花火大会。今年こそは必ずや執り行うと息巻いておられました。準備に時間をかけた分、盛大なものとすると仰せで、色々と前代未聞の催しとなりましょうぞ」

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「あー、私も小耳に挟んでいます。一説によると公家の一派が妨害を企んだとか……私の耳に入っているという事は、当然上様もご存知でしょうし、上様のお怒りを買った彼らの去就はどうなっておりますやら」

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「最低でも京を追われているでしょうな。悪くすれば首が繋がっているかどうか……。天候や帝の体調といった事であればまだしも、権謀術数の姑息な駆け引きとあらば上様が容赦されるはずもなし」

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「さもありましょう。人の口に戸は立てられぬもの、何故自分達だけはその例に倣(なら)わないと思うのか……」

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「私見ですが、そう言った謀(はかりごと)を好む輩は、自分だけは失敗しないと無根拠に思い込んでおるのでしょう。自分を知恵者だと勘違いした愚者ほど救えぬものはおりますまい」

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「ご歓談中、失礼いたします」

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京の噂で盛り上がっていると、入り口の向こうから小姓が静子に呼びかける。

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「静子様、明智様がお見えになりました」

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「今日は不意の来客に恵まれますね。残念ですが、今はお二人と協議しておりますので、暫くお待ち頂くか、日を改めてこちらから伺うと伝えて下さい」

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「承知いたしました」

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光秀の名を聞いて丹羽、滝川の両名が露骨に眉を顰(ひそ)めた。中立を旨とする静子としては、気付かない振りをして小姓に命じる。

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光秀が嫌われるのは仕方がない。何しろ加賀一向衆攻めの折に、無断で囮役を押し付けられ、それほど時間も経っていない。

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済んだことよと水に流せる大人物ばかりならば、誰も苦労などしはしない。

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大局的に見れば、光秀が出鼻を挫いた事により、戦局を終始有利に進めることができ、結果として被害を少なく出来たとしても、心情的なしこりは如何ともしがたい。

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「我がことを棚に上げるようで恐れ入りますが、このように急な来訪というのは良くおありなのですか?」

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「上様に限っては先触れを出される方が稀ですが、他の方は滅多にあることではありません」

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滝川の問いに、静子は少し考えてから答える。

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当時の有力者への訪問は、事前に先触れと呼ばれる使者を送り、予定と用件を予め伝えた上で日程を調整し、日を改めて訪ねるのが礼儀である。

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信長のように相手の都合を確認せず、直接本人が乗り込んでくるなどという事は、火急の用件であってもあり得ない。

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予定が狂うので事前に一報を入れてくれと伝えてはいるのだが、信長が態度を改めるとは思えなかった。

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「度々申し訳ございませぬ。静子様のお言葉をお伝えしたのですが、その……四国の件で火急のご用とのこと……」

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「判りました。しかし、困りましたね」

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小姓が言い淀んだことから、静子は先方が折れなかったのだと察した。

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(どうしようかなあ)

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四国の件で緊急となれば、信長との仲介役を果たした静子としても無視できない。とは言え、先に訪ねてきた滝川と丹羽の二人を、いつ終わるとも知れない光秀との用件の間待たす訳にもいかない。

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先約があった訳でもない光秀を優先して、二人を追い返すのも失礼かと静子が思い悩んでいると。

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「我らも予定外にお邪魔した身、急ぎとあらば仕方ありますまい。着任の折に、また改めてご挨拶に参りますゆえ、本日の処はこの辺りで失礼いたします」

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宙を睨んで考え込んでいる様子に、滝川がため息と共に辞去を告げた。丹羽も滝川と同調し、同じく暇を乞う。

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「すみません、大したお構いも出来ず」

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「お気遣いは無用に願います。静子殿は十分に我らに報いて下さいました。それではこれにて失礼致します」

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丹羽と滝川が部屋を辞した後、静子は小姓に四国に関する資料を持ってくるよう命じ、改めて茶と茶菓子の支度を整えた上で光秀を通すよう伝えた。

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「ご無理を叶えて頂き、申し訳ございませぬ。上様にお会いする前に、どうしても静子殿に話を通しておかねばならぬと思い、ご相談に参りました」

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「こちらこそ、お急ぎの処をお待たせして申し訳ございません。時間も押しておりましょう、早速本題と参りませんか?」

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応接の間に通された光秀が口上と共に頭を下げる、それに静子が応じてようやく光秀が立ち上がり席に着く。供の家臣も主君に倣って顔を上げ、案内されて席に着いた。

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一連の儀式じみたやり取りを済ませた後、静子が本題に入るよう促し、光秀が口を開く。

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「はい。四国統一の期限が迫っているのはご存知かと思います。その件について、三年の期限を意識する余りに無理を重ね、下手を打つと統一どころか現状維持すら叶わなくなりそうなのです」

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長宗我部の水軍を担う池氏と会談した折、織田軍からの援助を差し止める代わりに、三年で四国統一を成し遂げると話していた。

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軍事的に優位に立っていたこともあり、長宗我部の四国統一は順調に進んでいた。否、順調に進み過ぎていた。『好事魔多し』のたとえがあるように、四国制覇が現実の物として見えてきた矢先にそれは起こった。

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三年以内の四国統一を目標に掲げ、それに向かって邁進する過程で周囲に無理を強いた。その結果、身内に足元を掬われ、今やお家騒動にも発展仕掛けているという。

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「……なるほど。確かに火急の用ですね」

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光秀の説明を聞き終えた静子は、頤(おとがい)に手を当てて考え込む。

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三年の期限とは、長宗我部に対する織田軍の介入を止めるための条件として静子が提示し、池が引いては長宗我部が出来ると請け負ったものだ。ゆえに、仮に三年を過ぎたからと言って、すぐに大きな問題が発生する訳ではない。

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信長自身が順風満帆な人生を送ってこなかった事もあり、彼は意外に不測の事態に対して寛容でもある。

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しかし、それは信長の人柄を良く知る静子ならではの視点であり、多くの人々からは苛烈な主君だと思われていた。

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更に、これを全く咎めないでいると、大言壮語を吐いて仕事を任され、結果として穴を開けて周囲に被害を出す輩が蔓延(はびこ)り、組織が成り立たなくなる。

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(上様に三年で統一すると啖呵を切った手前、駄目でしたとは言い難いから、何とか穏便に収める案を相談したいってところかな?)

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馬鹿正直に信長に報告をすれば、織田軍の介入が再開されるのは自明の理。それを避けつつ、自主独立を保ったうえで、三年の制限を排したい。

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その上で余裕を以て長宗我部に四国を統一させ、自らの支持基盤をも補強したいというのが光秀の狙いだろうと、静子は推測する。

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「急な政策転換を行う事になりますが、支配地域は維持したまま、お家騒動の鎮静化を図ることは可能ですか?」

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「それだけならば可能です。外敵と内憂の両方へ対処する余裕がないため足踏みをしておりますが、対処をどちらか一方に絞れば十分勝算が御座います」

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「ふむ。それならば、一つ案が御座います。しかし、これは上様にご裁可を戴くことが前提となります」

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「上様にですか。しかしそれは……」

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信長への報告という話が出た途端、光秀が口ごもった。

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信長には知らせず内々に事を済ませたかったのか、それとも信長への報告は自分でするつもりだったのか判らないが、静子の介入が大きくなることを警戒しているようにも見えた。

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腹芸を好まない静子は、他者を介して問題を複雑にするよりも、当事者が直接伝えて誤解を生まない方が大事だと考えた。

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「(隠したところで、いずれ上様の耳に届くと思うんだけどね)まずは、どういった話を持ち掛けるか、今からご説明いたします」

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そして静子は光秀に思いついた案を語った。

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光秀との会談後、静子は信長に四国の件で相談があるという文をしたため、早馬を仕立てた。五月に入って早々、信長から返事が届き、一週間後に安土にて会談をする運びとなった。

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当日となり、静子は光秀及び長宗我部配下の池と合流し、安土入りを果たしていた。安土では、目下最大の事業である安土城普請が進められ、至る所で汗を流す人夫達の姿が見られた。

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人々が働く姿を横目に、静子達は優先して整備された街道を、一路信長の仮御殿へと急いだ。

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(ああ! もしかして、上様と面会の約束を取り付けるのが難しいから、明智様も池様も二の足を踏んでいたのかな?)

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仮御殿とは言え、天下人と目される信長の御座所である。信長との面会を望むものが送り出した使者たちが、待合所で順番待ちの列を作っていた。

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面会の予約を取り付けるために順番を待つ彼らを横目に、静子達は小姓に先導されて仮御殿の一室へと通された。

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謁見の間に続く控え室にて待つこと暫し、静子達の順番を告げる声が掛かる。

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「ご多忙な折、こうして時間を割いて頂き、誠に有難く存じます」

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「珍しく殊勝な事を申すではないか。して、わしに相談したい四国の件とは何じゃ?」

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定型句となっている挨拶の口上を遮って、信長は早速本題に入りたがった。軽い口調とは裏腹に、鋭い視線を静子と光秀、そして池へと差し向ける。

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耐性の無い池は盛大に表情を引きつらせていたが、静子には信長が三人の反応を見て楽しんでいることが察せた。

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「(上様もお人が悪い)はい。上様には以前お話したかと思いますが、四国統一後の領地開発計画について、見直しを行いたいと思います。統一を待って人員を四国へ派遣し、農産物や海産物の研究や港湾整備を行う予定でしたが、統一を延期してでも先に人員を送り込む必要があると考えます」

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「ほぅ?」

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信長の声が低くなる。四国統一を延期するという事は、信長の天下統一にも当然影響を及ぼすことになる。それを押してでも計画を前倒しにする必要性とやらに、信長は興味を抱いた。

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「(私から報告すると決めておいて良かった。上様に凄まれて、舞台裏を明かされても困るからね)長宗我部殿の現状を窺う限り、少々統一を急ぎ過ぎたきらいがあり、足元が疎かになっているように見受けられました。これでは四国から敵を追い払っても、身内の中から敵が生まれ出る事になりかねません。四国は毛利や九州勢を攻略するに於いて重要な土地。ここが盤石でなければ、とても西国征伐など成し得ません」

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「足場固めをする猶予が必要だというのは判った。しかし、それは入植を急ぐ理由とはならぬ。統一を先延ばしにしてでも、入植を進める狙いは何処にある?」

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「四国の統一が成されれば、毛利は喉元に刃を突き付けられた形となります。東国征伐を控えた今の時期に、毛利との戦端を開くのは余りにも危険でございます。今は敢えて統一を避け、出来た猶予で阿波国(あわのくに)の港を整備いたします。ここを拠点に四国の要塞化を進めます」

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「要塞化とは何じゃ?」

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「阿波の港を拡充し、軍港を視野に入れた海運の拠点として港町までを包括した開発を進めます。それと同時に尾張から派遣した人員及び現地の人々を使って、四国の食料生産量を最低でも倍化させます。軍港を中心に周囲に衛星都市を築き、それを支える農林水産業の効率化を図ります。五年を目処にこの計画を推し進めれば、敵地である伊予国(いよのくに)(今の愛媛県)を除いた三国だけで統一後の四国を上回る人・物・金を四国内だけで調達できるようになります」

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静子の言葉を黙って聞きながら、信長は熟考していた。

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毛利に警戒をさせない状態でありながら、統一後を上回る生産量を先取りする。派手さには欠けるものの、乾いた土に水が染み渡るかのような着実な侵略の形。

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この計画が成れば、四国に大軍を駐留させることも可能となり、一気に大攻勢をかけて四国統一はおろか、毛利の急所を一撃することすら可能となる。

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更に軍船が駐留する軍港を整備して、大々的に運用を開始すれば紀伊水道(きいすいどう)で海運を営む雑賀衆を締め上げる事にも繋がる。

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「……面白い話だ。確かに悪くはない」

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笑いながら信長は呟いた。四国統一は長宗我部の悲願だが、現状のまま三年縛りの統一を推し進めれば、砂上の楼閣さながらに呆気なく崩れ去る。

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この程度の理屈ならば、当事者で察せない者はいないだろう。その上で、自分が三年と大見得を切ったばかりに計画の延伸を言い出せない長宗我部に便宜を図り、信長との橋渡しをする一計を案じる。

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恐らく静子はそう申し出たのだろう。しかし、軍港と生産拠点に静子が食い込むということは、長宗我部の心臓を握り込んだに等しい。

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各所に便宜を図り、関係者全員に利を与えつつも、要所はしっかりと押さえる。三方よしを旨とする近江商人も真っ青の手際であった。

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(虫も殺さぬような顔をして、相変わらず厭らしい策を講じるものだ。自分から押し付けるのではなく、相手の窮地を救いつつもさりげなく毒を含ませる。それでいて、関係者は誰も損をしないという絵を描くか……)

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考えを纏めるためか、単なる手持無沙汰からなのか、信長は手にした扇子でもう片方の手を叩く。ぱしんぱしんと小気味良い音が響く度に、池はびくりと背を竦(すく)ませ、光秀は話の行く末を思い緊張を深めていた。

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静子は信長の中で損得の天秤が動いている事を察し、答えが出るまで見守る姿勢となっていた。

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(本願寺はともかく、毛利を排するには未だ数年を要しよう。ならば四国統一を遅らせ、毛利の油断を誘った方が有利となる。更に長宗我部の基幹産業に静子が食い込めば、長宗我部の裏切りを考える必要がなくなるというのが大きい。より大きな果実を収穫するためには、不出来な花は間引くに限る。長宗我部の身内の膿は、出し切らせた方が良い)

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更に後に控える九州を睨んだ際にも、盤石な補給基地があるのとないのとでは戦略が大きく変わる。陸路だけではなく、海路からも攻めることが出来れば、沿岸部の国に対して大きな重圧となり得る。

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そこを突いて九州の勢力を切り崩せば、仮に毛利が九州の何処(いずこ)かと手を結んだとて、九州を戦乱状態に陥れ毛利を孤立させることが出来るだろう。

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(どう転んでもわしに損はない。四国統一を遅らせてでも、要塞化を進める策は有用だ)

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パンッと一際強い音が響き渡った。全員が固唾をのんで見守る中、信長が扇子を強く閉じた際に発した音だが、皆の目線を集めた事を機会に信長が言葉を発した。

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「良いだろう。元より長宗我部による四国統一は貴様が描いた絵図面(えずめん)。貴様の思うようにするが良い」

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「ははっ!」

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最初に静子が応じ、遅れて光秀と池が倣う。

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「内政を主に据え、しかと足場を固めるのだ。いくさについては適宜対応せよ。伊予国からは手を引いても構わぬが、敵が伊予国より外へ出ることはまかりならぬ」

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「承知しました」

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信長の裁可を得られたことに、静子はほっと胸を撫で下ろしていた。戦闘についても現状の勢力図を維持できれば、侵攻した地点を放棄しても良いとの許可さえ頂けた。

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内政については長宗我部の政治手腕次第だが、光秀が出来ると請け負った以上は、彼が責任を以て成し遂げてくれる筈だ。そう静子は楽観視していた。

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「下がって良いぞ」

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信長の言葉に、静子たちは深々と頭を下げ、謁見の間を後にした。

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信長との謁見を終えた静子達は、休憩を取るため再び控え室に案内されていた。

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「話が綺麗に纏まって良かったですね。肩の荷が下りた時の一服は格別です」

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一仕事終えた体(てい)の静子は完全に弛緩した表情で茶を啜(すす)る。光秀と池もこれに倣うが、静子ほど開放感を得てはいなかった。

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「静子様。此度も一方(ひとかた)ならぬお力添えを賜り、誠に有難く存じます。我が主君も、これで幾分落ち着くことが出来ましょう」

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人心地ついた池が静子に礼を述べ、次いで取り次いだ光秀にも感謝を告げた。

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「それは何よりです。こちらとしても四国は盤石であって頂かねばなりません、その為の手間暇を惜しむつもりはありません」

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静子としては四国統一が早いに越したことはない。しかし、急いだ結果として不安定な政権となれば、結果が出るまでに時間を要する農業や水産業の研究などとても覚束(おぼつか)ない。

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それに支配が確立された土地に、同盟国として人員を派遣するのと、相手の招聘(しょうへい)を受けて産業の立ち上げ期の開始時から携われるのとでは、及ぼせる影響範囲に大きく差が生じる。

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「これからの事は如何様にお考えで?」

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「連絡網は現状を維持します。引き続き明智様と池様で四国に関する取りまとめをお願いします。私は京に連絡員を残しておきますので、何かあればそちらを通じて連絡をお願いします」

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計画を前倒しにするとは言え、現状の長宗我部、光秀、静子の連絡網を変更する必要性はない。静子としては以前から温めていた案を、実行計画へと焼き直すことで当面は手一杯となる。

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「承知しました。それでは今後ともよろしくお頼み申し上げまする」

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休憩を終え、仮御殿を出たところで光秀と池に別れを告げ、静子は早々に尾張へ急いだ。帰宅してすぐに執務室へ入り、溜まっている書類へと目を通す。

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優先度順に並べられた書類に次々と目を通していくと、農業に関しては大きな問題もなく推移していることが判る。ただし、人力に拠る農作業の効率化は頭打ちとなっており、事業としての伸びしろは小さくなっていた。

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一方、来年からスターリングエンジンを組み込んだ耕運機の実用試験が始まるため、これが成功すれば更なる飛躍が望めるとあった。

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「まずは最も力が必要な耕運機だけど、スターリングエンジンの小型化が出来れば、いずれ田植機に、少し桁違いに難しいけど、いつかはコンバインが開発できるかもしれない。機械を導入して楽をすることに忌避感を覚える人も居るみたいだけど、使って貰えればその有用性は理解できるはず」

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新しい技術とはどんなものであっても、最初は必ず否定意見が出る。その意見に理があれば拝聴するが、単なる感情からくる反発であれば聞くつもりもない、権力に訴えてでも機械化を推し進めるつもりであった。

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「ああ、そう言えば、もうすぐ近衛様や徳川様、各方面にご挨拶に行かないと……」

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五月は京にいる前久、遠江にいる家康など、関係各所に挨拶へ赴くことが予定されている。これといった特別な目的があるわけではないが、こういったコネクションの維持は重要だと静子は考えていた。

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五月中旬。梅雨入りを前に、静子は各所への挨拶回りを始める。まずは安土へ赴き、主君たる信長のご機嫌を窺う。

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その際に纏まった軍資金や軍需物資、その他贈答品として用いられる各種産物を上納した。これらの産物は平時に於いては、静子の蔵を圧迫する荷物に過ぎないが、政治に長けた信長の手に掛かれば鉛弾以上の戦果を挙げる。

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尾張ではありふれた品であろうとも、京まで運べば尾張の流行品として価値が上乗せされる。ただでさえ価値の高い品々を、最も効果的に使いこなせる立地、その点安土は理想的であった。

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「貴様の忠義、確かに受け取った。大儀であった」

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短い挨拶を交わした後、静子は安土を経ち、京へ向かった。