戦国小町苦労譚
千五百七十四年 九月上旬
對加賀一向宗的應對開始動起來,戰事的氣息愈發濃厚,但關鍵的信長依舊專注於內政。
加賀一向宗への対応が動き出し、いくさの気配が強まっているが、肝心の信長は変わらず内政に注力していた。
當然,他不可能完全置之不理,而是悄悄地穩步佈局以免引人注意。
勿論、まったく無関心でなどいるはずもなく、目立たないよう着々と布石を打っていた。
與此同時,靜子結束了對秀吉領地長濱一帶的開發,開始著手早已被請求的大津方面開發。
時を同じくして静子は、秀吉領である長浜方面の開発に一区切りをつけ、予(かね)てより要請のあった大津方面の開発へと着手していた。
此處靜子所負責的是田上山的開發。
ここで静子が手掛けているのは、田上山の開発。
主要事業為礦物資源開採及其伴隨的道路整備。田上山是指位於滋賀縣西南部、大津以南的一帶山脈總稱。
鉱物資源の採掘と、それに伴う道路整備が主な事業となる。田上山は滋賀県でも南西部に位置する大津の更に南側に位置する山々の総称だ。
這些山脈以花崗岩為主,幾乎整個區域都出產花崗岩相關礦物。
これらの山々は花崗岩を主体としており、ほぼ全域に亘って花崗岩鉱物が産出した。
代表性的有作為建材受重用的御影石,以及在現代被稱為寶石或能量石的水晶與黃玉石(托帕石)。
代表的なものとして、建材として重宝される御影石や、現代では宝石やパワーストーンなどと言われる水晶や黄玉石(トパーズ)が得られる。
現代水晶與黃玉石作為裝飾品或寶石具有價值,但當時因為兩者都比鐵更硬,無法加工,長年被視為無價值而被放置。
現代では装飾品や宝石として価値がある水晶や黄玉石だが、当時はどちらも鉄より硬いため加工ができず、長年無価値な存在として放置され続けてきた。
較易成長為較大塊的水晶有時會被當作神體祭祀;但小顆的黃玉石直到明治時期被外國寶石商發現其價值之前,一直被當作路邊石頭看待。
比較的大きく成長しやすい水晶などは、時にご神体として祀られることもあったが、小ぶりな黄玉石は明治期に外国人宝石商がその価値を見出すまで、路傍の石と変わらぬ扱いを受けていた。
被斷定為無價值的黃玉石,對靜子而言卻是寶庫。水晶比鐵還硬,而黃玉石甚至比水晶更硬。
無価値と断ぜられた黄玉石だが、静子からしてみれば宝の山だった。水晶は鉄よりも硬く、黄玉石に至っては、水晶よりも更に硬い。
因為具有對衝擊表現出特殊斷裂方式的『劈開(へきかい)性』,處理上相當困難,但僅憑硬度就具價值。
衝撃に対する特異な割れ方を示す『劈開(へきかい)性』を持っているため、取り扱いは難しいが、硬いというだけでも価値があった。
即便是顆粒較小的,也可作為研磨劑使用,故靜子雇用當地人進行大規模收集。
粒径の小さい物であっても研磨剤として利用できるため、静子は現地民を雇って大々的に収集させていた。
尤其是雨後翌日是好時機,那天還以日薪加二成作為危險津貼來動員人手。
特に雨が降った翌日が好機であり、その日は危険手当として二割増しの日銭を払ってまで動員していた。
之所以如此動員,是因為黃玉石的比重很大,不會被小雨沖走。期望藉由雨水沖刷表土,露出比重大的黃玉石。
そうしてまで人を集める理由は、黄玉石の比重にあった。黄玉石の比重は大きく、少々の雨では流されない。雨で表土が流され、比重の大きい黄玉石が露出するのを期待しての事だった。
然而,表土被沖走也代表地面會泥濘化(でいねい)。田上山多為陡峭坡面,在腳下不穩的情況下行動本身就帶有危險。
しかし、表土が流されるということは、地面が泥濘(でいねい)化するということである。田上山は急勾配の斜面が多く、足元が悪い中では移動するだけでも危険が伴う。
危險、骯髒且辛苦的工作,所謂的3K勞動,願意做的人很少。因此加重危險手當,提升待遇以確保人力。
危険で汚く、きつい仕事。所謂(いわゆる)3K労働であるため、やりたがる人間は少ない。それゆえに危険手当を上乗せし、待遇を篤くして人員を確保していた。
題外話,黃玉石有兩種類型,折射率高且長時間曝光不褪色者稱為『OHタイプ』,其餘稱為『Fタイプ』。
余談だが黄玉石には二種類があり、屈折率が高く、長時間光に晒しても退色しないものを『OHタイプ』、それ以外を『Fタイプ』と呼ぶ。
日本所產基本為『Fタイプ』,大多為無色透明的原石。
日本で産出するものは基本的に『Fタイプ』であり、殆どが無色透明の原石だ。
現代常見將其加熱或照射放射線人工著色後流通。
現代では、これらに加熱や放射線を照射することで人工的に色を付けたものが流通していることも多い。
僅用目視很難分辨無色透明的托帕石與水晶,但依特性可輕易辨別。
無色透明のトパーズと、水晶とを目視だけで見分けるのは困難だが、特性を踏まえれば簡単に判別出来る。
將之與水晶相互摩擦,若在水晶上留下刮痕則為托帕石;若不留痕則為水晶。
水晶と擦り合わせて、水晶に傷がつけばトパーズであり、付かなければ水晶だ。
在礦石採掘的同時,靜子禁止了田上山猖獗的濫伐。田上山曾以檜木產地聞名,當時卻屢遭任意砍伐。
鉱石の採掘と並行して、静子は田上山で横行していた乱伐を禁じた。檜材の一大産地として名を馳せていた田上山は、当時から事あるごとに乱伐されていた。
史實上因濫伐導致山林變禿,流失的表土流入河川,成為洪災原因。
史実では乱伐の結果、はげ山となり、流出した表土が河川へと流入し、洪水の原因となった経緯がある。
為了預防此事,靜子罕用的強權被動用,將一帶木材供應改為輪番制的計畫性林業。
これを未然に防止するため、めったに振るわれない静子の強権で以て、一帯の材木を輪番制で供給する計画性林業へと変更した。
這套制度實際上也在石見銀山等地採用,將銀山周邊劃分為三十二處,按順序進行伐採。
これは実際に石見銀山などでも採用されたシステムであり、銀山周辺を三十二か所に区画整理し、順番に伐採を行うというものだ。
被伐採的區塊會進行植林以備下次伐採,形成長期持續供應木材的模式。
伐採を行った区画は、次回の伐採に備えて植林を行い、長期的に材木を供給し続けるという形態をとる。
如前所述,若土砂流入大津一帶河川而限制了流量,琵琶湖將會氾濫,近江一帶遭受洪災。
以前にも触れたが、大津方面の河川に土砂が流入し、流量が制限されてしまえば琵琶湖が氾濫し、近江一帯が洪水に見舞われる。
一旦洪水發生,井水等會受污染,蚊蟲大量滋生等負面連鎖開始,作為治者絕不能忽視此問題。
ひとたび洪水が発生すれば、井戸水などが汚染されたり、蚊などが大量発生したりと負の連鎖が始まる。為政者としては決して見過ごすことはできない問題であった。
「近江的治水必須留心,否則會波及廣大範圍。這畢竟是羽柴大人的領地,我也不宜多插手,就讓人委婉地傳遞情報,剩下交給他們處理。比起那個,還是得推進照片的研發!」
「近江の治水には注意を払わないと、広大な範囲に被害が及ぶからね。まあ、羽柴様の領分だから、私があまり口を挟むのも憚(はばか)られるし、それとなく情報を流してもらって、あとはお任せしよう。それより写真の開発を進めないと!」
所謂照片並非現代人所想像使用捲式底片的那種。
写真とは言っても、現代人が思い描くようなロールフィルムを使用したものではない。
採用在玻璃板上塗布乳劑(含感光材料的明膠)的『玻璃乾板式フィルム』方式。
ガラス板に乳剤(感光材料が含まれるゼラチン)を塗布した『ガラス乾板式フィルム』を用いる方式である。
自然是黑白照片,根本不可能有彩色照片可望。
当然のように白黒写真であり、カラー写真など望むべくもない。
可能因為跳過對銀鹽攝影感光原理及顯影理論的理解,硬是把它視為理所當然而強行研發,因此實用化進展艱難。
銀塩写真の感光原理や、現像に至る理論などの理解をすっ飛ばし、そういうものだとして無理やり研究開発を推進しているからか、実用化に難航している。
考慮到歷史脈絡,技術水平相當隔絕,指望在短短數年內實用化本就是不切實際。
歴史的経緯を考えれば、隔絶した技術レベルであるため、わずか数年で実用化しようなどというのは虫の良い話であった。
靜子之所以如此執著於攝影,完全是因為『適合資訊的保存』。照片能如實地截取並保存現實。
そうまでして静子が写真に拘る理由とは、偏(ひとえ)に「情報の保全に適している」からであった。写真は現実をありのままに切り取り保存することができる。
被任命為文化財保護者的靜子,打算盡可能把當時的各種文化傳給後世。
文化財の保護者に任じられた静子は、当時の様々な文化を可能な限り後世に伝えようと考えた。
以文字或圖式等記號記錄的文書可以透過抄寫複製,但繪畫、立體物、建築或庭園等無法如此保存。
文字や図式という記号に落とし込まれた文書は、写本をすれば複製できるが、絵画や立体、建築や庭園などは残しようがない。
然而,若以照片保存,雖然無法保留實物本身,卻能如實保存當時那個時刻在那地方存在的一瞬。
しかし、写真であれば現物そのものは無理でも、その時その場所に存在した一瞬をありのままに保存できる。
甚至連那個時代人們的生活樣貌等無形之物,也能以風景的方式切割保存下來。
その時代の人々の暮らしぶりなどといった形のないものすら、風景として切り取ることができるのだ。
話雖如此,攝影的原理完全建立在化學反應之上,要研發出可攜帶且能長期保存的照片,仍需要相當的研究時間。
とはいえ写真の原理は徹頭徹尾、化学反応の上に成り立っている。持ち運びが可能で、長期間の保存に耐える写真の開発には、まだまだ研究期間が必要だった。
「煙火嘛……因為有些視死如歸又手藝高超的職人,所以研究出乎意料地進展得很快」
「花火はまあ……命知らずで腕の立つ職人がいるから、思いのほか研究が進んでいるけれども」
對現代人而言成為夏日風物詩的煙火,其本質是利用火藥與金屬粉末發生的焰色反應所帶來的刹那藝術。
現代人にとって夏の風物詩となっている花火だが。その正体は火薬と金属粉末を利用した炎色反応が齎す、刹那の芸術である。
何時煙火在日本普及並不確定,但有記錄顯示在戰國時代已傳入。
いつ頃日本に花火が定着したかは定かではないが、戦国時代には伝来していたであろう記録が見受けられる。
當時傳來的煙火並非現代的拋射式,而是從固定的筒中迸出有色火花的形式。
当時に伝来していた花火は、打ち上げ式花火ではなく、固定式の筒から色のついた火花が飛び散るものだ。
另一方面,靜子所說的是拋射式煙火。一開始不過是在研發子彈、研究火藥與彈頭時,順便提出以銅覆蓋彈頭的一種方式的閒談。
一方、静子が語っている花火とは打ち上げ花火である。当初は銃弾の開発に際して、火薬や弾頭の研究の折に、弾頭を銅で覆う方式を提案した際の余談であった。
揭示焰色反應的原理,實際將細長拉伸的銅線塞入爐中,讓職人們看到青綠色火焰升起,並因而洩露出可以利用此現象製作煙火的想法。
炎色反応の原理を開陳し、実際に細く引き伸ばした銅線を炉へ差し入れ、青緑色の炎が上がるのを職人たちに見せ、これを利用した花火というものが存在すると漏らしてしまった。
多數職人只是感到佩服,但負責炮彈開發的核心職人產生了興趣。他不是向靜子,而是以足満為主導,提出願意將此應用於當時研發的大砲上,並請求進一步研究。
多くの職人は感心しただけだったが、砲弾開発の中心的な職人が興味を示した。静子ではなく、足満主導で行われていた大砲の開発に応用できるとして、研究を願い出た。
起初因為火藥屬於軍需品、又珍貴且難以處理,靜子表現出反對。
当初は火薬が軍需品であり、貴重である上に、扱いが難しいことから静子は難色を示していた。
但她想起了不需大量火藥的線香花火,便以把它當作最初研究課題為條件批准了。
しかし、それほど火薬を使用しない線香花火の存在を思い出し、それを最初の研究課題とすることを条件に許可を出した。
線香花火只是將鐵粉以膠揉合,薄薄地塗附在棒上並帶有火藥,但在粉末顆粒大小、塗附量等方面仍有許多需要改良之處。
鉄粉を膠で練って、薄く棒に火薬と共に塗り付けるだけの線香花火だが、粉末の大きさや、塗り付ける量など工夫すべき点は数多く存在した。
「沒想到竟然能開發到拋射式煙火……」
「まさか、打ち上げ花火にまで漕ぎ着けるとは……」
以線香花火為起點,開發出手持花火,接著誕生了以火藥燃燒為推力的老鼠花火,經過陀螺花火等,終於發展到可以發射名為「星」的火藥塊,達到與大砲相通的原始拋射煙火。
線香花火を皮切りに、手持ち花火を開発し、次に火薬の燃焼を推力とするネズミ花火が生まれ、コマ花火などを経て、遂には星と呼ばれる火薬の塊を打ち出すという、大砲に通じる原始的な打ち上げ花火にまで達した。
話雖如此,於戰國時代可作為焰色劑的只有銅、錫、鉛和磷等,顏色偏向藍色系。
とはいえ、戦国時代のこと、彩色光剤として利用できるのは銅や錫、鉛に燐などであり、色彩は青色寄りとなる。
但對於習慣認為火就是紅色的那類人來說,這種煙火是劃時代的。
しかし、火といえば赤いものという固定観念のある人々にとって、この花火は画期的であった。
「因為可用的火藥量漸漸增加,雖然也發生過爆炸事故,但終於能在夜空畫出線條了。說起來上樣好像說夏祭會蒙帝陛下光臨……大概會讓人觀賞煙火吧」
「段々と使用する火薬量が増えたから、爆発事故なんかもあったけど、遂に夜空に線を描くところまで来たんだよね。そういえば上様が、夏祭りに帝のご臨席を賜るとか言っていたけど……花火を見せるんだろうなあ」
「靜子大人」
「静子様」
既然要請出帝陛下出席,連一丁點失誤都不能容許。必須精心事前準備,徹底確保防火區,以免發生任何延燒。
帝を担ぎ出す以上、些細な失敗すら許されない。入念に事前準備をし、万が一にも延焼などが起こらないよう、徹底して火除地を確保する必要がある。
各種令人頭疼的事變多了起來,靜子垂頭喪氣。這時外頭傳來有人呼喚靜子的聲音。
色々と悩ましいことが増えるなと、静子はげんなりと項垂(うなだ)れていた。そこへ室外から静子を呼ぶ声が届く。
「靜子大人,就加賀一向宗一事報告。經過屢次挑釁,緊張情勢升高,末端似乎已難以控制。」
「静子様、加賀一向宗の件についてご報告します。度重なる挑発により緊張感が高まり、いよいよ末端を抑えきれなくなっているようです」
「……辛苦了。請繼續監視。」
「……ご苦労様。引き続き監視をお願いします」
「是」
「はっ」
聲音的主人是由真田家管理的間者。接過只列出要點的定期簡報後,靜子向他致謝,那人無聲無息地離去。
声の主は真田家が管理する間者であった。間者らしい要点のみを簡潔にまとめた定期報告を受け、静子が労うと、声の主は音もなく立ち去った。
針對加賀一向宗,以柴田勝家為總大將的軍勢以護送送往越後的職人為名出征,途中不斷採取各種手段,多次挑釁一向宗。
加賀一向宗に対しては柴田勝家を総大将とした軍勢が、越後へと送る職人の護衛と称して向かっていた。その道中で、あれやこれやと手を講じては、一向宗への挑発を繰り返していた。
當然,作為一向宗總本山的本願寺也精確理解這些露骨挑釁的意圖,因此向加賀一向宗下達通令,禁止回應挑釁。
無論、一向宗の総本山たる本願寺側も、この露骨な挑発が企図するところを正確に理解していた。それゆえ加賀一向宗に対して、挑発に応じることを禁ずる通達を出していた。
然而,仿佛在嘲笑本願寺的應對,織田軍又不斷重複更加激烈的挑釁。
しかし、本願寺の対応をあざ笑うかのように、織田軍は更なる挑発を繰り返した。
他們到處散播『本願寺為了自保而拋棄加賀一向宗』等言論,並宣稱保持沉默的加賀一向宗是『遇強不敢還擊的懦夫聚集』。
ゆく先々で「本願寺は我が身可愛さに、加賀一向宗を見捨てた」などと触れて回り、沈黙を保つ加賀一向宗を「強いものには噛みつけぬ臆病者の集まり」と吹聴した。
織田家與本願寺締結了和睦,但那不過是被細絲綁起來的暫時和平,稍有破綻便可能崩壞,再度回到敵對關係,十分危險。
織田家と本願寺は和睦を結んだが、それはか細い糸で結ばれた仮初(かりそめ)の平和にすぎない。蟻の一穴からでも容易に崩壊し、再び敵対関係へと戻る、危ういものであった。
在對方領內散播即便屬實也稱得上是惡評的說法,於資訊只能透過人傳人的戰國時代,成為非常有效的一招。
そんな相手の領内で、事実とは言え悪評を流すというのは、人伝(ひとづて)でしか情報が広がらない戦国時代に於いては、非常に有効な一手となった。
無論是何等團體,既以武力為交易,就不能任人看扁而沉默以保面子。
それがどんな集団であれ、武力を売り物にしている以上、舐められて黙っていては面子が保てない。
若已小有名聲且自尊心膨脹,被如此對待,末端成員暴走只是時間問題。
少なからず名を馳せて、自尊心が肥大したところにこの扱いとなれば、末端が暴走するのも時間の問題であった。
「只要有對方挑起戰端這個事實,其他說詞都好編。萬一本願寺果真拋棄加賀一向宗,也能把責任歸到本願寺頭上。」
「相手が戦端を開いたという事実さえあれば、あとはどうとでも言い分が立つ。万が一、本願寺が加賀一向宗を切り捨てようとも、その責を本願寺に求めることは可能だしね」
如其所願,加賀一向宗若對織田家發難,而本願寺又因而同調破棄和睦,信長反而會高興,這點不難想像。
狙い通り加賀一向宗が織田家に噛み付き、本願寺が同調して和睦を破棄すれば、信長はむしろ喜ぶだろうことは容易に想像できた。
(耐心較量,也差不多該結束了吧)
(我慢比べも、そろそろ終わりかな)
靜子鬆了一口氣。石山本願寺再次開戰的決戰時刻正穩步逼近。
静子はほっと息を吐いた。石山本願寺が再びいくさを始める、決戦の時は着々と近づいていた。
本願寺內部因信長長期停留在岐阜而生出些許怠惰。
本願寺では、信長が岐阜に留まり続けているため油断が生まれていた。
屬下將兵對加賀一向宗屢次挑釁,但信長本人似乎對此動作感到不悅。
配下の将兵は加賀一向宗に向けて挑発を繰り返しているが、信長自身はその動きを疎ましく思っているようにすら見えた。
在採取投機取巧態度的高層中,只有下間頼廉抱有危機感。經過踏實的調查,他不僅關注靜子的動向,還分析了信長的行動傾向。
日和見を決め込む首脳陣に於いて、下間(しもつま)頼廉(らいれん)のみが危機感を抱いていた。彼は地道な調査の結果、静子の動向はおろか、信長の行動傾向をも分析していた。
從過往傾向看來,信長在選擇靜觀時,多半是在忍耐潛伏並積蓄力量。
今までの傾向から見ると、信長が静観を決め込むときは、得てして雌伏しつつ力を蓄えていることが多い。
因此可以推測,從這次和睦延續的連串和平,只不過是在為下一場戰事整備軍備。
今回の和睦から続く一連の平和も、次なるいくさに向けて、軍備を整えているに過ぎないと推察できた。
本願寺原本也不認為能與宿敵信長達成永久和平,他們理解總有分出勝負之時,並認為有必要為將來的戰事做準備。
元より本願寺側とて、宿敵信長相手に恒久的な和平が成るなどとは思っていない。いずれ雌雄を決するときが来ると理解し、来るいくさに備える必要があると考えていた。
然而,即便在休戰期間仍持續擴充軍備的信長那邊,本願寺這邊判斷為「暫時不發動戰事」,因而浪費了時間。
しかし、休戦中も継続して軍備を増強し続けている信長に対して、本願寺側は「今しばらくは、いくさを起こさない」と判断して、時間を浪費してしまっていた。
(不能只把大家當作阿蒙(指沒有進步之人)來嘲笑。本願寺也有不少財富流入,認為短期內不會有戰事也並非不合理)
(皆を阿蒙(あもう)(進歩のない者を指す言葉)と笑うことはできぬ。少なからぬ富が本願寺にも流入しているのだ、当分いくさはあるまいと思うのも無理はない)
信長雖是敵對勢力,卻未採取有意排斥本願寺的經濟政策。只要遵守信長所訂的商業交易約定,其門戶對所有人都是開放的。
信長は敵対勢力だからと言って、本願寺を意図的に排除するような経済政策を採(と)っていない。信長が定めた商取引に関する約束事を守るのであれば、その門戸は万人に開かれている。
戰事有大量消耗物資與人口調整的面向,因此戰事結束後經濟往往會活絡。
いくさには物資の大量消費と、人口調整という側面があるため、いくさが終結した後は得てして経済が活発になる。
所謂因戰爭帶動的特需市場,僅位於流通路徑上就能帶來大量財富。
所謂戦争特需に沸いた市場は、流通経路上に位置するだけでも多くの富を齎してくれる。
這波景氣使為維持包圍織田而放出大量財富的本願寺腰包得以充實。雖以為迎接下一場戰事而積蓄做為藉口,但人之常情是希望至少維持現狀。
この好景気は、織田包囲網を維持するために、多くの富を放出した本願寺の懐を潤した。建前として、次なるいくさに向けての蓄財と称しているが、少しでも現状を維持したいと願うのが人情というものだ。
然而,正如頼廉所憂慮的,休戰期一旦延長便相當危險。
しかし、頼廉が危惧するように休戦期間が長引くのは危険であった。
如今已被稱為「尾張樣式」、只在尾張能生產的物品由信長不斷輸出,再加上本願寺僅分得流通餘澤,兩者的收益數量級實際上相差甚遠。
今や『尾張様式』と呼ばれる程になった、尾張でしか生産できない物を次々と発信する信長と、流通の余禄に与(あずか)っているに過ぎない本願寺とでは、文字通り収益の桁が違う。
而且信長把獲得的利益再投資,使經濟活化,從而形成更有效率地創造財富的良性循環。
更に信長は、得られた利益を再投資し、経済を活発化させることで、より効率的に富を生み出す好循環を作り出していた。
如此一來,隨著時間流逝,織田家與本願寺之間的差距會越拉越大。
こうなれば、時間が経つほどに織田家と本願寺との差は開いていってしまう。
(可走的路只有兩條。立刻取消和睦攻入織田領,或者……不,兩者都不現實)
(取れる道は二つ。和睦を今すぐ破棄して織田領へ攻め込む、もしくは……いや、どちらも現実的ではない)
現在這個時點取消和睦並沒有足夠的大義名分去攻打織田家。若只有本願寺,靠煽動信仰也許能維持士氣,但呼應本願寺的各方勢力就不一定了。
現時点で和睦を破棄して、織田家を攻めるに足る大義名分がない。本願寺だけならば信仰心を煽ることで士気を維持できるが、本願寺に呼応する各勢力はそうはいかない。
若不向萬民示出討伐信長的大義,盟國也難以出兵;一方面對信長而言,時間愈久愈有利,只需等待時機成熟即可。
万民に対して信長討つべしという大義を示さねば、同盟国とて兵を出しにくい。一方、信長としては時間が経つほどに優位になるため、機が熟すのを待つだけで良い。
「織田能堅若磐石……果然很大程度上要歸功於靜子嗎」
「織田がこうまで盤石なのは……やはり静子に依るところが大きいのか」
頼廉認為靜子正是織田家興盛的原動力,執著地搜集她的情報;然而情報愈多,靜子的意圖反而愈模糊。
頼廉は、静子こそが織田家隆盛の原動力と考え、執拗に静子の情報を探し求めた。しかし、情報を集めれば集める程に、静子の狙いが見えなくなっていった。
靜子的事業涉獵過於廣泛,是錯綜複雜的多角經營,光是廢掉一、兩個產業無法對其造成致命影響。
静子の事業は余りにも多岐に亘り過ぎていた。複雑に絡み合った多角経営であるため、一つ二つの産業を潰したところでどうにもならない。
而且在各領域已經培養出能接手靜子事業的人才。要傾覆織田家的中樞,需要能將織田領大半化為焦土的戰果。
更にそれぞれの分野で、静子が興した事業を引き継ぐ人材が育ってしまっていた。織田家の屋台骨を傾かせるには、織田領の大半を焦土と化すような戦果が必要だ。
頼廉感到如同面對神話中的八岐大蛇一般的絕望感。
頼廉は神話に出てくる『八岐大蛇(やまたのおろち)』を相手にしているような絶望感を覚えていた。
「加賀也能撐多久……」
「加賀もいつまで保(も)つものか……」
對加賀一向宗持續不斷的挑釁,正引發基層僧兵的激烈反應。
執拗に続く加賀一向宗への挑発は、末端の僧兵たちの激発を招いていた。
本願寺也曾向信長提出抗議,但得到的回應是「人之口無法杜絕。除非是實際動用武力,否則要讓連末端士兵都噤口嗎?」
本願寺としても一度は信長に抗議をしたが、「人の口に戸は立てられぬもの。武力行使をしているのならいざ知らず、末端の兵に至るまで、悉(ことごと)く口を噤(つぐ)ませろと申されるのか?」との返答があった。
信長暗示若對末端士兵的發言提出怨言,這邊也會要求採取同樣的對應。
信長は暗に「末端の兵の発言にまで文句を言うなら、こちらも同様の対処を求めるぞ」と言っているのだ。
許多信徒把信長視為佛敵,常把他罵為惡鬼羅刹般的存在。
信長を仏敵と見做す信者は多く、彼らは信長を悪鬼羅刹(らせつ)の如く罵るのが常であった。
這使本願寺自縛手腳,動彈不得,頼廉只能咬著牙,希望信徒們忍耐。
こうして本願寺は自縄自縛(じじょうじばく)で動けなくなり、頼廉は臍(ほぞ)を噛む思いで信者たちの忍耐を願う他なかった。
(不可輕視信長為鄉野土豪。他不拘泥面子,若看準有利,甚至有與宿敵本願寺和睦的度量)
(信長を田舎の土豪と侮ってはならぬ。奴は己の面子に拘泥しない。利があると踏めば、宿敵である本願寺とすら和睦して見せる度量がある)
然後頼廉的思路回到最初:再袖手旁觀下去,敗北是必然;然而要削弱織田家的勢力,僅憑小動作根本打不中要害。
そして頼廉の思考は最初に立ち返る。このまま手を拱(こまね)いておれば、敗北は必定。然るに、織田家の勢力を削ろうにも、少々のことでは痛手にすらならない。
深思後,頼廉決定押上一把大的賭注。這博弈相當危險,若計策不成,將導致自身滅亡;但如今已非顧惜自身之時。
熟慮の結果、頼廉は大きな博打を打つことにした。この博打は非常に危険であり、策が成らねば自身の破滅にも繋がる。しかし、最早己の身を惜しめる時期は過ぎていた。
「(……無可奈何)有人」
「(……致し方ない)誰か」
下定決心後,頼廉召人過來,命人將一封文書送到指定之處。
覚悟を決めると、頼廉は人を呼び、とある文を指定の場所まで届けるように命じた。
時光流轉到八月。原本預定在帝王御臨下舉行的煙火大會,因為連日罕見的盛夏高溫,決定延到九月舉行。
時は巡り八月となった。帝のご臨席を賜り催される予定であった花火大会だが、例年にない真夏日が続いているため九月に延期されることとなった。
作為盆地的京都遭逢嚴重暑熱,人們為求消暑紛紛躲進樹蔭;除了高溫外,濕度也高,使得悶熱指數飆升。
盆地である京は、深刻な暑さに見舞われ、人々は涼を求めて日陰に逃げ込んでいた。気温もさることながら、湿度も高いため不快指数はうなぎのぼりであった。
五摂家之一、近衛家的猶子靜子亦因需要被賜予京邸。
五摂家が一翼、近衛家の猶子(ゆうし)たる静子も、必要に駆られて京屋敷を与えられていた。
話雖如此,無需在御所出仕的靜子邸因主人不在,已改為適合夏天的布置。
とは言え御所に出仕する必要のない静子邸は、主(あるじ)不在のまま夏仕様へと模様替えを行っていた。
拆下戶板,換上通風良好的簾戸,於屋簷懸掛簾以遮擋日光等,都做了各種工夫。
戸板を取り外し、風通しの良い簾戸(すど)に交換したり、軒に簾(すだれ)を吊って日差しを遮ったりと工夫されている。
也有掛風鈴、鋪上稱為「籐あじろ」的籐編敷物等,處處用心。
他にも風鈴を吊るしたり、籐で編んだ敷物である『籐あじろ』を敷いたりと随所に配慮が為されていた。
「今年的夏天熱得受不了……」
「今年の夏は暑くて敵わぬ……」
問題是,真正的主人不在,反而是為避暑而來的前久長期霸占宅邸。
問題があるとすれば、本来の主人ではなく、避暑目当てで前久(さきひさ)が入り浸っているという事だった。
前久一邊喝著家人準備的冰茶潤喉一邊抱怨。若只是求涼,自己有池塘的前久宅足矣。
家人に用意させた冷たい茶で、喉を潤しながら前久が漏らす。涼を求めるだけならば、邸内に池を持つ前久邸で事足りる。
他遠道來到靜子邸的理由,是京中唯一裝有製冰機的地方。因為使用硝安作為冷卻劑,消耗了作為軍需物資的硝酸。
態々遠出してまで静子邸に入り浸る理由は、京で唯一製氷機が設置されていることにあった。冷却材として硝安を使用しているため、軍需物資である硝酸を消費する。
就連一向精明的前久也無法在自己宅邸安裝製冰機,才會這般頻繁出入靜子邸。
流石の前久も製氷機だけは設置が許されず、こうして静子邸に通い詰めているのだった。
被燙熱的身體喝下冰冷的水並不合適。靜子曾警告過,若胃腸被急速冷卻,甚至可能會出血。
熱された体に、冷たい水分を取り込むのは好ましくない。急激に胃腸が冷やされれば、出血することもあると静子から釘を刺されていた。
儘管如此,對那種黏膩悶熱感到厭倦的前久假裝若無其事地一飲而盡。若有外人看著,前久大概會自我克制,但只有親人時難免鬆懈一些。
それでもジメジメとした暑さに倦(う)んでいた前久は、素知らぬ振りでコップを呷る。他人の目があれば、前久も自重したのだろうが、身内しかいないとあれば多少気が弛むのも仕方ない。
「製冰機也兼作耐用性試驗所以無妨,但別把它當避暑地使用就好」
「製氷機は耐用試験も兼ねているから構わないけど、避暑地代わりにしないで欲しいな」
收到送往尾張的報告後,靜子心情變得微妙難言。
尾張に届けられた報告を受け、静子は何とも言えない微妙な気分になった。
從報告書中可見,身為貴人又是靜子父親的前久不能被草率對待,家人們為此吃了不少苦頭。
報告書からは、貴人であり、静子の父でもある前久を粗略に扱うわけにもいかず、家人たちが苦労している様子が窺えた。
天候這種事無可奈何,只能請他們等到酷暑過去才行。
天候ばかりはどうしようもないため、暑さの盛りを過ぎるのを待って貰う他なかった。
「話說回來,終於爆發了呢,加賀一向宗」
「それはさておき、遂に暴発したね、加賀一向宗」
「長期的酷暑相互影響,忍耐也到了極限吧」
「長く続いた暑さも相俟(あいま)って、忍耐の限界を超えたのでしょう」
靜子把前久的報告書放到一旁,向間諜聽取了最新情況。
静子は前久の報告書を脇に退けると、間者から最新の状況を聞いていた。
屢次挑釁終於讓加賀一向宗的一夥忍無可忍,他們襲擊了護衛職人的織田家人馬。原本防備襲擊的士兵將其反擊,同時故意放走了部分人。
度重なる挑発に耐えかねた加賀一向宗の一団が、職人たちを護衛する織田家の手勢に襲い掛かった。襲撃に備えていた兵士たちは、これを返り討ちにすると同時に、一部をわざと逃がした。
追趕逃走的一向宗的織田軍包圍了他們逃入的寺院「尾山御坊(おやまごぼう)」,並宣稱一向宗的襲擊造成了死人,從而大肆渲染。
逃げた一向宗を追いかけた織田軍は、彼らの逃げ込んだ寺『尾山御坊(おやまごぼう)』を包囲し、一向宗の襲撃により死人が出たと騒ぎ立てた。
尾山御坊雖稱為寺院,實際上是環繞石垣的堅固要塞。面對示籠城姿態的一向宗,總大將柴田提出了最後通牒。
尾山御坊は寺とは言うものの、石垣を廻らした城に等しい要塞であった。籠城の構えを見せる一向宗に、総大将の柴田が最後通牒を突き付けた。
『卑劣地襲擊非武裝的職人,奪去他們的性命者不可寬貸。要求交出參與襲擊者以及指揮此事的僧侶』
『卑劣にも非武装の職人に襲い掛かり、その命を奪ったとなれば容赦できぬ。襲撃に加わったもの並びに、これを指揮した僧侶の引き渡しを求める』
事實上職人並無死傷。但亂世向來有死人說不出話的慣例。當眾發動襲擊,且一向宗潰敗逃竄,任何辯解都被拒絕。
実際には職人たちに死傷者は出ていない。しかし、死人に口なしが乱世の習い。衆目の前で襲撃をし、更には敗走した一向宗には如何なる言い訳も許されなかった。
以柴田為首的織田軍同時包圍了加賀一向宗的據點鳥越(とりごえ)城與二曲(ふとげ)城,使彼此無法互相聯繫。
柴田を筆頭とする織田軍は、加賀一向宗の拠点であった鳥越(とりごえ)城と、二曲(ふとげ)城をも包囲し、相互の連携を出来なくしてしまった。
隨著日益加深的包圍、補給被斷,甚至連消息也無法傳入,尾山御坊的僧兵或許因恐慌而率信徒衝出應戰。
日を追うごとに厚くなる包囲と、補給を断たれ、情報すら入ってこない状況に恐慌を来たしたのか、尾山御坊の僧兵たちは信者を率いて打って出た。
正等待此刻的柴田將其反擊,並以先發制人的理由對其他據點施壓。
これを待ち構えていた柴田が返り討ちにし、更に先制攻撃を受けたとして、他の拠点へも圧力を掛ける。
陷入孤注一擲的一向宗無法與準備周密的柴田軍抗衡,幾乎所有衝出的成員都喪命。
捨て鉢になっていた一向宗と、入念に準備を整えていた柴田軍では勝負にならず、打って出た一向宗の殆どが命を落とした。
石山本願寺在必敗的開戰中驚慌,提出以加賀一向宗撤離尾山御坊為條件撤軍,然而信長拒絕了這項提議。
敗北必至の開戦に慌てふためいた石山本願寺は、加賀一向宗の尾山御坊退去と引き換えに、軍を退くよう申し入れた。しかし、信長はこれを拒絶する。
與此同時,為配合織田軍,越後的上杉謙信也開始向加賀進軍。
時を同じくして織田軍に呼応するように、越後の上杉謙信が加賀へ向けて進軍を開始した。
當然雙方事前已有軍事協議,但信長對外裝作無關,甚至向邊境派兵以示立場。
勿論、事前に申し合わせてあった軍事行動だが、信長は対外的に無関係を装い、国境へと兵を派遣すらした。
信長命足滿為使者派往上杉,查明其真正意圖;同時派長可赴柴田處,確認情勢並回報。
信長は上杉に対して、足満を使者として遣わし、その真意を問い合わせるよう命じた。加えて、長可を柴田の許へと送り出し、状況を確認して報告する役目を与えた。
「勝藏君那邊好像是說,覺得太過分就去阻止……但明顯人選失誤吧。看起來他會說不夠刺激,想要督戰的樣子」
「勝蔵(かつぞう)君から見て、やり過ぎだと思ったら止めてこいって話らしいけど……明らかに人選ミスだよね。物足りないって言って、督戦(とくせん)する姿が見えるようだよ」
「別說督戰了,甚至可能會帶頭衝鋒參與攻城」
「督戦どころか、先陣を切って城攻めに参加する可能性すらある」
慶次一手持杯邊笑著回答。他覺得要在長可鼻前晃出誘餌,卻不讓他參戰還要把情報帶回,根本是無理的要求。
盃を片手に、慶次が笑いながら答えた。長可の鼻先に餌をぶら下げておきながら、参戦せずに情報を持ち帰れなど、無理難題だと彼は思っていた。
只要有小衝突發生,就能輕易想像他一手持戰斧飛身衝入的模樣。
小競り合いでも始まれば、バルディッシュ片手に飛び込んでいく姿が、容易に想像できる。
「明智大人若沒動……那又會被背後議論吧」
「明智様が動いていない……となると、また陰口を叩かれそうだね」
「守邊境是他的職責,倒不覺得會參與攻城……」
「国境の抑えがお役目ゆえ、城攻めに加わられるとは思えませぬが……」
「不,若只是穩固其越前本領應該綽綽有餘。也許趁一向宗注意力放在柴田大人那裡時,派遊擊部隊繞到背後,伺機突襲吧?」
「いや、自領の越前を固めるだけなら余裕がある。多分だけれど、加賀一向宗の注意が柴田様へ向いている間に、遊撃部隊を背後へ回り込ませ、機を見て急襲するんじゃないかな?」
「原來如此……不費力就搶取戰果,確實會被人背後說三道四」
「なるほど……労せず戦果を攫いますか、確かに陰口の一つも叩かれましょう」
靜子的話讓才藏心裡有了底。光秀的任務是絕不能讓加賀一向宗越過越前逃脫。只要堅守此點,即便趁勝追擊也無妨。
静子の言葉を受けて才蔵は得心がいった。光秀の役目は加賀一向宗の越前逃亡を許さぬこと。それさえ堅持していれば、余勢を駆って攻め込もうとも問題は無い。
然而,被放在矢面上吸引注意、成為誘餌的一方,心情也不會平靜。
しかし、矢面に立って注意を引き付け、囮にされた側は心中穏やかではいられない。
「唔——若加賀一向宗要攻,目標大概還是羽柴軍吧?軍隊重整尚未完成,比起其他人明顯壓力較弱」
「ふーむ、加賀一向宗が攻めるとすると……やはり羽柴軍のところかな? 軍の再編が終わってないから、他と比べて明らかに圧力が弱いもんね」
出身草莽的秀吉相比譜代家臣,家臣團較為薄弱。沒有常備軍,很多兵力由半農半兵的足輕與雜兵組成。
成り上がり者である秀吉は、譜代の臣と比べると家臣団が弱い。常備軍など持ちようがなく、多くが半農半兵の足軽や雑兵で構成される。
與能整合一門武家力量的柴田軍比起來,訓練程度總是略遜一籌。但反過來,他們上進心強,在泥濘血戰中能發揮真實力,這是他們的強項。
武家の一門を纏める柴田軍と比べると、どうしても練度の面で見劣りしてしまう。反面、上昇志向が強く、泥臭いいくさでこそ真価を発揮するという強みがある。
此外,因吸納近江的將兵,使指揮系統尚未重整,作為軍隊缺乏團結性的弱點也顯現出來。
また、近江の将兵を自軍に取り込んだことにより、指揮系統の再編が済んでおらず、軍としての纏まりに欠いているという弱点を抱えていた。
「再怎麼說是『擅於用人』的羽柴大人,吸納近江將兵也需要時間。這次恐怕會專注於後方支援吧?」
「如何に『人たらし』の羽柴様とて、近江の将兵を取り込むには時間が必要でしょう。今回は裏方に徹されるのではないでしょうか?」
「羽柴大人先不論,柴田大人的那邊戰意應該很高。希望勝藏君能好好盡到職責……看他好像比起武功更渴望發洩,還是讓人擔心」
「羽柴様はともかく、柴田様のところは戦意が高いだろうね。勝蔵君、ちゃんとお役目を果たしてくれると良いけど……武功云々よりも、暴れる場が欲しそうに見えたから……心配だな」
「上次攻朝倉時與主力錯開而空等。那之後沒什麼出場機會,精力過剩的勝藏積極起來也無可厚非」
「前回の朝倉攻めでは、主力とすれ違って待ち惚け。それ以降は活躍の場が無いからな、活力の有り余っている勝蔵が張り切るのも無理はない」
三人正互相打趣,後來才知道靜子的擔憂竟然應驗了。
そんな軽口を叩き合う三人だったが、静子の心配事が的中したことを、後に知ることになる。
曆入九月,晨昏間開始感到微寒。肆虐一時的暑氣已逐漸沉寂,白天變得涼爽宜人。
暦は9月に入り、朝な夕なに肌寒さを感じるようになった。猛威を振るった暑さは鳴りを潜め、日中は涼しく過ごし易い日々が続いていた。
不擅長酷熱而在夏季虛脫的動物們,也到了開始活躍的季節。
暑さを苦手として夏バテしていた動物たちも、活発に活動を始める季節。
然而,同月預定的煙火大會被取消了。主賓帝的身體狀況不佳,信長為了第一回大會務必能得帝的親臨,於是決定中止。
しかし、同月に予定されていた花火大会は中止となった。主賓である帝の体調が思わしくなく、第一回大会にどうしても帝の臨席を賜りたかった信長が、中止を決断した。
信長雖然顯得不甘,但煙火職人們卻為得到了整整一年的磨練期而高興。信長將催事中止與祈願帝速愈的文書簽認,連同慰問品一併送出。
信長は口惜しそうであったが、花火職人たちは1年間の研鑽期間が生まれたことに喜んでいた。信長は催事の中止と、帝の回復を祈る文を認(したた)め、見舞い品と合わせて送っている。
「孔雀的裝飾羽,竟然能賣到這麼高的價錢……」
「孔雀の飾り羽って、こんなに高く売れるんだね……」
象徵繁殖期雄孔雀的飾羽(上尾筒)因其美麗而被珍視。
繁殖期の雄孔雀を象徴する飾り羽(上尾筒(じょうびとう))は、その美しさから珍重されていた。
這些飾羽每年會換羽,過了繁殖期的初夏便開始脫落,到了秋天便會全部掉光。
この飾り羽は毎年生え変わり、繁殖期である初夏を過ぎると抜け始め、秋を迎えるころには全て抜け落ちる。
然後又在深秋左右長出新羽,至冬日盛期時重新長齊。
そしてまた晩秋頃から新しい羽根が生え始め、冬の盛りには生え揃うという。
真孔雀的繁殖最初是由兩對開始,之後持續輸入並有繁殖孵化成功,數量逐步增加,如今已有十五對成群生活。
最初は二組の番(つが)いで始まった、真孔雀の繁殖だったが、その後も継続して輸入をしたり、孵化に成功したりと数が増え、今では十五組の番いが生活している。
真孔雀的飾羽美麗得可比寶石,被認為比印度孔雀的飾羽更為珍貴。
真孔雀の飾り羽は宝石に喩えられる程に美しく、インド孔雀のそれよりも価値が高いとされる。
其商品價值在海外、特別是歐洲各國,遠高於日本國內,因此在日本國內幾乎不流通。
その商品価値は日本国内よりも海外、特にヨーロッパ各国で高くなり、日本国内には殆ど流通しない。
脫落的飾羽會一根根被仔細清洗,個別包裝後越洋輸出。
抜け落ちた飾り羽は、一本一本丁寧に洗浄され、個別に梱包されて海を渡ることになる。
雖然遠不及孔雀,鴕鳥羽毛也成為有力的商品,主要在歐洲貴族社會作為裝飾品備受喜愛。
孔雀には遠く及ばないものの、ダチョウの羽根も有力な商品となった。主にヨーロッパの貴族社会に於いて、ダチョウの羽根は装飾品として愛されていた。
自大航海時代後期十七世紀在非洲由移民開始商業化飼養,直到二十一世紀各地開始飼養為止,鴕鳥羽曾是與黃金、鑽石齊名的非洲特產。
大航海時代後期の十七世紀にアフリカで入植者達による商業飼育が始まり、世界各地で飼育が始まる二十一世紀までの期間、ダチョウの羽根は金やダイヤモンドと並ぶアフリカの特産品であった。
長期作為南非壟斷性畜產業支撐貿易的鴕鳥,讓信長也認為這是個極具魅力的產業。
永らく南アフリカの独占的畜産業として貿易を支えたダチョウの存在は、信長をして魅力的な産業だと言わしめた。
因為鴕鳥可望有穩定的需求,靜子將繁殖工作作為重點投入。
安定した需要が見込めるダチョウだけに、静子はその繁殖に注力した。
鴕鳥雖然體型龐大,卻出奇地親人,耐環境變化且成長迅速,是很優秀的家禽。
その巨体からは想像できない程に人懐こいダチョウは、環境の変化に強く、成長も早いため優秀な家禽となる。
不過進入繁殖期會變得性情暴躁,處理時必須小心。
ただし、繁殖期に入ると気性が荒くなるため、取扱いには注意が必要となる。
比起真孔雀較易飼養的鴕鳥被放在專用牧場寬養,當個體數達到一定值時,便從年長世代開始屠宰加工。
真孔雀と比べると飼育の容易なダチョウは、専用の牧場にて伸び伸びと育てられていた。個体数が一定値に達すると、古い世代から屠殺(とさつ)して加工される。
順帶一提,出口到海外的只有鴕鳥的羽毛與皮,牠們的肉並不被認為有商品價值。以傳統方法屠宰的鴕鳥肉極為血腥,不適合食用。
因みに海外へ輸出されるのはダチョウの羽根と皮だけであり、その肉には商品価値が認められていない。通常の方法で屠殺されたダチョウの肉は、非常に血なまぐさく、食用に適さない。
那是因為鴕鳥擁有能支撐時速八十公里之類速度的強健心肺,面臨屠宰等生死危機時,優秀的循環系統會將血液全力送往全身。
それというのも、ダチョウは時速80キロにも達する程の速力を支える強靭な心肺を持っており、屠殺という命の危機に直面すると、その優れた循環器が全力で全身に血液を送り出す。
結果導致全身毛細血管破裂,血液滲入肌肉深處,變成連狗都不吃的肉。然而現代已能將鴕鳥肉作為合格商品流通。
その結果、全身の毛細血管が破裂し、筋肉の隅々にまで血液が潜り込み、犬も食わないと言われた肉となり果ててしまうのだ。しかし、現代ではダチョウ肉も立派な商品として流通している。
關鍵在於屠宰方法。將待宰鴕鳥移入密室,以高濃度二氧化碳使其昏迷。於失神狀態下屠宰,便能加工為適合食用的肉。
その絡繰りは屠殺方法にあった。屠殺するダチョウを一室に移動させ、高濃度の炭酸ガスで昏倒させる。失神した状態で屠殺することにより、食用に適した肉へと加工することが出来た。
即便能定期取得,但難以確保達到商業流通的量,因此鴕鳥肉僅供靜子與其相關人士消費。
定期的に手に入るとは言え、商業として流通させるだけの量は確保できない。このためダチョウ肉は、静子と彼女の関係者が消費するにとどまっていた。
現階段從尾張運往南蠻的主要出口品,除絲綢與棉等織物外,還有陶瓷、珍珠、真孔雀與鴕鳥等羽毛等珠寶飾品類,以及醬油與味噌等保存食物深受喜愛。
現時点で尾張から南蛮へと運ばれる主要な輸出品は、絹や木綿などの繊維の他、陶磁器や真珠、真孔雀、ダチョウなどの羽根など宝飾品類、醤油や味噌などの保存食が好まれた。
而對鄰國明(中國)出口的多為漆器與扇子等加工品,以及椎茸、海參、鮑魚、牡蠣乾和天草等海藻類。其次則有武具、衣物與生活用品等交易項目。
また隣国である明へは漆器や扇などの加工品の他、椎茸やナマコにアワビ、牡蠣の干物と天草(てんぐさ)などの海藻類が多かった。次点として武具や衣類、生活用品などが取引されている。
這些出口商品有一個共同點:全都是由靜子所涉獵的產業所生產的商品。
これらの輸出品目には一つの共通点が存在する。いずれも静子が手掛けた産業による商品なのだ。
「一直持續供應了相當數量,竟然需求還沒減少呢」
「結構な量を供給し続けているけど、意外に需要が減らないね」
靜子原以為與消耗品不同,若供給穩定則寶飾類會降價,但出乎預料價格並未出現變動。
消耗品とは異なり、宝飾品類は供給が安定すれば値下がりすると、静子は考えていた。しかし、予想に反して価格の変動が見られなかった。
部分原因在於負責流通的商船損耗率過高。
その理由の一端に、流通を担う商船の高い損耗率があった。
以當時海運狀況來說,自日本出發能安全抵達西洋諸國的商船並不多,約有半數船舶會遭遇沉沒或遇難的厄運。
この時代の海運事情では、日本を発って無事に西洋諸国まで辿り着ける商船は少なく、半数程度の船舶が沈没したり、難破の憂き目を見たりしていた。
這是由於以海難罕見為前提的時代價值觀所造成的盲點。
海難事故が稀な時代の価値観ゆえの盲点であった。
「喔,這是東山御物的報告書啊。嗯……蒐集進展順利。好吧,細節就交給足滿叔叔處理吧」
「お、これは東山御物(ひがしやまごもつ)の報告書か。何々……順調に蒐集が進んでいると。まあ、細かいところは足満おじさんにお任せしよう」
所謂東山御物,是室町幕府第八代將軍足利義政蒐集的繪畫、茶器、文具等的總稱。其中包含了足利將軍家代代相傳所蒐集的大量品項。
東山御物とは室町幕府八代将軍の足利義政が蒐集した絵画や茶器、文具などの総称だ。その中には足利将軍家が代々蒐集した品が、相当数含まれている。
此外,東山御物這一稱呼是在明治以後才固定下來,之前則稱為東山殿御物或東山殿之御物等。
なお東山御物は明治以降に定着した呼称であり、それまでは東山殿御物や東山殿之御物などと呼ばれていた。
義政的祖父三代將軍足利義滿與父義教等,歷代將軍及足利將軍家對唐物有深厚的偏好,透過貿易蒐集了大量藝術品。
義政の祖父である三代目将軍足利義満や、父である義教など、歴代将軍や足利将軍家は唐物を尊ぶ指向が強く、貿易により多くの芸術品を蒐集していた。
然而自應仁之亂起有不少散逸,或因幕府財政困難被出售,很多物品至今仍不明所有者、所在不詳。
しかし、応仁の乱を機に散逸したり、また幕府の財政難から売却されたりしてしまった。そのまま所有者不明、所在不明になったものも少なくない。
但當靜子受朝廷委以保護藝術品之責後,情勢便大為改變。
しかし静子が朝廷より芸術品の保護を任じられた事で状況は一変する。
她依據據稱為能阿彌所遺留下、編纂關於東山御物的《御物御畫目錄》及類似資料《君台觀左右帳記》等,試圖掌握散逸東山御物的所在情況。
能阿弥(のうあみ)が残したとされる、東山御物について編纂された『御物御画目録』や、同様の資料『君台観左右帳記』などを頼りに、散逸した東山御物の所在を把握しようとした。
一旦所在確定,便會向現任持有人提出返還請求。畢竟足利將軍家之至寶的所有權,現今已由織田家繼承。
所在が確定した時点で、所有者に返還の要請が出される。何しろ足利将軍家の至宝に関する所有権は、現在織田家が引き継いでいる。
即便是正式下賜的,也不會被考慮。要麼同意出售、要麼主動歸還,否則就會被武力奪取。
たとえ正式に下賜されたものであっても考慮されない。売却に応じるか、自ら進んで返還するか、然もなくば武力を以て奪われることとなる。
「靜子大人,上樣來了」
「静子様、上様がお見えになりました」
「明白了」
「わかりました」
正在閱讀報告書時,小姓來報信長到訪。靜子猜到信長來到尾張的理由,嘆了口氣。
報告書を読んでいると、小姓が信長の来訪を伝えてきた。信長が尾張にまできた理由を静子は察してため息を吐く。
「絕對是茶器」
「茶器だよね、絶対」
理由很單純,東山御物中包含的茶器,以及在現代被指定為國寶或重要文化財的茶器,都匯聚到靜子這裡。
理由は単純で東山御物に含まれる茶器や、現代に於いて国宝や重要文化財に指定されている茶器が、静子の許に集まってきているからだ。
尤其是現代被指定為國寶的曜變天目茶碗三椀全數到齊。被稱為最高傑作、以「稻葉天目」之名聞名的茶碗,信長不太可能視而不見。
特に現代に於いて国宝指定された曜変天目(ようへんてんもく)茶碗の3椀全てが揃っていた。最高傑作と名高い『稲葉天目』の名で知られる茶碗を信長が見過ごすとは思えない。
若再加上信長所持的第一只曜變天目茶碗,則日本境內存在的所有曜變天目茶碗便會齊聚一堂。
これに信長が所有している第一の曜変天目茶碗が合わされば、日本に存在する全ての曜変天目茶碗が一堂に会することとなる。
「嗯……他之前那麼不情願,這究竟是怎麼回事?」
「うーん、あんなに渋っておられたのに、どういう風の吹き回しかな?」
向接待室走去的同時,靜子喃喃自語。起初,靜子為了編製目錄,曾請求借出信長所持的曜變天目。但信長拒絕了,片刻也不肯放手。
応接間へと向かいつつ、静子は独り言(ご)ちた。当初、静子は目録を作成するため、信長所有の曜変天目の貸出を願い出た。しかし、信長はこれを拒絶し、片時も手放さなかった。
靜子提議親自前往,確認「君台観左右帳記」的記載是否正確,但那個提議也被否決了。
『君台観左右帳記』の記述が正しいのか確認させて欲しいと、静子が出向くことを提案したが、それすらも却下された。
最終成了「若能蒐集到其他曜變天目,就可再考慮」的決定,事情至今就是如此。
最終的に「他の曜変天目を蒐集出来たなら、考えても良い」となり、今に至っている。
「讓您久等了」
「お待たせ致しました」
「不用那麼拘謹。你知道今天來此的理由吧?」
「堅苦しい挨拶は良い。今日、来た理由は分かっておるな?」
「當然知道」
「勿論でございます」
一邊回答信長,靜子示意小姓。雖然包得很嚴密,但這件茶器被說成一件就能買下一個國家,運送它的小姓們步履沉重。
信長の問いに返事をしつつ、静子は小姓へ合図した。厳重に梱包されているとは言え、一つで国が買えるとまで言わしめた茶器だけに、これを運ぶ小姓たちの足取りは重い。
木箱順利搬到後,打開蓋子讓裹著緩衝材的茶碗露出。完成重任的小姓們鬆了口氣,行了個禮後離開房間。
無事に木箱を運び終えると、緩衝材に包まれた茶碗が見えるよう蓋を開ける。大任を果たした小姓たちは、一安心すると一礼して部屋を去った。
「請盡情確認」
「存分にお確かめ下さい」
靜子親手掀去覆在曜變天目茶碗上的布,鮮豔色彩的茶器映入信長眼簾。
静子が手ずから曜変天目茶碗に掛けられた布を取り去ると、信長の目に鮮やかな色彩を誇る茶器が飛び込んでくる。
信長淡淡一笑,從隨身帶來的木箱中取出自己的曜變天目。
信長は薄く笑みを浮かべると、持参した木箱から自身の曜変天目を取り出した。
所有的曜變天目茶碗齊聚一堂,這是個歷史性的瞬間。
全ての曜変天目茶碗が一堂に会した、歴史的瞬間であった。