戦国小町苦労譚
麵戰爭
現代日本可說是世界數一數二的麵食愛好國家。
現代日本は世界有数の麺好き国家と言える。
在中國發展出的拉麵(在中國或台灣會與日本式的日式拉麵區別)、義大利的義大利麵,以及日本自古有的素麵、蕎麥麵、烏冬等,無論和、洋、中,各式麵食在日本各地都有在吃。
中国で発展した拉麺(中国や台湾では日本風の日式ラーメンとは区別されている)、イタリアのパスタ、日本に古くからある素麺にソバ、うどんなど和洋中を問わず、日本の至る所で食べられている。
有些甚至是本場不存在的日本創作料理。不只限於麵食,聽到創作料理讓本場的人驚訝是常有的事,但日本的創意料理尤為豐富。
中には本場に存在しない日本創作の料理も存在する。麺料理に限らず創作の料理を聞いて、本場の人が驚く事はよくある事だが、日本の場合は群を抜いて創作料理が豊富だ。
戰國時代,靜子的街上各式麵食正激烈競爭。最容易取得的蕎麥最強,但烏冬和拉麵也不遜色。
戦国時代、静子の街では様々な麺料理がしのぎを削っていた。もっとも手に入りやすいソバが一番強いが、うどんやラーメンも負けていない。
所謂拉麵並非像現代日本以小麥粉、水、鹼水做成的麵,而是中國的拉麵,用小麥粉、水、鹽做麵。因此特徵是沒有彈性、較為柔軟。
ラーメンと言っても現代日本のように小麦粉と水、かん水で打った麺ではなく、中国の拉麺である小麦粉と水、塩で麺が作られる。それゆえ、コシがなく柔らかいのが特徴の拉麺になる。
也不是完全沒有かん水,但調配需要費用,基本上像沖繩麵一樣,將草木燃燒的灰汁熬煮,取上層清液當作かん水的代用品。
かん水もない事はないが調合するのに費用がかかるため、基本的に沖縄そばのように草木を燃やした灰汁を煮詰めて、上澄みをかん水の代用品として使う。
「歡迎光臨、歡迎光臨。我的蕎麥是尾張第一喔ー!」
「いらっしゃい、いらっしゃい。うちのソバは尾張随一だよー!」
「討厭啦!男孩子當然烏冬比蕎麥好啦ー!」
「しゃらくせえ! 男ならソバよりうどんだろうがー!」
「什麼啦!烏冬或蕎麥比得過素麵?當然是素麵啦ー!」
「なんだと! うどんやソバより素麺に決まっているだろうが!」
「想試試新奇的『らあめん』嗎?蕎麥或素麵沒有的全新味道,能讓你盡情品嚐喔ー!」
「目新しい『らあめん』はいかが? ソバや素麺にはない、新しい味を堪能出来ますぜー!」
到處在叫賣的吆喝聲,同時伴隨著貶低其他麵種的話語亂飛。靜子只能對這既不可思議又混沌的世界發出乾笑。
あちこちで客引きの口上と同時に、他の麺をけなす言葉が飛び交う。もはや摩訶不思議、混沌とした世界に静子は乾いた笑いしか出なかった。
「熱鬧是好事,但太過熱鬧也會成問題呢」
「活気があるのは良いけど、あんまり活気が良すぎるのも問題だね」
需要視察,但靜子看到那種吵鬧的挑釁氣氛想回家。然而也不能不視察,所以一邊退縮一邊走在街上。
視察する必要があるが、静子は喧嘩腰の騒々しさを見て帰りたくなった。しかし、視察しない訳もいかないので、腰が引けつつも通りを歩く。
各家店鋪都豎著為吸引客人注意的華麗旗幟。上面寫著宗家、元祖之類,但恐怕連寫的人自己都分不清到底誰是宗家了。
どの店も客が興味を引くような、派手なのぼり旗を並べていた。宗家だの元祖だのと色々と書かれているが、もはや何が宗家なのか書いた本人も分かっていないだろう。
「蕎麥、素麵、烏冬、拉麵大概是四大麵吧。不過連配料也講究得不得了呢」
「蕎麦、素麺、うどん、拉麺が四大麺って所かな。しっかしまあ乗せるものにもこだわりがあるのね」
就連蕎麥一種,就有店家放天婦羅、天婦羅碎屑、蔥等蔬菜,也有店家會放魚肉。
蕎麦一つとっても天ぷらに天かす、葱などの野菜、中には魚をのせている店もあった。
蕎麥也有盛蕎麥、笊蕎麥、掛蕎麥等多樣類型,搭配組合可以各種享受。
蕎麦ももりそば、ざるそば、かけそばと種類が豊富で、組み合わせは色々と楽しめるようになっていた。
「哎呀!說到笊蕎麥就該用竹笊啊!」
「てやんでえ! ざるそばっつったら竹ざるに決まってんだろう!」
「你這笨蛋!自古笊蕎麥就該放在蒸籠上!竹笊那種東西是邪道!」
「馬鹿やろうが! 古くからざるそばはセイロに乗せるのが決まりだ! 竹ざるなんざ邪道だ!」
「哎唷──你根本不懂啦。天婦羅應該最後才放上去,笨蛋!」
「かあ〜〜〜、おまえわかってねえな。天ぷらは最後にのせんだよぼけが!」
「不要把月見蕎麥的蛋弄破啊──!!」
「月見そばの卵潰してんじゃねえー!!」
但組合多也代表吃法會形成派別;實際上到處有人在為吃法爭論。
だが組み合わせの種類が豊富という事は、食べ方の派閥が出来る事をも意味する。現にあちこちから食べ方について口論している人たちがいた。
熱鬧是好事,但靜子頭痛地想,這些精力不能用在別的事嗎。
賑やかな事は良いことだが、そのエネルギーを別の事につぎ込めないのか、と静子は頭が痛くなった。
然而能把經濟資源投入在食物、特別是味道上,代表人們生活有餘裕。
しかし食事、とりわけ味に経済的なリソースを割けるということは、人々にゆとりがある事を示している。
有餘裕的時代會滋長包含飲食在內的各種文化;若生活沒有餘裕,華麗文化不會誕生,飲食也多為簡單料理。
人々にゆとりがある時代は食事を含む様々な文化が醸成される。だが、生活にゆとりがない場合、華々しい文化など生まれないし、食事もシンプルなものばかりになる。
「光是麵類就那麼混亂,其他大概也差不多吧」
「麺だけでアレだけ荒れているのだから、他も同じようなものよねえ」
飲食本身就是文明的尺度,可以說是國家的縮影。
食事というものは文明の尺度であり、その国の縮図と言っても過言ではない。
人們平常吃什麼就能看出該國的生產力與經濟力,菜單的豐富代表多出的生產物被分配給多人。
人々が普段何を食べているかでその国の生産力、経済力が分かり、メニューの豊富さでそれだけ余剰生産されたものが、多くの人間に回っている事を意味する。
食材豐富顯示流通發達,料理的色澤與外觀則可窺見人們美感的養成程度。
食材が豊富な事は流通が発展している事を教え、料理の色や見た目は人々の美的感覚がどれほど養われているかが窺える。
看似只是料理,卻能顯示國家文化與文明的尺度,這就是料理。
たかが料理、されど国の文化・文明の尺度を教えるもの、それが料理だ。
離開麵食林立的店街後,靜子走進另一條餐館街。
麺料理が並ぶ店通りを抜け、静子は他の料理店通りを歩く。
「其他也差不多沒什麼兩樣呢」
「他も大差ないね」
「不是只有麵才是飯啦」
「麺だけが飯じゃないって事さ」
頭痛的靜子被慶次打趣。那些挑釁性的旗幟、各處的招呼聲,以及對料理的熱情絲毫不輸給麵店。
頭が痛くなった静子に、慶次が軽口を叩く。麺料理店と変わらない挑発的なのぼり旗、あちこちで行われる呼びかけ、食にかける熱意は麺料理に引けを取らなかった。
「附近有港口,而且養殖使得食材大量生產,山產也有一定程度流入,這城裡的人熱衷料理也不是沒道理吧?」
「近くには港がある。そして養殖して食材は大量生産されている。山の幸もまあある程度は流れているし、この街の人間が料理に熱を注ぐのも無理はないだろう?」
「熱情太過也是件事啦。只要沒演變成暴力打架或打砸店家,我想也無所謂。對外人來看,大概只覺得是一條治安不好的街吧」
「熱意がありすぎるってのもね。まあ暴力沙汰の喧嘩をしたり、店を壊したりしているんじゃないなら、別にいいかな。知らない人からすれば、ガラの悪い通りにしか見えないのだろうけど」
靜子之所以要視察這條餐館街,是因為投訴累積到一定程度了。
そもそも静子が料理店通りを視察している理由は、料理店通りに苦情がある程度たまったのが理由だ。
不知道情況的人會把餐館街的喧囂看成棘手的景象。為了確認那只是過度熱情還是已到爭執一觸即發,靜子決定視察。
事情を知らなければ、料理店通りの喧噪はのっぴきならない光景に見える。それが単に熱意がありすぎるのか、本当に争い一歩手前かを確認するため、静子は視察する事となった。
靜子只帶慶次、沒帶其他人,是為了免得被識破是視察而讓人們裝模作樣。
静子が慶次だけで、他のものを連れていないのも下手に視察だと知られ、人々が猫をかぶるのを防ぐためだ。
「我常在這街走,應該沒問題才對」
「俺はよく通りを歩いているから、大丈夫だと思ったがな」
「真有危險早就會有通報上來。可也不能就這樣放任不管,還是得用自己的眼睛看、耳朵聽清楚才行」
「本当に危険なら、その前に報告が上がってきているしね。だからといって放置するわけにもいけないでしょう。ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いておかないとね」
「是啊。既然沒問題,那就隨便找點東西吃吧」
「そうだな。ま、問題ないってんなら適当に何か食べていこうや」
「也不錯。不過不回去的話,對在家煮飯的人會不好意思啊」
「悪くないね。でも帰らないと、家でご飯作っている人たちに申し訳ないよ」
「是啊」
「そうだな」
慶次點頭。視察結束後靜子帶著慶次回家。午餐後,她寫了關於餐館街的報告。
慶次は静子の言葉に頷く。それから料理店通りを視察し終えた静子は、慶次を連れて家に戻った。昼餉後、彼女は料理店通りの件で報告を書く。
報告內容為「無需介入」。
介入の必要なし、という内容を。