戦国小町苦労譚
一五七〇年 十一月中旬
九月二十三日,信長留下明智光秀與柴田勝家為殿,撤回在野田、福島展開的所有兵力,朝江口渡口前進。
九月二十三日、信長は明智光秀と柴田勝家を殿として残し、野田・福島に展開しているすべての兵を引き払って、江口の渡しへ向かった。
江口在中世至近代是水上交通要衝,從京來的船隻也在此上下客。
江口は中・近代において水上交通の要所で、京から来た船便もここで乗降した。
然而,宇治川與淀川的支流在江口附近交錯,水勢湍急且水流複雜。
しかし、宇治川・淀川の支流が入り込んでいる江口付近は、勢いが強く、また水流が多い。
而且,江口渡口一帶已處於一揆的蜂起之下,一向一揆眾聚集在對岸。
そして、江口の渡し一帯はすでに一揆の蜂起下にあり、一向一揆衆が対岸に群がっている状態だった。
「開始」
「始めろ」
在緊張情勢下退縮的足輕被撤至後方,足滿將一百名投石兵分成三隊,部署於岸邊。
緊迫した事態に尻込みする足軽たちを後方へ下げ、足満は投石兵100名を三部隊に別(わ)けて岸に配置する。
一向一揆眾手持竹矛聚集,當然向他們投石效果會極其顯著。
一向一揆衆は竹やりを手に群がっている状態だ。当然、ここに投石すれば効果は絶大だ。
他們根本不敢夢想石頭會飛到岸上,畢竟在戰國時代,投石基本上被認為除手拋外別無他法。
彼らは石が届くとは夢にも思わなかった。何しろ戦国時代の投石は、基本的に手で投げる以外にないと思われていたからだ。
「殺」
「殺れ」
在足滿短促的號令下,聚集在岸邊的一百顆石頭飛向空中,襲向對岸的一向一揆眾。
足満の短い号令で岸に集められた石が100個、空を飛び対岸にいる一向一揆衆に襲い掛かる。
未裝備完善防具的他們對石頭竟能飛到對岸感到震驚,並立刻明白沒有辦法抵擋襲來的石塊。
まともな防具を装備していない彼らは、石が対岸にまで届いたことに驚愕する。そしてすぐに理解する、襲い掛かる石を防ぐ手立てはないことを。
當一向一揆眾在接連襲來的石雨中驚亂時,信長率先騎馬入水,命後方全軍渡河。
次々と襲いかかる石に一向一揆衆が右往左往している間、信長は一番初めに馬を川へ乗り入れ、後ろにいる全軍へ渡河を命じた。
此時信長已事先教導家臣過河的生存技術:縮小步幅、不橫向橫渡、以拖步行走、身體斜向於水流、並沿下游方向斜向移動等。
このとき、信長は事前に家臣たちへ歩幅を小さくする、真横に横切らない、すり足状態で歩く、体勢は流れに対して斜めに向ける、下流方向に向かって斜めに移動する、などサバイバルでの渡河技術を伝授した。
「持續投擲」
「投げ続けろ」
單純只有石頭飛來的攻擊難以防禦,一旦陷入被動防守,一向一揆就毫無可施之策。
単純に石が飛んでくるだけの攻撃は防ぎにくい。防戦一方になれば一向一揆衆に取れる手段は何もない。
其中有些人不顧石雨轉而反擊突進,但被水阻礙行動力下降的人對弓騎兵隊而言是絕佳目標。
中には石の雨をものともせず、反撃に転じて突撃する者もいた。しかし、水に足を取られ、機動力が落ちている人間など、弓騎兵隊からすれば良い的だった。
果然,突擊者在過半河程前就被弓騎兵的箭射中喪命。
案の定、突撃した人間は川の半分を渡る前に、弓騎兵隊の矢によって命を落とした。
明白無勝算後,一向一揆眾為撤退棄武而逃。
勝ち目がないことを理解した一向一揆衆は、撤退するために武器を捨て逃げ走る。
然而,在一向眾各自分散開始撤退之前,織田軍已完成渡河。無論他們是否棄械,織田軍不予顧忌,從側面突襲一向一揆。
しかし、一向衆が散り散りになって撤退を開始する前に、織田軍は渡河し終えた。例え武器を捨てようとも織田軍には関係なく、彼らは一向一揆衆を側面から急襲する。
面對織田軍迅速果決的突擊,一向一揆眾找不到反擊之機而被殲滅。當對岸安全獲得保障後,剩餘的足滿等人亦渡河。
織田軍の迅速かつ果敢な突撃に、一向一揆衆は反撃の糸口を見つけることができず壊滅した。対岸の安全が確保されたところで、残っていた足満たちも渡河する。
擺脫從後方追擊的敵兵,信長在不到一日內回到京城。二十四日他又從大津向坂本進軍,前往宇佐山城救援。
背後から追撃する敵兵たちを振り切り、わずか一日以内に信長は京へ戻る。二十四日に信長は大津から坂本へ兵を進め、宇佐山城へ救援に向かった。
信長迅雷般的行動使攻打宇佐山城的淺井・朝倉聯軍慌忙四散,匆匆逃入壺笠山城與比叡山。
信長の電光石火の行動に、宇佐山城を攻めていた浅井・朝倉連合軍は慌てふためき、壺笠山城や比叡山に急いで逃げ込む。
因為他們知道若與織田本軍正面交戰必定會敗。
織田本軍と合戦すれば、確実に負けると彼らは理解しているからだ。
信長對逃竄的淺井・朝倉聯軍不予理會,立刻入城宇佐山城。
信長は逃げる浅井・朝倉連合軍には目もくれず、すぐさま宇佐山城に入城する。
「報告現狀」
「現状を報告せよ」
「回報:我們在坂本阻止了淺井・朝倉聯軍的進軍,但二十三日陣地被殲滅。隨後,淺井・朝倉聯軍縱火焚燒大津的馬場、松本以及山科,並攻擊此處宇佐山城」
「はっ、われわれは坂本で浅井・朝倉連合軍の進軍を阻止しましたが、二十三日に陣が壊滅しました。その後、浅井・朝倉連合軍は大津の馬場、松本、そして山科を焼き払いながら、ここ宇佐山城を攻めました」
青地茂綱代表在場向信長回報。場中亦有野府城主織田信治、森可成的家老各務元正等人,但卻不見宇佐山城主森可成的身影。
青地茂綱が場を代表して信長の質問に答える。ほかにも野府城主の織田信治、森可成の家老である各務元正らの姿があった。だが、そこに宇佐山城主・森可成の姿はなかった。
機敏的信長瞬間悟出一切,但仍抱持一線希望發問。
勘の良い信長は瞬時に全てを悟った。それでも一縷の望みをかけて質問を口にした。
「可成在哪裡」
「可成はどこだ」
聽到那句話,森可成的家臣們默不作聲,在信長面前擺出並組裝起森可成的甲冑。
その言葉に森可成の家臣たちが無言で森可成の甲冑(かっちゅう)を、信長の前で組み立てる。
看到染滿血跡的甲冑,信長不由自主地明白了森可成的下場。
血塗(ちまみ)れの甲冑(かっちゅう)を見て信長は嫌でも森可成がどうなったかを理解した。
「蠢貨。誰命你拿命去拼?」
「ばか者が。誰が命をかけよと命じた」
信長以悲痛的聲音喃喃自語。
信長は悲痛な声で呟(つぶや)く。
事實上,他曾命森可成說過『在最壞情況下就捨棄宇佐山城』。
実際、彼は森可成に『最悪の場合は宇佐山城を捨てろ』とまで命じていた。
城可以重建,被奪的領地可以奪回,但森可成這個人是無可取代的。
城は建て直せば良い、奪われた領土は取り返せば良い、しかし森可成という人物は替えの利かない人間だ。
雙拳緊握,信長卻面無波瀾地走到森可成的甲冑前。
拳を強く握り締めながらも、信長は平静な表情で森可成の甲冑(かっちゅう)の前に移動する。
他單膝下跪凝視甲冑,然後將手放在甲冑肩上,以似乎擠出來的聲音說道。
甲冑(かっちゅう)を片膝立ちで眺めた後、信長は甲冑(かっちゅう)の肩に手を置いて絞りだすような声で語った。
「辛苦了」
「大儀であった」
聽到信長的話,森可成的家臣們齊聲落淚。
信長の言葉に森可成の家臣一同は涙を流した。
長可怒不可遏,其狀猶如暴風雨,絕不誇張。
長可は荒れに荒れていた。その様は台風と言っても過言ではない。
他一會兒不見影,轉眼又抓了僧兵和聯軍的偵察回城,進行名為審問的拷問。但那看起來無非是在把怒氣發洩到敵人身上。
ふらっといなくなったかと思うと、僧兵や連合軍の斥候を捕まえて城へ戻り、尋問という名の拷問をした。しかし、それは苛立ちを敵にぶつけているようにしか見えなかった。
「呃……佛啊……不知懼怕的行徑。織田啊……你們會受佛罰……」
「ぶば……ほ、仏を……恐れぬしょ、所業。お、織田にはい、つか……仏罰……がく、だる」
「那就把佛帶來嘛。來嘛,怎麼樣?能招來佛罰或神罰吧?」
「なら仏を連れて来いよ。おら、どうした。仏罰や神罰を起こせるんだろ」
僧兵的臉扭曲著。不只是臉,連手腳都被扭到不該彎的方向,而且好幾根指頭都被扯斷了。
僧兵の顔は歪(ゆが)んでいた。顔だけではない、腕や足も曲がらない方向に曲がっていた上に、指が何本もちぎれていた。
「把佛帶來!我要把他幹掉!」
「仏を連れてこいよ! 俺がぶっ殺してやるからよ!」
他用手中的釘頭錘拼命打僧兵。僧兵在長可一擊下完全失去意識,但他毫不在意,又用回手再度猛擊。
手に持ったメイスで力の限り僧兵を殴る。長可の一撃で完全に意識を飛ばした僧兵だが、彼は一切気にせず返す手で再度僧兵を殴る。
「讓我看看佛的力量!說句話啊,你們這群腥臭的和尚!!」
「仏の力ってのを見せてみろよ! おら、何とか言えよ、この生臭坊主どもが!!」
「住手。他已經死了」
「止めろ。もう、そいつは死んでいる」
慶次阻止了長可的失控。但他的表情已非往日的爽朗,而是帶著深沉的悲傷。
長可の暴走を慶次が止める。だが、彼の表情はいつもの陽気なものではなく、深い悲しみをたたえていた。
「該死!」
「くそっ!」
長可踢開僧兵的屍體。體液濺得四處都是,兩人周遭成了慘不忍睹的景象。但沒有人在意。不,根本沒餘力去在意。
長可は僧兵の死体を蹴り飛ばす。体液が辺りにまき散らされて、2人の周囲は凄惨(せいさん)な状態となっていた。だが、誰も気にかけない。否、気にする余裕が彼らにはない。
過去因為拼命防守才不用去想那些事。但如今織田本軍已經會合,反而有了很多思考的時間。
今までは防衛に必死だったからこそ、そのことを考えなくて済んだ。しかし、織田本軍が合流した今、考える時間がたっぷりできてしまった。
「結果……結果,我沒能趕上父親。我到底為了什麼拼死苦練到今天。我明明是為了改變這種局勢才獲得力量的……」
「結局……結局、俺は親父に追いつけなかった。何のために、今まで死に物狂いで鍛えてきたんだ。こんな状況を、俺は変えるために力を手に入れたはずなのに……」
「別回頭看,勝蔵。越難熬的時候越要往前看。不要否定你走過的路」
「後ろを向くな、勝蔵。つらいときほど前を見ろ。そして、お前が歩んできた道を否定するな」
慶次輕拍長可的胸口,終於露出往常那抹爽朗的笑容,繼續說話。
長可の胸を軽くたたくと、ようやくいつもの陽気な笑みを浮かべて慶次は言葉を続ける。
「戰鬥本就不講理、荒謬。因此想怎麼戰就怎麼戰,哪怕被荒謬奪去性命也無妨」
「いくさは理不尽で不条理だ。だから、好きに戦って、理不尽に死のうぜ」
「……哼,我還不想死。我要更強,超越父親的背影」
「……ふん、俺は死ぬ気はまだない。もっと強くなって親父の背中を超える」
逐漸找回平日狀態的長可向慶次吐了幾句牢騷。
普段の調子を取り戻しつつあった長可は、慶次に対して悪態をつく。
如果周遭沒有那些慘烈的僧兵屍體,畫面會像戰爭電影般震撼。可惜的是,他們周圍血肉橫飛。
周囲に凄惨(せいさん)な僧兵の死体がなければ、戦場映画のように映える。だが、残念なことに彼らの周りは血と臓物が飛び散っていた。
「說起來靜子怎麼了?」
「そういえば静っちはどうしたよ」
想要轉換氣氛的慶次換了個話題問長可。
空気を変えようと思った慶次は、別の話題を長可にふる。
「是不是覺得對讓老爹死了有責任感,今天從早上就一直沒停過地忙」
「親父を死なせちまった責任を感じているのか、今日も朝から働き詰めだ」
「……這樣不好」
「……良くないね」
「嗯,他不是壞人。老爹傷勢太重……無論誰診斷都救不了的吧」
「ああ、あいつが悪いわけじゃない。親父は深手だった……誰が診ても助からなかっただろう」
長可沉重地嘆了口氣。兩人都覺得現在的靜子最危險,若情況持續下去她終究會倒下。然而,沒有人能讓靜子的耳朵聽到任何聲音。
長可は重いため息を吐く。2人は今の静子は一番危険だと感じていた。このままの状況が続けばいずれ彼女は倒れる。しかし、静子の耳には誰の声も届かなかった。
「大家都明白。若能從那道傷裡活下來,那才真的是個奇蹟」
「皆、分かっているんだよ。あの傷で助かれば、それこそ奇跡だって事がな」
儘管如此,長可仍無法不抱有期待。他抱著微薄的希望,認為靜子一定會想辦法渡過難關。
それでも、長可は期待を抱かずにはいられなかった。きっと静子なら何とかしてくれると、そんな淡い期待を抱いていた。
但當他看到森可成的屍體時,才知道那不過是空虛的願望。
だが、それがむなしい願望だということを、森可成の死体を見たときに彼は知った。
(父親……對不起)
(親父……すまねぇ)
在自己的無力感裡崩潰的長可,在心中向森可成道歉。
自分の無力さに打ちひしがれながら、長可は心の中で森可成に謝罪した。
在被悲傷籠罩的宇佐山城被織田本軍入城數日後,信長召見了延曆寺的僧人。
悲しみに包まれた宇佐山城に織田本軍が入城して数日後、信長は延暦寺の僧を呼び出した。
被討取主君的悲痛轉為憤怒,延曆寺的僧侶們被近似詛咒的怒火所包圍。
主君を討ち取られた悲しみは怒りに代わり、延暦寺の僧たちは呪詛(じゅそ)にも似た怒りに晒(さら)される。
但他們堅信織田軍絕不敢對他們下手。因此,不論怎樣被敵方向他們射出殺意,他們仍輕視織田軍為無法動手的對象。
だが、彼らは決して織田軍が自分たちへ手を出せぬと確信している。ゆえに、どれだけ殺気を向けられようと、織田軍は手も足も出せない連中と侮っていた。
召見延曆寺的信長向他們直言。
延暦寺を呼び出した信長は、彼らへ端的に告げた。
「把山門領歸還。作為交換,不要插手武家的戰事,保持中立。還是你們要一切化為灰燼?」
「山門領を返却する。代わりに武家の合戦に首を突っ込まず中立を保て。それとも、すべてが灰になる方をお望みか」
面對這強硬的威脅,僧侶們一瞬間驚恐,但很快恢復鎮定。
強気な脅しに一瞬、おびえた僧たちだがすぐに落ち着きを取り戻す。
比叡山是佛所統治的不入之地,同時也是聖域。延曆寺的僧人們相信,身為那裡的僧侶,時刻受到佛的庇護。
比叡山は仏の治める不入の地であり、同時に聖域だ。そこにある延暦寺の僧たる自分たちには、常に仏の加護があると彼らは信じている。
延曆寺過去曾兩度遭遇焚燒襲擊,而那些發動者最終都被家臣背叛,這成為他們堅信佛會護佑的理由。
延暦寺は過去に2度の焼き討ちを受けているが、行った人物はすべて家臣に裏切られる結末を迎えていることが、仏の加護があると彼らが確信する理由だ。
「……?」
「……?」
聽著信長話語的僧人,時不時注意到有拖拽東西的聲音。
信長の話を聞いていた僧は、ときおりものを引きずるような音がするのに気付く。
沉重拖行的聲音與濕潤滴落的聲響混雜,形成刺耳的不協和音。
重たい何かを引きずる音と、水っぽい何かが滴る音が混ざり、耳障りな音を形成していた。
然而,對於那聲音,信長以及他周遭的人完全沒有任何反應。
しかし、その音に対して信長や、彼の周りにいる人間は一切反応を示さない。
拖行聲慢慢向他們靠近;儘管如此,信長毫無反應,仍不斷譴責延暦寺的處置。
何かを引きずる音は少しずつ自分たちへ近づいてくる。それでも、信長はなんの反応を示さず、変わらず延々と延暦寺の対応を非難し続けていた。
不久,那聲音的來源在僧人所在房間門前暫停。一名皺眉的僧人耳中傳來入口悄然被打開的聲響。
やがて音の発生源は僧たちのいる部屋の前でいったん止まる。何事だと眉をひそめた僧の耳に、入り口が静かに開けられた音が届く。
「什、什麼!? ひ、ぎゃああああああああああああ!!」
「何が!? ひ、ぎゃああああああああああああ!!」
好奇的其中一位僧人回頭,驚愕地發出一聲悲鳴。
気になった僧の1人が後ろへ振り返り、そして驚愕の表情で悲鳴を上げた。
那巨大的叫聲讓其他僧人也回頭看向背後,隨即像第一位僧人一樣發出慘叫。
その大声にほかの僧たちも背後にあるものが気になって振り返る。そして、最初の僧と同じように悲鳴を上げた。
因為有一個令人難以置信的人物站在入口,他們視線所及是身穿甲冑的森可成。
信じられない人物が入り口に立っていたからである。彼らの視線の先には甲冑(かっちゅう)姿の森可成がいた。
全身沾滿泥土,身上到處插著箭矢,鮮血不停地滴落在地板上,但他的目光毫不猶豫地盯著僧人們。
全身が土で汚れ、あちこちに矢が刺さり、血が止めどなく床へ落ちているが、彼の目は迷いなく僧たちを捉えていた。
僧人們被嚇壞了。雖然還沒見到首級,但已有報告說森可成被箭貫穿心臟,已陣亡。
僧たちはおびえた。首級(しゅきゅう)は上げられなかったものの、心の臓を矢に貫かれた森可成は討ち死にしたと報告を受けた。
他們也接獲訊息,聖衆來迎寺有森可成的墓所,織田兵把遺體運到那裡;但眼前之人無疑就是信長的臂膀森可成。
聖衆来迎寺に森可成の墓所があること、その場まで織田兵が森可成の死体を運んだことの報告も受けていた。だが、目の前にいる人物は紛れもなく信長の右腕である森可成だ。
僧人們根本不明白到底發生了什麼,難以理解,無法冷靜,腦中一片混亂。
一体何がどうなっているのか分からず、僧たちは理解に苦しむ。気を落ち着けることもできず、混乱してまともな考えが出てこなかった。
「難道僧人有看到門口就要尖叫的教義嗎?」
「僧には入り口を見て、悲鳴を上げる教義でもあるのか」
信長這句話讓僧人們齊齊回頭,他的臉上顯得完全不懂他們在害怕什麼。
信長の言葉に僧たちが一斉に振り向く。彼の顔は、僧たちが何におびえているのかまるで理解していな表情だった。
一名僧人發出說不出話來的聲音,指向門口那個一動不動、盯著僧人的森可成。
僧の1人が言葉にならない言葉を吐きつつ、入り口で不動のまま僧を睨む森可成を指さす。
表露出不悅的信長帶著嘆息看了一眼僧人所指之處,隨即又苦著臉再度問他們。
不快感をあらわにする信長は、ため息交じりに僧の指さす場所を一見する。だが、すぐに苦い顔で彼らに再度尋ねる。
「我說,門口到底有什麼?哪裡什麼都沒有啊。」
「だから入り口に何があるというのだ。何もないではないか」
「不、不行! 不、不不不……ッ!」
「い、だ! も、もももも……ッ!」
驚恐之下,僧人的口中只能漏出難以成句的聲音。
恐怖の余り、僧の口からは言葉にならない言葉が漏れていた。
站在門口的森可成像是在呼應僧人的聲音似的動了動。他目不轉睛地盯著僧人,沉默中帶著憤怒的表情,一步又一步向前。
入り口に立つ森可成が、僧の声に呼応するように動く。視線は僧たちから外れることなく、沈黙したまま憤怒の表情を浮かべて一歩、また一歩と歩みを進める。
僧人們眼中已只看見那以憤怒表情盯著他們的森可成。信長對僧人的態度感到不悅,站起來一腳踢飛眼前的膳桌並怒喝。
すでに僧たちは、憤怒の表情で自分たちを睨む森可成にしか見えていなかった。僧の態度を不快に思った信長は立ち上がると、目の前にある膳を蹴り飛ばして叫ぶ。
「給我適可而止!不管你們在看什麼,如果那麼不想和我說話就滾開!」
「いい加減にしろ! 何を見ているか知らんが、それほどわしと話をしたくないのならうせろ!」
瞬間,僧人們像被彈開般飛奔出房間。
瞬間、僧たちははじかれたように駆け足で部屋から出て行く。
不一會兒,傳來兵士們譏笑的聲音。等那聲音消失、房內恢復寂靜時,信長大笑出聲。
少しして兵士たちの嘲笑(あざわら)う声がした。それが消え、部屋に静寂が訪れたところで信長は盛大に笑った。
「哇哈哈哈哈!看到了嗎,可成?看看他們的臉!一邊自稱得到佛的加護,卻因為死人般的演技就腿軟拼命逃跑了!」
「わははははっ! 見たか、可成。奴らの顔を! 仏の加護を得ていると豪語しておきながら、死人の演技ごときで腰を抜かして必死に逃げおったわ!」
顯然相當愉快,信長抱腹大笑。
よほど愉快だったのだろう、信長は腹を抱えて笑った。
「真遺憾。本來已經準備好當眾斷臂的橋段,卻失去了上演的機會。替我們做演技指導的靜子殿真是可憐。」
「残念です。目の前で腕を落とす準備は万端でしたが、披露する機会を失ってしまいました。演技指導をしてくれた静子殿がかわいそうです」
對信長的話森可成回道。他身上那股詭異的氣氛消散,恢復成平日沉穩的樣子。
信長の言葉に森可成が答える。彼からはおどろおどろしい雰囲気が霧散し、いつもの落ち着いた雰囲気を身にまとっていた。
「嘿嘿嘿,真可惜。要是可成的手臂掉下來,他們大概會驚得眼珠都掉出來吧!」
「くっくっく、残念だ。可成の腕が落ちれば、奴らは驚きの余り目が飛び出しただろうよ!」
不知是太痛快還是正中笑點,信長短暫地無視旁人抱腹大笑。
痛快すぎたのか、それとも笑いのツボだったのか、信長は少しの間、人目を気にせず腹を抱えて笑った。
「啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊っ!!!」
「うわあああああああああああああああああっ!!!」
「哎呀呀呀呀呀呀呀呀呀呀っ!!!」
「えええええええええええええええええっ!!」
「不要啊啊啊啊啊啊啊っ!!!」
「なあああああああああああああああっ!!!」
「老、老爹啊啊啊啊啊啊啊!!求、求求求求你去成佛成佛成佛啊——!?』
「お、おおおおおおおおおやじぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! じょ、じょじょじょじょじょじょ成仏しししししてくれれれれよー!?」
當然,見到森可成的身影,青地茂綱、慶次、才蔵、長可以及森可成的家老各務元正等人都發出近乎悲鳴的叫聲。面對眾人驚愕的反應,森可成苦笑著搔了搔臉頰。
当然のことだが森可成の姿を見た青地茂綱や慶次、才蔵、長可、森可成の家老である各務元正らは悲鳴に近い声を上げる。全員の驚きように森可成は苦笑いを浮かべて頬をかく。
「我的腳還在呢。看,像這樣。」
「足はついておるぞ。ほれ、このとおりだ」
森可成一邊展示自己的雙腳一邊作弄似地耍寶,但長可等人不知發生何事,和僧人們一樣腦袋一片混亂。
自分の足を見せつつ森可成は戯(おど)けてみせる。だが、長可たちは何が起きているか分からず、僧たちと同じく頭の中が混乱する。
似乎覺得大家的反應很有趣,信長咧嘴笑著。然而他知道若不揭穿真相事情無法繼續,便叫來策劃一切的靜子。
全員の反応が面白かったのか、信長はニヤニヤと笑っていた。しかし、種明かしをしなければ話が進まないことを理解し、すべての計画を立てた静子を呼び出した。
「對不起喔,說森大人死了那件事,其實是假的喔。」
「ごめんね、森様が死んだって話、あれ嘘なんだよ」
被召來的靜子用檜扇輕敲自己的臉頰,並以輕鬆的口吻揭穿了這個祕密。
呼びだされた静子は、檜扇(ひおうぎ)で自分の頬をつつきながら軽い調子で種明かしをした。
「欸、等、等一下。那麼,說父親是瀕死重傷的事呢?」
「え、ちょ、ちょっと待て。じゃあ、親父が瀕死(ひんし)の重傷だって話は?」
長可最先反應過來,雖然混亂但還是把疑問說出口。
最初に頭の理解が追いついた長可が、混乱しながらも疑問を口にする。
「確實是瀕死。最後是把命賭在森大人身上,結果賭贏了。」
「確かに瀕死(ひんし)だったよ。最後は森様の生命力に賭けたしね。見事、賭けには勝ったよ」
「啊,原來如此。等、等等。為什麼把父親宣告為死呢!」
「あ、そうなんだ。じゃ、じゃなくてさ。何で親父を死んだことにしたんだよ!」
「那個我來說明。那天我撿回一命,但出現了問題。我已經握不了槍了。」
「それについてはわしから話そう。あの日、一命を取り留めたわしだが、ある問題が発生した。わしは槍が握れなくなったのじゃよ」
對仍然糾纏的長可,森可成以輕鬆的語氣說出重大之事。
なおも食って掛かる長可に、森可成が軽い調子で重大な話を口にする。
「勝藏,你應該懂的吧。不能握槍的我,站在前線也沒用。既然如此,讓他們以為我已經死了,讓敵人鬆懈,反而更好。」
「勝蔵、貴様なら分かるだろ。槍の持てぬわしなど、前線に立っても役立たずだ。ならば、死んだことにして、連中を油断させる方がよほど良い」
「那、那靜子拿出來的遺體是……?」
「じゃ、じゃあ静子が出してきた亡きがらは……?」
「途中是由森大人演戲,但搬到聖衆來迎寺的時候是另外一個人。順帶一提,那具遺體是從坂本那裡找來的。找一具外觀像森大人的遺體還真費了功夫。」
「途中までは森様に演技して貰ったけど、聖衆来迎寺に運ぶときは別の人間だよ。ちなみに、亡きがらは坂本から拾ってきたの。苦労したよ、森様に似た見た目の亡きがらを探すの」
「在父親的遺體面前,說要我自己去斬的那句是誰說的?」
「親父の亡きがらを前に、自分を斬れって言ったのは?」
「那是演技。為了教訓間諜,也需要做出誇張的行動。」
「あれは演技だよ。間者に教えるためにも、派手な行動をする必要があったの」
「在被運走前,盛大地哭泣的是?」
「運ばれる前、盛大に泣いていたのは?」
「那也是演技。營造悲壯感讓間者們確信森大人已死。沒想到士兵竟然會跟著落淚。」
「あれも演技だよ。悲壮感を出して、森様が確実に死んだと間者たちに思わせるためだよ。まさか兵たちがもらい泣きするとは思わなかったけどね」
「……說拼命工作到要死的那些也是嗎?」
「……死ぬほど働いていたのは?」
「那也是演技。要營造被逼到絕境的感覺,不然他們會識破我在說謊。」
「あれも演技だよ。追い詰められている感じを出さないと、私が嘘を言っていると見抜かれるからね」
「啊啊啊啊啊~~~~!!全部都是騙人的嗎!!」
「はあああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!! 全部、うそだったのかよ!!」
至此眾人終於反應過來,理解了森可成與靜子的宏大計畫。雖然可以隱瞞死亡,但竟然會散布自己已死的謠言,誰也想不到。
ここでようやく全員が頭の理解が追いつき、森可成と静子の大それた計画を理解した。死を秘匿することはあっても、死んだことを吹聴して広げるなど考えもつかなかった。
大家都徹底陷入兩人的計策,完全相信森可成已經身亡。
皆、2人の作戦にまんまとはまり、完全に森可成が死んだと思い込んでいた。
在那種情況下,不論間者做什麼,都不會想到森可成還活著。
その状態ならば間者がどの様なことをしても、森可成が生きていることに考えが及び付かない。
畢竟知道森可成還活著的只有靜子、本人森可成,以及後來知道的信長三人。加上靜子與信長都有容易希望他活著的動機。
なにしろ、森可成が生きていることを知っているのは静子と本人の森可成、途中から信長の3人だ。おまけに静子と信長には、森可成が生きて欲しいと願いやすい背景がある。
萬一有人洩露兩人中有誰活著,沒有人會當真,只會當成妄想或私慾脫口而出。
万が一、2人の内どちらかが生きていることを漏らしても、誰も真剣に取り合わず妄想や願望が口に出たと思うだけだ。
「只有這個作戰,不管如何都必須成功。所以為了欺瞞敵人,騙了身為我方的大家。即使道歉也無法被原諒,但對不起。」
「この作戦だけは、どうしても成功させなければならなかったの。だから、敵をだますために、味方である皆をだましたの。謝っても許されることじゃないけど、ごめんなさい」
「靜子大人不必道歉。這是我拜託她的事。要責怪就責怪我。她只是盡了最大努力回應我的請求而已。」
「静子殿が謝る必要はない。これはわしが頼んだことだ。責めるならわしを責めろ。彼女はわしの頼みに対し、最大限に応えてくれただけだ」
靜子低頭致歉之旁,森可成也低頭。雖有些混亂,但得知全貌的長可發出疲倦的嘆息。
頭を下げる静子の横で、森可成もまた頭を下げる。多少混乱したが、全貌を知った長可は疲れたようなため息を吐く。
「確實令人吃驚……不過,那應該是必要的手段吧。那就沒辦法了……況且有句話說『欺敵先欺友』。所以別放在心上!」
「確かに驚いたけど……その、必要な策だったのだろう。じゃあ、仕方ねぇ……それに『敵を欺くにはまず味方から』というしな。だから、気にするな!」
為了掩飾尷尬,長可輕拍靜子的頭。長可本意是想消除沉重的氣氛,並非用力,只是輕輕拍一下。
照れ隠しに長可は静子の頭を軽くたたく。長可本人は重苦しい空気を吹き飛ばすために、力を込めず軽い調子でたたいたつもりだった。
靜子也幾乎沒覺得痛,明白勝藏是為了掃除沉悶氣氛才做的。可是,靜子剛想用俏皮話回應、抬頭的瞬間,視野突然一片黑暗。
静子自身も痛みはほとんどなく、勝蔵が重苦しい空気を吹き飛ばすためにやったことだと理解した。しかし、静子は軽口を叩こうと頭を上げた瞬間、急に視界が暗転した。
(咦……?)
(あれ……?)
不知發生了什麼事,靜子像電池耗盡般放鬆了意識。
自分の身に何が起きたか分からず、まるで電池が切れるように静子は意識を手放した。
森可成陣亡。那是淺井、朝倉、延曆寺、一向衆調查的結論。
森可成は討ち死にした。それが浅井・朝倉・延暦寺・一向衆が調べた結果だった。
事實上,雖然有人逃脫,但在臨死前仍逼得森可成走投無路。另外,間者們曾目擊從宇佐山城嚴密地運出遺體的景象。
実際、逃げられはしたものの、死の間際にまで森可成を追いつめた。また宇佐山城から厳重に遺体が運び出される光景を間者たちが目撃している。
在聖衆來迎寺接受供養,也確認有墓。之後,因織田軍的奮戰與他們的憤怒,聯軍雖未取得首級,但判斷森可成已陣亡。
聖衆来迎寺で供養され、墓があることも確認した。その後、織田軍の奮闘や彼らの憤りから連合軍は、首級(しゅきゅう)こそ挙げられなかったものの森可成が討ち死にしたと判断した。
然而,雙方都有些許誤會。
しかし、そこには双方のちょっとした勘違いがあった。
首先森可成確實受了重傷。
まず森可成は確かに深手を負った。
但是,就在前一刻,長可提醒森可成有危險,且長可一聲喊叫同時無意識丟出的東西打到敵兵的臉,導致本來要貫穿心臟的箭偏離,改為從胸部貫入到肩膀。
だが、直前に長可が森可成に危険を知らせたこと、長可が叫ぶと同時に無意識に投げたものが敵兵の顔に当たって狙いが外れたことで、森可成の心臓を貫く矢が胸から肩にかけて貫く形にそれた。
幸運的是,那支箭沒有大幅傷及主要血管或肺等內臟。
幸運なことに、その矢は主要な血管や肺などの内臓を大きく傷付けなかった。
儘管如此,貫穿胸肩的箭還是造成森可成重傷,無論誰看都像是將要死亡的身體。
それでも、胸から肩を貫いた矢は森可成に深手を負わし、誰がどう見ても死にゆく身体に見えた。
若以戰國時代的醫療技術,恐怕無法避免死亡。然而,靜子所知的醫療技術是在數百年後的技術。
戦国時代の医療技術なら死は免れなかっただろう。しかし、静子の知る医療技術は数百年先の技術だ。
即使沒有專業知識,以普通常識可及的治療就足夠了。多虧如此,森可成才艱難地保住一條命,但現實無情,他只保住了「命」而已。
専門的な知識がなくとも普通に知られている治療で十分だった。そのおかげで辛くも一命を取りとめた森可成だったが、現実は非情で彼は『命』だけしか助からなかった。
刺入左肩的箭撕裂了肩膀的肌肉,導致森可成的左臂留下後遺症。有好幾個後遺症,但最折磨他的是失去了揮槍的力量。
左肩に刺さった矢が肩の筋肉を引き裂いたため、森可成の左腕には後遺症が残った。いくつかあるが、もっとも彼を苦しめたのは槍をふるう力を出せなくなったことだ。
槍拿不熟練對他來說是致命的問題。靜子不是醫生,無法治療被箭摧毀的肩膀。
槍がうまく扱えないことは、彼として致命的な問題だった。医者ではない静子には、矢によって破壊された肩の治療はできない。
雖然對日常生活影響不大,但在那天失去戰鬥力的九月二十三日,森可成作為武邊者被視為已死。
日常生活に影響は小さいものの、戦う力が失われたあの日、九月二十三日に森可成は武辺者として死んだ。
接到商議的靜子立刻施展各種演技,佯裝森可成已死。
相談を受けた静子はすぐさま様々な演技を行い、あたかも森可成が死んだように見せかけた。
準備假屍、製作墓碑,向本軍散布虛假情報,將森可成的死亡固定為事實,並讓聯軍那邊以「人傳人」的方式傳播。
偽の死体を用意し、墓を用意し、嘘の情報を自軍に流して森可成の死を真実として固定すると、連合軍側へ『人づてに伝わる』ようにした。
淺井·朝倉聯軍或許能想到把死人說成活著,但想不到把活人說成死去的計策,結果徹底誤以為森可成已死。
浅井・朝倉連合軍も死んでいる人間を生きていることにする策は考えついても、生きている人間を死んだことにする策にまでは考えが回らず、見事に森可成が死んだと勘違いした。
換言之,作為雙方情報發信源的靜子一人所說的話,織田軍和淺井·朝倉聯軍都完全相信。
つまり、双方の情報発信源になる静子一人の話を、織田軍も浅井・朝倉連合軍も信じきった。
正因為是沒有照片影像的戰國時代,這種計策才可能,在現代幾乎肯定會被識破。
写真も映像もない戦国時代だからこそ可能だった策で、現代で行えばほぼ確実にうそは見抜かれる。
即便如此,以「人傳人」的方式仍是讓對方信以為真的簡單且相當有效的方法。
それでも、『人づてに伝える』事は、嘘を相手に信じ込ませる方法として単純、かつそれなりの効果が期待できる。
畢竟人們對於非法取得的情報或從信任之人口中獲得的消息,心理上往往會無條件相信。
何しろ人は不正に入手した情報や、信じている相手から教えられた情報は、無条件に信じてしまう心理が働くからだ。
本以為只要散布謊情報便可收場,但森可成想到了一個驚人的主意。
嘘の情報を流すだけで終わり、と思われたが森可成はとんでもない事を思いついた。
他覺得單純事後告知自己還活著太無趣,想對聯軍做些報復。
彼は単純に生きていることを後に知らせるだけでは面白くない、何か連合軍に仕返しをしたいと考えた。
那就是對延曆寺僧侶製造的騷動:以從墓中復活的模樣無言盯視僧人,為了讓僧人只看到森可成的身影,周圍的人則一律假裝什麼都看不見。
それが延暦寺の僧にした騒動だ。墓から蘇った風貌で僧を無言のまま睨む。そして、森可成の姿は僧にしか見えていないようにするため、周りの人間は一切見えないふりをする。
這個計畫大獲成功,僧人們從混亂中陷入恐慌,帶著難堪的模樣逃回延曆寺。
この計画は大成功をおさめ、僧たちは混乱からパニックを起こし、無様な姿を周囲に晒しながら延暦寺へ逃げ帰った。
「當時那些僧人的表情,我也真想讓你們看看啊」
「あのときの僧たちの顔、貴様たちにも見せたかったぞ」
信長、森可成與他的家老各務元正等人,以及青地茂綱與野府城主織田信治召開軍議,商討今後的對應。
信長、森可成と彼の家老である各務元正ら、青地茂綱に野府城主の織田信治が今後の対応を考えるため軍議を開いた。
九月二十三日雖犧牲了大量士兵,但以森可成為首的許多家臣免於討死。許多士兵喪失戰力,因而沒有遭受追擊,也可說因此得以倖存。
九月二十三日に多数の兵を犠牲にしながらも、森可成を筆頭に多くの家臣たちは討ち死にを免れた。多くの兵たちが死兵と化したことで、追撃を受けなかった故に生き延びたとも言える。
信長向延曆寺通報要求交出逃入延曆寺的淺井·朝倉軍,但沒有得到回應。
延暦寺に逃げ込んだ浅井・朝倉軍の引き渡しを、信長は延暦寺に通達したが返事はない。
本來比叡山延曆寺位於京城的丑寅(東北)方,作為國家鎮護與佛教信仰的聖地,向來不受武家支配。
もともと、比叡山延暦寺は京の丑寅(北東)に位置し、国家鎮護、仏教信仰の聖地として今まで武家の支配を受け付けなかった。
此外,它與以朝倉氏為首的大檀那及眾多武家信徒結聯,支持全國的一揆,且雇用僧兵為戰力,形成一股大勢力。
また、大檀那たる朝倉氏を始め、多くの武家信者と結びつき、全国の一揆の後ろ盾になったり、僧兵を雇い兵にしたりと一大勢力を形成していた。
織田的包圍網已成,信長認為無需畏懼,而延曆寺方面完全不打算向信長讓步。
織田包囲網が出来上がった今、信長は恐れるに足りずと考え、延暦寺側は信長に譲歩する気は一切なかった。
「……就我而言,敵人太多。先把淺井或朝倉其中一方剿滅。為此必須包圍延曆寺。」
「……わしとしては敵が多すぎる。まず浅井か、朝倉のどちらかをつぶす。そのためには延暦寺を包囲する必要がある」
「失禮了館主,延曆寺不會同意交出,且即使包圍也不見得會屈服。」
「失礼ながらお館様、延暦寺は引き渡しに応じません。また、包囲しても延暦寺側が応じるとも思えません」
「別擔心,雪季快到了。下雪時朝倉便回不了越前。利用那時機,用神輿向朝廷取得勅許,這樣那些人也無法為非作歹。」
「何、気にするな。もうすぐ雪の季節がくる。雪がふれば朝倉は越前へ戻れなくなる。そこを利用し、神輿を使って朝廷からの勅許を得る。さすれば、連中も無体なことはできん」
信長的構想正確,朝倉因織田軍的包圍而感到無法返回越前的危機感。
信長の考えは正しく、朝倉は織田軍の包囲によって越前へ帰ることができない状態に危機感を覚えていた。
若現狀持續,越前將近四個月陷入朝倉家當主與本軍不在的局面。
今の状態が続けば、越前は四か月近く朝倉家当主と朝倉本軍が不在の状況に陥る。
不可指望周邊諸國坐視不理,朝倉正搜尋在下雪前返回越前的方法。
周辺国が黙ってみているとは思えず、朝倉は雪がふるまでに越前へ戻る方法を模索していた。
「雪季將至,在那之前一切不可放鬆警戒。」
「雪が降るころだ。それまで一切、気を緩めるな」
「是,遵命。」
「はっ、承知しました」
「至於身體出毛病的靜子與森可成,你們先回岐阜休養。別擔心,休息也是工作。現在若被逼到倒下就麻煩了。」
「されど身体を壊した静子と森可成、貴様たちは先に岐阜へ戻って身体を休めろ。何も気にするな、身体を休めることも仕事だ。今、お前たちに無理をされて倒れられては困る」
即便是為了演戲,靜子從早到晚守備宇佐山城,等眾人入睡後又替森可成治療。
演技のためとはいえ、静子は朝から夕方まで宇佐山城の防衛、皆が寝静まるころに森可成の治療をしていた。
自信長入城以來日夜奔忙,加上坂本之戰的疲勞累積,她不自覺地積蓄疲憊,終於倒下。
信長が入城してからも朝から夜中まで忙しかったことと坂本の合戦の疲労が重なり、彼女は知らず知らずの内に疲労を溜め、ついには倒れてしまった。
當一直是宇佐山城士兵精神支柱的靜子像電池耗盡般向後倒下時,城中一片大亂。
宇佐山城にいる兵士たちの精神的支柱になっていた静子が、電池が切れたように後ろへ倒れたときは城中が上を下への大騒ぎだった。
曾公開宣稱要殺僧殺佛的長可竟開始向神佛祈禱,看似冷靜的才藏把報告書顛倒著讀,而慶次則點著菸不吸,只把灰彈出去。
坊主は殺す、仏も殺すと公言していた長可は神仏に祈り出し、冷静に見える才蔵は報告書を逆さまのまま読み始め、慶次に至ってはタバコに火を付けては吹かさず灰を飛ばしていた。
足滿則始終散發壓迫感,對任何一點可疑動作的人都投以殺意。
足満に至っては常に威圧感を放ち、少しでも怪しい動きをする人間に殺意を向ける始末だ。
原因是過勞引起的心因性發熱,休養數日即可好轉;但向來健康的靜子倒下,也令信長不免動搖。
原因は過労からくる心因性発熱で数日安静にすれば落ち着く。だが、今まで健康優良児だった静子が倒れたことで信長も少なからず動揺した。
「實在令人羞愧。我們不自覺間似乎給了她太多負擔。」
「お恥ずかしい限りです。われわれは知らず知らずのうちに、彼女へ負担を強いていたようです」
結果認為讓疲憊不堪的靜子繼續工作太危險,信長決定派慶次、才藏、足滿以及兩千名兵士護送她返回尾張。
結局、疲労困憊(こんぱい)の静子をこれ以上働かせることは危険と判断し、信長は慶次と才蔵、足満と兵2000の護衛をつけて尾張に帰還させることを決定した。
靜子軍原本兵力7500,但經過坂本之戰與守備宇佐山城後人數減至一半以下,現僅剩3000人與黑鍬衆500人。
静子軍は兵力7500だったが坂本の合戦、そして宇佐山城の防衛で数を半分以下に減らし、今や3000と黒鍬衆500しかいなかった。
其中1000人與長可留守宇佐山城,其餘則遣返尾張;其後足滿帶著2000名兵及黑鍬衆500人在小木江城執行防守任務。
内、1000と長可は宇佐山城に残り、ほかは尾張へ帰還させたという形だ。その後、足満と兵2000および黒鍬衆500は小木江城で防衛任務に当たることとなった。
信長原本打算讓全員返回,但長可與部分兵士堅決拒絕回去,表示要留下戰鬥。
本来は全員を帰還させる予定の信長だったが、長可と一部の兵たちが残って戦うと帰還を断固拒否した。
最終以妥協方案決定只留下長可與兵1000名。剩下的兵雖感到疲憊,卻仍保持高度士氣;不,甚至比開始坂本之戰之前還更高漲。
最終的に長可と兵1000のみ残すことを妥協案とした。残った兵は疲労を覚えながらも依然として士気が高い。否、坂本の戦いを始める前よりも高まっていた。
「可成,你兒子變得令人放心了。如今已是出色的武將。性情稍顯粗獷,對年輕人來說倒也正合適。」
「可成、お前の息子は頼もしくなったな。今や立派な武将だ。少々、荒々しい性質があるが、若人にはそれぐらいが良い」
「過獎了。雖然年輕,仍會奉命為殿下效力。請盡量任用。」
「勿体ないお言葉です。若輩なれど、お館様のために働くよう申し付けておきます。どうぞ存分にお使いください」
森可成深深低頭,眼中流下了一縷淚水。
深々と頭を下げる森可成の目には、一筋の涙が流れていた。
在坂本之戰與宇佐山城之戰中,靜子隊損失了超過一半的兵力。
坂本の合戦と宇佐山城の合戦で、静子隊は兵を半分以上失った。
靜子軍進行了重編,慶次與才藏回歸本職,專心擔任靜子的馬廻眾。
静子軍は再編成を行い、慶次と才蔵は本来の任務である静子の馬廻衆に専念することとなる。
靜子本人連日戰鬥嚴重耗損體力,加上各種壓力導致身體不適,現在正靜養療養。
静子自身も連日の合戦で体力を著しく消耗し、さらにさまざまな重圧によって体調を崩し、今は療養生活をしている。
森可成也為療傷而返回由長子守護的森家知行地,努力進行復健。
森可成もまた、傷を癒やすため長男が守る森家の知行地へ戻り、リハビリに努めた。
換言之,掌握長可繮繩的森可成與靜子,兩人同時都不在長可身邊。
つまり長可の手綱を握っている森可成と静子が、そろって長可の元にいない状態だ。
感受到信長的期待後,長可決定更加努力;換句話說,他開始採取更加放縱的行動。
信長からの期待も感じた長可は、今以上に働こうと考えた。つまり、はじけた行動を取り出す。
在後世被稱為志賀之陣的戰役中,長可留下了在戰國武將中尤為近乎狂氣的逸聞。
後世に志賀の陣と呼ばれた合戦において、長可は戦国時代に名を残した武将の中でも特に狂気じみた逸話を残す。
起初只是對信長下令「延曆寺に協力する村を説得してこい」的命令的一種回應。
最初は信長の「延暦寺に協力する村を説得してこい」という命令に対する対応だった。
受命後,他懷著期待前往說服村民;然而翌日回來時,村民全數滅亡,房屋與田地一切俱被燒毀。
任務を与えられた彼は、期待を胸に村の説得へ向かった。しかし、翌日帰ってくれば、村人は全滅、家から畑まで何もかも焼け落ちていた。
針對村落採取軍事行動是明顯的,然而長可在信長面前泰然自若地說明。
村に対して軍事行動を行ったことは明白だが、長可は信長を前に平然と言い放った。
「本欲說服村長,但在談判中遭到背後襲擊,故不得已以武力應對。」
「村長を説得しようとしましたが、話し合い中に背後から襲われたため、やむなく武力で対応することになりました」
「既然如此,無須詳究。」
「ならば委細問題なし」
信長對長可的話輕易接受,並以有些委婉的方式說出「很好,再多做些」,來煽動長可。
信長は長可の言葉にあっさり納得した。その上、彼は「いいぞ、もっとやれ」をいくぶんオブラートに包んで長可を煽(あお)った。
長可帶來的結果與說服大相逕庭,但他毫無責難,於是更放肆地採取行動。
説得とは違う結果をもたらした長可だが、一切のおとがめ無しだった彼はさらにはじけた行動をとる。
接下來他去的是延曆寺管轄的關所。關所當然不允許織田軍通行。一般人會採取各種策反或回去向主君請示對策。
次に行ったことは延暦寺が管轄する関所だ。当然ながら織田軍の通行を関所は認めない。普通ならさまざまな調略を取るか、主君へ対応を伺いに行くだろう。
但長可不同。他先將守門人全數殺害,隨後放火焚燒關所。將守門人的屍體曝屍於野而繼續進軍,襲擊村落,展現出慘殺與掠奪的殘忍行徑。
だが、長可は違った。門番を皆殺しにした挙げ句、関所へ火を放った。門番の死体を野晒(ざら)しにしたまま進軍し村を襲撃し、これまた惨殺と略奪の限りを尽くすという鬼畜ぶりを発揮した。
然後,回到信長面前時,他向信長說出近乎狂氣的臺詞。
そして、信長の元へ戻ってきたとき、今度は狂気じみた台詞を信長に言い放つ。
「因為不能通行,所以我讓它可以通行了。」
「通れなかったので通れるようにしました」
「辛苦了。」
「ご苦労」
在關所的虐殺與縱火,還有對村子的襲擊之後,長可依然未受到責難。
関所での虐殺と放火、さらに村の襲撃をしても長可がとがめられることはなかった。
信長幾乎把長可當成發洩鬱悶的工具,承認其行為並做出類似煽動的言行;兩者皆無惡意,因而格外可怕。
彼で鬱憤(うっぷん)を晴らすが如く、信長は長可の行動を認め、煽(あお)るような言動をする始末だ。どちらも悪意がない分、とんでもなくたちが悪かった。
某日,發現一座屬於延曆寺勢力的寺院可作為兵士宿營地時,長可不顧對方便利,直接闖入寺內,擅自讓兵士休息。
ある日、兵士たちを宿泊させる宿として延暦寺勢力の寺を見つけると、長可は相手の都合などお構いなしに寺の中に殴りこみをかけ、勝手に兵士たちを休憩させた。
對前來抗議的僧侶竟命令「準備飯食」。當然僧侶拒絕,長可聽後卻淡然將僧侶全部殺害。
そして、苦情を言いに来た僧たちに「飯を用意しろ」と言う始末だ。当然、僧たちは受け入れず拒否するが、それを聞いた長可は淡々と僧たちを皆殺しにする。
他還打算放火焚寺,卻忽然想到:把佛像燒掉恐怕有問題吧。
さらに寺へ火を放とうとするが、彼はふと思った。さすがに仏像を焼くのは問題ではないかと。
於是,長可命令足輕搬出佛像並擺放在能清楚看見寺院的位置,然後喃喃自語道沒問題後放火焚寺。
そこで、長可は足軽たちに仏像を運ばせて寺がよく見える位置に配置した後、何も問題なしと呟(つぶや)いてから寺に火を放った。
看著寺院轟然烈焰燃燒,他對足輕說出瘋狂的臺詞。
轟々(ごうごう)と燃え盛る寺を見ながら、彼は足軽たちに向かって狂気の台詞を言い放つ。
「寺這麼清楚地被看見,佛也定然會感到高興吧。」
「寺がよく見えて仏もさぞかし喜んでいるだろう」
而五日後,他竟忘記自己曾擺放過佛像,將路邊曝於野外的佛像摧毀,做成柴薪,行為殘暴至極。
なお彼はそれから五日後、自分が置いたということを忘れて、道端に野ざらし状態の仏像を破壊し、薪の材料にする鬼畜行為をした。
長可近乎瘋狂的行徑持續。有日逮到疑似延曆寺偵查的僧兵,便以尋問之名施行拷問。
長可の狂気じみた行動は続く。ある日、延暦寺の斥候らしき僧兵を捕まえると、尋問という名の拷問をする。
光是這點就足以被稱為瘋狂,但他把僧兵以磔刑(はりつけ)固定,然後活活烈火燒死。
それだけでも頭がおかしいと言われそうだが、彼は僧兵を磔(はりつけ)にすると、生きたまま火あぶりの刑を行った。
「因其逃亡而追擊,但僧兵對外自焚自殺了。」
「逃亡したため追跡しましたが、僧兵に焼身自殺をされてしまいました」
若看現場明顯是長可燒死了人,但信長仍然不加責問。
現場を見れば明らかに長可が焼き殺しを行ったと見えるのだが、やはり信長がとがめない。
事到如今,已無一名家臣能阻止長可為所欲為。
ここまで来ると、もはや長可のやりたい放題を止められる家臣は一人もいなくなった。
於是,隨著逸事層出,敵人屢成犧牲,而長可對自身所為絲毫無愧疚或悔意,織田家家臣遂將這位彷彿連鬼也要盡殺的狂人稱為『鬼斬(おにきり)』。
こうして、逸話が出てくるたびに敵の誰かが犠牲になる上、自身の所業に対してまるで自責の念や後悔を覚えない長可に対して、いつしか織田家家臣は鬼も皆殺しにする勢いの彼を『鬼斬(おにきり)』と呼んだ。
這不是敵方的貼標籤,長可名實皆為狂氣的武邊者,但他並未因此改變想法,而是把游擊戰術改造為自己的方式,四處施行惡逆無道之行。
敵のレッテル貼りではなく、名実ともに狂気の武辺者扱いを受けた長可だが、その程度で彼が考えを改めることはなく、ゲリラ戦術を自身なりに改造してあちこちで悪逆無道の限りを尽くす。
比史實中還要精明、且更加惡劣的長可,橫行無忌,幾乎成為戰國史上最凶最惡、最難以理喻的非常識之人。
史実以上に頭の回転が良く、余計にたちが悪くなった長可は、戦国史上最凶最悪の非常識人の看板をほしいままに暴れた。
之後,當在比叡山或坂本發生小火(ぼや)的騷動時,就連信長也把長可召來。
その後、比叡山や坂本で小火(ぼや)騒ぎを起こしたときは、さすがの信長も長可を呼び出した。
家臣們以為這樣他會稍微安分,期待卻脆弱地破滅。
これで少しはおとなしくなる、そう思った家臣たちの期待は脆(もろ)くも崩れ去る。
「長島發生一向一揆。把兩千兵交給你,前往小木江城,準備對付長島的一向一揆。」
「長島が一向一揆を起こしておる。貴様に兵2000を預ける。小木江城へ行き、長島の一向一揆に備えよ」
「是,明白了。長島的一向一揆眾要如何處置?」
「はっ、承知しました。長島の一向一揆衆は如何いたしましょう」
「徹底消滅他們。」
「徹底的にやれ」
只是長可撒野的地點換了而已。不過,說也不用說,大多數家臣因為他要調動而鬆了一口氣。
単に長可の暴れ先が変わっただけであった。それでも、彼が移動するということで、家臣のほとんどが胸を撫(な)で下ろしたことは言うまでもない。
因過勞倒下的靜子在自宅療養了將近一個月。
過労で倒れた静子は一ヶ月近く自宅で療養生活を過ごしていた。
信長為了慎重起見強制她療養,但這療養生活也差點成為反靜子派造謠的理由。
信長が大事をとって療養生活を強いたわけだが、やはりこの療養生活も反静子派が騒ぐ種になりかけた。
然而,木下秀長這次與反靜子派的人會面談判,對他們這樣說:
しかし、木下秀長が今度は反静子派の面々と会談を行い、彼らにこう言った。
「為了織田家親自上前線作戰的她,不應被當作不是『家臣』而是單純的『手駒』來對待。我們也該適可而止,承認她是立派的織田家『家臣』這個事實,不是嗎?」
「織田家のために自ら前線で戦った彼女を『家臣』ではなく、単なる『手駒』として扱う事は許されるべきではない。われわれはいい加減、彼女が立派な織田家『家臣』である事実を認めるべきではなかろうか」
秀長幾乎是在自製火種再自家滅火,近乎所謂的火上澆油;但不知情的反靜子派接受了他的說服,聲勢漸漸收斂。
自分で火種を作り、自分で消火する、いわゆるマッチポンプに近いことをした秀長だが、そのことを知らない反静子派は、彼の説得を受け入れ徐々に声を小さくする。
不到一個月聲勢就消失了,織田家內再也沒有反靜子派的高漲。對他們的做法感到滿意的秀長,接著送給靜子一份名為「干しアユ」的土產。
一か月もすれば声はなくなり、織田家家臣内で再び反静子派が盛り上がることはなくなった。彼らの行動に満足した秀長は、次に静子へ『干しアユ』という土産を贈った。
鮎的盛產期是六月到八月,產卵前的落ち鮎則是九月到十月。
アユの旬は六月から八月、産卵前の落ちアユは九月から十月である。
與近江商人聯盟有關聯的秀吉,為了提高鮎的商品價值,以資源保護為名禁止在十一月至五月捕撈鮎魚。
近江商人連合とつながりを持った秀吉はアユの商品価値を高めるため、資源保護を名目に十一月から五月までアユの漁を禁じた。
同時推廣一夜干、干しアユ、鮎的燻製等保存性高的烹調法;規定禁漁期並公布這些保存法,使鮎的價值提升。
同時にアユの一夜干しや干しアユ、アユの薫製など、保存性に優れた調理法を広めた。アユの禁漁時期を決め、保存性に優れた調理法を公布したことで、アユの価値は高まった。
特別是干しアユ,經過風乾後鮮味凝縮、河魚特有的腥味消失,連過去避開鮎的人都會說變成了他們的最愛,成了暢銷商品。
特に干しアユは、干したことでうま味が凝縮し川魚独特の臭いが消えるので、今までアユを敬遠していた人間が好物だと語るほど人気商品になった。
信長看上了秀長的舉動,為擴大醬油與出汁味噌的販售區域,下令把使用干しアユ與鮎一夜干的食譜傳到第六軍。
秀長の行動に信長は目をつけ、醤油と出汁味噌の販売区域を拡大するため、干しアユやアユの一夜干しを使ったレシピを第6軍に広めるよう命じた。
那些移居各地、以「草」為生的人,將干しアユ的釜飯與干しアユ的甘露煮等各式料理傳遍地方。
地域に移り住んで『草』として生活している彼らは、干しアユの釜飯や干しアユの甘露煮などさまざまな料理を地域に広める。
每當料理方法流行,醬油與出汁味噌的使用地域便擴大,商人們爭相從織田家進貨醬油與出汁味噌。
料理方法が広まるたびに醤油や出汁味噌の使用地域が増え、それに対して商人たちがこぞって織田家から醤油や出汁味噌を仕入れるようになった。
住在京城的廚師們起初輕視這些鄉下的調味料,但後來體會到醬油的萬能性,立刻翻臉搶著大量購買。
京に住む料理人たちも最初は田舎の調味料と見下していたが、後に醤油の万能さを思い知ると手のひらを返して買いあさり始めた。
醬油崛起為日本三大調味料之一,為信長帶來巨額的財富。
日ノ本三大調味料の一角まで上り詰めた醤油は、信長に莫大(ばくだい)な富をもたらした。
將帶來那巨額財富的醬油製法傳授給信長的靜子,又開始開發新的、對周遭人而言帶有些許怪異的調味料。
その莫大(ばくだい)な富をもたらした醤油の製造法を信長に伝授した静子は、またもや新しく、そして周りにとって怪しい調味料の開発を行っていた。
「嗯——好像不太行耶。」
「うーん、いまいちかなぁ」
那是柚子胡椒。名字會讓人聯想到柚子與胡椒,但實際上是以柚子皮和青唐辛子為原料的調味料。
それは柚子胡椒である。胡椒という名前から柚子と胡椒を連想するが、実際は柚子の皮と青唐辛子が原料の調味料である。
在九州或長野的部分地區有時把唐辛子稱為胡椒,加上柚子胡椒據說發源於九州,因此稱作柚子胡椒而不是柚子唐辛子。
九州や長野の一部では唐辛子を胡椒と呼ぶことがあり、また柚子胡椒の発祥地が九州と言われているため、柚子唐辛子ではなく柚子胡椒と呼ばれている。
雖然自古就作為家用調味料使用,但有記錄指出在昭和25年(1950年)作為商品販售。
古くから家庭の調味料として利用されている一方で、昭和25年(1950年)に商品として販売された記録が残っている。
然而柚子胡椒的發祥地尚未確定,推測有多個地區可能為其發源地。
しかし、柚子胡椒の発祥地は確定しておらず、複数の地域が発祥の地と推測されている。
柚子胡椒富含柚子與辣椒的維生素A、B6、C、E及鈉,常作為和風料理的藥味使用。
柚子胡椒は柚子や唐辛子のビタミンAやB6、C、E、ナトリウムが豊富で、和風料理の薬味として用いられることが多い。
可加入於雞肉的燻製或炭火燒烤,也會作為零食的風味添加。雖然有辛味,靜子仍打算把柚子胡椒列為調味料之一。
鶏肉の燻製や炭火焼きに柚子胡椒を加えることや、スナック菓子に風味として加えられることもある。辛味があるものの、静子は柚子胡椒を調味料の一つに加える気でいた。
「雞的炭火燒,柚子胡椒口味定食可能不會流行吧。」
「鶏の炭火焼、柚子胡椒味定食は流行(はや)らないかも」
「是新的料理提供型態嗎?確實比分開上桌好,但比較適合忙碌的人。」
「新しき料理の提供形態かい? 確かに別々に来るよりは良いが、忙しい人間向けだな」
聽了慶次的話,靜子把手放在臉頰上嘆了口氣。
慶次の言葉に静子は頬に手を当ててため息を吐く。
戰國時代,吃飯常把盤子放在地上。因為衛生方面有問題,靜子的家決定改放在小膳上。
戦国時代、食事は皿を床に置いて食べることが多い。衛生面で問題になるので静子の家では、お膳に乗せることが決まりだ。
但小膳都很小,常常分成好幾個小膳上桌;因此在擺盤上的負擔增加,靜子認為需要能以定食形式提供的一個大膳。
しかし、お膳は小さいのしかなく、いくつかお膳が分かれて出てくることが多い。必然的に彩への負担が増えるので、静子としては定食の形で提供できるお膳が必要となった。
也想過用箱膳,但既然有用油的料理,箱膳能免洗的優點就無法實現。
箱膳(はこぜん)も考えたが油を使う料理がある以上、箱膳の利点である洗わずにすむという事が出来なかった。
「(這邊成立那邊就不成……嗎)嗯——好吧,想想各種方法吧。時間還很多。」
「(あっちを立てればこっちが立たず……か)ふーむ、まぁいろいろと考えるかぁ。時間はたっぷりあるし」
「是因為療養不能外出嗎?」
「療養で外出がままならないからか?」
「覺得像被蟄居一樣。明明已經恢復元氣,卻被說『わしが確認するまで門から出るな』。行動範圍太狹小,真令人困擾。」
「蟄居(ちっきょ)している気分だよ。もう元気なのに『わしが確認するまで門から出るな』だよ。行動範囲が狭すぎて困るよ」
將門扉、窗戶關閉,並在家中一室謹慎不出,這種刑罰稱為蟄居(ちっきょ)。
門扉、窓を閉ざし、その上で自宅の一室に謹慎させる刑罰を蟄居(ちっきょ)と言う。
自中世到近世,這常被用來處罰公家與武家。
中世から近世にかけて、公家や武家に対して課せられることが多かった。
靜子並沒有被下令蟄居,但情形近似。她要獲得自由仍需信長的許可,而他此刻正圍剿比叡山。
静子は蟄居を言い渡されたわけではないが、それに近い内容である。彼女が自由になるには信長が許可を出す必要があるが、彼は今比叡山を囲い込み中である。
換言之,靜子能獲准自由的時日,肯定還要往後好一陣子。
つまり、静子が自由になるのは、当分先のことが確定している。
「靜子大人,和泉守(いずみのかみ)與孫六(まごろく)寄來的物資到了。」
「静子様。和泉守(いずみのかみ)と孫六(まごろく)から荷物が届きました」
「喔,正好送來了可以消遣的東西。把它們拿過來。」
「お、ちょうど良いところに暇つぶしの道具がきた。こっちに持ってきて」
「已請才蔵大人協助,箱子已經被搬到這邊來了。」
「才蔵様にご協力願い、既に箱をこちらへ運んでおります」
隨著話音,襖被打開,才蔵抱著兩個大木箱進來;他把木箱放到靜子面前,恭敬行禮後在她旁邊侍立。
言葉と共に襖(ふすま)が開けられ、そこから才蔵が大きな木箱を二つ抱えて入ってきた。静子の前に木箱を置くと彼は恭しく礼をして、彼女のそばに控える。
「沒想到半年就做出來了啊。不愧是代表美濃的刀匠們。」
「まさか半年でできるとはね。さすがは美濃を代表する刀工たちだ」
木箱裡裝的是大小、粗細各異的鉈(なた)。
木箱に入っていたのは大小さまざま、太さもいろいろある鉈(なた)だ。
靜子的黑鍬衆500名的配備是多用途軍用鏟、剣鉈(けんなた)型的獵人刀,以及手斧。
静子の黒鍬衆500名の装備は多目的軍用シャベル、剣鉈(けんなた)のマタギ刀、手斧である。
靜子最積極開發的是多用途軍用鏟,但她也認為剣鉈(けんなた)與腰鉈(こしなた)同樣是重要的器具。
静子が最も開発を進めているのは多目的軍用シャベルではあるが、剣鉈(けんなた)と腰鉈(こしなた)も重要な道具だと考えている。
不過這類東西,只有實際使用後才會出現不滿意之處;為了瞭解那些問題,便委託刀匠們製作鉈(なた)。
だが、この手のものは、実際に使って初めて不満が出てくる。それを知るために、刀工たちに鉈(なた)の製造を依頼した。
即便稱為鉈(なた),也套用了日本刀的製造技術,因此那種厚實感的鉈看起來相當兇惡。
鉈(なた)と言っても日本刀を製造する技術が応用されているので、肉厚感のある鉈(なた)は見た目が凶悪だ。
「還有,靜子大人。早馬回報說勝蔵大人已離開比叡山,前往小木江城執行防衛任務,途中會經過這裡。」
「それから静子様。勝蔵様が比叡山を離れ、小木江城の防衛任務にあたるとのことです。途中、この場所に寄ると早馬から報告がございました」
「喔,正好。那就請勝蔵君把這些鉈(なた)帶去吧。」
「お、ちょうど良いね。なら、この鉈(なた)を勝蔵君に運んでもらおうかな」
在小木江城的黑鍬衆500人,全體投入工程,致力將城池及周邊築成要塞。
小木江城にいる黒鍬衆500名は、城および周辺を要塞(ようさい)化するために全員が工事にかかりっきりだ。
靜子在思考要叫誰來取貨,但想到長可若要前往小木江城,交給他會比較可靠。
誰に取りにこさせるのかを考えていた静子だが、長可が小木江城へ向かうなら彼に渡した方が確実だと考えた。
數日後,將木箱交給抵達村子的長可時,他向靜子提出「想要一把」的請求。
数日後、村に到着した長可に木箱を渡したところ、彼は『1本欲しい』と静子に申し出た。
靜子想不出用途,便毫不在意地把較長的腰鉈讓給長可。
用途が思いつかなかった静子だが、特に気にせず長可に長めの腰鉈を譲った。
刃長約300毫米、背部厚約6毫米的腰鉈外觀非常有氣勢,長可一見鍾情。
刃渡り300ミリ、背部厚約6ミリの腰鉈は見た目の迫力が凄く、長可は一目ぼれした。
長可的鉈(なた)很快便有了「腦天劈裂鉈」這樣的逸話。
長可の鉈(なた)に『脳天かち割り鉈(なた)』という逸話がついたのは、それからすぐのことだった。