戦国小町苦労譚
一五七〇年 五月中旬
織田信長的挑釁行為使朝倉束手無策而撤退。這一事實讓朝倉家家臣與淺井的親朝倉派震驚不已。
信長の挑発行為に朝倉は為す術もなく撤退した。その事実に、朝倉家家臣と浅井の親朝倉派は衝撃を受けた。
朝倉家自平安時代以來即為名門中的名門,在一乘谷的城下町築起繁盛的雅致文化都市,素有「第二之京」之稱,是名實兼備的有力國人。
朝倉家と言えば平安時代から続く名家中の名家であり、第二の京と呼ばれるほど京文化が花開く雅な文化都市を一乗谷の城下町に築いた、名実ともに有数の力を持つ国人だ。
由於靠近京都,朝倉家與朝廷及將軍家關係密切;尤其是將軍家對他們破格優待,幾乎每年都有將軍親自來越前拜訪。
京に近い事から朝倉家は朝廷や将軍家と密接な関係を持っている。特に将軍家からは毎年のように将軍自らが越前へ訪れる破格の待遇を受けていた。
然而這次事件讓朝倉家不再被視為名門,反而給人留下遇到大規模挑釁就逃回一乘谷的懦弱印象。
しかし今回の件で朝倉家は名家ではなく、あれだけの挑発行為をされても一乗谷へ逃げ帰る腰抜けという印象を周囲に与えてしまった。
因此有數名家臣對朝倉義景失去信心,轉而投靠有前途的織田家。
この事で何人かの家臣が朝倉義景を見限り、将来性のある織田家へ寝返る事となった。
久政也同樣像滾落般迅速沒落。
転げ落ちるように没落したのは久政も同様だった。
在信長與長政會談時出洋相的久政,被親朝倉派家臣視為「作為親朝倉派首領略有問題」。
信長と長政の会談時に醜態を晒した久政は、親朝倉派の家臣から「親朝倉派の頭としては若干問題」と見られるようになった。
視其無前途的淺井家家臣也翻臉投向長政一方。
こちらも将来性を見限った浅井家の家臣たちが、手のひらを返して長政陣営へ寝返る。
淺井久政與朝倉義景的勢力逐步失去,這在信長的預料之中。
浅井久政と朝倉義景の勢力が徐々に失われていく。そこまでは信長の予想内だった。
然而他犯下痛恨的失誤:把兩人逼得太急,並因此鬆懈大意。
しかし彼は痛恨の失敗をする。二人を早急に追い詰めすぎた事、そして油断してしまった事だ。
信長理解淺井家家臣傾向投靠強者,且認為朝倉為阻止內部崩壞短期內無法行動。
信長は浅井家の家臣は強い方につく体質である事を理解していた。そして朝倉も内部崩壊を阻止するため暫く動けないであろうと考えた。
因此他沒有關注被逼迫的久政,也未向長政建議密切注視久政。
だから追い詰められた久政に注意を払わず、そして長政にも久政を注視するよう進言しなかった。
1570年(元龜元年)5月14日,歷史性的大事件發生。
1570年(元亀元年)5月14日、歴史的大事件が発生する。
淺井久政與朝倉義景勾結發動、針對淺井長政的暗殺未遂事件,即所謂「小谷城之變」。
浅井久政と朝倉義景の二人が結託し起こした、浅井長政の暗殺未遂事件「小谷城の変」。
當日發生的「小谷城之變」正是元龜亂局的開始,同時也標誌著第一次織田包圍網的起始日。
この日に起きた「小谷城の変」こそ元亀争乱の始まりであり、同時に第一次織田包囲網の始まりの日だった。
1570年(元龜元年)5月11日,朝倉家部分家臣侵入織田領地美濃。
1570年(元亀元年)5月11日、朝倉家家臣の一部が織田家の領土である美濃へ侵攻する。
信長對此大為震怒,任命柴田勝家為征伐軍總大將,並親自下令「絕不接受任何投降」,率軍出征殲滅敵軍。
この事に信長が激怒したのは言うまでもない。彼は柴田勝家を征伐軍の総大将に任命すると、彼へ「一切の降伏を認めぬ」と直々に殲滅を命じて出陣させた。
信長本以為朝倉軍可迅速殲滅,然而1570年5月14日,正準備增援的長政卻遭到突起兵的久政軍襲擊。
朝倉軍はすぐに殲滅出来ると信長は考えていた。しかし1570年(元亀元年)5月14日、援軍の準備をしていた長政へ、突如挙兵した久政軍が襲いかかる。
兵變爆發使長政軍陷入混亂,接連被久政軍斬殺;長政雖親自揮刀抵抗,但一旦混亂要重整軍勢極為困難。
クーデターの勃発に混乱した長政軍は、久政軍に次々と斬り伏せられていく。長政本人が刀を振るって抵抗するも、一度混乱した軍の立て直しは困難を極めた。
長政聽從直經的建議,帶著妻兒與少數家臣自小谷城脫出。
長政は直経の進言を受け、彼は妻子と僅かな家臣を伴って小谷城から脱出する。
雖然失去大量兵力,長政仍成功脫逃,但其陣營已陷入潰滅狀態。
多数の兵を失いながらも長政は脱出に成功するが、この事に長政陣営は壊滅状態となる。
一旦認為久政陣營氣勢正盛,許多家臣便迅速翻臉,從長政一方倒向久政。
久政陣営に勢いがあると考えるやいなや、あっさり手のひらを返して長政陣営から多数の家臣が離反したのだ。
最後仍隨長政的家臣僅剩被視為其左右手的遠藤直經與其摯友三田村市左衛門,另有數名家臣及三千士兵。
最終的に長政に付き従った家臣は、彼の右腕とも言える遠藤(えんどう) 直経(なおつね)と彼の朋輩である三田村市左衛門、他数名の家臣と兵三千だった。
長政身陷絕望邊緣,但仍抱著一絲希望,帶妻兒前往美濃。
絶望の淵に立たされた長政だが、彼は僅かな望みにかけ、妻子を連れて美濃を目指す。
信長得知朝倉軍侵入美濃與小谷城之變係淺井久政與朝倉義景勾結後,從手頭剩餘軍隊中抽調一萬兵給秀吉,命其進攻近江國。
朝倉軍の美濃侵攻と小谷城の変から、浅井久政と朝倉義景が結託した事を知った信長は、手元に残った軍の内、一万の兵を秀吉に与えて近江国への侵攻を命じる。
名義上是「お市的救出」,但信長暗中命令秀吉去援助長政軍。
名目上は「お市の救出」だったが、信長は秀吉へ長政軍を救援するよう密かに命じた。
秀吉僅用一天便進軍,卻遇到一個大問題:完全找不到長政軍的蹤跡。
僅か一日で進軍した秀吉だが、一つ大きな問題があった。長政軍が何処にいるか、全く見当が付かなかった。
長政軍為避開久政軍而隱秘移動,且兵力大幅減少,變得更難被發現。
長政軍は久政軍に見つからぬよう隠れて移動している上に、軍の規模が小さくなり過ぎて見つけにくくなっていた。
信長與秀吉雖派間諜探查,卻未獲有用情報,只白白浪費時間。
信長や秀吉は間者を放つも良い情報は得られず、いたずらに時間を浪費するだけだった。
然而不論信長、秀吉或長政,沒有人料到一支意想不到的軍隊已先與長政會合。
しかし信長も、秀吉も、長政も、誰も彼も予想外の軍が先に長政と合流していた。
那正是為了接收從東南亞遠道而來的胡椒苗與種子而前去的靜子軍。
それは東南アジアから遠路はるばる届いた胡椒の苗木と種を受け取りに行った静子軍だった。
「斜陣一千五百!左翼展開弓兵五百!仁助、四吉,帶十名弓騎兵,重點狙擊弓兵與馬匹!」
「斜陣千五百! 左翼に弓五百展開! 仁助、四吉、弓騎兵を十連れて弓兵と馬を重点的に狙撃!」
靜子與久政軍交戰的原因,是多重不幸交織的結果。
静子が久政軍と合戦している理由は、いくつもの不幸が重なった結果だった。
首先,靜子接到弗洛伊斯的通知,說胡椒苗與種子已到,遂帶著全軍入京,兼作行軍訓練,並裝備全套武具,包含黑鍬衆。
まず静子はフロイスから胡椒の苗と種が届いた連絡を受け、行軍訓練を兼ねて武具一式を装備した黒鍬衆含む全軍を連れ京へ入った。
在京領取胡椒苗與種子後,若立即返回尾張,原本能在淺井家內亂爆發前抵達岐阜。
そこで胡椒の苗と種を受け取り、すぐさま尾張へ帰還すれば浅井家のお家騒動が勃発する前に岐阜へ到着していた。
然而壞血病的特效藥發揮出乎意料的效果,耶穌會為了封口費,連同胡椒苗與種子一起,把用於獻上的動物運入日ノ本。
しかし壊血病の特効薬が予想以上に効果を発揮した為、イエズス会は静子に口止め料を兼ねて胡椒の苗と種と共に、献上用の動物を日ノ本へ運び込んでいた。
起初耶穌會只打算送幾隻,但因為對もやし的效果感到驚訝而有些混亂,在下達指示時像傳話遊戲般出現誤傳。
当初イエズス会は数匹程度と考えていたが、もやしの効果に驚いて若干混乱している最中に指示を飛ばしたため、連絡内容が伝言ゲームのように差し替わってしまった。
最終誤以為需在各地集結動物,於是各種動物被收集起來。
最終的に各地で動物を集める必要があると勘違いされ、様々な動物が集められる。
首先從一位交好的伊斯蘭商人處購得三對ターキッシュアンゴラ(Turkish Angora)。
まず懇意のイスラーム商人からターキッシュアンゴラのつがい三組を買い取る。
ターキッシュアンゴラ是源自土耳其山地自然發生的品種。ターキッシュ意為「土耳其的」,アンゴラ則是土耳其首都安卡拉的古稱。
ターキッシュアンゴラとは、トルコの山岳地帯で自然発生した品種だ。ターキッシュは「トルコの」という意味、アンゴラとはトルコの首都アンカラの古い呼び方だ。
自十六世紀傳入歐洲起就有記載其與現代無異的外觀,因此至少在傳入歐洲的數百年前,已作為一個品種確立。
十六世紀にヨーロッパへ渡った時から現代と変わらぬ容姿が記載されている為、少なくともヨーロッパへ渡る数百年前には品種として確立したと考えられている。
但在貓登記協會(CFA)登錄的土耳其安哥拉並非原生種,這有幾個理由。
しかし猫登録協会(CFA)に登録されているターキッシュアンゴラは原種ではない。これにはいくつかの理由がある。
首先,歐洲人為了增加數量與波斯貓交配,使純種的土耳其安哥拉在土耳其以外絕種。
まずヨーロッパ人が数を増やす為にペルシャと交配させた事で、純粋なターキッシュアンゴラがトルコ国外で絶滅した。
其次,第二次世界大戰期間,居於土耳其的土耳其安哥拉曾面臨滅絕危機。
次に第二次世界大戦でトルコにいるターキッシュアンゴラが絶滅の危機に瀕してしまった。
到1950年代,駐安卡拉動物園中被保護飼養的族群被美軍人發現,並與美國談判輸入事宜。
1950年代に入り、トルコのアンカラ動物園で保護飼育されていた所をアメリカ軍人が見つけ、アメリカへの輸入を交渉した。
但在土耳其被視作「活著的國寶」而受到珍視的土耳其安哥拉,對於歐美人曾施行的殘酷行徑仍記憶猶新,因此對出口國外表示反對。
だがトルコで「生きる国宝」として大切にされていたターキッシュアンゴラに対して、欧米人がした蛮行を覚えていたトルコは国外への輸出に対し難色を示した。
最終有部分被輸入美國,並與泰國的珍寶暹羅貓交配,開始以將因與波斯交配導致的矮胖體型改回原本纖細身形為目標的繁殖計畫。
最終的にアメリカへ輸入され、タイの至宝であるサイアミーズと交配し、ペルシャのようなずんぐりした体型から、元のスリムな体型に戻す繁殖計画が始まった。
也就是說,現代的土耳其安哥拉是由土耳其安哥拉、波斯與暹羅三個品種混合而成的品系。
つまり現代のターキッシュアンゴラは、ターキッシュアンゴラとペルシャとサイアミーズの三品種から生まれた品種である。
當然,被交給靜子的是未與波斯或暹羅交配的原生土耳其安哥拉。
無論、静子に渡されるターキッシュアンゴラは、ペルシャやサイアミーズと交配されていない原種のターキッシュアンゴラだ。
接著,有印度駐在的基督教傳教士聽說有人飼有稀有狗種(德國原產的牧羊犬ジャーマンシェパード),於是談判後買下數隻雌犬。
次に印度駐在のキリスト教宣教師が珍しい犬(ドイツ原産の牧羊犬ジャーマンシェパード)を所有しているとの話を聞き、交渉し雌を数匹買い取る。
出港前不久,聽說某葡萄牙商人吹噓從西班牙商船買了一隻大烏龜,便半強迫地買下六隻。
出港直前、とあるポルトガル商人がスペイン商船から大きな亀を買ったと自慢している話を聞き、半分脅して六頭買い取る。
出港後,在為補給而停靠的琉球國,向從事買賣的華人商人買下兩對真孔雀。
そして出港後、補給目的で寄った琉球国で商売していた中国人商人から真孔雀のつがい二組を買い取る。
按照フロイス的報告會集結犬、貓、鳥,並加上作為稀有動物的象龜,所有這些動物從堺被運到京,然後交到靜子手上。
イエズス会はフロイスの報告書通り犬、猫、鳥を集め、更に珍しい動物として象亀を追加し、それら全ての動物が堺から京へ運ばれ、そして静子に手渡された。
靜子覺得對方是不是把自己當成動物園園長之類的,感到無奈,但更多的不幸接踵而至。
人を動物園の園長か何かと勘違いしてないか、と呆れた静子だが更に不幸は訪れる。
在把動物強加給靜子之後,フロイス與洛倫索一同離開京去處理堺的事務。
静子に動物を押し付けた後、フロイスはロレンソと共に堺の用事を片付けるため京を離れる。
前來一睹象龜風采的明智光秀與細川藤孝,結果不是為象龜而傾心,而是被土耳其安哥拉的魅力征服了。
更に象亀(ぞうがめ)を一目見ようと静子の元へ訪れた明智光秀と細川藤孝が、象亀ではなくターキッシュアンゴラの魅力に陥落した。
兩人不顧家臣目光親昵撫弄貓後,竟向靜子請求讓他們各得一隻。
二人は家臣の目も気にせず猫を愛でた後、静子に一匹譲ってくれと頼み出した。
最終靜子被兩人的熱情說服,在條件是要在發情期讓兩隻交配的情況下,將一隻公的土耳其安哥拉讓給明智光秀,並將一隻母的讓給細川藤孝。
結局、二人の熱意に根負けした静子は発情期に二匹を引き合わせる事を条件に、明智光秀に雄のターキッシュアンゴラ、細川藤孝に雌のターキッシュアンゴラを譲った。
但京中的騷動並未僅止於此。
だが京での騒動はこれだけでは終わらない。
土耳其安哥拉因其纖細與細緻的毛被常被認為是嬌貴的貓,但出乎意料地牠們肌肉發達且適應力強。不過牠們不擅長與其他貓同住,基本上需要單獨飼養。
ターキッシュアンゴラは細身と繊細な被毛からデリケートな猫に思われがちだが、意外にも筋肉質で順応力が高い猫だ。ただし他の猫と同居が苦手で、基本的に単独飼いする必要がある。
這種土耳其安哥拉非常喜歡高處與上下運動,因此必須在明智光秀與細川藤孝各自的貓房中搭建貓塔。
そんなターキッシュアンゴラは高い所と上下運動が大好きだ。そのため明智光秀、細川藤孝それぞれの猫部屋にキャットタワーを作る必要があった。
靜子帶著黑鍬衆前往各貓房安裝貓塔,結果常常離開在京使用的屋敷。
静子は黒鍬衆を連れてそれぞれの猫部屋にキャットタワーを設置するため、京で使う屋敷を留守にしがちになった。
其間,長可與他的士兵們正欣賞那兩對成對動物,但某日在靜子不在時,有人把一隻土耳其安哥拉從貓籠放了出來。
その間、二組のつがいを愛でていた長可と彼の兵士たちだが、ある日静子がいない時に一匹のターキッシュアンゴラをキャットケージから出してしまった。
富有冒險心的土耳其安哥拉一瞬間飛出屋敷,行蹤不明。
冒険心が強いターキッシュアンゴラは、あっという間に屋敷の外へ飛び出し行方不明となる。
慌張的長可等人穿上鎧甲開始大規模搜尋貓,途中還捲入警巡隊與京中市民,引發一場大騷動。
これに慌てた長可たちが甲冑を着込んで猫大捜索を開始し、途中から警ら隊と京の民を巻き込んだ大騒動を繰り広げた。
最後把飛出屋外的土耳其安哥拉找回來的人,是被排擠在外的慶次。
最終的に外へ飛び出したターキッシュアンゴラを回収したのは、蚊帳の外だった慶次である。
雖然是一場大騷動,但大多數人把它當作節慶般享受,且接二連三有人因土耳其安哥拉的外貌而一見鍾情,日夜向靜子懇求轉讓貓咪的請求激增。
大騒動だったが殆どの人間はお祭り気分で楽しみ、更にターキッシュアンゴラの見た目に一目惚れする民が続出し、連日静子の元に猫を譲って欲しいとの頼み込みが急増した。
靜子最終一律拒絕轉讓,並單方面宣告要等到小貓出生為止,於是靜子隊帶著已驅蟲的土耳其安哥拉、象龜、真孔雀與牧羊犬朝尾張進發。
最終的に猫の譲りは一切拒否、子猫が生まれるまで待てと一方的に宣言し、静子隊は駆虫が済んだターキッシュアンゴラ、象亀、真孔雀、シェパードを連れて尾張を目指した。
在通過近江國時久政發動了政變。久政得到情報稱織田軍雖兵力不足但正在近江國進軍,且織田軍實際上是靜子軍,於是久政發動襲擊要殲滅織田軍。
近江国を通過中に久政のクーデターが勃発する。更に兵は少ないが織田軍が近江国で進軍している、と情報を入手した久政が織田軍(中身は静子軍)を潰すべく襲撃を仕掛けた。
事情到這步真是倒楣透頂,靜子也想為自己的不幸哀嘆。然而久政的襲擊不但沒有讓靜子軍瓦解,反而令軍心統一、士氣高漲。
ここまで来ると踏んだり蹴ったりで、静子も自分の不幸に嘆きたくなった。ただし久政の襲撃に静子軍は瓦解する所か、逆に軍の意志が統一され士気がうなぎ登りに上がった。
原因不用說就是土耳其安哥拉,但即便裝備齊全,四千兵力仍令人感到不足為慮。
原因は言うまでもなくターキッシュアンゴラだが、装備一式が揃っていようとも兵四千程度では心許ない。
在反擊擊潰久政軍後,靜子急忙撤退欲前往美濃國,但長可與其部下氣勢洶洶,於是趕在撤退命令到達前追擊逃跑的久政士兵。
久政軍を返り討ちにした後、静子は美濃国へ向かうべく急いで退却する。だが長可と彼の兵士たちが殺気立っていたため、退却命令が届く前に逃げた久政の兵たちを追いかけた。
為了阻止他們,其餘的靜子軍慌忙追趕,但會合地點竟是久政即將討取長政的戰場現場。
それを引き止めるため残りの静子軍が慌てて彼らを追いかけるも、合流した場所は久政が長政を討ち取る寸前の合戦場だった。
長政陣營懷疑他們是新的敵軍,久政陣營則發動攻擊欲討伐織田軍,反應過激的長可對久政軍發起突擊,場面已混亂成戰鬥一片。
長政陣営から新たな敵と疑われ、久政陣営からは織田軍討つべしと攻撃を仕掛けられ、それに反応した長可が久政軍に突撃をかけ、もはや混沌とした合戦と化してしまった。
幸好認識長政面貌的靜子,先說服周圍的長政軍,並將已滲入長政陣中的久政軍驅逐出來。
幸いにも長政の顔を知っていた静子は、まず周囲の長政軍を説得しつつ、長政の陣中にまで入り込んでいる久政軍を追い払う。
在長政陣中情勢穩定後,靜子向長政等人說明他們是織田的援軍,並提議共同協力反擊久政形成合力。
長政の陣中が安定した所で、静子は長政たちに自分たちは織田の援軍だと語り、共に久政を返り討ちにする共闘を提案した。
由於剛才差點被討取,長政接受了靜子的提議,並派傳令向士兵傳達織田援軍到來的消息。
先ほどまで討ち取られる寸前だった事もあり長政は静子の提案を受け入れ、織田の援軍が来た事を兵士たちに伝えるため伝令を放った。
經歷一再敗戰與當地民眾的背叛,原本三千人的長政軍如今已減到約千人,但有織田援軍到來的消息後,他們開始恢復失去的士氣。
度重なる敗戦や地元民の裏切りに、当初三千いた長政軍は今や千程度にまで数を減らしていたが、織田軍の援軍が来たとの情報に、彼らは失いかけた士気を取り戻し始める。
靜子軍四千與長政軍一千在與久政軍六千對峙拉開距離的同時,重新整頓陣形。
静子軍四千と長政軍千は、久政軍六千と距離を取って睨み合う間に陣形を立て直す。
然而長政軍傷勢慘重,為保護長政而退居後方,實際上是久政軍六千與靜子軍四千在對峙。
しかし負傷の激しい長政軍は長政を守るために後方へ下がっており、実際は久政軍六千と静子軍四千の睨み合いだった。
兩方的對峙被已整備突擊準備的久政軍打破。
両者の睨み合いは突撃の準備が整った久政軍によって破られる。
面對衝鋒而來的久政軍,靜子擺出雁行陣,並以混凝土加固的竹束鞏固先頭的足輕們。
突撃してくる久政軍に対し、静子は雁行の陣を敷く。そして先頭の足軽たちをコンクリート補強された竹束(たけたば)で固めた。
計策是將斜陣密集化以迴避正面衝鋒,並趁機側射討伐久政軍。
斜方を密集させる事で正面からの突撃をかわし、その間に側射で久政軍を討つ作戦だ。
「對方大約六千! 那麼一人殺兩個就好!」
「相手は六千ほど! なら一人二殺すれば良い!」
對久政自以為是的態度氣得不行的靜子,向各部隊發出精準指示,徹底將久政軍逼入絕境。
久政の自分勝手な態度に頭にきていた静子は、的確な指示を各部隊に飛ばし、徹底的に久政軍を追い詰めていく。
看到平素不發怒的人一旦動怒便可怕至此,靜子軍的幾個人都嚇出一身冷汗。
普段怒らない人は怒ると怖い、を地で行く静子を見て、静子軍の何人かは肝を冷やした。
「弓兵射擊! 別在意! 敵人反正也沒說什麼了不起的東西! 儘管射!」
「弓兵射撃! 気にするな! 敵はどうせ大した事言っていない! どんどん撃ちまくれ!」
五百人的箭雨令敵兵接連喪命。幸運躲過箭雨的士兵也被構成斜陣的重步兵以手斧或剁刀取走性命。
五百名による矢の雨に敵の兵士は次々と命を落とす。運良く矢の雨を避けられた兵士も、斜陣を構成する重歩兵の手斧や剣鉈によって命を落とした。
敵方的弓兵與騎兵被裝備複合弓的弓騎兵縱橫無阻的機動動作弄得手足無措。
敵の弓兵や騎兵は、コンパウンドボウを装備した弓騎兵の縦横無尽な動きに翻弄されていた。
看似就此結束,但對方也沒那麼蠢,認為在箭雨中突擊是自殺行為,便暫時撤回陣後。
このまま終わるかに思われたが、相手もそこまで馬鹿ではない。矢の雨の中を突撃するのは自殺行為と考えて一旦後ろに下がった。
「吹笛向慶次、才蔵、勝蔵部隊發出突擊信號!」
「笛を鳴らして慶次、才蔵、勝蔵部隊に突撃の合図を送れ!」
笛聲一響,斜陣的前曲與後曲中,慶次、才蔵與長可隊前出,從左右夾擊久政軍。
笛の音が鳴ると同時、斜陣の前曲と後曲から慶次、才蔵、長可隊が前に出て久政軍を左右から挟み込む。
從正面消耗戰突然轉為包圍,久政軍亂了陣腳,無法對靜子軍的襲擊做出有效抵抗。
正攻法の削り合いから突如囲い込みされた久政軍は浮足立ち、静子軍の襲撃に抵抗らしい抵抗が出来なかった。
「去死去死去啊! 對別人的貓動手的人,就用這鬼棍棒折磨死你們!」
「死ね死ね死ねぇ! 人の猫に手を上げる奴なんざ、この鬼棍棒で嬲り殺してやる!」
長可一邊大聲吶喊,一邊揮舞稍長的晨星;每次揮動鮮血飛濺。不僅他,長可隊的足輕也以槍與刀斬殺敵兵。
大声で叫びながら、長可は若干長くしたモーニングスターを振り回す。彼がモーニングスターを振り回す度に鮮血が舞う。彼だけでなく長可隊の足軽たちも、槍や刀で敵兵を斬り伏せていく。
當然,慶次隊與才蔵隊也不肯示弱,將那些慌亂的敵兵一一剷除。
無論、慶次隊や才蔵隊も彼らに負けじと、浮き足立っている敵兵を倒していく。
被靜子軍包圍的久政兵進退兩難。即便想突擊,靜子主力以斜陣堅守使中央突破不可能,且弓兵的齊射正待命。
静子軍に囲い込まれた久政兵は進退窮まる。突撃しようにも静子隊本軍は斜陣で堅く守られ中央突破は不可能、更に弓兵による斉射が待ち構えていた。
判斷再戰已無可行性的久政陣營向包圍網最薄弱處強行突圍。
これ以上の合戦は不可能と判断した久政陣営は、包囲網で最も薄い部分へ強行突破を行う。
然而那處薄弱之處正是長可等人為誘導久政兵故意放鬆的包圍。
しかし包囲が薄い部分は長可たちが久政兵を誘い込む為に、あえて包囲を弱めただけだった。
未察覺而被誘入的久政兵接連成為無言的肉塊。最終在長政討伐隊六千人中,久政竟有多達兩千人死傷。
それに気付かず誘い込まれた久政兵は、次々と物言わぬ肉塊に成り果てる。最終的に久政は長政討伐隊六千の内、実に二千もの死傷者を出す結果となった。
「好! 隨著敵人撤退,我們也撤退! 禁止深追,對方那邊還有未受傷的軍隊喔!」
「よし! 敵が撤退していくのに合わせ、こちらも撤退するよ! 深追いは厳禁、あっちにはまだ無傷の軍が残っているからね!」
雖然擊退了長政討伐軍,但淺井久政的本軍仍無恙。靜子軍雖無死亡,卻有近三成成為傷兵。
長政討伐軍を撃退したが、浅井久政の本軍は無傷で残っている。対して静子軍に死者は出なかったものの、三割近く負傷兵が出ていた。
長政的兵也已疲累至極,靜子認為再追擊會招致慘痛反擊,便抓起仍怒火中燒的長可的領子開始撤退。
長政兵も疲労の限界に達しており、これ以上の追撃は手痛いしっぺ返しを貰うと考えた静子は、未だ怒り心頭の長可の首根っこを掴んで撤退を開始する。
她也叮嚀正在得意忘形的士兵們,將所有不必要的行李付之一炬,並與長政一同撤退。
勝利に浮き足立っている兵たちにも釘を刺し、不要な荷物に全て火を放つと静子は長政と共に撤退を開始した。
約在午後三時終於被秀吉軍的斥候發現,靜子軍與長政軍與秀吉軍會合;至此長政軍、靜子軍與秀吉軍合計兵力膨脹至一萬五千。
午後三時頃にようやく秀吉軍の斥候に発見され、静子軍と長政軍は秀吉軍と合流する。これにより長政軍、静子軍、秀吉軍合わせて一万五千の兵力にまで膨れ上がった。
「可嘉可賀,汝等竟救了淺井備前守大人的危局」
「あっぱれじゃ、よくぞ浅井備前守殿の窮地を救った」
「是、是……非常感謝您」
「は、はぁ。どうもありがとうございます」
被秀吉稱讚的靜子,其實幾乎是無我夢中,對途中發生的事幾乎毫無記憶。
秀吉に褒められた静子だが、彼女は殆ど無我夢中で途中何があったか覚えていなかった。
從突然遭久政兵襲擊、在混亂中反擊,到與秀吉會合這段期間,她幾乎記不得發生了什麼事。
突如久政兵に襲われ、混乱しながらも返り討ちにした頃から秀吉に合流するまでの間、殆ど記憶が残っていなかった。
因此她也不明白為何靜子軍的足輕們對她格外畏懼,只是歪著頭不解。
故に静子軍の足軽たちが妙に静子を恐れる理由も分からず、首を傾げるばかりだった。
「明日就能抵達關原。他們也無法再深追,明日到達便可暫時安心」
「明日には関ヶ原へ到着する。奴らもこれ以上深追いが出来ぬから、明日到着すればひとまず安心だ」
秀吉的話絕非來自自滿。
秀吉の言葉は決して慢心から来る言葉ではなかった。
他在腦中把久政與近江國的情勢、朝倉軍的動向綜合考量後,得出的結論是:「淺井久政已無法再調動軍隊」。
彼は頭の中で久政と近江国の状況、朝倉軍の動き、それらを纏めて考えて出た結論が「浅井久政はこれ以上軍を動かせない」だった。
而秀吉的判斷是正確的。久政已無餘地獨自行動軍隊,因為再想任意調動也無人願跟從。
そして秀吉の考えは正しかった。久政が独自に軍を動かせる時間はもう残っていない。何故なら、これ以上軍を勝手に動かそうにも家臣たちが付いてこないからだ。
那些之所以追隨的家臣是認為政變對淺井家有利,在這些人面前,久政必須宣布自己已恢復為淺井家當主,並重新以近江國的國人自居。
あくまでクーデターが浅井家の為になる、と考えてついてきた家臣たちを前に、久政は浅井家の当主として咲き戻った事を宣言し、改めて近江国の国人を名乗らなければならない。
除此之外還需加強與朝倉及其他反織田勢力的連繫,無法再在長政身上耗費更多時間。
それ以外にも朝倉や他の反織田組織と連携を深めるなど、これ以上長政に時間をかけられないのだ。
「若與近江國解除同盟,岐阜至京的要路安全將無法確保」
「近江国と同盟解消となると、岐阜と京を結ぶ要路の安全が確保出来ません」
「這點不用擔心。殿已經在動向近江進攻。此次靜子或許也會隨軍,畢竟這次表現最出色的是你」
「その点については心配ない。既にお館様は近江侵攻に向けて動いておられる。今回は静子も従軍するかもな。何せ今回一番の働きを見せたのは貴様だからな」
「是啊。我當時也以為完了。畢竟連在哪裡交戰都得從調查開始」
「そうですね。今回は流石に駄目かと思っていました。何しろ何処で合戦をしているか、調べる所から始めなければなりませんでしたので」
「(大概是沒餘力派斥候吧)我會努力不辜負您的期待」
「(斥候を放つ余裕がなかったって事かな)ご期待に沿えるよう頑張ります」
靜子一邊抓著臉頰低聲喃喃,忽然味噌的香氣撲鼻而來。
頬をかきながら静子が呟くと、ふいに味噌の匂いが鼻孔をくすぐる。
「哦,總算來了啊。快拿來——!」
「お、ようやく来たか。早く持ってこいー!」
秀吉也聞到味噌香,催促那位顯得等不及的侍者快些端來。端上來的,是若干、不,遠比平常多了許多浮油的湯飯。
秀吉も味噌の匂いに気づくと、待ちきれないといった態度の給仕を急かした。彼らが持ってきたものは若干、否、通常よりかなり脂が浮いている汁飯だった。
(把佩米坎、烤味噌丸和乾飯混在一起了呢)
(ペミカンと焼き味噌玉と乾飯を混ぜたのですね)
那是竹中半兵衛和靜子共同想出的戰時飯之一。
それは竹中半兵衛と静子が考えた戦時飯の一つだった。
佩米坎是居住在加拿大及美國的印第安人們的傳統攜帶保存食。
ペミカンはカナダ及びアメリカに住むインディアンたちの伝統的な携帯保存食だ。
即便是夏天只要注意也能保持一週的品質,但此種佩米坎是用動物性脂肪封住並壓實肉、蔬菜和水果,因此非常油膩。
夏でも気をつけておけば一週間は品質を保つ。ただしこのペミカンは肉や野菜、果物を動物性脂肪で密封して固めるので非常に脂っこい。
因此若直接食用必定會有人拉肚子,故加了一道步驟:先加熱讓油脂液化,再稍微去除一些。
よってそのままでは確実に腹を下す人間が出る。故に一度火に掛け液状化した油分を少し減らす手順を追加した。
即便如此要吃這種油膩膩的飯仍令人反感,因此決定用低脂的胸肉等,包上有高湯的味噌做成肉味噌丸,溶入湯中成為類似豚汁的湯後,再混入乾飯。
それでも脂ギトギトの飯を食う事は抵抗があるので、ササミなどの脂肪分が少ない肉をだし入り味噌で包んだ肉味噌玉を溶かしこんで豚汁もどきにした後、乾飯を混ぜる事にした。
之所以不把多餘的油脂完全丟棄,是因為戰時需要高熱量飲食;不過若在平時食用佩米坎的野戰食,身體狀況必然會出問題。
余計な脂を完全には捨てない理由として戦時では高カロリー食が必要だからだ。ただし平時でペミカンの野戦食を食べれば、体調を崩す事は間違いない。
「這油脂真是重啊。但在軍事行動時吃太多也不好,若因此能減少食量……應該是件好事吧?」
「脂がきついのぅ。だが軍事行動の時、食い過ぎは良くないから、これで食べる量が減ると考えれば……良い方かの?」
「嗯,還有改良之處呢。說到這個,靜子小姐,那個裝備弓的馬兵……怎麼稱呼來著?」
「ふむ、まだ改良点はありますね。そう言えば静子さん、弓を装備させた馬兵……なんと申しましたか」
「欸,啊,是弓騎兵吧」
「え、ああ、弓騎兵ですね」
簡言之,弓騎兵就是在馬上進行騎射的騎兵。但這種弓騎兵需要精湛的騎術與弓術,還有優良的鞍具與鐙等馬具。
弓騎兵とは端的に言うと騎射を行う騎兵の事だ。だがこの弓騎兵は優れた馬術と弓術、そして鞍や鐙などの優れた馬具が必要になる。
必然地,將馬當成生活一部分的遊牧民較易構成弓騎兵。常把裝備弓的騎兵稱為龍騎兵,但實際上龍騎兵是指裝備槍砲等火器的騎兵。
必然的に馬が生活の一部に溶け込んでいる遊牧民が、弓騎兵を構成しやすい。よく弓を装備した騎兵を竜騎兵と呼ぶが、実際は銃などの火器を装備した騎兵を竜騎兵と呼ぶ。
弓騎兵的優點是卓越的機動力以及憑藉出色弓術所帶來的高命中率。
弓騎兵のメリットは優れた機動力と卓越した弓術による命中力の高さだ。
尤其採取偽裝撤退與騎射戰術的弓騎兵,被步兵視為天敵。即便是擁有相同機動力的輕騎兵也難以對付弓騎兵。
特に偽装退却と騎射の戦術を取った弓騎兵は、歩兵には天敵とされた。同じ機動力を持つ軽騎兵でさえ、弓騎兵には手を焼いた。
日本平地稀少,但靜子的部隊中的弓騎兵善用複合弓的優勢,基本採用一種長距離射擊戰術——「在敵人察覺之外進行騎射,並在對方反應前撤退到安全地帶」。
日本では平地が少ないが、静子の部隊にいる弓騎兵たちはコンパウンドボウの利点を活かし「敵の認識外から騎射を行い、相手が気付く前に安全地帯まで撤退する」という長距離射撃戦術を基本とした。
由於既要優秀的弓術,又要卓越的騎術,編制僅有三十人,是少數精銳。
優れた弓術は勿論、卓越した馬術も同時に要求される事から、構成人数が僅か三十人と少数精鋭だ。
訓練內容也異常苛刻,不用韁繩只用雙腳操控馬匹,讓牠們奔馳穿越山區。
訓練も常軌を逸した内容だ。手綱を使わず足だけで馬を操作し、山岳地帯を走り抜けさせる。
在湍急的水流中,以馬與河流垂直方向奔馳,從超過75m的距離射中順流而來的目標。
急流に揉まれつつ流れてくる的に、川の流れに対して垂直に馬を走らせながら75m以上の距離から当てる。
也訓練射飛行中的鳥與游在河中的魚,當然還包括把獵物吃乾抹淨的練習。其他基礎訓練由長可指導,並讓他們修習各種座學。
飛んでいる鳥や、川を泳いでいる魚を撃ち抜く訓練も行う。無論、余さず食べきる事までが訓練内容だ。その他の基礎訓練は長可が指導し、更に様々な座学なども修得させている。
不論出身與血統,但若沒有才能、努力和一些運氣,無法入隊。這就是靜子的弓騎兵部隊。
家柄や血に左右されないが、才能と努力と多少の運がなければ入れない。それが静子の弓騎兵部隊だ。
「沒錯。傳言是有能從一丁(約100m)外射中箭矢的部隊之類的。」
「そうです。話では一丁(約100m)先から矢を当てる部隊とか」
「騎射與即時撤退是基本戰術。若能從遠方命中,自然是更好了,所以才進行那樣的訓練。」
「騎射と即時撤退が基本戦術ですからね。遠くから当てられるなら、それに越したことはないと思いますから、そういう訓練をさせています」
把弓等遠距離武器視為「非武士之器」的觀念,是在江戶時代鎮壓島原之亂之後形成的。
弓などの遠距離武器が「武士の武器ではない」と考えられるようになったのは、江戸時代に起きた島原の乱を鎮圧してからだ。
在此之前,弓絕非懦夫之器。鎌倉時代以使用和弓的騎兵為主力,戰國時代的國人和武將也以大量備有弓與火繩銃而自豪。
それまで弓は決して卑怯者の武器ではなかった。鎌倉時代は和弓を使う騎兵が主戦力であり、戦国時代の国人や武将は弓や火縄銃を多く揃える事を誇っていた。
理論上,和弓約在30m能穿透甲冑,火繩銃則被認為是其兩倍的60m。
理論上、和弓は30mが甲冑を貫く距離と考えられ、火縄銃はその倍の60mと言われている。
距離到一百公尺就能脫離和弓與火繩銃的殺傷範圍,這是戰國時代的常識。
100m離れれば和弓や火縄銃の殺傷圏内から離れられる。それが戦国時代の常識だった。
然而靜子的弓騎兵能穿透甲冑的距離約為100m,致命射程為150m,若擊中要害甚至能射殺200m外的人。
しかし静子の弓騎兵は甲冑を貫ける距離がおよそ100m,殺傷圏内は150mだ。当りどころが悪ければ200m先の人間も射殺出来る。
「順帶一問,淺井樣和お市樣在哪裡?」
「所で浅井様やお市様は、どちらにいらっしゃいますか?」
「果然父上的起兵讓他受創良多。他說想要一段時間好好思考,所以暫且讓他靜一靜。」
「流石に父上の挙兵は堪えていたようだ。しばし考える時間が欲しい、との事でそっとしている」
即便關係完全破裂,對於認真的長政而言,被父親盯上要他命在身心上都極為折磨。
完全に仲違い状態でも、真面目な長政には親に命を狙われた事は心身ともに堪えた。
看到他意氣消沈、垂頭喪氣的樣子,秀吉與竹中半兵衛認為還是讓他靜一靜比較好。
意気消沈し肩を落としている姿を見て、秀吉や竹中半兵衛はそっとしておく方が良いと考えた。
所以現在長政不在秀吉、竹中半兵衛和靜子面前露面。
だから今、長政は秀吉や竹中半兵衛、静子の前に姿を見せない。
「明天就能到達關原。從那裡直奔岐阜。朝倉應該也已被剿滅,今天就好好休息療養吧。」
「明日になれば関ヶ原に到着する。そこからは岐阜まで一直線だ。朝倉も駆逐が終わっているだろうし、今日は疲れを癒せ」
隔日,秀吉、靜子與長政的聯合軍在天未亮前就開始行軍。
翌日、秀吉と静子、そして長政の連合軍は、日が昇る前から移動を開始する。
即便久政襲擊的可能性不高,但只要無法完全排除間諜所發動的非正規軍襲擊,就判斷還是迅速抵達美濃為宜。
久政が襲撃する可能性が低くとも、間者を使った非正規軍の襲撃が排除しきれない以上、素早く美濃へ辿り着く方が良いと判断した。
幸運的是沒有遭到久政追擊,隊伍通過關原抵達岐阜。於岐阜解散後,長政與秀吉前往信長處,靜子則向尾張行去。
幸いにも久政の追撃はなく、一行は関が原を通過し岐阜に到着する。岐阜で連合軍は解散され、長政と秀吉は信長の元へ、静子は尾張へ向かう。
然而就在要從岐阜出發前,因為土耳其安哥拉羊毛的事,靜子被命令向信長報告。
しかし岐阜から出発する直前、ターキッシュアンゴラの件で静子は信長に報告を命じられる。
之後經過種種波折,曾與信長一同看過土耳其安哥拉的前久也開始說起與明智光秀等人相似的話。
その後紆余曲折をへて、信長と彼と一緒にターキッシュアンゴラを見た前久も、明智光秀たちと同じような事を言い始めた。
達到放棄境地的靜子以乾笑傳達讓出的條件後,將雄的讓給信長、雌的讓給前久。
諦めの境地に達した静子は、乾いた笑いで譲る条件を伝えた後、雄を信長、雌を前久に譲る。
那時靜子向信長請求借地。被土耳其安哥拉迷住的信長大方地給了靜子四千坪(約一萬三千平方公尺)的土地。
その時、静子は信長に土地を拝借したいと願った。ターキッシュアンゴラに見惚れていた信長は、気前よく4000坪(約13000平方メートル)もの土地を静子に与えた。
拿到口頭承諾後,靜子委託黒鍬衆搭建貓爬架,然後像要逃走般回到家中。
言質を得た静子はキャットタワーの設営を黒鍬衆に依頼した後、逃げるように家へ帰る。
其實想逃走的靜子加快行軍速度,在日落前一刻抵達自宅。
実際、逃げたかった静子は行軍速度を早め、日が沈む1刻前に自宅へ到着した。
對傷兵再次治療後解散軍隊。治療完的士兵各自上路,靜子等人穿過村門。
負傷兵を再度治療した後で軍を解散した。治療を終えた兵士たちから各自帰路につき、静子たちは村の門をくぐり抜けた。
「歡迎回來,靜子大人。關於路上的事我們已聽說,澡堂已備妥,請好好紓解疲勞」
「お帰りなさいませ、静子様。道中の件、お聞きしております。風呂の準備は既に済んでおりますので、お疲れを癒して下さいませ」
遵從迎接的彩的話,四人到澡堂洗去疲勞。
出迎えた彩の言葉に従って四人は風呂で身体を癒す。
入浴後,靜子先給象龜餵了南瓜、桑葉、葛葉、野草和小松菜。
入浴後、静子はまず象亀にカボチャ、桑の葉、葛の葉、野草、小松菜を与える。
她不太懂龜的種類,但若從西班牙商船買來的說法為真,靜子覺得極可能是加拉帕戈斯象龜。
亀の種類に詳しくないが、スペイン商船から買い取った話が事実なら、ガラパゴスゾウガメの可能性が高いと静子は思った。
自從1535年發現加拉帕戈斯群島以來,加拉帕戈斯象龜一直被西方人當作活的食物與水筒。
ガラパゴスゾウガメは1535年にガラパゴス諸島が発見されて以来、西洋人に生きた食料と水筒として扱われた。
加拉帕戈斯群島的乾季常常水源枯竭,因此加拉帕戈斯象龜在心臟附近有一個稱為心囊的部位能儲存水分。
ガラパゴス諸島の乾季は水が枯渇する事が多く、そのためガラパゴスゾウガメには心臓付近にある心嚢という場所に水を貯蓄する能力がある。
正因為這個能力,歐洲的捕鯨船與商船水手為了飲用水大量捕捉象龜。
この能力の為、ヨーロッパの捕鯨船や商船の船乗りが飲料水目的に多くの象亀を捕獲した。
由於肉甜美可口、能儲水、行動遲緩且即便不餵食也能活數月,象龜因此遭到持續的過度捕撈。
肉が甘く大変美味であった事、水を貯蓄する能力がある事、足が遅い事、餌を与えずとも数ヶ月は生き続ける事が理由で象亀は乱獲され続けた。
馬斯卡林群島的羅德里格斯島有記錄顯示,1732年至1771年間被當作食物捕獲的象龜達二十八萬頭。
マスカリン諸島のロドリゲス島では、1732年から1771年の間に28万頭の象亀が食料として捕獲された記録がある。
在加拉帕戈斯象龜中最有名的個體,是於2012年6月24日去世的品塔象龜──孤獨的喬治。
ガラパゴスゾウガメで最も有名な個体は、2012年6月24日に死亡したピンタゾウガメのロンサム・ジョージだ。
作為最後一隻品塔象龜,嘗試繁殖但與近緣亞種的交配全部失敗,甚至用近緣雌種嘗試人工孵化卵也都失敗,因此孤獨的喬治成為瀕危物種的象徵。
ピンタゾウガメ最後の一頭であり、繁殖を試みるも近い亜種との繁殖は全て失敗、近縁種の雌を使って卵の人工ふ化を試みたがいずれも失敗に終わった事から、ロンサム・ジョージは絶滅危惧種の象徴だった。
「不,牠也可能來自印度,是阿爾達布拉象龜也未必沒有可能。但龜殼是圓頂型的嘛……算了」
「いやインドからだからアルダブラゾウガメの可能性も無きにしもあらず。でも甲羅がドーム型だよね……ま、いいか」
由於龜殼呈圓頂型,確定牠原本生活在食物豐富的地方。從對飼料的反應也可以肯定,牠近數月來確實曾有斷食的情形。
甲羅がドーム型である事から、食料が豊富な場所にいた事は確実だ。そして餌への食いつきから、数ヶ月近く食事が抜かれていた事も確実だ。
飼養象龜時,因運動量極度減少,需要每天餵食一次、以枯葉與高纖維草為主的飼料,並且需要像溫室之類的設施。
象亀を飼育する場合、運動量が極端に減るため餌の頻度は一日に一回、枯れ葉や繊維質(せんいしつ)の多い草を中心とした餌やりと、ビニールハウスなどの温室が必要になる。
「對於牧羊犬,考慮到疾病,可能需要隔離四到五個月吧」
「シェパードは病気も考えて、四ヶ月か五ヶ月は隔離する必要があるかな」
考慮到疾病而隔離的牧羊犬們,為了不讓牠們因缺乏運動而受影響,準備了寬廣的土地。
病気を考慮して隔離されたシェパードたちだが、運動不足にならないよう広い土地を用意した。
也設置了作為寢所的狗舍,並考量可以遮風避雨。
また寝所になる犬小屋も設置し、雨露がしのげるよう配慮した。
德國牧羊犬被視為人類經過長期育種所創造出的犬種巔峰之作。
ジャーマンシェパードは人類が品種改良の末に生み出した犬種の最高傑作に数えられる。
牠們智力高、社會性強,對主人忠誠,且喜歡訓練,是可以獲得高度專業技能的菁英犬種。
知能が高く社会性に富み、主人に忠実である。また訓練を好み高い専門性を獲得し得るエリート犬として知られている。
反之若訓練方式不當,可能會變得支配欲強且攻擊性高,而要矯正這種性格並不容易。
反面しつけを誤れば支配欲が強く攻撃的な性格になり、これを矯正することは難しい。
憑藉英挺的面貌與柔韌且強健的體格,作為寵物也非常受歡迎,並在警犬與軍用犬上表現優秀。
精悍な顔立ちやしなやかで強靭な体つきからペットとしても人気が高く、警察犬や軍用犬として非常に優秀である。
但靜子收到的那隻德國牧羊犬並非現代用作警犬或軍犬的德國牧羊犬,而是冠以「原種」一詞的老式德國牧羊犬。
ただし静子が受け取ったジャーマンシェパードは現代で警察犬や軍用犬として使役されているジャーマンシェパードではなく、原種という単語が冠せられたオールドジャーマンシェパードである。
因為是為工作能力而繁殖的犬種,牠們肌肉發達、四肢比一般德國牧羊犬更粗,背部較平但頸部粗壯有力,腰部也相當結實。
作業犬種の能力を重視して繁殖されてきた犬種の為、筋肉質の体格で脚もジャーマンシェパードより太めである。背は平らだが首は太く頑丈で、また腰もしっかりしている。
「真孔雀們暫時在蓄水池那裡忍耐一下喔──」
「真孔雀たちは暫くため池で我慢してねー」
為德國牧羊犬處理後,靜子把真孔雀們移到用簡易柵欄圍成的住處。
ジャーマンシェパードの処置を終えた後、静子は真孔雀たちを簡易的な柵で囲った住処に移動させる。
真孔雀是以翠綠裝飾羽美麗聞名的最大雉科。牠們非常雜食,會以落葉、昆蟲等各種落入口中的昆蟲、無脊椎動物、兩棲類等為食。
真孔雀は翡翠色の飾り羽が美しい最大のキジだ。落ち葉や昆虫など非常に雑食性が強く、口に入る昆虫や無脊椎動物、両生類など多様なものを餌とする。
此外因為對神經毒有耐性,牠們也會喜歡吃有毒的蠍子或王眼鏡蛇等毒蛇類。
更に神経毒の耐性を持つので、毒サソリやキングコブラなどの毒蛇類も好んで食べる。
「蔬菜的話像是葉菜類、韭菜、蔥、洋蔥吧。嘛,擺一些適量的蔬菜殘渣就好」
「野菜だと菜類、ニラ、ネギ、玉葱だったかな。まぁ適当な野菜くずを少なめに置いておけば良いか」
為了不讓牠們逃走設好籬笆,像照顧象龜一樣給真孔雀餵食後,靜子最後把幾乎成為不幸代名詞的土耳其安哥拉帶去與ヴィットマン等人見面。
逃げないように柵を設置し、象亀と同じく真孔雀たちに餌を与えた静子は、最後に不幸を招く代名詞になりかかっているターキッシュアンゴラをヴィットマンたちに引き合わせた。
因為教導牠們不要靠近禁止進入的柵欄,ヴィットマン們不會靠近象龜或真孔雀。
進入禁止の柵に近づかないよう教育しているため、ヴィットマンたちが象亀や真孔雀に近づく事はない。
但土耳其安哥拉不一樣。極度討厭束縛、自由自在生活的土耳其安哥拉,如果不先做面對面的介紹,極有可能被捕食。
だがターキッシュアンゴラは別だ。束縛を何よりも嫌い、自由気ままに過ごすターキッシュアンゴラは、最初に顔合わせをしておかなければ捕食される可能性が高い。
不出所料,ヴィットマン們對土耳其安哥拉表現出明顯的警戒,土耳其安哥拉也看到這些大型掠食者而發出低聲的咆哮。
案の定、ヴィットマンたちはターキッシュアンゴラに警戒心を剥き出しにし、ターキッシュアンゴラも大型の捕食動物であるヴィットマンたちを見て唸り声を上げた。
在忐忑不安地注視時,似乎接受了什麼,ヴィットマン們放鬆了警戒,土耳其安哥拉也停止了低吼。
はらはらしながら見守っていると、何かを受け入れたのかヴィットマンたちは警戒心を緩め、ターキッシュアンゴラは唸り声を上げるのを止めた。
鬆了口氣的靜子覺得現在應該沒問題,便把土耳其安哥拉從貓籠裡放了出來。
ほっと胸をなでおろした静子は、今なら問題ないと思いターキッシュアンゴラをキャットケージから出す。
瞬間,一隻土耳其安哥拉貓從籠子裡跳出。看起來很活潑,應該是雄性的牠在維特曼等人周圍蹦蹦跳跳地走來走去。
瞬間、ケージから一匹のターキッシュアンゴラが飛び出す。活発さから雄と思われるターキッシュアンゴラは、ヴィットマンたちの周りをちょこちょこ歩き回る。
凱撒覺得煩了,便用前爪推了推,把土耳其安哥拉拋向一邊。
鬱陶しいと思ったのかカイザーが前足で押すようにターキッシュアンゴラを転がす。
不知是覺得好玩還是要反擊,爬起來的土耳其安哥拉迅速接近凱撒,朝他的前腳揮出貓拳。
それが面白かったのか、それとも反撃のつもりなのか、起き上がったターキッシュアンゴラは素早くカイザーに接近すると、彼の前足に猫パンチを叩き込む。
似乎是被爪子抓到很痛,凱撒又把土耳其安哥拉推翻;接著在貓拳的互擊下,又把牠推開。
爪があたって痛かったのか、カイザーはまたターキッシュアンゴラを転がす。そして猫パンチの応酬を受け、また転がしていく。
在靜子的眼前展開了一場毫無仁義的狼拳對貓拳大戰。
静子の目の前で仁義無き狼パンチ対猫パンチの合戦が始まった。
靜子覺得最好的辦法是不干涉,便把凱撒和土耳其安哥拉的合戰移出視線,檢查放在沃德箱裡的胡椒苗和種子。
そっとしておく事が一番と思った静子は、カイザーとターキッシュアンゴラの合戦を視界の外に追いやると、ウォードの箱に入れた胡椒の苗木と種を確認する。
(果然船運挺辛苦的……聽說帶來了不少苗木,但有很多都腐爛了呢)
(やっぱり船旅はきつかったか……話ではかなりの苗木があったけど、腐っている苗木が沢山あるね)
腐爛的苗木數量很少,少到令人應該為損傷輕微而慶幸。
苗木の損傷が軽微なのを喜ぶべきか、というほど腐った苗木は数が少なかった。
靜子沒有注意到的是,她對苗木採取的處理幸運地奏效,很多苗木因此免於枯死。若是由其他人接收,估計有七成會不能使用。
静子は気付いていないが、彼女が苗木にした措置が幸いにも良かった為、枯れるのを免れた苗木が多かった。もし彼女以外が受け取っていれば、七割は使い物にならなかっただろう。
(苗木1……2……總共四十五株,種子七十粒。照這樣算種子預期發芽五粒,苗木期待值十四株)
(苗木が1……2……全部で四十五本、種は七十粒。これだと種の発芽は五粒、苗木は十四本が期待値ね)
投入大量資金購買了九十株胡椒苗和一百粒種子,但經歷各種損害後,苗木減到四十五株,種子減到七十粒。
大量の資金を投入して胡椒の苗木を九〇本、種を百粒購入した。しかし様々な被害を受け、苗木は四十五本、種は七十粒にまで数を減らした。
她仍然把這當成賺到的事,但胡椒栽培一開始就有最大的、最糟的障礙在等待著。
それでも儲けものと思う事にしたが、胡椒栽培は最初に最大最悪の障害が待ち構えていた。
「雖然在沃德箱裡培育……但種子的發芽率果然太差了……」
「ウォードの箱で育成しているけど……種の発芽率がやっぱり悪すぎる……」
最大的障礙,就是發芽率太差。
最大の障害、それは発芽率の悪さだ。
通常,胡椒栽培會把用於扦插的年輕藤蔓在苗床培育三到四個月。
通常、胡椒栽培は挿し木用の若いつるを苗床で三ヶ月から四ヶ月かけて育てる。
接著把苗木沿著支柱定植,之後只要讓它成長即可。最快一年半、最慢兩年就能收成,最長可達二十五年,一株胡椒約可收約二公斤。
次に支柱に添わせて苗木を定植し、後は成長させるだけだ。早ければ一年半、遅くとも二年から収穫が可能になり、最大二十五年もの間、一本の胡椒につき約二キロ収穫出来る。
但若從種子育成則另當別論。發芽適溫為二十五度,為好光性,且需保持不乾燥的管理。
しかし種からの育成となれば話は別だ。発芽温度は二十五度で好光性、更に乾かさず管理する必要がある。
這個發芽溫度相當嚴苛,現代有保溫加熱器等工具,但在戰國時代沒有那種便利設備。
この発芽温度が非常にシビアで、現代であれば保温ヒーターなどがあるが戦国時代ではそんな便利な道具はない。
發芽溫度太高或太低都會有問題,如何維持成了難題。
高すぎても低すぎても問題になる発芽温度を、どうやって維持するかが難問だった。
胡椒樹可長到五公尺到九公尺,因此需要相當的高度空間。
胡椒の木は高さ五メートルから九メートルに達するため、それなりの高さが要求される。
靜子把胡椒苗栽成盆栽,種子用浸過熱水的布包好。處理完畢後,她把它們搬進戰國時代式的第一號塑膠溫室。
静子は胡椒の苗木を鉢植え、種は湯に浸した布で包んだ。それらの措置が終わると、彼女は戦国時代式ビニールハウス一号に運びこむ。
所謂塑膠溫室只是把育成區用塑膠覆蓋,其他部分則用玻璃窗或木板,這是為了保持強度並調節溫度。
ビニールハウスと言っても、育成場所だけがビニールで覆われるだけで、それ以外の場所はガラス窓や木板になる。これは強度を保つためと温度調整をするためだ。
生物塑膠製的塑膠薄膜在耐久性與功能性上比石化塑膠差,並且放棄了石化塑膠不易分解(需長時間分解)的優點。
バイオプラスチック製のビニールは石油ビニールより耐久性、機能性が劣り、更に分解されにくい(分解に長時間かかる)利点を捨てている。
不實際試驗就不確定,但靜子估計短則五年、長則十年就需要整片更換塑膠覆膜一次。
試験しない事には不明だが、静子は短くて五年、長くて一〇年に一回はビニールの総張り替えが必要だろうと考えていた。
胡椒是柬埔寨或越南等地栽培的熱帶植物,不允許低於七度,若低於四度則必然枯死。
胡椒はカンボジアやベトナムなどで栽培される熱帯性植物だ。七度以下になる事は許されず、四度以下になれば問答無用で枯れる。
在日本冬天低於四度並不罕見,因此進行溫度調節非常重要。
日本では冬になれば四度以下になる事は、さして珍しくもない。故に温度調整を行う事は非常に重要だ。
要知道溫度,就需要溫度計。
温度を知るためには温度計が必要になる。
於是靜子製作了酒精式溫度計(寒暖計)。酒精式雖然精度較差,但構造簡單,使用染成紅色的感溫液(酒精),比水銀更安全。
そこで静子はアルコール式温度計(寒暖計)を製造する。アルコール式温度計は精度が悪いものの、構造がシンプルで、赤く着色した感温液(アルコール)を使用するので水銀より安全だ。
由於胡椒對濕度也很敏感,靜子製作了毛髮濕度計。
胡椒は湿度も敏感なので、静子は毛髪湿度計を製造した。
這是利用毛髮性質的儀器,氣象廳的氣象業務觀測等也曾使用,屬於可靠的濕度計,但缺點是性能會受關鍵毛髮影響。
これは毛髪の性質を利用したもので、気象庁の気象業務観測などでも使われていた信頼性のある湿度計だ。ただし肝になる毛髪によって性能が左右される欠点がある。
溫度計和濕度計需要原器,但靜子以姊姊買的旅行組裡的溫度計和濕度計作為原器。
温度計と湿度計は原器になるものが必要だったが、静子は姉の購入品であるトラベルキットの温度計と湿度計を原器とした。
藉此溫度計與濕度計的性能得到保證,靜子正式投入胡椒栽培。
これにより温度計と湿度計の性能が保証され、静子は本格的に胡椒栽培に取り掛かった。
初期的胡椒栽培幾乎全靠測量。每天記錄溫度與濕度,記錄胡椒苗的狀態,記錄種子的發芽情況,然後把這些整理彙總。
初期の胡椒栽培は計測一辺倒だった。毎日、温度と湿度を記録し、胡椒の苗木の状態を記録し、種の発芽状況を記録し、それらを纏める作業ばかりだった。
「嗯……二十四號,今日確認死亡。」
「うん……二十四号ちゃん、本日死亡を確認」
在編號的苗木中,靜子拔起已變黑的二十四號胡椒苗。從栽培開始僅十來天的五月三十日,已有十二株報廢。
連番が振られた苗木の内、静子は黒くなった胡椒の苗木二十四号を引っこ抜く。栽培開始から十数日の五月三十日で既に十二本が駄目になった。
種子更慘,七十粒中發芽的竟只有一粒,簡直是奇蹟。
種はもっと悲惨で七十粒ある内、発芽したのはまさに奇跡の一粒だけだった。
「是氣溫和濕度不對嗎。再多想想看……」
「気温と湿度が悪いのかな。もう少し考えよう……」
目前還持續成長的苗木只有五株,發芽的種子只有一粒。到目前為止一帆風順的靜子,果然在戰國時代栽種胡椒是極其困難的。
成長を続けている苗木が五本、発芽した種は一粒だけという状態だ。これまで順風満帆な栽培を続けてきた静子だが、流石に胡椒を戦国時代で栽培する事は困難を極めた。
然而在沒有測量儀器與藥劑的戰國時代日本,能有五株胡椒苗成長,讓靜子抱有一絲希望。
しかし計測器や薬品がない戦国時代の日本で、胡椒の苗木が五本も成長している事に静子は僅かばかりの希望を抱いた。
「八號、十三號、二十一號狀況良好,三十六號和四十一號有點沒那麼有精神呢」
「八号、十三号、二十一号は順調、三十六号と四十一号が少し元気ないかな」
之後又過了數日,被認為無望的苗木中,竟有十棵苗重新恢復生機。
それから更に数日後、駄目かと思われた苗木の内、実に十本もの苗が息を吹き返した。
靜子為此非常高興,但隔日兩株苗木便失去了生氣,彷彿踩碎了她的希望。
この事に静子は大変喜んだが、その希望を踏み潰すかのように翌日二本の苗木が勢いを失う。
一旦苗木枯萎,靜子能做的手段幾乎沒有。因此她根據過往的栽培記錄採取各種對策,努力不讓它們枯死,但努力終究徒勞,苗木還是枯掉了。
一度苗木がしおれてしまえば、静子に出来る手立ては殆どない。故に今までの栽培記録から色々と手を打ち枯れないように奮闘するも、その努力の甲斐むなしく苗木は枯れてしまった。
七十株中,繼續成長的只有十二株。靜子差點自嘲地想著「是基督徒運來的所以有十二使徒嗎」,但她拍了拍自己的雙頰打起精神。
七十本の内、成長を続ける苗木は十二本だけだった。キリスト教徒が運んだから十二使徒か、などと自嘲気味になりかけた静子だが、両手で頬を叩いて活を入れる。
為了轉換心情,靜子移往嫁接的蜜柑與檸檬園。這邊與胡椒不同,成功率較高,幾乎所有的穗木都已長出芽。
気分を変えようと考えた静子は、接ぎ木したミカンとレモン畑に移動する。こちらは胡椒と違って成功率が高く、既に殆どの穂木から芽が出ていた。
再長一段時間便會拆掉塗有防水蠟的棉布,移入植木鉢並寄送到各地。寄出的苗木大多是蜜柑,檸檬則只有少量會被送出。
もう少し成長すれば防水用の蝋を塗った木綿布を外し、植木鉢に移し替えて各地に発送する予定だ。発送される苗木の大半がみかんだが、レモンも僅かばかりの数が発送される。
剩下的苗木會種在果樹園的一角,原本種台木的土地則會在適當時期重新種上新的台木。
残った苗木は果樹園の一角に植えられ、台木を植えていた土地は適切な時期に新たな台木を植える事となる。
果樹園也新增了新的成員,兩種來自中國的金柑——寧波金柑(ニンポウキンカン)與櫻桃——支那實櫻(シナミザクラ)。
果樹園には新しい仲間も増えた。中国原産の金柑・寧波金柑(ニンポウキンカン)とサクランボ・支那実桜(シナミザクラ)の二つだ。
支那實櫻(シナミザクラ)也稱為中國櫻桃(ちゅうごくおうとう)、唐實櫻(カラミザクラ),是古老的栽培品種,古到在平安時代的書物中便以「桜桃(おうとう)」之名出現。
支那実桜(シナミザクラ)は中国桜桃(ちゅうごくおうとう)、唐実桜(カラミザクラ)とも呼ばれ、平安時代の書物に『桜桃(おうとう)』の名で出てくるほど古い栽培種だ。
但在現代日本,主流是甘果桜桃(セイヨウミザクラ),酸味較強的酸果桜桃(スミノミザクラ)或中國櫻桃(ちゅうごくおうとう)幾乎不在市面上流通。
しかし現代日本では甘果桜桃(セイヨウミザクラ)が主流で、酸味の強い酸果桜桃(スミノミザクラ)や中国桜桃(ちゅうごくおうとう)が市場に出回る事はほぼない。
櫻桃的多數栽培品種為自家不結實性(自身花粉不能受粉,需要其他品種的花粉),但中國櫻桃(ちゅうごくおうとう)為自家結實性,單株也能結果。
サクランボは多くの栽培種が自家不結実性(自分の花粉では受粉せず、他の品種の花粉を受粉する)だが、中国桜桃(ちゅうごくおうとう)は自家結実性であり、一本でも結実する。
這兩種都以植木鉢栽培,其中寧波金柑(ニンポウキンカン)是以接枝方式,支那實櫻(シナミザクラ)則是種子播種栽培。
二つは植木鉢で栽培しているが寧波金柑(ニンポウキンカン)は接ぎ木、支那実桜(シナミザクラ)は種を植えて栽培している。
靜子認為需要比現在更多地栽培作為寧波金柑(ニンポウキンカン)砧木的枸橘(カラタチ)。
寧波金柑(ニンポウキンカン)の台木になるカラタチの栽培数を、今以上に増やす必要があると静子は思った。
「您在這裡啊,靜子大人」
「ここにいらしてましたか、静子様」
正在察看果樹園情況時,彩突然向她招呼。從她有些喘的樣子可以看出,急報到了,她慌忙趕來靜子這裡。
果樹園の様子を見ていると、突然彩が声をかけてきた。少し息を切らしている所を見るに、急報が届き、慌てて静子の元に来た事が窺える。
「是急報嗎?」
「急報かな?」
「送來了朱印狀。應該是關於討伐朝倉與淺井的事。」
「朱印状が届けられました。朝倉と浅井征伐の件についてと思われます」
從彩那裡接過信確認後,果如她所言,朱印狀上寫著要增產竹箭的內容。
彩から手紙を受け取り確認すると、彼女の言う通り朱印状には竹矢を増産する旨の内容が書かれていた。
竹箭以矢竹(ヤダケ)作為箭軸材料,由職人們以熟練的手藝製造。
竹矢は矢軸の材料に矢竹(ヤダケ)を用い、職人たちが熟練の腕によりをかけて製造する。
但對靜子而言,箭不是「藝術品」而是「消耗品」。因此她採用工業化生產方式,不是靠整套職人,而是先製造零件,最後組裝。
しかし静子にとって矢は『芸術品』ではなく『消耗品』という認識だった。故に職人を揃えて生産ではなく、部品を製造し最後に組み立てる工業生産方式を採用した。
依規格製造箭頭、箭軸、羽毛、筈(はず),最後組裝檢品後出貨。
矢尻、矢軸、羽根、筈(はず)を規格に従い製造し、最後に組み立てて検品し出荷する。
靜子的半工業化生產體制起初雖有不少不良品與浪費時間,但不良率逐漸下降,現在已能在不依賴職人的情況下高效率生產。
静子の半工業生産体制は最初こそ不良品や時間の損失が多かったものの、次第に不良率が下がり、今では職人に頼らず効率良く生産する事が可能となった。
「竹箭要生產成倍增加。還有,準備好支付臨時獎勵。」
「竹矢は今の倍を生産して。後、臨時報酬を支払う準備もして頂戴」
「遵命。」
「かしこまりました」
「也需要準備作戰。若能的話不想離開尾張……嗯,或許兩個月後可以。」
「合戦の準備も必要だね。出来れば尾張を離れたくないけど……まぁ二ヶ月後なら良いか」
「還有,從技術街那裡送來了……鏡片。因為封得相當嚴密,無法檢查內部。」
「それと技術街かられ……れんずが届いております。かなり厳重に封がされていましたので、中を検める事は出来ませんでした」
「沒問題的。要是沒做好,很快就會看出來的東西。」
「大丈夫だよ。出来てなかったら、すぐ分かる代物だしね」
從彩困惑的表情來看,封得很嚴重這點不難想像。
困惑した表情の彩を見る限り、厳重な封が施される事は容易に想像出来た。
但若內物正是靜子所想像的那樣,嚴密封裝的理由與其說是為了防止內部被檢查,不如說是為了防止蓋子打開時裡頭的東西彈出。
しかし中身が静子の思い描いているものなら、厳重にしている理由は中を調べられる事を回避するより、蓋が開いて中のものが飛び出さないようにする為の措置だ。
只要稍微受損就得從頭再做,職人們在運送時小心翼翼也是理所當然。
僅かに破損するだけでも一から作り直しなのだから、職人たちが運搬中の事に神経を使うのも当然だ。
「……究竟製作了什麼?」
「……一体、何をお作りになられたのですか?」
「嗯——是會顛覆合戰常識的東西。之後也會讓彩醬看看。」
「んー、合戦の常識を覆すものだよ。後で彩ちゃんにも見せてあげるよ」
對彩的詢問,靜子聳了聳肩輕輕回答。
彩の問いに静子は肩をすくめて軽く答えた。
接過彩手中從技術街送來的箱子後,靜子拆掉嚴密的封條打開蓋子。箱內如她所料,放著大小各異的物鏡與直角棱鏡。
技術街から届けられた箱を彩から受け取ると、静子は厳重な封を外して蓋を開ける。箱の中には静子の予想通り、大小様々な対物レンズと直角プリズムが入っていた。
(終於……終於可以做了,雙筒望遠鏡和野外望遠鏡。)
(ようやく……ようやく出来るね、双眼鏡とフィールドスコープ)
製作玻璃的最大目的,是製作雙筒望遠鏡和野外望遠鏡這兩種類型。
ガラス製造をした最大の目的、それは双眼鏡とフィールドスコープの二種類を作る事だ。
靜子連同胡椒栽培投入大量資金,加速完成物鏡。
胡椒栽培と合わせて静子は大量の資産を投入し、対物レンズの完成を急いだ。
既然沒有玻璃研磨機,鏡片與棱鏡的品質便取決於職人的手藝。她曾在短時間內嚴厲督促職人提高玻璃製作的完成度,但那段日子終於結束了。
ガラス研磨機がない以上、レンズやプリズムの出来栄えは職人の腕次第になる。短期間で職人たちにガラス製造の完成度を高めるよう叱咤した事もあるが、それもようやく終わりだ。
(好,組裝吧)
(よし、組み立てるぞ)
手提著裝有物鏡的箱子,靜子清除掉最大的敵人——灰塵,移到沒有放東西的房間去。
対物レンズが入った箱を手に、静子は大敵のホコリを除去し物を置いていない部屋へ移動する。
灰塵大多來自衣物、被褥、地毯等的棉絨灰塵。僅僅減少來源就能取得一定效果。再製造空氣對流、盡量把灰塵排出去,就不會累積。
ホコリの殆どは衣類や布団、カーペットなどの綿ホコリだ。発生源を減らすだけでも一定の効果はある。後は空気の対流を作り、なるべくホコリを追い出すようにすればホコリは溜まらない。
把附在身上的灰塵拍掉後進房,然後組裝鏡片與稜鏡。
身体に付着しているホコリを払い落とし、部屋に入るとレンズとプリズムを組み立てる。
(這次的物鏡雖然是大型的,但有機會的話想做小型的物鏡來製作顯微鏡。)
(今回の対物レンズは大型だけど、機会があれば小型の対物レンズを作って顕微鏡を作るかな)
如果有小型物鏡,就能做出在靜子時代普及的紙工藝顯微鏡。
小型の対物レンズがあれば、静子の時代で普及しているペーパークラフト顕微鏡が作れる。
它九成由紙製成,剩下的僅為放入鏡片所需的部分,設計極為簡單。
これは九割が紙で出来ており、残りはレンズが必要なだけの極シンプルな設計だ。
而且鏡片不必是精密機械製作的精密曲面玻璃鏡片,普通的球面鏡片就足夠。透過改變紙張形狀,也能變成明視野顯微鏡或螢光顯微鏡。
更にレンズも精密機械で製造した精密カーブガラスレンズではなく、普通の球面レンズで問題ない。紙の形を変える事で明視野顕微鏡や蛍光顕微鏡に変える事も可能だ。
作為可在發展中國家幾乎免費製作的疫病檢測工具,以及作為可用顯微鏡輕鬆觀察的教育器具,紙工藝顯微鏡具有非常優秀的性能。
発展途上国でも、ほぼ無料で作れる疫病検知道具として、また顕微鏡で手軽に観察出来る教育道具として、ペーパークラフト顕微鏡は非常に優れた性能を持つ。
(紙工藝顯微鏡的鏡片製作或許是個問題,此外也只在疫病等那類時候需要。再說我對醫學方面並不那麼熟悉……大概未來留給某個能派上用場的人使用吧。)
(ペーパークラフト顕微鏡のレンズ作りが問題かな。後は疫病とかその手の時しか要らない。そもそも私は医学関係にそこまで詳しくないし……将来、誰かが役に立てる時に使うぐらいかな)
若說有問題,就是物鏡會變小。即便是用於望遠鏡的尺寸鏡片,拋光也要花非常長的時間。要做出能用鑷子夾起那種小鏡片幾乎是不可能的。
問題点があるといえば、対物レンズが小さくなる点だ。望遠鏡に使用する大きさのレンズでも、研磨には非常に長い時間をかけている。ピンセットでつまむ程度のレンズ製造は不可能に近い。
考慮使用頻率,比起紙工藝顯微鏡,結構較簡單的光學顯微鏡更為現實可行。
使用頻度を考えればペーパークラフト顕微鏡よりも、構造がシンプルな光学顕微鏡の方が現実的だ。
(那就當成未來課題吧。只有顯微鏡也沒有太多用途。)
(まぁ将来の課題にしよう。顕微鏡だけあっても、使い道がないからね)
把顯微鏡定為未來課題後,靜子便專注於組裝雙筒望遠鏡。乍看聽起來簡單,但組裝雙筒鏡相當耗費心力。
顕微鏡は将来の課題と結論付けると、静子は双眼鏡の組み立てに集中する。一見単純で簡単そうに聞こえる作業だが、双眼鏡の組み立ては神経を使う。
尤其是正立稜鏡,需將兩、三塊直角稜鏡精準地錯開九十度來組裝。
特に正立プリズムは二、三個の直角プリズムを、正確に九〇度ずらして組み立てる必要がある。
若這個傾斜出錯,就會產生稱為「倒斜」的現象,目標不會正立而看起來傾斜。
この傾きに失敗すると、正確に正立せず対象が傾いて見える「倒れ」という現象が発生する。
靜子在組裝後檢查,若失敗則拆解、調整、再組裝。結果上,為了做出三個雙筒鏡和兩個地上望遠鏡,她調整了十幾次。
静子は組み立てた後チェックし、失敗していれば分解・調整・再組み立てを行った。結局、双眼鏡三個とフィールドスコープ二個作るのに、一〇数回の調整を行った。
做好的共有五件:給信長的六倍三十口徑與八倍四十二口徑雙筒鏡、三十倍與六十倍的地上望遠鏡,還有她自己用的七倍五十口徑雙筒鏡。
出来上がった物は信長用の六倍三十口径と八倍四十二口径双眼鏡、三〇倍と六〇倍のフィールドスコープ、そして自分用の七倍五十口径双眼鏡の計五つだ。
地上望遠鏡一大不同在於它內置正立稜鏡,這與天文望遠鏡差別很大。
フィールドスコープは別名地上望遠鏡と言われ、正立プリズムを組み込んでいる事が天体望遠鏡との大きな違いだ。
雙筒鏡與地上望遠鏡的差異主要在使用用途。
双眼鏡とフィールドスコープの違いは主に使用用途だ。
地上望遠鏡可用於測量、地形掌握、固定點對敵軍的監視等;而雙筒鏡則用於戰場上的部署確認或狀況察看等。
フィールドスコープは測量や地形把握、定点からの敵軍監視などに使える。対して双眼鏡は戦場での展開確認や状況確認などに使える。
靜子舉起自己的七倍雙筒鏡,邊微調邊確認性能。
静子は自分用の七倍双眼鏡を構えると、微調整しつつ性能を確認する。
(有點重,但性能上沒有問題。接下來確認地上望遠鏡的性能吧。)
(ちょっと重いけど、性能的には申し分なしよね。次はフィールドスコープの性能を確認しよう)
一邊調弄對焦旋鈕,靜子用地上望遠鏡檢視周圍。既然兩者都達到性能標準,她得出最終檢查沒問題的結論。
ピント合わせのつまみを弄りながら、静子はフィールドスコープで周囲の確認を行った。どちらも性能を満たしている事から、最終確認は問題無いとの結論を出す。
不過雖然鏡片數量足以做出二十個雙筒鏡或地上望遠鏡,但最後只完成了五個,讓她覺得還需要檢討作業流程。
ただし双眼鏡もフィールドスコープも二十個作れるレンズ数がありながら、最終的に出来たのが五個という点は、まだまだ作業を見直す必要があると感じた。
「那麼,鬼丸國綱算是到手了吧。姉川之戰快要開始了,馬上把信送給御館様吧」
「さぁて、これで鬼丸国綱は頂きかな。もうすぐ姉川の戦いが始まるし、さっさとお館様に手紙を出そう」
在為雙筒鏡與地上望遠鏡的鏡片加上木蓋後,靜子坐到桌前寫信。
双眼鏡、フィールドスコープのレンズ部分に木蓋を被せた後、静子は文を書くため机に向かう。
信寫得內容要激起信長的好奇心,理由是若以戰事將近為由推遲視察會很糟。
文は信長の好奇心が刺激される内容を書く。合戦が近い事を理由に、視察を後回しにされては困るからだ。
要讓反靜子派噤聲、保住工匠們的名譽,就必須在戰事開始前讓信長知道雙筒鏡的存在。
反静子派を黙らせ、職人たちの名誉を守るには、合戦が始まる前に信長が双眼鏡を知る必要があった。
信長收到信後,從文中察覺靜子的意圖,便帶著家臣前往拜訪她。
文を受け取った信長は文面から静子の思惑を知ると、家臣を引き連れて彼女の元を訪れる。
「這次是要顛覆合戰常識的事吧」
「今回は合戦の常識を覆す、という話だったな」
帶著抑制不住的好奇表情,信長向靜子發問。
好奇心を抑えられないといった表情で、信長は静子に問いかける。
「是的,正是如此。因遭遇種種問題,導致讓您等到今天,深表歉意」
「はい、その通りでございます。様々な問題に直面し、本日までお待たせする事になりました事を深くお詫び申し上げます」
「呵呵,不錯。那麼先把這個交給她。拿來!」
「ふふっ、良い。さてその前に渡しておこう。持ってまいれ!」
信長一喝,侍童抱著木製化粧箱走來。侍童打開箱子,裡面收著一把刀。信長從侍童手中取過刀,然後直接遞給靜子。
信長の一喝に小姓が木製化粧箱を抱えてやってくる。小姓が箱を開けると、中には一振りの刀が収められていた。刀を小姓から受け取ると、信長はそのまま静子に差し出す。
「這就是約定的鬼丸國綱,收下吧」
「約束の鬼丸国綱だ、受け取るが良い」
「欸、可是還……」
「え、でもまだ……」
「沒關係。由你帶著自信拿出來吧。那應該是相當的東西。還是說你對自己的作品沒有自信?」
「構わん。貴様が自信を持って出すのだ。それ相応の代物なのだろう。それとも貴様は、自分の作に自信がないのか?」
「不、不會有那種事!」
「そ、そんな事はありません!」
「那麼接受它應該沒有任何問題吧」
「ならば受け取る事に何の問題もなかろう」
說罷信長更向前一把遞上刀以示催促。這次不再遲疑,靜子恭敬地接過鬼丸國綱。
そう言って信長は促すように刀を更に差し出す。今度は躊躇わず、静子は鬼丸国綱を恭しく受け取った。
「那麼,讓我看看那東西吧」
「では、ものを見せて貰おうか」
「是,這裡」
「はい、こちらでございます」
把刀交給彩後,靜子引領信長到指定地點。那裡寬敞適中,只搭了一座簡陋的櫓。
刀を彩に預けると、静子は信長を指定の場所まで案内する。そこは程よい広さで、簡素な櫓が一つだけ建てられていた。
「大人,那邊有塊立牌」
「お館様、あそこに立て札がございます」
「嗯,看得見。但看不清寫了什麼」
「ああ、見えるな。何を書いているかまでは見えぬ」
距離靜子與信長近五百公尺的地方,豎著一塊小小的立牌。當然,太遠以致沒人看得清上面寫了什麼。
静子や信長から500m近く離れた場所に、小さな立て札が立てられていた。勿論、遠すぎて立て札に何が書かれているかは誰も分からない。
「那個黑色像筒狀的東西,就是這次的主角嗎?」
「で、その黒い筒のようなものが、今回の主役という訳か」
「多虧大人慧眼。細節等會再說……先由我示範怎麼使用」
「ご慧眼恐れいります。細かい説明は後で……まずはどう使うか私が実践します」
靜子掀開鏡頭蓋,調整焦距,將焦點對準立牌。
静子はレンズカバーの蓋を外すと、ピント合わせを行い立て札に焦点をあわせる。
當時靜子不曉得信長等人究竟是何表情,但她確信那表情頗為奇怪;畢竟旁人看來不過是在朝筒子裡望去。
この時、信長たちがどういう顔をしていたか静子は分からないが、少なくとも奇妙な顔つきなのは間違いないと思った。何しろ傍目には筒を覗きこんでいるだけにしか見えない。
雖有些害羞,靜子仍完成了對焦。
若干恥ずかしい気持ちもあったが、静子はピント合わせを完了させた。
「……沒問題。大人,請從這裡看一看」
「……大丈夫です。お館様、ここを覗きこんで下さい」
「嗯」
「うむ」
信長依指示從單筒望遠鏡望去,但很快抬起臉,驚訝地盯著立牌看。
静子の指示に従って信長はフィールドスコープを覗く。だが、すぐに顔を上げ、驚いた顔で立て札を凝視する。
在數次看立牌又望望遠鏡的動作後,信長輕輕嘆了口氣。
立て札を見てはフィールドスコープを覗く動作を数回繰り返した後、信長は静かに息を吐く。
「靜子……詳情待會再聽。可成,你也來看看。確實,這會顛覆合戰常識」
「静子……詳しい説明は後で聞こう。可成、貴様も見てみろ。確かにこれは合戦の常識が覆る」
「是」
「はっ」
接到信長的命令,森可成也從單筒望遠鏡觀測。他和信長一樣,反覆從望遠鏡望向立牌、又抬頭凝視立牌,反覆好幾次。
信長の命を受け森可成もフィールドスコープを覗く。彼も信長と同じく、何度もフィールドスコープから顔を離して立て札を凝視した後、またフィールドスコープを覗く動作を繰り返した。
「用途不同,還有雙筒望遠鏡。這個也請確認看看」
「用途は違いますが、双眼鏡というものもあります。こちらもどうぞご確認下さい」
靜子將準備好的八倍雙筒望遠鏡遞給信長。或許習慣了單筒望遠鏡,信長不顯驚訝地看了看雙筒,然後笑了。
静子は用意していた八倍の双眼鏡を信長に手渡す。フィールドスコープの時に慣れたのか、信長はさして驚く様子もなく双眼鏡を覗いて笑った。
「這個圓形的部分會改變視野。對準貼合後,模糊的世界會變得清晰。可成,你覺得如何?」
「この丸い部分で見え方が変わる。ぴたりとはまるとぼやけた世界が、綺麗に見えるようになるな。可成、貴様はどう思う」
「確實這會顛覆合戰常識。那麼遠的物品,不用靠近也能看見,對敵方的監視體系會有很大改變」
「た、確かにこれは合戦の常識が覆ります。あれほど遠くにあるものを、近くに寄らなくても見えるとなると、敵への監視体制が大きく変わります」
「果然。既然有櫓,那櫓上也要準備這個黑色筒子吧?」
「そうであろう。櫓があるとなると、あれにもこの黒筒を用意しておるな?」
「是。那座櫓約三十三尺(大約10米)高。有一點要注意,千萬不要直視天道(太陽)。會傷到眼睛」
「はい。あの櫓は約三十三尺(大体10m)の高さです。一つだけ注意がございます。決して天道(太陽)を覗かないでください。目がやられてしまいます」
信長點頭後爬上櫓,拿起三十倍的單筒望遠鏡觀測,臉上浮現愉悅的微笑。
静子の言葉に頷くと信長は櫓に登る。そこで三十倍のフィールドスコープを覗いては、何か楽しそうに笑みを浮かべていた。
「確實會改變合戰常識。靜子,要造這東西困難嗎?」
「確かにこれは合戦の常識が変わる。静子、これを作るのは難しいのか?」
「只要懂得理論,剩下就靠實踐。但在現今日之本沒有人掌握此技術。即便要開始學習,也至少得一年。此外,製作上重要的原料只能從海中取得」
「理論さえ知っていれば、後は実践あるのみです。ですが今の日ノ本では誰も修得していない技術です。これから先、仮に身につけようとしても一年はかかるでしょう。更に、これを作る上で重要な素材が、海でしか取れません」
要提高玻璃製造的透明度需要蘇打灰,拋光劑則是金剛砂(石榴石粉末),還需集齊各種不同材料,才能做出高透明度的玻璃。
ガラス製造で透明度を上げる為にはソーダ灰が必要になる。更に研磨剤は金剛砂(ガーネットの粉末)と、多種多様の素材を集めて、初めて透明度の高いガラスが完成する。
而且在現代玻璃拋光可用機械完成,但在沒有這類機器的戰國時代,唯有靠工匠琢磨打磨技術。
更に現代ならガラス研磨は機械で出来るが、その様な機械がない戦国時代では職人たちが研磨の腕を磨く以外にない。
每天睡醒都在思索玻璃之事,經過千次以上的拋光訓練,技藝方能習得。
毎日、寝ても醒めてもガラスの事を考え、千を超えるガラスの研磨訓練を得て、ようやく技が身につくのだ。
當然也需要能承擔那些反覆試驗的財力,這正由有資金能力的靜子負責。
無論それだけの試行錯誤を繰り返せる財力が必要になるが、それは資金力を持つ静子が担当した。
「原來如此,換言之這不是輕易取得的東西吧」
「なるほど、つまりそう簡単に手に入る代物ではないのだな」
「是的」
「はい」
若單筒望遠鏡為50倍,觀察1000米外的物體,效果近似於靠到20米內用肉眼觀看。
フィールドスコープが50倍の場合、1000m先のものを覗くのと、20mまで近づいて肉眼で見るのとほぼ同じになる。
這就能在1000公尺外監視帳幕。雖然重量會增加,但提高倍率便可從更遠處監視。
これは1000mも離れて陣幕を監視する事が可能になる。重量は増えるが、倍率を上げればもっと遠くから監視する事も可能だ。
通常要傳達此情報必須移動,但有了單筒望遠鏡便無此必要。
普通ならこの情報を伝えに移動、となるがフィールドスコープがあればそれも不要だ。
只要揮旗示敵前進,另一名監視者再以旗回應,透過旗語通信便能迅速傳達。資訊快速傳遞,對敵人而言沒有比這更可怕的威脅。
敵の進軍を知らせる旗を振り、それを別の監視員が更に旗を振り、と旗振り通信を行えばあっという間に伝わる。情報の伝達が素早く行われる、敵にとってこれほどの脅威はない。
「靜子,提升這鏡片的性能。今後應該也能在海上使用,做得越好越好」
「静子、このれんずとやらの性能を上げよ。これは今後、海の上でも使えるであろうからな。より良いものを作っておくに越したことはない」
「明白了」
「承知しました」
信長滿意地點頭,將手搭在靜子的肩上,壓低聲線低聲說道。
信長は満足気に頷くと静子の肩に手を乗せ、若干声のトーンを落として囁くように言った。
「話題轉換,奇妙丸說年終吃了美味的東西,還大肆自誇了一番呢」
「話は変わるが、年の瀬に旨いものを食べたと、奇妙丸が自慢話に花を咲かせておったな」