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戦国小町苦労譚

信長堤

信長雖已掌握尾張與美濃,但因為統治廣大土地而出現一個問題。

尾張と美濃を手中に収めた信長だが、広大な土地を支配した事である問題が浮上した。

那就是洪水。木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)自古以來常受洪水之害,常被大洪水反覆侵襲。

それは洪水である。木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)は、昔から洪水による水害が酷く、大洪水によってたびたび被害を受けていた。

甚至在德川家康的命令下,於木曽川左岸築起了御囲堤(おかこいつつみ),可見自古即飽受水害之苦。

徳川家康の命令で木曽川左岸に御囲堤(おかこいつつみ)が築かれたほど、古くから水害に悩まされている。

若是過去的信長或許不會在意水患,但如今的他認為掌握水路至關重要。

過去の信長であれば水害を気にも留めないが、今の彼は水路の支配は重要と考えていた。

若單憑強權獨佔水利,必然會招致強烈反彈。

ただ単に強権をもって水利を独占すれば大きな反発を受ける。

要讓人難以反駁,且提出看似合理的大義,暗中掌握水利實權。

人が反論し難く、それでいてもっともらしい大義を掲げて、その裏で水利の実権を握る。

水是最重要的生命線,掌握水利就能左右領民的生死存亡。

水は最重要のライフラインであり、水利を握れば領民の生殺与奪は思うがままだ。

信長認為,建造堤防既能防止水害,又能獲得領民感謝,同時獨占實權,是最上策。

更に水害を防ぎ、領民に感謝されながらに実権を独占できる堤の構築は最上の策だと信長は結論付ける。

然而築造堤(此處指貯水池)與堤防需耗費龐大資金與時間,且建材也成為問題。

だが堤(この場合は貯水池を指す)及び堤防を築くには膨大な資金と時間が必要になる。更に資材も問題だった。

是否有一舉解決的方法,信長想了好幾日卻始終想不出好辦法。

一発で解決する方法はないか、信長は数日かけて考えるがなかなか上手い手立ては思いつかない。

當他差點打算折衷只針對重要點處理時,一道可謂神啟的靈光忽然在腦中閃現。

いっその事、重要なポイントだけに絞って対応するかと彼が諦めかけた時、神の啓示ともいうべき閃きが頭の中に浮かんだ。

「そうじゃ……それなら資材も時間も金も解決する」

「そうじゃ……それなら資材も時間も金も解決する」

他想到的答案,是使用混凝土。

彼が浮かんだ答え、それはコンクリートを使う事だ。

準確地說,是用混凝土做骨架,再覆蓋土與小石來築堤的做法。

正確には骨組みにコンクリートを使用し、その上に土や小石を被せて堤防を築く方法だ。

首先在上游地區興建數個貯水池。

まず最初に上流域で幾つかの貯水池を作る。

造貯水池能在雨季與旱季之間穩定供水。

貯水池を作る事で雨季と乾季に関係なく、常に安定した水を供給する事が出来る。

完成後接著進行護岸工程;堤防必須具備承受河川最大流量的強度。

それが終われば次は護岸工事を行う。堤防は全て河川の最大流量に耐え得る強度が必要だ。

於是信長擬定了在堤防上使用混凝土的計畫。

ここで信長は堤防にコンクリートを使う計画を立てた。

先在欲設置堤防的附近製作長方形混凝土塊;這些塊體重近百公斤,幾近岩石塊。

まず堤防を設置する付近で長方形のコンクリートブロックを作る。ブロックと言っても重さが百キロ近くあり岩の塊に近い。

如此可明示堤防的基座與作業區;接著堆疊這些塊體,當堆至不會被河水淹沒的高度後,直接澆注混凝土成形。

これで堤防の土台兼作業エリアの明示化を行う。後はブロックを積んでいき、河川の水がかぶらない高さまで積み上げられれば、直接コンクリートを流し込んで形を形成していく。

砌築到所需高度的混凝土牆,再覆上綠化混凝土、摻入珍珠岩的混合土,最後種上雜草與美化用的樹木即告完成。

必要な高さまでコンクリートの壁を作り、その上に緑化コンクリート、パーライトを混ぜた混合土、最後に雑草や景観の為の木を植えれば完成だ。

使用混凝土比用天然岩石興建河堤更省錢;若以綠化混凝土覆蓋,堤防還能融入周圍景觀。

コンクリートであれば河川堤防を作る為の岩を使うより安くすむ。緑化コンクリートで覆えば、周囲の景観に溶け込めるように堤防を築けられる。

可以動用自家的士兵,並請派受過工兵教育的靜子部隊作為先鋒指揮。

人は自身の兵士を使えば良いし、工兵として教育されている静子の部隊を陣頭指揮として派遣して貰えば良い。

信長在河堤計畫中,還納入了由木曽三川沖積所形成的沖積平原——即濃尾平野(のうびへいや)的大規模開發。

信長は河川堤防計画で更に木曽三川により形成された沖積平野、つまり濃尾平野(のうびへいや)の大規模な開発も組み込んだ。

以高效率開發土地,改造為尾張、美濃數一數二的生產地帶;物資以木曽三川水路運輸,陸路則設置驛馬車將物資送至所需地點。

効率的な土地の開発を行って、尾張・美濃でも有数の生産地帯へと改造する。物資運搬は木曽三川の水路を利用し、陸路に関しては駅馬車を設置して必要地点に運び込む。

若上游的貯水池、堤防與濃尾平野開發完成,剩下的就只剩下下游地區。

上流域で貯水池や堤防、濃尾平野の開発が終われば、残りは下流域のみになる。

木曽三川下游地帶,正是一場與洪水抗爭的歷史。

木曽三川の下流域は、まさに洪水との戦いの歴史だった。

下游區域長良川、木曽川、揖斐川交錯如網,於每次洪水中改變河道形態。

下流域は長良川、木曽川、揖斐川が網目状に流れ、洪水のたびに形を変える有り様だ。

御囲堤是沿木曽川左岸約五十公里的長堤,但信長以壟斷舟運利權、防禦洪水、阻止西國勢力侵入等軍事目的為主,考量將木曽三川完全分流。

御囲堤は木曽川の左岸に約50キロにも渡る大堤防だが、信長は舟運路の権益独占、洪水の防御、西国勢力の侵入を防ぐという軍事的な目的を主とし、木曽三川の完全分流を考えた。

信長計畫所描繪的完成圖,巧合地與現代木曽三川下游的形貌相同。

信長の計画で描かれた完成図は、奇しくも現代の木曽三川の下流域と同じ形だった。

是否為信長原意,或是模仿從靜子那裡得來的地圖不得而知,但無論如何,他的計畫以完成木曽三川下游的河川整治為收尾。

それが信長の意図なのか、静子から得た地図を真似たかは不明だが、ともあれ彼の計画は木曽三川の下流域の河川改修工事完了を以って工事終了となる。

這是個在戰國時代看來需耗百年方能完成的最大治水工程,但對居住在此的人們來說治水是夙願,加上尾張主要聚落與市鎮集中在西側,故多人支持信長的政策。

完成するのに百年は必要と思われる戦国時代最大の治水工事だが、この地に住む人々にとって治水は悲願であり、また尾張は主だった集落や市が西側に集中していたため、多くの人々が信長の政策を支持した。

然而他們並未察覺信長的真正目的。

だが彼らは信長の真の目的に気付いていない。

他的真正目標,是取得伊勢灣的制海權,將伊勢長島等輪中地帶納入支配,並驅逐本願寺勢力。

彼の本当の狙いは、伊勢湾の制海権を得る事、伊勢長島などの輪中地帯を支配下に置く事、そして本願寺勢力の駆逐だった。