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戦国小町苦労譚

千五百六十七年 五月上旬

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まるで見計らったかのように、天ぷらを食べ終えた頃に信長からの伝令がやってきた。

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内容は早急に指定の場所へ来るべし、だった。

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手早く身支度を整えると、静子は信長指定の場所へ向かう。ものの五分程度で指定の場所に到着した。

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信長は先に来て待っていたようで、彼は乾いた切り株に座っていた。

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「お、遅れて申し訳ありません」

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足早に信長の元へ駆け寄ると、静子は頭を下げてそう言った。

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だが信長はさして気にしておらず、彼女を一瞥すると顎で辺りを示した。

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そこら辺に座れ、という意味だと理解した静子は、信長より高さが低くなる場所を選んで座る。

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よく見ると信長は一人だった。小姓は勿論、馬廻衆や配下の武将もいなかった。

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目と鼻の先に彼らがいるのにも関わらず。

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「これからわしの問いに嘘偽りなく、真実のみで答えよ」

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口調に鋭さがあった。否、口調だけでなく目や顔つき、果ては雰囲気まで。

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全身から鋭利な日本刀のような覇気が滲み出ている。信長の雰囲気に当てられた静子は、無意識の内に背筋を伸ばす。

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(も、もしかしてこれが本来の信長……?)

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文献などで『信長の配下は、彼の近くにいるだけなのに萎縮していた』という文をよく見かけた静子だが、今の今まで誇張表現だと思っていた。

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だが今、信長の前に座り、ようやくそれらの文献が誇張でも何でもないと知る。

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正直な話、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。

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「静子、貴様はこの世の者ではないな」

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それは質問というより断定に近い問いかけだった。

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いきなり核心を突かれた静子は、信長の雰囲気に飲まれていたのも相まって頭の中が真っ白になった。

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「……ッ!」

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「もっと正確に言おう。貴様はこの乱世の生まれではない。無論、南蛮でもない。もっと違う……何か違う場所と言えば良いのか。ともかく、貴様はこの日ノ本で生を得た訳ではないな」

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「え、あ、う……」

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「貴様が言って良い言葉は『はい』・『いいえ』のどちらかだ。安心しろ、嘘でなければ貴様の首をはねる事はない」

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それは逆に言えば嘘を言えば首をはねる、とも取れる言葉だった。

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人を払っている事、そして何よりも信長は静子が『はい』と答えると確信しているように見えた。

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「……はい」

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彼女は観念した。

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証拠も何も提示されていないが、信長はその考えに至る確証を得ている、と静子は思ったからだ。

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事実、信長は静子の返答に何の反応も示さなかった。ただ、それが当たり前の事、という感じだった。

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「ふむ、やはりな」

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「あの……差し支えなければですが、いつ私の正体にお気付きになられたのですか?」

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顎に手を当てている信長へ、静子はおそるおそる尋ねる。

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その辺りは細心の注意を払っていたし、なるべく戦国時代の人間らしく振舞っていた。

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だがそう思っていたのは、どうも静子本人だけのようだった。

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「貴様にそれだけの知識を与えるのに、どれほどの金と労力が費やされていたか想像もつかん。それを考えれば、貴様を放置する事などありえぬ。そして貴様は坊主どもの影響が薄すぎる。仏の教えを大事とも、蔑んでいるとも言えぬ態度。極めつけは金に無頓着かと思えば、自身が持っている技術の伝授のために馬鹿のように金をつぎ込む」

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「え、えーっと……」

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「ここまで言って分からぬか? 貴様は存在そのものがおかしいのだ。いつ、どこで、誰を師と仰いだか語らぬ用心深さを見せている割に、その技術自体は何の見返りも求めず、出し惜しみすらしない」

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「そ、それはお館様の力になれるように……」

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「だとしても」

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静子の言い訳じみた言葉を、信長はピシャリと切り捨てる。

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「貴様は一度として、わしに見返りを要求しておらん。貴様が欲しがるものは、どれもわしに利益をもたらすものばかりじゃ。わしには貴様自身の利益が見えてこぬ」

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信長曰く、静子の要求する物に本人の欲が見つからない、との事だ。

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戦国時代は長年主君に仕えた家臣であろうと、手柄を立てたなら褒美を貰う事は当たり前。

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それを怠れば離反、裏切り、別の主君に仕官は当然のように起こる。逆もしかり。

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ろくな働きをしなければボロクソになじられ、追い出される事もよくあった。

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だが静子は欲深くなく、気難しい訳でもなく、いい加減な人間でもない。

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命令された事を黙々とこなす。そして成功に対して驕り高ぶる事がない。

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僅か二年の奉公の間に数多くの功績を上げているが、信長が褒美を与えなければ何も言ってこない。

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そこに信長は一種の恐怖を覚えた。

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「後は……そうだな、もう一つある。貴様と出会った時より少し前、わしは不思議な老婆に出会った」

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「老婆……ですか?」

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静子の言葉に信長は小さく頷く。

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「左様、小澪池からの帰りの事じゃ。わしは突然、濃霧に包まれて前後不明に陥った。周囲を警戒した時、突然老婆がわしの眼前に姿を現した。驚くわしを無視し、老婆はこう言った。『「剣(つるぎ)」が「刻の落胤(らくいん)」を運ぶ』とな」

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「『刻の落胤(らくいん)』……?」

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「落胤(らくいん)とは正統な血統から外された子供の事。刻が何を意味するか正確には分からぬが、時間などを表す言葉に多用されている事から、その辺りを指しているのだろうと考えた。つまり老婆の言葉が正しいのなら、貴様は我々とは異なる時で産み落とされた者、と考えるのが一番納得出来る。もっとも、こんな話を他人にすれば気が触れた、と思うだろうな」

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実際、誰かに語ったのか信長は苦笑交じりに言葉を吐き捨てた。

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「ともかくこれで兼ねてよりの疑問が解決した。何、貴様がわしとの約束を違えぬ限り、わしは貴様の命を守ろう。故に、貴様はこれからもわしに才を示せ」

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その言葉に静子は深く頷いた後、信長の顔を見る。

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そこには鋭い刃物のような雰囲気を纏った信長ではなく、人を惹きつける魅力に溢れた信長がいた。

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意外にも信長は知識を全て寄越せ、という事は言わなかった。

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今と変わらず与えられた仕事をこなせ、とのお達しだ。

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これは急に静子への態度が変わった事により、周りへ不信感を与えない為の措置との事だ。

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しかし何も変わらずという訳ではなかった。

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「貴様にはこれより『織田家相談役』という役割を与える。その知識、機転の良さをわしの為に使え」

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静子は『織田家相談役』という役職を与えられた。

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名は違うものの、実質的には御伽衆(おとぎしゅう)と思った静子だが、念のため確認する事にした。

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信長の場合、稀に新しい役職を作る場合があるから。

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「お館様、織田家相談役というのは一体……?」

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「基本的に今やっている事と大差ない。わしの疑問に答え、命令を忠実にこなすだけだ。必要な権限はわしが都度与える所が違う。しかし……今後を考えると身辺警護を狼だけに頼るというのは不用心だな。静子、貴様には兵を五〇〇、そして馬廻りを与える」

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「うぇ! は、はい……お受けいたします。それで……あの、兵士って私の好きにして良いのですか?」

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「ほぅ、貴様には何か考えがあるのか」

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「南蛮にあるローマ帝国という国の軍団兵は、戦闘だけでなく都市建設のエキスパート……専門家集団でもありました。それに倣って、土木建築などの技術に特化した部隊、つまり黒鍬(くろくわ)と戦闘を両立させる部隊を作りとうございます」

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黒鍬とは戦国時代から江戸時代にかけて土木作業を担う者たちを指す言葉として広まった。

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軍に組み込まれ黒鍬衆として運用されるようになり、陣地の構築や橋の建造など戦略的な土木作業に従事した。

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戦後処理として戦死者の収容や埋葬なども黒鍬衆の仕事であった。民間においても農具としての「黒鍬」の産地として名を上げていた、尾張知多郡の土工集団の「黒鍬」組が有名である。

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静子は戦闘工兵を作り上げ、各地で土木・治水工事・新田開発・道路整備などの社会生活基盤を整備する部隊にしようと考えた。

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もちろん自身の身を守るための部隊なので、ある程度の戦闘も行えないと困るが。

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しかし基本的には『君子危うきに近寄らず』だ。危なくなれば戦力差を考えず即時撤退である。

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「後は足場固めをする時間を頂きとうございます」

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「その理由は」

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「南蛮にある国、フィレンツェ共和国の外交官だったニッコロ・マキャベリは言いました。『突然に地位なり何なりを受け継ぐことになってしまったものにとって心すべき最大のことは、何よりもまず最初に、しかも直ちに、土台を固めることである』。私は今まで数百単位の人を、一度に管理した事がありません。ならばまずは土台となる管理体制を考えないといけません」

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そこまで言って静子は後悔した。マキャベリの名と、その内の教えを安易に口にした事に。

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口元を手で隠しつつ信長の方へ視線を向けると、案の定彼はとても良い笑みを浮かべていた。

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しかし静子には、その笑みはあくどい笑みにしか見えなかった。

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「にっころ・まきゃべりとやらは良い事を言う。静子、次を言わずとも分かっておるな?」

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「は、はい」

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ニッコロ・マキャベリが出した『君主論』の写本を寄越せ、と言いたいのだと静子は理解した。

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現代では客観的・近代的な政治学の始祖と考えられているが、戦国時代のヨーロッパではカトリック教会の対抗改革の一環で禁書目録に加えられ、焼き捨てられている。

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マキャベリ自身も「裏切りを好む悪徳の作者」と非難され続け、十八世紀に再評価されるまで『君主論』は肩身が狭かった。

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それほど中世ヨーロッパ時の道徳や宗教にとっては問題だらけの『君主論』だった。

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しかし、どちらも信長には関係なかった。

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「南蛮の道徳心など必要ない。わしが日ノ本の常識じゃ」

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それからも信長からの質問は続いた。

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普段はどんな衣服を着ている、どういった食べ物が好みだ、両親や兄弟は健在なのか、彼らに会いたいと思った事はないのか、という個人的な話から、貴様の住んでいた所ではどういう政治体制が敷かれていた、軍はどういった管理体制だ、規模は、武器の種類は、敵国に攻められる事はないのか、もし攻められた場合はどうやって退けるのだ、など社会や政治など内容は多岐にわたった。

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しかも説明を聞くだけではない。

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『民主主義では民が愚鈍の場合、愚鈍な統治者しか生まれない』

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『義務教育は一定の知識を与えるという点で優れているが、同時に優秀な人間を埋もれさせてしまう。才ある者には、より良い環境を与えるべきだ』

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『憲法や法律を制定するのは良いが、罰則が余りにも軽過ぎはしないか? 特に国の金で私腹を肥やす奴が禁錮刑など言語道断、斬首に処するべきだ』

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『自分の発言に責任を持たぬますめでぃあとやらなど潰してしまえ。己が公平だと思う無能などに存在価値はない。むしろ害悪だ』

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『職人を蔑むような無能など不要。そして驕り高ぶった職人も不要。生涯、己の腕を磨き続けない職人に何の価値があるのだ』

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などと自身が問題点と思った事は容赦なく斬り捨てたり、持論を述べたりする。

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価値観や死生観が違うと言えばそれまでだが、信長から見れば無能や愚か者でも生きられる静子の世界がおかしく見えるのだろう。

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だが異国の世界はおかしいだけで終わらせないのが信長であった。

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「誰も注意を払っていない場所が出来れば、そこに普通の人は寄り付かず、代わりに罪人たちが住み着く。それをさせない為の割れ窓理論……か。実によく出来ている」

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「私の国では警備派出所を必要とする場所に設置し、そこに人を数人待機させていました。その人たちは決められた範囲を巡回し、軽微な秩序違反を取り締まっていました」

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「ふむ、悪くない話だ。早速、検討してみよう。うまく行けば間者対策に使えよう」

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(……私はそろそろ疲れました……けど)

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静子は重い溜息を吐く。

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最初は自分の生活を軽く聞かれる程度だった。だが徐々に話の範囲が広まり、いつしか静子が住んでいた日本について説明させられる事となった。

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自分から知識を根こそぎ引っこ抜く気かと静子は一瞬思ったが、信長の顔を見てその考えが間違いだと気付いた。

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屈託のない少年の瞳、素直な微笑み、そして旺盛な好奇心。それは裏表を感じさせない、思わず惚れそうになるほど魅力に溢れていた。

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男が男に惚れる、というのはこういう心情なのかなと静子はふと思った。

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「セン馬というのも良い考えだ。去勢する事で気性を抑えて扱いやすくし、敵に奪われても繁殖に使えなく出来、発情期に興奮させない、だったな。武士の間では暴れ馬が良いとされる風潮だが、そんなつまらん考えなど捨ててしまえばいい。それと蹄鉄だったな……ふむ、それらも検討してみる価値はある」

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「……あの、ご思考にふけっておられる所申し訳ありませんが、そろそろ屋敷にお戻りになられた方がよろしいかと。後一刻ほどで日が沈むかと思われますし」

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指摘されて初めて気付いたと言わんばかりに、信長は空を仰ぐ。

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太陽は西に沈みかけていた。後一、二時間程度でほぼ沈むと思った信長は、無言で立ち上がるとお尻の埃を払う。

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「そのようだな。戻るぞ」

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「は、はい!」

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ホッと一息吐きながら静子も立ち上がる。彼女は埃を払いつつ、ようやく解放されると安堵した。

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しかしそれは甘い考えだった。信長は、立ち上がった静子に向かって、笑みを浮かべながらこう言った。

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「では、続きは屋敷で夕餉を取った後にしようか」