戦国小町苦労譚
1565年 八月下旬
八月下旬,靜子他們把除了甜玉米和薩摩芋之外的所有作物都收割了。
八月下旬、静子たちはスイートコーンと薩摩芋を除いて全ての作物を収穫した。
把已過時期的甜玉米放著不收是有原因的。
時期を過ぎたスイートコーンを放置しているのには訳があった。
不收割放到枯萎為止的話,果實會成熟並能採到種子。
収穫せずに枯れるまで放置しておくと実が熟して種が採れる。
也就是說,靜子打算自行製作明年的種子。
つまり来年の種を作ろうと静子は考えていた。
(還好不是F1)
(良かったF1じゃなくて)
玉米有兩種種子。
とうもろこしには二種類の種が存在する。
一種被稱為在來種或固定種,是玉米原本的品種。
一つは在来種とか固定種とか呼ばれる、とうもろこし本来の種だ。
另一種是將兩種不同純系雜交所得到的一代雜種,俗稱F1。
もう一つは、二つの違う純系を掛け合わせて作った一代雑種、通称F1と言う種だ。
F1會產出果實大且抗病力強的植株,但相對地隔年無法長出相同的玉米。
F1は実が大きくて病気に強いものができるが、反面次の年には同じとうもろこしが出来ない。
它們總是以第一代個體被消費,並不預期會有第二代以後的個體誕生。
常に一代目の個体として消費され続け、二代目以降が生まれる事を想定していないのだ。
即便真的長出第二代,外型和性質也會和親本完全不同。
よしんば二代目が出来ても、親とは全く違った姿形や性質をもって生まれてしまう。
這是無法改變的F1個體的宿命。
これは覆すことの出来ないF1個体の宿命だ。
幸運的是,靜子所擁有的玉米種子是她祖父在在來種的基礎上自行改良的品種。
幸いにも静子が持っていたとうもろこしの種は、祖父が昔からの在来種を独自に品種改良したものだ。
因此隔年用種子播種也會長出完全相同的品種。
なので次の年に種を植えても、全く同じ品種が出来上がる。
是抗病、粒皮極為柔軟且帶有清爽甜味的高產型。
病気に強く、粒皮がきわめて柔らかく、そして爽やかな甘みを持つ多収穫型だ。
缺點是比一般玉米需要更多的水。
デメリットとして水を普通のとうもろこしより多く必要とする。
但對於不需負擔水費的靜子來說,那幾乎不是缺點。
しかし水道代も何も関係ない静子としては、それは殆どデメリットにならなかった。
(嗯……把用於輪作的2公頃分成八塊吧。甘蔗1公頃、薩摩芋1公頃,田是主力所以是2公頃的規模)
(うーん、輪作の連作をする土地は2haを八つに分けるかな。サトウキビに1ha、薩摩芋に1ha、田んぼはメインだから2haのサイズでいこう)
連作指的是在同一塊田地上反覆種植相同作物。
連作とは、同一の圃場で同一の作物を何度も繰り返し栽培することを言う。
而輪作則是以幾年為一個週期,在同一塊地上輪換種植性質不同的作物的做法。
そして輪作とは、同じ土地に別の性質を持つ農作物を何年かに一回のサイクルで作っていく方法の事だ。
透過週期性地改變栽種的作物,能使土壤養分平衡,進而提升產量與品質。
栽培する作物を周期的に変える事で、土壌の栄養バランスが取れ収穫量と品質が向上する。
也可防止連作導致的病原體與害蟲造成的產量與品質下降問題。
また、連作での病原体・害虫などによる収穫量と品質の低下の問題を防ぐ事が出来る。
靜子把一個週期定為四年,打算以兩塊0.5公頃的耕地為一組來輪換。
静子は一サイクルを四年と考え、0.5haの耕地面積を二つセットで動かすことにした。
(春、秋的連作、再加上每年更換耕地和堆肥改善土壤養分。光這些就能大幅提高生產力)
(春と秋の連作、そして一年毎による耕地の変更、堆肥による土壌の栄養改善。それだけでも生産力は飛躍的に上がる)
她制定了將現有農地全面整理並改造成適合輪作與連作用地的計畫。
現在の農地を完全に整理し、輪作と連作用の土地へ改造する計画を立てた。
幸好若把現有農地全部整平,面積就會達到預定的2公頃。
幸いにも今の農地を全て整地すれば、予定の2haと同じ広さになる。
但僅此還不足以滿足農地需求。
しかしそれだけでは農地が足りない。
需要甘蔗1公頃、薩摩芋1公頃、田地2公頃。
サトウキビに1ha、薩摩芋に1ha、田んぼに2haが必要となる。
總共還短缺4公頃。信長命森可成調來的五十名農夫要到明年才會到。
合計で4haも足りなかった。信長が森可成に命じた農民五十人がくるのは来年の話だ。
在此之前至少要完成土地區劃整理。
それまでに最低でも土地の区画整備を行なっておく必要がある。
(唔,沒辦法。只能拜託森大人借來一時的勞動力了吧)
(うーん、仕方ない。森様に頼んで一時的な労働力を頂くしかないかな)
純粹是勞力實在太不足,只能請求森可成提供勞力協助。
純粋に労働力が足りなさすぎるので、森可成にお願いして労働力を提供してもらうほか無い。
靜子的農地改革已可說是國策,森可成大概會欣然應允。
既に国策とも言っていい静子の農地改革なので、森可成は快く引き受けてくれるだろう。
但也不可能給得過多,過度期待自然不宜。
しかし過剰に貰える訳でもない。当然ながら過度の期待は禁物だ。
(嗯,再等半年……若能在那之前整地就好了)
(ま、あと半年……それまでに整地出来ればいいか)
靜子認為想再多也無濟於事,於是不再去想那些難事。
結局は深く考えても結論は出ない、と考えた静子は難しい事を考えるのを止めた。
(那麼,今天也來做些工作吧)
(さーて、今日も色々と働きますか)
為了完成眼前的工作,靜子扛起工具離開了家。
目の前の作業を片付けるため、静子は仕事道具を担いで家を後にした。
一週之後。
それから一週間後。
「今天全員開始第一次薩摩芋收穫。」
「本日は全員で第一回、薩摩芋収穫を始めます」
「喔——!」
「おー!」
在五月上旬種下的蕃薯到了約四個月後的收穫期,也就是九月上旬,第一次收穫時節來臨了。
五月上旬に植え付けを行った薩摩芋の収穫時期である約四ヶ月後、つまり九月上旬に薩摩芋の第一回収穫時期がやってきた。
村民從那天一早就興奮不已,高聲歡呼。
村人たちはその日の朝からテンションが高く、盛大に声を上げた。
不奇怪,因為試挖時最受好評的就是蕃薯。
それもそのはず、試し掘りした時に一番好評だったのが薩摩芋だったのだ。
果然與其他作物不同,飽足感強、能讓人感到滿腹是受歡迎的要點。
やはり他と違い腹持ちが良く、満腹感が得られるのが好評のポイントだった。
「上週試挖時大小還不錯,今天就挖到那塊有看板的地方為止。」
「先週試し掘りした時にそこそこの大きさだったので、今日はあの看板がある所まで掘ります」
因為苗是每週分批種植的,所以種在廣大耕地上的蕃薯成長程度各有差異。
苗を一週間ごとに植えていたので、広大な耕地に植えた薩摩芋も成長の度合いが違う。
為了讓人容易分辨,靜子豎了標示牌來標明種植時期。
それを分かりやすくするため、静子は植えた時期を知らせる看板を立てていた。
以那個區域為界,就不用白白提早掘起了。
その辺りを境にすれば、無駄に早期掘り起こしをしなくて済む。
「首先會把要收成的蕃薯的藤蔓剪掉。那個完成後再進行蕃薯的收穫。」
「まずは収穫する薩摩芋の茎を切り取っていきます。それが終わってから薩摩芋の収穫を行います」
「村長——收成的那些要怎麼處理?」
「村長ー、収穫した奴はどうすればいいんですか?」
「把土拍掉放進木桶帶回村裡。收成的蕃薯先日曬一天,接著再陰乾大約一週。」
「土をはらって木桶に入れたのを村へ持って帰って下さい。収穫した薩摩芋を一日天日干し、次に一週間ほどの陰干しをしますので」
那一瞬間,村民發出了抱怨聲。
その瞬間、村人たちからブーイングが上がった。
大概是因為他們以為可以當場立刻吃到。
当然、その場ですぐに食べられると思ったからだろう。
「閉嘴!剛收成立刻吃可不好吃。風乾會增加甜味。甜而鬆軟的蕃薯,和普通的蕃薯……你們想吃哪一個?」
「黙りなさい! 収穫後すぐに食べても美味しくないですよ。干す事で甘味が増すのです。甘くホクホクした薩摩芋と、単なる薩摩芋……貴方たちはどっちを食べたいですか?」
靜子一邊把手中的木製鏟子指向村民,一邊宣告。
手に持った木製スコップを村人たちに向けながら静子は宣言する。
似乎實在沒辦法對普通的蕃薯有食慾,村民們尷尬地閉上了嘴。
流石に単なる芋は食べる気がしないのか、村人たちはバツの悪そうな表情をして黙った。
「那麼開始囉——」
「では始めまーす」
靜子見村民接受了,心情大好,咧嘴一笑地這麼說。
村人が納得した事に気を良くした静子は、にんまりと笑いながらそう告げた。
收成的蕃薯就這樣帶回村裡,在那裡稍微拍去泥土後日曬。
収穫した薩摩芋はそのまま村へ持ち帰り、そこで軽く土を払った後天日干しをした。
不需要的部分集中處理,全部作為堆肥或腐葉土的材料。挖起的土則回填回去。
不要な部分は纏め、全て堆肥や腐葉土の材料となる。掘り返した土は元に戻す。
那樣的收成每週只做一次,其餘時間則用於耕地整理。
そんな収穫は週に一回しか行われない。その間は耕地の整備に時間を費やした。
要把縱向二百公尺、橫向也二百公尺的耕地分成八塊。
縦が二百メートル、横も二百メートルの耕地を八つに分割する作業だ。
換算下來,每種農作物會有約0.5公頃的耕地面積。
農作物一つにつき0.5haの大きさを持つ耕地になる計算だ。
把兩塊耕地視為一組,然後以四年輪作循環來調配。
二耕地を一セットと考え、それらを四周年サイクルで回す。
而輪作的重點之一是包含了在這個時代本不存在的養雞場。
そしてこの時代にはない養鶏場を含んでいるのが、この輪作のポイントでもある。
在雞的飼養區鋪上稻殼的方式稱為平飼。
鶏の飼育エリアに籾殻を敷く形を平飼いという。
雞糞會掉在稻殼上,當要改成田地時只需讓其與土壤融合就好。
その上に鶏の糞が落ちるので、畑に切り替える時は土に馴染ませるだけでよい。
餵食可以用蔬菜剩菜、把動物或魚的骨頭磨成粉的東西,或是貝殼粉等,原本人類不食用的東西也沒問題。
食事も野菜くずや動物や魚の骨を粉末にしたモノ、または貝殻の粉末など、本来人間が食べないもので問題ない。
反過來,因為不給玉米等飼料,蛋黃不會變成鮮黃,會呈現偏白的顏色。
反面、とうもろこしなどを与えないから、卵黄が黄色くならず白っぽい色になる。
基本上蛋黃的顏色會隨親母雞所吃的飼料而改變。
基本的に卵黄の色は親鶏が食べるエサによって変化する。
如果持續餵食藍色的飼料,蛋黃會帶點青色。
もし青色のエサを与え続けたら卵黄は青っぽい色になるのだ。
若持續給予骨粉等,蛋黃當然會呈現偏白的色澤。
骨粉などを与え続ければ、当然ながら卵黄は白っぽい色になる。
(嘛,除了我之外其他人大概也不會認為蛋黃應該是鮮豔的黃色……應該沒問題吧)
(ま、私以外は卵黄が鮮やかな黄色って認識もないだろうし……問題ないよねー)
既然沒有雞蛋產業,雞蛋這種食物就會變得珍貴且高級。
鶏卵産業がない以上、卵という食べ物は貴重で高級品になる。
因此即使蛋黃不是黃色,恐怕也沒人會覺得奇怪。
よって卵の黄身が黄色以外でも、誰も不思議には思わないだろう。
「不過雞真的那麼容易就弄得到嗎……?」
「でも鶏って簡単に貰えるのかしら……?」
靜子感到一絲不安,覺得或許需要從有受精的蛋開始養起。
有精卵から始める必要があるかも、と一抹の不安を感じた静子だった。
果然,一提到雞,森可成就露出不解的表情。
案の定、鶏と言うと森可成は不思議そうな顔をした。
牠們被視作報時之鳥而被神聖化,主要當作寵養動物對待,因此即便有人吃野鳥的肉,雞連蛋都不被視為食用。
時を告げる鳥として神聖視され、主に愛玩動物として扱われた為、野鳥の肉は食べても鶏は卵すら食用とみなされていなかった。
靜子想起雞蛋產業本來就是從江戶時代開始的。
そもそも鶏卵産業は江戸時代から始まった事を静子は思い出した。
結果只弄到一隻公雞和五隻母雞。
結局雄一匹、雌が五匹だけしか手に入らなかった。
原先的擔憂成真了,需要從有精卵孵化小雞。
当初の不安が的中し、有精卵からヒヨコを育成する必要があった。
因為沒有孵化器之類的東西,只能用現成材料自製,而問題竟然用意想不到的東西解決了。
孵化器などない時代なので、ありあわせのもので作る必要があったが、それは意外なもので解決できた。
那就是溫泉。
それは温泉だ。
原本溫泉廢水是排到河裡的,但想到可以利用那股熱來打造類似孵化器的空間。
元々は廃湯として川に捨てているのだが、その熱を利用して孵化器のような場所を作ろうと考えた。
先在溫泉出水處蓋一間小屋,為了防水在地板上塗漆。這樣就能做出簡易的地暖環境。
まず湯を流す所に小さな小屋を建て、防水のため床に漆を塗る。これで簡易的な床暖房の環境を作る。
然後在地板鋪上土和稻殼,收集鴨等野鳥的羽毛,做成可以一顆一顆包裹的環境。
そして土と籾殻を床に敷き、鴨などの野鳥の羽を集めて一つ一つ包める環境を作る。
說起來簡單,但花了將近兩週時間,若再加上在附近搭建臨時養雞場則需要三週。
言葉にすれば簡単だが作るのに二週間近くかかり、更に仮設の養鶏場を近くに作ったのを含めれば三週間を必要とした。
準備就緒後向森可成委託運送雞隻,卻得到他冷冷一句要兩週才能運到的回覆。
準備が整い、森可成に鶏の運搬を依頼すると、運ぶのに二週間かかるという無情な台詞が返ってきた。
在建造養雞場與類孵化小屋的同時,仍繼續收成薩摩芋。
養鶏場や孵化器もどきの小屋を作ってる間にも、薩摩芋の収穫は続けられた。
風乾一週的薩摩芋甜度適中,深受村民好評。
一週間干された薩摩芋は、程よい甘さで村人たちには大好評だった。
但因為種得太多,中途就需要建造所謂的「芋穴」來儲藏薩摩芋。
だが栽培した数が多かったので、途中から薩摩芋を貯蔵する「いも穴」というのを作成する必要が出てきた。
挖深洞,鋪上稻草,然後放入薩摩芋。
深い穴を掘り、そこにわらを敷いて、薩摩芋を入れていく。
最後再填入稻殼,確實保溫後才覆土。
最後にもみ殻を入れて、しっかりと保温してから土をかけていった。
為了好辨識立了看板,並編號決定消耗順序。
分かりやすいように看板を立て、更には番号を振って消化していく順番を決めていく。
不僅如此,還決定同時製作乾芋。
しかしそれだけではない。同時に干し芋も作る事にした。
工序雖然稍微複雜,但即使長了一點霉也還能吃,這是優點。
工程が少しだけ複雑だがカビが少々生えても食べられるというメリットがある。
做法稍微繁複,但習慣後就簡單了。
作り方は多少手が込んでるが、慣れれば簡単だ。
收穫後用寒氣讓澱粉糖化等加工,再用一到兩小時蒸煮。
収穫後に寒気にあて糖化させるなどの工夫をし、一時間から二時間かけて蒸す。
將去皮的薩摩芋排在竹簾上,日晒約一週。
皮を剥いた薩摩芋をすだれに並べて一週間ほど天日干しにする。
放入壺中,置於陰涼處儲藏即可。
それらを壺にしまい、冷暗所に並べて保管すれば問題ない。
這樣就不用擔心到明年春天的糧食問題,且營養面也能大幅提升。
これで来年の春まで食料に困る事がなく、また栄養面もかなり向上が期待できた。
南瓜也有適當保存,說糧食充足並不誇張。
かぼちゃも適切な保管をしているので、食料は余っていると言っても過言ではない。
「收成大致上也結束了……來個收成慶祝的烤地瓜大會吧ー!」
「収穫も大体終わったし……収穫祝いに焼き芋大会だー!」
為了慶祝豐收,靜子決定用薩摩芋舉辦烤地瓜大會。
豊作を祝うため、静子は薩摩芋を使って焼き芋大会を開く事にした。
當然,村民們沒有一人反對。
勿論、村人たちから反対の声は一つも上がらなかった。
結束主要收成後,靜子他們必須以薩摩芋為主食生活一段時間。
本収穫を終えた静子たちは、これから薩摩芋を主食として生活する必要がある。
不過也只是到明年收成為止,若長期如此,營養均衡會從另一個意義上被破壞。
といっても次の年の収穫までで、長く続ければ栄養バランスが別の意味で崩れてしまう。
薩摩芋始終只是非常時的準備及補助性食物,並非常食,主食還是由米來擔當。
あくまでも薩摩芋は非常時の備えであり、また補助的な食物であって、常食であり、主食を担うのは米である。
(如果有2公頃大概能有12噸吧。換算成米俵約200個……但那是豐收時的數字。單純算的話大約十噸左右吧?)
(2haあれば大体12トンかな。米俵にすると200個ほどか……でもそれは豊作の時だね。単純に計算して十トンぐらいかな?)
現代米的產量標準是10a產10俵,1公頃約100俵。
現代では米の収量は10aで10俵、1haでは100俵が標準となっている。
一俵為60公斤,所以總計6000公斤,也就是六噸為標準。
一俵は60kgあるので合計で6000kg、つまり六トンが標準だ。
不過那是戰國時代數百年後的情形。
ただし、これは戦国時代から数百年後での話。
由於農業技術較低,戰國時代在同樣面積下能生產一噸就算不錯了。
農業技術が低いから、戦国時代は同じ広さで一トン生産できればいい方である。
當然,前提是用戰國時代的農法。
戦国時代の農業技術でなら、だが。
「嘛,總會有辦法吧ー」
「ま、何とかなるかー」
「什麼會呢? 村長」
「何がですか? 村長」
前村長代一對那句低聲嘀咕作了回應。
ポツリと呟いた言葉に前村長、代一が反応する。
「嗯——我在想,明年得開始生產稻米才行喔。」
「んー、来年は米の生産をしないとねーって思ったの」
「嗯……那薩摩芋也很美味,但我還是想吃米飯呢——」
「そうですねぇ。あの薩摩芋ってぇのも美味いですが、私はやはり米を食べたいですねー」
「就算扣掉要上交給館主的份,也想種個大概百俵吧」
「お館様に納める分を引いても百俵ぐらい作りたいね」
「百俵!?」
「百俵!?」
靜子隨口說的話讓代一露出驚愕的表情,驚叫了出來。
何気なく言った静子の言葉に、代一は驚愕の表情を浮かべて声を上げた。
「那個……村長? 您真的認為可以收成到那個程度嗎?」
「あの……村長? 本気でそれぐらい収穫出来るとお考えで?」
「雖然得把到目前為止的栽培方法全部丟掉啦。如果用我的方法,豐收是沒問題的喔」
「今までの栽培方法を全部捨てるけどねー。私の方法なら豊作まちがいなしだよ」
「唉……好吧,既然村長這麼說我就相信了……」
「はぁ……まぁ村長がそう言うなら信じますが……」
「村長——!地瓜烤好了喔——!?」
「村長ー! 芋が焼けましたぜー!?」
正當要回應露出微妙表情的代一時,遠處傳來金造的喊聲。
微妙な顔をした代一に返事をしようとした時、遠くから金造の声が飛んできた。
「我這就來——!嘛,至於明年的事到時候再跟你們說明吧」
「今行くー! ま、来年の事はその時に説明するよ」
看著靜子一臉興高采烈的樣子,代一感到明年的稻米會豐收的預感。
何やら楽しそうな表情をしている静子を見て、代一は来年の米は豊作になる予感を感じた。