戦国小町苦労譚
千五百六十五年 八月上旬
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試し収穫の成果は上々だった。
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最初は見た目に怯えていた村人たちも、味を知ってからは我先と料理を平らげていくほどだ。
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スイートコーンやかぼちゃは甘味が強い野菜なので、村人たちにとってはご馳走に見えたのだろう。
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しかし今度は試し収穫だけではなく、本収穫して信長に献上する必要がある。
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今までろくに収穫物を献上していないので、早めに献上して信頼を取り戻す必要があった。
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「また動きにくい正装をして、お館様へ会いに行くのかぁ……」
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今回、信長へ献上する野菜は薩摩芋、かぼちゃ、スイートコーン、トマトの四種類だ。
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薩摩芋はまだ本収穫出来るほどではないが、試し掘りをした作物を味見してもらうのも悪くない。
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そう考えて今回の献上品に追加する事にした。
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試し掘りと違い、かぼちゃは天日干しを終えているのと、スイートコーンとトマトは当日の朝に収穫した。
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それらを木で造った大型の台車に乗せていく。
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本来は牛で牽引するが、牛は立派な労働力なので村唯一の牛を使うわけにもいかなかった。
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結局、人力で引くしかないという結論に至った。
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「金造さん、田吾作さんよろしくお願いしますー」
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牛代わりに牽引する二人へ静子は声をかける。その声に二人は親指を立てる事で答えた。
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ハンドサインを教えたのは勿論静子だが、意外にも村人(の男たち)は気に入っていた。
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二人が台車の牽引を準備し終えると、静子は彼らの歩調に合わせて歩き出す。
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既に訪問の件は森可成を通じて信長に伝えていた。
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ただ、その時の返事が「楽しみにしている」だったので、静子は内心かなりビビっていた。
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「誰か代わって欲しいなぁー」
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そう言いながら金造と田吾作の方を向いたが、見事に視線をそらされた。
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思わずため息を漏らした後、鬱陶しいぐらい晴天の空を静子は見上げた。
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「今日も暑くなりそうだな」
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雲ひとつない青空を見て、彼女はポツリと呟いた。
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何時間もかけて城下町へ入り、城の門番に説明して内部へ入れて貰った後、色々な準備を終わらせて正装に着替え、誰もいない謁見の間で待つこと数十分、ようやく信長が姿を現した。
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「本日は収穫の成果を見せるとの話だな」
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頭を下げている静子へ信長は淡々とそう告げる。
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「わしに成果を見せろ。面をあげい」
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その言葉に反応して静子は顔をあげながら言った。
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「本日は収穫の成果と、それを使った料理を堪能して頂きとうございます」
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「料理……とな」
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「はい。お願いします」
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近くの人へ目配せし、献上する農作物とそれを使った料理を運んで貰う。
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料理を見た瞬間、信長が僅かに反応を示したのを静子は見逃さなかった。
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(信長は珍しいものは好き。そしてこの時代の人間ながら、地球儀を理解するほど柔軟な思考が出来る人物。ならば見たことのない料理も、一定の興味を示す……はず)
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「説明させていただきます」
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もう一度頭を下げた後、静子は目の前に積まれた収穫物に触れながら語る。
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「本日献上する品物は三点。一つ目はかぼちゃ、二つ目はとうもろこし、三つ目はトマトでございます。最後に本収穫はまだの薩摩芋ですが、本日は味を知って頂きたく献上品に加えさせて頂きました」
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「なんと……見たことない形のものばかりだ」
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献上品を見て周囲の武将たちがどよめく。
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しかし信長が片腕を上げると、そのどよめきは一瞬でなくなった。
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「続けよ」
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「はい。そして料理ですが……まずかぼちゃと鹿肉の味噌煮、ゆでトウモロコシ、さつまいもと味噌のおにぎり、トマトは塩のみを振って召し上がって下さい」
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「ほぅ……このとうもろこしとやら、色合いが輝かんばかりの金に近いな。しかしまずはこのかぼちゃとやらを頂こう」
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そう云うと箸を手に取り、かぼちゃと鹿肉の味噌煮を口に入れた。
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毒見しなくていいのかとも思ったが、その辺り信長は無頓着なのだろうか。
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もしくは事前に毒見が済まされているのだろうか、そんな事を思いながら静子は信長の次の言葉を待った。
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普通に咀嚼していたが、突然それを止めると信長はゆっくりと箸を置いた。
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心なしか顔が焦っているようにも見えた。
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顔から汗を流している様に、静子は勿論周りの臣下も焦った。
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「お、お館様! まさか静子殿、毒を!」
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「待て!」
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焦った秀吉が料理へ毒を入れたと勘違いし、静子へ掴みかかったが寸前でそれを止める声がした。
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勿論、声の主は信長だ。先ほどと変わって真剣な表情で静子を見ていた。
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「お、お館様? あれ……?」
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「この食べ物、今まで味わったことのない食感よ。なのに歯ごたえがあって実に良い。かすかな甘味も味を引きてているぞ。うまい、実に美味い」
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口を釣り上げて笑みを浮かべながら信長はそう言った。
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その顔で毒が勘違いである事と理解した臣下はほっと胸を撫で下ろす。
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それから信長は無言で料理を全て平らげる。
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食に無頓着と言われた信長だが、やはり目新しいものは気になるのか味わって食べていた。
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箸をゆっくりとお盆に乗せると信長は静子の方に顔を向ける。
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「確かに美味かった。そしてこれだけの量を献上出来るのだから豊作なのじゃろう」
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笑みを浮かべながら語る信長に静子はほっと胸を撫で下ろす。
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「しかし……じゃ」
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だがそれも一瞬、すぐに顔つきが変わった信長は睨むような表情で静子に尋ねる。
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「米ではない理由はなんじゃ。作物と違い、米は重要な物資でもある。その方の様子から、米は生産されていないのじゃろう。その理由を語れ。まさかとは思うが、珍しい食物だからという理由ではあるまいな?」
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戦国時代、冬に戦争が多かったのも、米を生産する農民が農作業を終えた後だからだ。
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野菜と違って米は戦争にも使う重要な物資なのだ。
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いかに米を多く確保するかが、戦争する上で重要なポイントだった。
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「……お館様、並びに配下の方々を前に、恐れ多くもありますがその理由を述べさせて頂きます」
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「構わぬ、言え」
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一度頭を下げた後、静子は真っ直ぐ信長を見据えて語った。
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「お館様が天下統一を成し遂げる為には『富国強兵』を行う必要がある、と私は考えております」
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「富国強兵じゃと?」
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信長の言葉に静子は小さく頷く。
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「経済産業の育成と軍隊強化、という意味の言葉でございます」
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しかし、と言う言葉を少しだけ強く言った後、静子は更に言葉を続けた。
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「私の知る限り、富国強兵を行えている国は一つもございません」
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瞬間、信長の顔つきが変わった。
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静子の言葉はとりようによっては、どの大名も、例え将軍でも富国強兵を行えていないと言う意味になる。
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つまりその中に信長も入っている事になるのだ。
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当然ながら配下の顔つきも変わるが、彼らが何か言う前に信長は手で静止させた。
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「続けよ」
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「……先に申し上げさせて頂きますが、私は決してお館様を馬鹿にするつもりはありません。ただ、事実は事実として述べさせて頂きます」
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「構わぬ。だがそう言うからには富国強兵を叶える案があるのじゃな?」
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鋭い表情をして静子に尋ねる信長からは、それがないなら容赦はしない、と静子は感じた。
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その気迫に思わず汗が一筋垂れたが、それを追い払うように静子は気を引き締め直した。
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「富国強兵のうち、強兵は軍制改革によって軍備を増強する事で叶えられます。しかし、まずは富国の方……つまり国力の増強を図る必要があります。その為の第一歩として平民の生活基盤を安定させる必要があります」
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「……」
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「今回献上させて頂く作物は、痩せた土地でも栽培する事が出来ます。更に手間暇を余りかけず栽培出来ます。つまり米の栽培の横で育てる事が可能という事です」
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米の栽培は基本なので外す事は出来ない。
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しかし米以外の栽培が行えないと、不作の時農民たちの食べるものがなくなってしまう。
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そこで痩せた土地でも育つ作物が重要となる。
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(特に薩摩芋は繁殖能力が高く、痩せた土地でも手順さえ間違えなければ育つ。だから初心者でも比較的育てやすい。江戸時代以降、飢饉の対策として広く栽培された理由もそこにある)
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しかも静子が作ったのは伝来当時の薩摩芋ではなく、現代科学によって品種改良された品種だ。
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薩摩芋、かぼちゃ、トマト、スイートコーン、サトウキビのどれもが害虫や病気に強く、滅多な事で枯れる心配はない。
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「栄養価も高く、栄養失調による子供の死亡率も下げられます」
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子供の死亡率が下がれば、それだけで農作業の労働力が増える事を意味する。
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百人の子供が生まれて半数しか大人になれない国と、九割は大人へ成長する国では基盤に差が出る。
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兵力は勿論、農作業で生産される米や野菜類も。
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「効果的な方法による作物生産量の増加。それに伴う平民の栄養改善。それらを実現して富国となります。そして子供を安定して育てる事により、将来の兵士の増加を図る。これで強兵を叶えます」
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彼女が言い終えた瞬間、扇子の乾いた音が辺りに響き渡る。
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「見事じゃ! たかが農作業でそこまで計算に入れているとはな。貴様の能力、確かに見させてもらった」
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立ち上がり扇子で静子を差しながら信長は語る。
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それを見た武将たちが全員頭を下げたので、静子も慌てて頭を下げた。
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「面をあげろ、静子」
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「はい」
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ゆっくりと顔をあげた静子の額に、信長は扇子の先を軽く当てる。
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何を意味しているか分からない彼女は、信長の行動がさっぱり理解出来なかった。
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「貴様の頭の回転の速さ、わしから視線を逸らさない肝の据わりようは中々のものじゃ。女にしておくのが惜しいぐらいにな」
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「は、はぁ……」
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「改めて言おう、お前はわしのものじゃ。わしから離れる時は死ぬ時だけだ」
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扇子を静子の額から離すと、信長は薄く笑みを浮かべながら言葉を続けた。
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「己がすべき事は何か……分かるな?」
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その言葉に静子は顔を引き締めると、力強く頷いた。
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信長の発言は、最初に出逢った時のような「裏切ったら殺す」という内容がない。
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純粋に静子を使おうと考えている、そんな風に彼女は感じられた。
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だからこそ静子がすべき事は何なのかを信長は問うたのだ。
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(帰れない以上、私はこの戦国時代を生き抜く……!)
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己のすべき事は、信長の配下として働く以外にない。
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帰る方法が分からない以上、戦国時代を生き抜かなければならない。
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更にこの時代、女を配下として使おうなどと考える大名は信長以外にいない。
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故に静子には信長のために働く以外に選択肢がないとも言えた。
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それを改めて理解した静子は、心のなかで小さく意気込んだ。
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「可成! 農民を五十人ほど集めろ」
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「はっ!」
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「静子、わしは美濃を攻める。貴様には新たに領地を任せる。そこで集めた村人を使って尾張を支えられるほどの生産力を作り上げろ」
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「はいっ!」
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頭を下げつつ静子は歴史を思い返す。
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(確か信長が尾張・美濃の二国を領する大名になったのは今から二年後の永禄十年(1567年)……そこからは怒涛の勢いで領土拡大をしていたから、それまでに生産力を強化しないと)
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世は戦国時代という名に相応しく、常にどこかの国人同士が戦争をしていた。
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しかし戦争に行く兵士は普段は農民の地侍が多い。
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そして戦死者がそのまま米の生産力の低下に繋がっていた。
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(永禄十一年(1568年)七月に一乗院覚慶(足利義昭)が信長に接近し、永禄十一年(1568年)九月に上洛を開始する……今から三年後か。うーん、アレが十分に揃うのは伊勢侵攻のタイミングかな)
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農民が戦争に駆り出されても、それを補うぐらいの生産力を作り上げる。
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それが静子が取り組むべき課題だと確信した。
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(連作に輪作、二毛作もやるべきだね。田んぼも種もみを直接まくんじゃなくて苗床を作って苗代を作る方法に変えるべきだね。正条植えをするための枠まわし道具、除草のための回転式田草取り機、刈り取った稲の穂を扱ぎ、籾にするために使用する脱穀機。それらを使うだけでも生産力が飛躍的に上がる!)
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正直、やることは沢山ありすぎて目が回りそうだった。
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しかしそれ以上に、広大な農作地を使える事に彼女は期待に胸をふくらませていた。