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戦国小町苦労譚

千五百六十五年 六月上旬

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季節は春から梅雨に向けて移り変わっていった。

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その頃には既に薩摩芋の苗植えは終わり、後は雑草抜きがメインだった。

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現在育てている薩摩芋、かぼちゃ、トマトは雨水で十分な水を与える事が出来る。

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人為的に水を撒く必要もないので、雑草を除去するだけで良い。

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中耕や土寄せは収穫までに三回程度でよいので、頻繁に行う必要もない。

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サトウキビも品種改良が施されている品種だから、害虫駆除も余り必要ない。

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唯一スイートコーンだけ水が大量に必要だが、雨水と川の水で十分な量を確保出来ていた。

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現在、畑に対して大きな作業は殆どなかった。

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水車を作り作業の自動化(オートメーション)を図る事と、害獣対策がメインとなった。

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だが鹿対策には罠の他にある秘密兵器が手に入った。

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「すげぇ……狼を飼い慣らすなんて……流石村長だ!」

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「ああ、凄すぎるよ村長!」

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「あ、あははー。ど、どうもです」

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村人たちが向ける尊敬の眼差しに圧倒されながら、静子は苦笑いを浮かべる。

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隣へ視線を向けると、そこには村人から敬意を集めることとなった原因の、精悍な顔立ちをしたオオカミがいた。

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あの日鹿肉に誘われてやってきたオオカミは、食事をした後立ち去るかと思われた。

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しかし静子の予想に反して、オオカミは彼女の傍を離れようとしなかった。

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犬の祖先はオオカミ、それが専門家の間でも大体一致した考えだ。

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つまり犬の習性は殆どオオカミから引き継いだものでもある。

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故にオオカミは静子を群れのリーダーと考え、自分自身も群れの一員になろうと考えた。

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「まぁいいかー」

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元々犬を飼っていた事と、深く考える必要がないと思っていたので、静子は気楽に構えていた。

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それよりも周囲の山々を探索しなおした結果、推定で千匹近く鹿がいる可能性が出てきた方が彼女にとっては重要だった。

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そこまで鹿が増えた原因は簡単だった。

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山を中途半端に切り開いた為、林床に日の光が差すようになった。

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そのお陰で山の中は下草が生い茂る環境へと変貌した。

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更に天敵となるオオカミなどの肉食動物の姿もない。

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近くには農地も有り、食料が豊富である等、まさに鹿が爆発的に増える環境としては最適と言えた。

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しかも鹿は繁殖力が旺盛で四年で約二倍に増加すると言われている。

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更に一夫多妻でオスの個体数が減少しても繁殖力が衰えない。

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(現代でも鹿の増加原因が、天敵であるニホンオオカミの絶滅や中山間地の過疎化。そして放棄された耕作地の増加や温暖化による冬季の積雪の減少などが理由だからね)

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そう思った静子だが、増殖の原因は現代と少し事情が異なっていた。

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彼女の時代では鹿が増殖しているのは、もっぱら中山間地ばかりだった。

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平坦な耕地が少なく、農業の生産条件が不利な地域である中山間地は、元々農作物の生産性が悪い。

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その上、人口密度も少ない山間部の農村地域なので、放置されている耕作地は少なくない。

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天敵もいないし駆除する人間も数える程度。

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現代の中山間地は鹿が増殖するうってつけの環境と言えた。

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とは言え現代でも戦国時代でも、鹿が厄介な害獣である事には変わりない。

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一度増殖する環境が整ってしまえば、その環境を覆(くつがえ)すのは並大抵の労力ではない。

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木を植えようにも、鹿が若芽のうちに食べてしまう可能性がある。

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鹿が食い荒らす植物を考えれば、適度な間引きは必要だ。

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だがその為の労働力が全く確保出来ない。

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小さな村だから労働が出来る人間は二十人程だし、うち十人は畑作業につきっきりだ。

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鍛冶や木材加工の人も五人いるし、残り五人も堆肥作りを専門としている。

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つまりこの村で、常に鹿狩りを行える労働力はないに等しい。

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「んー、となれば……とりあえず増加を防ぐには……あれですね」

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顎に手を当てて色々と考えてみたが、結局現実的な案は一つしかなかった。

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それは赤子や子供を(・・・・・・)重点的に狙う事(・・・・・・・)で増加を防ぐ。

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そしてオスよりメスを狙って間引きを行うという方法だ。

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「そう考えると、ヴィットマンが早くパックを持つ必要があるんだけど……メスを見たことある?」

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傍にいるオオカミ、改めヴィットマンの前にしゃがみ込む。

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名付け親は当然ながら静子だが、どうしてドイツ名なのだと自分で自分を突っ込んでしまった。

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静子はヴィットマンの頭を撫でながら問いかける。

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当然ながらまともな返事など帰ってくるはずもない。

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頭を撫でられたヴィットマンは気持ちよさそうな表情をする。

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「まぁないよね。お前ってニホンオオカミかと思ったけど、ハイイロオオカミだし……奥さん見つからないよねぇー」

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改めてヴィットマンの容姿を見直す。

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最初の痩せ細った風貌はどこ吹く風、頭胴長は一四〇センチ近く体重も五〇キロを超えている。

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尻尾も四〇センチ近くあるという、堂々たる体躯を誇るオオカミの姿を取り戻した。

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ニホンオオカミは体長が一メートルちょっとと推定されているので、一四〇センチ近いサイズになるとは思えない。

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そうなると大陸から誰かがハイイロオオカミを日本へ持ち込んだのだろう。

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(戦国時代に動物の輸入規制法とかないしね。個人が好き勝手に持ち込んだんでしょうね)

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ヨーロッパか中国にいる誰かがハイイロオオカミを献上品として日本に持ち込んだ。

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そして将軍か有名な国人、それか堺の豪商に譲ったのだろう。

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しかしオオカミは隙を見て脱走、そのまま山へと逃げていった。

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それがヴィットマンだと静子は考えた。

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「もしかしたら他のハイイロオオカミが生きてるかもね。案外、この付近で鹿狩りをしてるかも?」

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ハイイロオオカミは一頭のオスと一頭のメスを中心とする七~十三頭の群れで生活する。

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そしてオオカミの群れをパックと呼ぶ。厳格な縦社会で、全ての個体に順位が決まっていている。

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最も高い順位のオスをアルファオス、同じく最も高い順位のメスをアルファメスと呼ぶ。

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基本的にアルファオスとメスがつがいとなり、その他のメスは子供を産まない。

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稀に例外があるが、オオカミの基本的な生態はそのようになっている。

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「ま、なるようになるか」

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色々難しく考えても解決するわけではない。

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そう結論を出すと、静子は農業を村人に任せヴィットマンを連れて山へと向かった。

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鹿の子供を狙う、といってもそう簡単に出会える訳がない。

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何しろ相手は野生動物なので警戒心が非常に高い。

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運良く出会えても風上にいれば、それだけで臭いに気付かれ逃げられてしまう。

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風下にいて相手より先に発見、などという狩猟者みたいなスキルは静子にはない。

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では彼女は何をしに山へ上ったのか。

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「この辺りが餌場ポイントかなぁ」

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それは鹿の餌場を探し出す事だ。

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山全体が鹿にとって豊富な餌場になっている訳でない。

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餌となる下草が豊富に生い茂っている場所が、山のあちこちに点在しているだけだ。

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ならば鹿は食事の時に下草の豊富な場所へやってくる可能性が非常に高い。

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「今回は縄が設置できるねぇ。ヴィットマン、ちょっとじっとしててね」

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ヴィットマンの傍にしゃがみ込むと、静子は腹に巻かれている縄を解いていく。

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オオカミを拘束するために絞めていた訳ではなく、別の目的で彼の体に縄を絞めていた。

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結び目を解くと縄は簡単にとれていき、やがて四本の長い縄となった。

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それを丈夫そうな太さの木に結ぶと、もう反対側を近くの木へ結びつける。

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「まぁないよりマシか。天敵の臭いが染み込んだ縄」

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全ての縄を結び終えた静子は、達成感に満ちた表情をして呟いた。

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餌場となるポイントに天敵である肉食動物の臭いを設置する。

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鹿はこの臭いを恐れて餌場に近寄らないだろう。

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しかしこの縄の効果は余り無いだろうと静子は考えていた。

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「実際にいないと分かったら、きっと餌場に入ってくるだろうしね」

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臭いがあるだけで天敵がいないと分かれば、鹿は餌場へ入ってくるだろう。

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つまり時限式の仕掛けであり何時かは無意味になってしまうのだ。

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「さて戻ろうか」

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先の事を心配しても仕方ない。

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余計な考えを頭から追いだすように、静子はことさら大声で言った。

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梅雨の時期、本降りになれば外での作業は殆ど中止になる。

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ようするにやることがなくなり、静子を含め村人たちは暇になるのだ。

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細々とした事はあるが、思い切って静子はだらける事にした。

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ようするにぐーたらしていたわけである。

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しかし静子のぐーたらは昼過ぎには終わりを告げた。

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「突然訪問して申し訳ない」

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何故なら、昼過ぎに森可成が静子の家を尋ねてきたからだ。

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その時静子は鹿の干し肉を食べつつ、ドクダミを使ったお茶を飲んでいた。

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冷静に考えると失礼この上ない格好なのだが、森可成は特に気にしていなかった。

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「あ、いえ……お見苦しいものをお見せしました」

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恥ずかしさから頬を赤くした静子は、一つ咳払いをして空気を誤魔化す。

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「所で本日は何の御用でしょうか?」

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「うむ。まずは静子殿が作った温泉とやらについてだ」

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「はい? あの……温泉が何でしょうか?」

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「御館様が大層気に入られてな。温泉を大改造したいとの話だ。ついてはその陣頭指揮を静子殿にお願いしたい」

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その言葉を聞いて、思わず口の中にあったどくだみ茶を吹き出しそうになった。

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しかし何とか耐えて飲み込んだ。それでも気管に詰まったのか、少しだけむせた。

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「ケホッケホッ……あの温泉を大改造するって、どうする気なんですか?」

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「御館様は勿論、褒美として使う事も考えている。だからといって静子殿から取り上げる事はしない。要は褒美として入る温泉と、普段静子殿が使う温泉を別々に分けて欲しいとの事だ」

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「はぁ……それならいいんですけど。でも結構な改造になりますね。温泉を四つに割らないといけません」

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「その辺りも含めて静子殿に陣頭指揮を取って欲しい。勿論、成功した暁には褒美を出すと御館様も仰っている」

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そう言う森可成だが、結局選択肢は一つしかない。

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しかし受けるといってもそう簡単な話ではない。何しろ湯量を増加させないといけないのだ。

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温泉はシンプルに温泉源の湯を簡素なフィルターを通して不純物を除去しているだけだ。

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それが終わったお湯を木で作ったパイプを通して風呂場へ運んでいる。

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二十四時間垂れ流しても湯が枯れない所を見るに、膨大な地下水が何らかの熱で温められている。

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静子はそう睨んでいた。尤も、確認する方法は皆無だが。

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「分かりました。そのお話、お引き受けします」

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「そうか、かたじけない」

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そう言うと森可成は頭を軽く下げる。相変わらず腰の低い人だと静子は思った。

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「それと例の材料だが、何とか集めることが出来たよ」

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「あ、そうなんですか。それは良かったです」

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「しかしあのようなもの、一体何に使うのじゃ?」

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「まぁ色々と……成果を出せるのが最低でも三年後なので今は詳しく言えません」

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「分かった。だが一つだけ尋ねる。それは御館様の為になるのか?」

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その問いに静子は迷いなく頷いた。

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上手くいけば、織田信長どころか全国の国人が挙って欲しがるものだ。

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更にそれは日本では手に入らないと思われている代物だ。

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(現代なら大した事ない情報でも、この時代なら秘中の秘扱いの情報。簡単に口を割るわけにはいかない。要求した材料からは三十キロ程度しか作れないけど……それでも十分だね)

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「分かった。ならば静子殿を信じよう」

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「ありがとうございます」

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森可成の言葉に静子は深々と頭を下げた。