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戦国小町苦労譚

千五百八十年 四月下旬

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静子は、新型水動力の最終実地試験を視察していた。

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水を動力源とする際、最も一般的なのは水車だが、それには一定以上の流速と水量が必要となる。

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水の持つ位置エネルギーや運動エネルギーを、効率よく回転運動へ変換するのは容易ではない。

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そこで静子が考案したのは、垂直に回る縦型ではなく、水平に回転する「横型(よこがた)水動力(すいどうりょく)」であった。

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構造は極めて簡潔だ。水路の側面に人工的な段差を設け、そこに水を流し込むことで「渦」を発生させる構造体を設置する。

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その渦の中央に配置したブレードが水流を受け、回転エネルギーを生み出す仕組みである。

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この装置の真価は、大掛かりなダムや堤防を築かずとも、わずか二メートル程度の高低差さえ工事で確保できれば、小川であっても設置が可能な点にある。

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回転運動の伝達ロスも少なく、場所の選定さえ済んでいれば二週間ほどで竣工(しゅんこう)できるという、戦国時代においては驚異的な施工速度を誇っていた。

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当初は渦の中央に位置するブレードの摩耗が懸念されたが、これも渦の回転速度を制御する機構を組み込むことで解決を見た。

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従来の巨大な水車とは異なり、水流に左右されず回転数を一定にコントロールできるのが最大の利点であった。

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「連続稼働三日目に入りますが、軸の偏心(へんしん)もなく安定しております。隣接する紡績工場への動力伝達も極めて円滑です」

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現場の技師による誇らしげな説明に、静子は満足げに頷いた。

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彼女がこの横型水車を執念深く開発させたのは、新設した紡績工場を稼働させるためである。

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従来の大型水車は急流や高低差を必要とするため、設置場所が自ずと限られてしまう。

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しかし、そのような険しい場所に大規模な工場を建てるのは難しく、かといって動力源から工場を離せば、長いシャフトやベルトを介する間に動力が減衰してしまう。

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そこで彼女が目をつけたのが、現代における「小水力発電機」の原理であった。

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もちろん、この時代に安定した電力を供給し、精密な電気機械を動かすのは不可能に近い。

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部品一つに求められる精度が桁違いであり、故障時の保守点検すらままならないからだ。

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それならば、水の回転エネルギーを歯車と革ベルトで直接機械に伝え、力押しで動かす方が、この時代においては遥かに合理的で、かつ堅牢なシステムとなる。

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静子がこれほどまでに紡績の効率化を急いだのは、糸の生産速度が「織り」の速度に全く追いついていなかったからだ。

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通常、一人の機織り職人に対し、糸の紡ぎ手は十人近く必要とされる。

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原料の綿花がいくら増えても、糸を紡ぐ工程が瓶の首(ボトルネック)となり、機織り機が停止するという致命的なロスが常態化していた。

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焦って糸紡ぎの速度を上げれば品質が目に見えて低下し、かといって品質を維持しようとすれば圧倒的な人員不足に陥る。

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この「糸飢え」を解消するための策が、紡績工場による機械化であった。

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人力に頼らず、水の力で一度に大量の糸を紡ぎ出す。

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そうすれば、糸の不足によって高価な機織り機が遊んでしまう事態を回避できる。

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当初の品質こそ職人の手仕事には及ばないが、まずは安定供給を優先し、稼働させながら精度を向上させてゆくのが静子の流儀であった。

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「悪くない仕上がりですね。これならば、綿花の輸入量をさらに増やしても、生産ラインが滞ることはないでしょう」

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技師から差し出された生成(きな)りの糸を指先で確かめ、静子は微笑んだ。

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予想以上の精度に、現場の職人たちの執念が伺える。

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そんな彼女の傍らへ、一人の小姓が音もなく歩み寄った。

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「三位様、先ほど島津(しまづ)が薩摩を発(た)ったとの報が届きました」

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「予定通りですね。宿の準備を整えておいてください」

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糸の検品を続けながら、静子は短く応じた。

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九州の命運を握る「島津」という名に対しても、今の彼女にとっては紡績機の歯車の噛み合わせほどの実感も伴わないようであった。

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その淡白な反応に小姓は一瞬気圧(けお)されたようだが、すぐに居住まいを正して一礼し、手配のために去っていった。

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(上様は島津どころか、九州そのものへの興味が薄いからなあ。一応、逐次報告は上げているけれど、どこまで真面目に聞いておいでやら)

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つい先日、信長に九州情勢を具申した際、彼は極めて億劫(おっくう)そうに鼻を鳴らしたのだ。

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「九州の連中などどうでも良い。静子、貴様がわしの名において差配せよ。わしの法に従うなら良し、従わぬなら猿一匹通すな。……何、キャンキャンと吠え立てるようならば、わしが後始末をつけてやる」

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信長が「全権委任」という名の放り出しを行った時のことを思い出し、静子は苦笑する。

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彼にとっては島津の動向よりも、静子の工場から次にどんな「面白い物」が飛び出してくるかの方が、よほど関心事のようだった。

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(さて、次は自動織機(しょっき)が目標だけれど……こちらは、紡績以上に慎重に進めないとね)

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紡績が成れば、次は織機の機械化が視野に入る。

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それが実現すれば、民の衣類は劇的に充実し、生活水準は飛躍的に向上するだろう。

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だが、これには大きな陥穽(かんせい)がある。

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紡績の機械化は「不足を補う」解決策だったが、織機の完全な自動化は、既存の「機織り職人」たちの食い扶持を直接奪いかねない。

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利便性を追求するのは統治者の義務だが、同時に民を路頭に迷わせることは避けねばならない。

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現代的な「効率」と、戦国的な「雇用」の調和。その最適解を求めて、静子の思索は続く。

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「これならば、早い段階で市場に流せそうですね。午後からは工場の運用体制を詰めましょう。島津の件は……彼らが兵庫津(ひょうごのつ)に到着してから考えれば十分です」

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「はっ」

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絶え間なく響く規則正しい機械音を子守唄のように聴きながら、静子の脳内では、日ノ本の産業を塗り替える壮大な関連図が描かれていた。

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三月中旬から四月下旬にかけて、一ヶ月半に近い歳月を費やし、島津(しまづ)義弘(よしひろ)および歳久(としひさ)の一行は、薩摩(現代の鹿児島県)から兵庫津へと入港した。

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甲板に立つ兄弟は、潮風に煽られながら、眼前に迫る陸地の異様な光景を凝視していた。

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「兄者、あれは何だ……?」

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歳久の指さす先には、枯れ木か、あるいは巨大な墓標かと思われる構造物が林立していた。

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遠目には立ち枯れた樹木かと思ったが、近づくにつれてその異様さが際立つ。

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巨大な角材を幾重にも組み合わせ、滑車と縄を複雑に張り巡らせた「巻上機(クレーン)」の威容を、彼らは知る由もない。

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それらが巨人の腕(かいな)であるかのように旋回し、船上の重荷を軽々と宙へ吊り上げてゆく。

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「南蛮の絡繰(からくり)でしょうか。しかし、あのようなもの……見たことも聞いたこともございませぬ」

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側近が震える声で呟いた。

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薩摩で幾多の死線を潜り抜けてきた義弘たちとて、未知への恐怖は例外ではない。

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背筋を這い上がる冷たい戦慄を、彼らは無言で耐え忍んでいた。

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「殿……やはり織田の案内役を立てるべきだったのではありませぬか? 今の我らは、丸腰で戦場へ飛び込んだも同然にございます」

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「馬鹿を申せ。案内役など体(てい)の良い監視役ぞ。宿の手配も万事済ませておる。我らだけで十分よ」

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歳久は鼻で一蹴したが、その内心には拭いきれぬ違和感が芽生えていた。義弘もまた無言で頷く。

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敵地において他人の敷いた軌道(レール)の上を歩むのは、自ら死地に赴くも同然という武士の矜持(きょうじ)ゆえの判断であった。

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だが、その警戒心が、別の意味で致命的な誤りであったことを彼らは間もなく思い知らされる。

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桟橋(さんばし)に降り立った歳久は、肌を刺すような違和感の正体に気づく。

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薩摩の港を支配する音と、兵庫津の音は、その本質からして異なっていた。

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薩摩の港で飛び交うのは、剥き出しの怒号と罵声である。

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喧嘩は日常茶飯事であり、無秩序な喧騒こそが活気の証であった。

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翻(ひるがえ)って兵庫津を包むのは「秩序」の音だ。

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重苦しくも一定の律動を刻む滑車の軋み、そして鋭い笛の音に呼応する人夫たちの統率された足音。

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数千という人間が、あたかも一つの巨大な意思に従っているかのように、不気味なほど整然と動いていた。

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「人足如きが……まるで軍のように統率されておる」

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義弘の言葉に、歳久は戦慄した。

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ただの荷担ぎであるはずの者たちが、精鋭無比な軍勢のごとく統制されている。

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彼らが道具を槍に持ち替えたなら――歳久の脳裏に、鉄砲の数だけでは測れぬ「国力の深淵」が重くのしかかった。

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港の奥へと進むにつれ、島津と織田の「格差」は残酷なまでに可視化されてゆく。

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汗まみれの褌(ふんどし)一丁で喘(あえ)ぐ薩摩の人足とは違い、ここの者たちは濃紺の作務衣(さむえ)に身を包んでいた。

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骨が浮くほど飢えた者は一人としておらず、皆、肌つやが良い。

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さらに歳久は足元の変化に気づき、息を呑む。

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道は無造作に踏み固められた土ではなく、隙間なく石が敷き詰められた舗装路であった。

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その上を、猫車を進化させた荷車が滑るように走り去ってゆく。

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泥道に足を取られ、荷を担いで喘ぐ苦役(くえき)など、この港には存在しなかった。

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「……ゆくぞ。このままでは飲まれる」

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義弘の声に、歳久たちはハッとして我に返った。

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冷静を装う義弘であったが、その拳は白くなるほど握りしめられている。

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(これが……これこそが織田の支配する地だというのか……)

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目の前で起きている全てが理解を超え、妖術かと疑うほどであった。

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案内役がいれば、これらが「技術」であると説明されたであろう。

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だが、拒絶を選んだ彼らは、圧倒的な「文明の質量」にただ圧迫され続けるしかなかった。

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だが、これは序章に過ぎない。彼らを待ち受けていたのは、さらに過酷な「経済」という名の洗礼であった。

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一行は兵庫津の旅籠(はたご)、松乃屋(まつのや)へと到着した。

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付近一帯に塵一つ落ちておらず、打ち水がされた玄関は格式の高さを物語っている。

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彼らは一抹の警戒を抱きつつ、暖簾(のれん)をくぐった。

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「御免。予約していた島津だ」

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「へい、お待ちしておりました! 遠路はるばるようこそお越しくださいました!」

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番頭の愛想笑いに、義弘と歳久は僅かに安堵する。

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宿に漂う木と畳の香りは、彼らにとっても慣れ親しんだものだったからだ。

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「代金は先払いだったな。これで頼む」

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歳久は懐から革袋を取り出し、帳場を仕切る低い格子の内側に置いた。ずっしりとした重み。

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中身は、明(みん)との交易で得た最高品質の渡来銭(とらいせん)である。

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日ノ本全土で通用する、最も信頼性の高い通貨であった……はずだった(・・・・・)。

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番頭は中身を確認するなり、困り果てた表情で首を横に振った。

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「お客様、大変申し訳ございません。こちらの銭は、当店では使用できないのです」

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「……何だと? 鐚銭(びたせん)ではないぞ。欠けも潰(つぶ)れもない正真正銘の渡来銭だ」

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「はい、私も商(あきない)で身を立てておりますれば素晴らしい品であることは解ります。ですが……今の織田様の御領(ごりょう)内では、これを通貨として使うことは法度(はっと)で禁じられているのです」

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「まさか、我らを侮っての所業か?」

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義弘から放たれた殺気に、番頭は慌てて釈明した。

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「滅相もございません! ただ、今の畿内(きない)では、織田様の発行した『新貨』以外は、商に使用してはならぬと厳格に定められておりまして……破れば店を畳まねばならぬのです」

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(独自の銭を発行し、それ以外を排す法度だと……? 支配地の完全なる囲い込みか)

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歳久は冷静を取り戻そうと深呼吸し、別の袋を取り出した。

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貨幣が使えぬ際の命綱として金銀などの貴金属を用意している。

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これならば日ノ本の何処であろうと重宝されるし、価値は概(おおむ)ね変わらない。

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これを受け取らぬ商人などいるはずがない。

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「ならば、こちらなら問題なかろう?」

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彼が差し出したのは、極力混ぜ物を排した銀の延(の)べ棒と砂金である。

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だが、番頭の困惑は深まるばかりであった。

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「金銀は確かに価値がございます。ですが畿内では『検定』を受けていない地金(じがね)は受け取れません。失礼ながら、こちらの位(くらい)(貴金属の品質を示す規格。いわゆる含有量のこと)と目方(めかた)を保証する『証明書』はございますでしょうか?」

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「証明書……だと?」

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「はい。言わば『信用』を担保する紙にございます。これなき貴金属は、ここではお金ではなく、ただの『重たい石の塊』なのです」

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歳久の手から、価値を失った銀の延べ棒が滑り落ちた。

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日ノ本は愚か、海を渡った明でも通用する渡来銭、血と汗で蓄えた砂金。

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島津が誇る莫大な富が、織田の法の下では「路傍の石」と同じ価値しか持たない。

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歳久はその事実に打ちのめされた。

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「では我らはどうすれば良い。このまま野宿せよと申すのか……」

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義弘が低く唸った。その手は既に刀の柄にかかっている。

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だが番頭は、義弘の殺気に気づくことすらなく、むしろ同情に満ちた目を向けていた。

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「とんでもございません! 遠い国からわざわざお越しの方を野宿させたとあっては松乃屋末代までの恥。本来は両替商へ行って頂くのですが、程なく日も暮れましょう。今宵は私個人が立て替えまする」

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「我らを憐れんだのか?」

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「滅相もない。これは商人としての意地でございます。どのような事情があろうと、松乃屋はお客様を路頭に迷わせはいたしません!」

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番頭は、目の前の一行を「遠国(おんごく)から財産を抱えて逃げてきた落ち武者」の類だと完全に勘違いしていた。

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その親切心と善意こそが、島津の誇りを最も深く傷つけた。

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「……いや、貴殿の言葉に従おう」

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「承知しました。ではこの地金を担保としてお預かりします。ささ、どうぞ奥へ! 温かい夕餉(ゆうげ)の用意がございます!」

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番頭の満面の笑みに導かれ、一行は奥へと進む。

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歳久は帳場格子(ちょうばごうし)に置き去りにされた「かつての富」を見つめた。

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金も人も力も島津にはある。だが、相手の土俵に上がれなければ、それは何の意味もなさない。

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(……戦う相手がいないということは、こういうことか)

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歳久は、案内役を断った己の不明を恥じ入ると同時に、背筋が凍るのを感じていた。

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(織田が我らと交易をせぬと宣言するだけで、島津は干からびて死ぬ……)

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歳久は、背中に静かな怒りを滲ませる義弘に、絞り出すように告げた。

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「兄者、ゆめゆめ短慮(たんりょ)なさいませぬよう! ここでは、我らとて赤子も同然にございます」

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度重(たびかさ)なる不慮の事態に島津兄弟が打ちのめされている頃、静子は至極穏やかな心地で昼餉(ひるげ)を楽しんでいた。

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そこは静子邸の一室に備えられた風通しの良い広縁(ひろえん)(和室の窓際に設けられた、奥行きのある縁側のような空間)であり、相伴(しょうばん)にあずかるのは彩(あや)に慶次と長可であった。

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側衆の二人は別として、金庫番を務め、多忙を極める彩が静子と揃って食事をすることは非常に珍しい。

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幸運にも業務の空き時間と静子の公務の合間が重なった、偶然の産物であった。

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「くぅ~っ! 陽(ひ)も高いうちから呷(あお)る冷酒は格別だぜ。五臓六腑(ごぞうろっぷ)に沁み渡りやがる!」

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慶次が涼やかな音を立てるガラスの徳利(とっくり)を傾け、同じく透明なお猪口(ちょこ)に酒を注ぐ。

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注(つ)がれた酒は湧水(ゆうすい)のように澄み渡り、雑味を削ぎ落とした純米吟醸の芳香を放っていた。

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湾曲した徳利の曲面には、その冷たさを物語る細かな水滴がびっしりと付着している。

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「酒肴(しゅこう)は脂の乗った焼き鯖! こいつを一口やってから冷酒を喉に流し込む……俺ほどの果報者もそうはおるまい!」

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慶次が箸を入れれば、焼けた皮がパリッと音を立てて破れ、熱で溶けだした皮ぎしの油がジュワリと滴(したた)る。

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その傍(かたわ)らでは、長可が無言で「食事」という名の猛烈な戦闘を繰り広げていた。

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「おかわりだ!」

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長可が空になった丼を突き出した。その喰い様は凄まじいの一言に尽きる。

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鯖を骨ごとバリバリと噛み砕き、その塩気だけで山盛りの白飯を豪快に掻き込んでいた。

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彩は慣れた手つきで、巨大なお櫃(ひつ)から、新雪のように輝く銀シャリをてんこ盛りによそう 。

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「……慶次さん、午後からは鍛錬と聞いていますよ。お酒はほどほどにしてくださいね」

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「なあに、酒が入っていた方がかえって体もよく動くというもの。それに、これほどの嘉肴(かこう)を前にして、茶を啜(すす)れというのは無体な話だ」

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静子は呆れ混じりの溜息をつきつつ、小松菜の煮浸しを口に運んだ。

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今日の献立は、炊きたての白飯に具沢山の豚汁。

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主菜は鯖の塩焼き、副菜には小松菜の煮浸しと、黄金色に焼き上がった出汁(だし)巻き玉子が並ぶ。

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ちなみに、主菜の鯖を「塩焼き」にするか「味噌煮」に仕立てるかで、厨(くりや)の料理人たちが火花を散らさんばかりの激論を交わしたのだが、静子の知るところではない。

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「『氷冷輸送』の仕組みも、ようやく形になったわね。漁港を抱える尾張はともかく、内陸となる安土や京に於いても、こんなに鮮度の良い鯖が食べられるようになるなんてね。物流の整備を頑張って本当に良かった」

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静子も鯖に箸を伸ばす 。一口含めば、炭火特有の芳(かぐわ)しさとともに濃厚な鯖の旨味が口腔を満たした。

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白いご飯をかき込み、根菜の滋味が溶け出した熱い豚汁で流し込む。

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幸福感に満ちた熱い吐息が、自然と漏れ出た。

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「……そう言えば、松乃屋さんのお料理、島津殿たちのお口に合うかしら?」

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ふと、静子が思い出したように呟いた。

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案内役を固辞されたため、彼らが今この瞬間に何を食しているかは知る由もない。

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だが、格式ある松乃屋ならば、それなりの膳を供しているはずだ。

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(食文化の違いで、箸が進まなかったら申し訳ないのだけれど……)

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そんな静子の「無自覚な憐憫(れんびん)」を敏感に察し、慶次はニヤリと不敵な笑みを浮かべて盃を乾(ほ)した。

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「なあに、今ごろ奴らは織田の『値踏み』に終始して、飯の味など分かりゃしねえよ。腹が膨れりゃ十分とでも思っているだろうさ」

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「む……勿体ないな。ご飯は美味しく食べてこそなのに」

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「……その、しま、しまづ……? とやらは、何しにここへ……あ、出汁巻きおかわり!」

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長可が口の端に米粒をつけたまま問うたが、追加の出汁巻き玉子が視界に入った瞬間、島津のことなど意識の外へと弾き出された。

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小姓が慌てて予備の皿を取りに走る 。

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「腹が減ってはいくさができぬ。美味しいものを食べてこそ、良い仕事ができると思うの。……ただ、勝蔵(長可のこと)君は少し食べ過ぎな気がするけれど」

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「あいつはあれが平常運転だ。何せ燃費が最悪だからな」

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慶次が豪快に笑い、空になった徳利を転がした。

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その足元には、既に数本の空き徳利が横たわっている。

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丹精込めて育てた米を酒に変えて惜しげもなく浪費し、新鮮な海の幸を骨ごと食らう。

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この圧倒的な「日常」の質こそが、九州という己の領分の外で戦慄する島津にとっての最大の脅威であるなど、この縁側で過ごす皆は夢にも思わなかった。