戦国小町苦労譚
一五八〇年 四月下旬
靜子正在視察新型水力裝置的最終實地試驗。
静子は、新型水動力の最終実地試験を視察していた。
以水為動力源時,最常見的是水車,但那需要一定以上的流速與水量。
水を動力源とする際、最も一般的なのは水車だが、それには一定以上の流速と水量が必要となる。
將水的位能與動能有效轉換為旋轉運動並不容易。
水の持つ位置エネルギーや運動エネルギーを、効率よく回転運動へ変換するのは容易ではない。
因此靜子構想的不是垂直運轉的縱向型,而是水平旋轉的「橫型(水力)裝置」。
そこで静子が考案したのは、垂直に回る縦型ではなく、水平に回転する「横型(よこがた)水動力(すいどうりょく)」であった。
結構極為簡潔:在水道側面設置人工的落差,將水導入其中,形成能產生「渦流」的構造體。
構造は極めて簡潔だ。水路の側面に人工的な段差を設け、そこに水を流し込むことで「渦」を発生させる構造体を設置する。
位於渦中心的葉片受水流推動,產生旋轉能量。
その渦の中央に配置したブレードが水流を受け、回転エネルギーを生み出す仕組みである。
這套裝置的真價在於,即使不築大型水壩或堤防,只要透過工程確保約兩公尺左右的高低差,就能在小溪上設置。
この装置の真価は、大掛かりなダムや堤防を築かずとも、わずか二メートル程度の高低差さえ工事で確保できれば、小川であっても設置が可能な点にある。
傳動損失也很小,若地點選定妥當,約可在兩週內完工,在戰國時代可謂驚人的施工速度。
回転運動の伝達ロスも少なく、場所の選定さえ済んでいれば二週間ほどで竣工(しゅんこう)できるという、戦国時代においては驚異的な施工速度を誇っていた。
起初擔心渦中心葉片的磨損,但透過加入控制渦流轉速的機構而獲得了改善。
当初は渦の中央に位置するブレードの摩耗が懸念されたが、これも渦の回転速度を制御する機構を組み込むことで解決を見た。
與以往的巨大水車不同,其最大優點是能不受水流波動影響,將轉速維持穩定。
従来の巨大な水車とは異なり、水流に左右されず回転数を一定にコントロールできるのが最大の利点であった。
「已進入連續運轉的第三天,軸心無偏心且運轉穩定。向相鄰的紡績工廠傳動也極為順暢。」
「連続稼働三日目に入りますが、軸の偏心(へんしん)もなく安定しております。隣接する紡績工場への動力伝達も極めて円滑です」
對於現場技師自豪的說明,靜子滿意地點了點頭。
現場の技師による誇らしげな説明に、静子は満足げに頷いた。
她執著開發這種橫型水車,正是為了讓新建的紡績工廠能運轉起來。
彼女がこの横型水車を執念深く開発させたのは、新設した紡績工場を稼働させるためである。
傳統的大型水車需要急流與高落差,因此可供安裝的地點自會受限。
従来の大型水車は急流や高低差を必要とするため、設置場所が自ずと限られてしまう。
然而,要在那種險要地建大型工廠很困難;若把工廠遠離動力源,透過長軸或皮帶傳動時動力會在傳輸途中衰減。
しかし、そのような険しい場所に大規模な工場を建てるのは難しく、かといって動力源から工場を離せば、長いシャフトやベルトを介する間に動力が減衰してしまう。
因此她關注的是現代所謂的「小水力發電機」的原理。
そこで彼女が目をつけたのが、現代における「小水力発電機」の原理であった。
當然,在此時代提供穩定電力以驅動精密電機幾乎是不可能的。
もちろん、この時代に安定した電力を供給し、精密な電気機械を動かすのは不可能に近い。
因為零件所需的精度高出好幾個量級,故障時的維修保養也難以實施。
部品一つに求められる精度が桁違いであり、故障時の保守点検すらままならないからだ。
與其追求電力,不如用齒輪與皮帶直接把水的旋轉能量傳到機械,以蠻力驅動;在這個時代反而更合理且堅固耐用。
それならば、水の回転エネルギーを歯車と革ベルトで直接機械に伝え、力押しで動かす方が、この時代においては遥かに合理的で、かつ堅牢なシステムとなる。
靜子急於提升紡績效率,是因為紗線的生產速度完全追不上「織布」的速度。
静子がこれほどまでに紡績の効率化を急いだのは、糸の生産速度が「織り」の速度に全く追いついていなかったからだ。
通常,一名織布工大約需要接近十名紡紗工。
通常、一人の機織り職人に対し、糸の紡ぎ手は十人近く必要とされる。
無論原料棉花如何增加,紡紗工序成為瓶頸,導致織布機停擺的致命損失已成常態。
原料の綿花がいくら増えても、糸を紡ぐ工程が瓶の首(ボトルネック)となり、機織り機が停止するという致命的なロスが常態化していた。
若急於提高紡線速度,品質會明顯下降;若想維持品質,則會陷入壓倒性的人力短缺。
焦って糸紡ぎの速度を上げれば品質が目に見えて低下し、かといって品質を維持しようとすれば圧倒的な人員不足に陥る。
為解決這種「紗線饑荒」所採取的對策,是以紡績工廠實現機械化。
この「糸飢え」を解消するための策が、紡績工場による機械化であった。
不靠人力,改由水力一次大量紡出紗線。
人力に頼らず、水の力で一度に大量の糸を紡ぎ出す。
如此一來,可避免因紗線不足而讓昂貴的織布機閒置的情況。
そうすれば、糸の不足によって高価な機織り機が遊んでしまう事態を回避できる。
起初品質確實不及職人手工,但靜子主張先以穩定供應為優先,一邊運轉一邊改善精度。
当初の品質こそ職人の手仕事には及ばないが、まずは安定供給を優先し、稼働させながら精度を向上させてゆくのが静子の流儀であった。
「成品還不錯。這樣一來,即使進一步增加棉花進口量,生產線也不會停滯吧。」
「悪くない仕上がりですね。これならば、綿花の輸入量をさらに増やしても、生産ラインが滞ることはないでしょう」
靜子用指尖檢視技師遞來的生成色紗線,微微一笑。
技師から差し出された生成(きな)りの糸を指先で確かめ、静子は微笑んだ。
超出預期的精度,顯見現場職人的執念。
予想以上の精度に、現場の職人たちの執念が伺える。
一名小姓無聲地走到她身旁。
そんな彼女の傍らへ、一人の小姓が音もなく歩み寄った。
「三位大人,剛收到報告說島津已出發前往薩摩。」
「三位様、先ほど島津(しまづ)が薩摩を発(た)ったとの報が届きました」
「如預定般。請準備好住宿。」
「予定通りですね。宿の準備を整えておいてください」
一邊繼續檢查紗線,靜子簡短地應道。
糸の検品を続けながら、静子は短く応じた。
即便是掌握九州命運的「島津」一名,對現在的她而言也不過像紡織機齒輪咬合那樣的抽象存在,並無太多實感。
九州の命運を握る「島津」という名に対しても、今の彼女にとっては紡績機の歯車の噛み合わせほどの実感も伴わないようであった。
對於那冷淡的反應,小姓似乎一瞬間受了震懾,但很快就整理儀容行了一禮,便去處理安排。
その淡白な反応に小姓は一瞬気圧(けお)されたようだが、すぐに居住まいを正して一礼し、手配のために去っていった。
(上様對島津都興趣不大,更別說對九州整體了。雖然還是逐一回報,但也不知道他認真聽到哪個程度。)
(上様は島津どころか、九州そのものへの興味が薄いからなあ。一応、逐次報告は上げているけれど、どこまで真面目に聞いておいでやら)
就在前幾日,向信長陳述九州情勢時,他極顯得厭煩地哼了聲。
つい先日、信長に九州情勢を具申した際、彼は極めて億劫(おっくう)そうに鼻を鳴らしたのだ。
「九州那幫人隨它去吧。靜子,由你以我的名義來處理。若遵從我的法令便好,違抗的話連一隻猴子也別放過。……若有人對著吠個不停,我會去收拾殘局。」
「九州の連中などどうでも良い。静子、貴様がわしの名において差配せよ。わしの法に従うなら良し、従わぬなら猿一匹通すな。……何、キャンキャンと吠え立てるようならば、わしが後始末をつけてやる」
想起信長所謂以「全權委任」名義的拋下處置,靜子苦笑不已。
信長が「全権委任」という名の放り出しを行った時のことを思い出し、静子は苦笑する。
對他來說,與其關心島津的動向,不如更在意靜子的工廠接下來會冒出什麼「有趣的東西」。
彼にとっては島津の動向よりも、静子の工場から次にどんな「面白い物」が飛び出してくるかの方が、よほど関心事のようだった。
(那麼,下一步的目標是自動織機……不過這個比紡績更需要謹慎推進)
(さて、次は自動織機(しょっき)が目標だけれど……こちらは、紡績以上に慎重に進めないとね)
紡績成功後,下一步便會將織機的機械化納入視野。
紡績が成れば、次は織機の機械化が視野に入る。
若能實現,民眾的衣物將會劇烈充實,生活水準也會飛躍提升。
それが実現すれば、民の衣類は劇的に充実し、生活水準は飛躍的に向上するだろう。
但這其中存在一個重大的陷阱。
だが、これには大きな陥穽(かんせい)がある。
紡績的機械化是個「彌補不足」的解方,但織機的完全自動化可能會直接奪走現有「織布職人」的生計。
紡績の機械化は「不足を補う」解決策だったが、織機の完全な自動化は、既存の「機織り職人」たちの食い扶持を直接奪いかねない。
追求便利是統治者的義務,但同時必須避免讓人民流離失所。
利便性を追求するのは統治者の義務だが、同時に民を路頭に迷わせることは避けねばならない。
現代的「效率」與戰國時代式的「就業」之間的調和。為尋求其最適解,靜子的思索持續進行。
現代的な「効率」と、戦国的な「雇用」の調和。その最適解を求めて、静子の思索は続く。
「這樣的話,應該能在早期就投放市場。下午先把工廠的運作體制敲定吧。至於島津那邊……他們抵達兵庫津之後再考慮也來得及。」
「これならば、早い段階で市場に流せそうですね。午後からは工場の運用体制を詰めましょう。島津の件は……彼らが兵庫津(ひょうごのつ)に到着してから考えれば十分です」
「是」
「はっ」
靜子一邊將不絕於耳的規律機械聲當作搖籃曲聽著,一邊在腦中繪出一幅將改寫日之本產業的宏大關聯圖。
絶え間なく響く規則正しい機械音を子守唄のように聴きながら、静子の脳内では、日ノ本の産業を塗り替える壮大な関連図が描かれていた。
從三月中旬到四月下旬,花了近一個半月的歲月,島津義弘與歲久一行人自薩摩(即現代鹿兒島縣)入港至兵庫津。
三月中旬から四月下旬にかけて、一ヶ月半に近い歳月を費やし、島津(しまづ)義弘(よしひろ)および歳久(としひさ)の一行は、薩摩(現代の鹿児島県)から兵庫津へと入港した。
站在甲板上的兄弟,被海風撩動著,凝視著眼前逼近的陸地那異樣的景象。
甲板に立つ兄弟は、潮風に煽られながら、眼前に迫る陸地の異様な光景を凝視していた。
「兄長,那是什麼……?」
「兄者、あれは何だ……?」
歲久指向的地方,聳立著一排排看似枯木或是巨大的墓碑般的構造物。
歳久の指さす先には、枯れ木か、あるいは巨大な墓標かと思われる構造物が林立していた。
遠看像是枯死的樹木,但越靠近那異樣感就越明顯。
遠目には立ち枯れた樹木かと思ったが、近づくにつれてその異様さが際立つ。
他們無從得知,那些由巨大的角材多重組合、以滑車與繩索複雜交織而成的「巻上機(起重機)」之威容。
巨大な角材を幾重にも組み合わせ、滑車と縄を複雑に張り巡らせた「巻上機(クレーン)」の威容を、彼らは知る由もない。
那些裝置像巨人的臂膀般旋轉,輕而易舉地將船上的重物吊起至空中。
それらが巨人の腕(かいな)であるかのように旋回し、船上の重荷を軽々と宙へ吊り上げてゆく。
「難道是南蠻的機巧?可那等東西……既未見過也未聽說過。」
「南蛮の絡繰(からくり)でしょうか。しかし、あのようなもの……見たことも聞いたこともございませぬ」
側近以顫抖的聲音低語。
側近が震える声で呟いた。
即便曾在薩摩歷經無數險境的義弘等人,面對未知的恐懼亦無例外。
薩摩で幾多の死線を潜り抜けてきた義弘たちとて、未知への恐怖は例外ではない。
爬上脊背的冰冷戰慄,他們默默地忍受著。
背筋を這い上がる冷たい戦慄を、彼らは無言で耐え忍んでいた。
「殿……果然應該設置織田的向導嗎?現在的我等,無異於赤手空拳衝入戰場。」
「殿……やはり織田の案内役を立てるべきだったのではありませぬか? 今の我らは、丸腰で戦場へ飛び込んだも同然にございます」
「別胡說。所謂向導不過是披著體面的監視者罷了。住宿安排已經一切妥當。我等自行可足矣。」
「馬鹿を申せ。案内役など体(てい)の良い監視役ぞ。宿の手配も万事済ませておる。我らだけで十分よ」
歲久以鼻音一哼將其打發,但他的內心卻生出難以抹去的不安;義弘亦默然點頭。
歳久は鼻で一蹴したが、その内心には拭いきれぬ違和感が芽生えていた。義弘もまた無言で頷く。
在敵地走上他人鋪設的軌道,乃是源於武士之矜持:等同自赴死地的判斷。
敵地において他人の敷いた軌道(レール)の上を歩むのは、自ら死地に赴くも同然という武士の矜持(きょうじ)ゆえの判断であった。
然而,不久之後他們便被迫認知,那份警戒心在另一層意義上是致命的錯誤。
だが、その警戒心が、別の意味で致命的な誤りであったことを彼らは間もなく思い知らされる。
步上碼頭的歲久察覺到,那刺入肌膚的違和感之真相。
桟橋(さんばし)に降り立った歳久は、肌を刺すような違和感の正体に気づく。
支配薩摩港的聲音與充斥兵庫津的聲音,其本質便大不相同。
薩摩の港を支配する音と、兵庫津の音は、その本質からして異なっていた。
在薩摩港間歇飛傳的是赤裸裸的怒吼與辱罵。
薩摩の港で飛び交うのは、剥き出しの怒号と罵声である。
打鬥是家常便飯,無秩序的喧囂反而是活力的證明。
喧嘩は日常茶飯事であり、無秩序な喧騒こそが活気の証であった。
相比之下,籠罩兵庫津的是「秩序」之聲。
翻(ひるがえ)って兵庫津を包むのは「秩序」の音だ。
沉重卻有一定節律的滑車摩擦聲,以及回應尖銳哨音的人夫們整齊的腳步聲。
重苦しくも一定の律動を刻む滑車の軋み、そして鋭い笛の音に呼応する人夫たちの統率された足音。
數千人彷彿服從於一個巨大的意志,令人毛骨悚然地整齊行動著。
数千という人間が、あたかも一つの巨大な意思に従っているかのように、不気味なほど整然と動いていた。
「那些只不過是人足……竟然被統率得宛如軍隊。」
「人足如きが……まるで軍のように統率されておる」
聽了義弘的話,歲久感到一陣戰慄。
義弘の言葉に、歳久は戦慄した。
本應只是搬運之徒的人們,卻被統制得如同無比精銳的軍隊。
ただの荷担ぎであるはずの者たちが、精鋭無比な軍勢のごとく統制されている。
若他們將農具換成長矛——在歲久腦中,超越單憑火槍數量所能衡量的「國力深淵」沉重地壓了下來。
彼らが道具を槍に持ち替えたなら――歳久の脳裏に、鉄砲の数だけでは測れぬ「国力の深淵」が重くのしかかった。
隨著深入港內,島津與織田之間的「差距」殘酷地被具體化。
港の奥へと進むにつれ、島津と織田の「格差」は残酷なまでに可視化されてゆく。
有別於汗流浹背、只著褌掙扎喘息的薩摩人足,此處的人則身著深藍色的作務衣。
汗まみれの褌(ふんどし)一丁で喘(あえ)ぐ薩摩の人足とは違い、ここの者たちは濃紺の作務衣(さむえ)に身を包んでいた。
沒有人餓到露出骨頭,大家的膚色都很好。
骨が浮くほど飢えた者は一人としておらず、皆、肌つやが良い。
歲久注意到腳下的變化,屏住了呼吸。
さらに歳久は足元の変化に気づき、息を呑む。
路不是隨意踏實的土路,而是無縫隙鋪滿石頭的鋪裝路面。
道は無造作に踏み固められた土ではなく、隙間なく石が敷き詰められた舗装路であった。
其上,進化自貓車的貨車如滑行般駛過。
その上を、猫車を進化させた荷車が滑るように走り去ってゆく。
在這個港口看不到因泥路被絆倒、扛著貨喘不過氣的苦役(苦工)。
泥道に足を取られ、荷を担いで喘ぐ苦役(くえき)など、この港には存在しなかった。
「……走吧。再這樣下去會被吞沒。」
「……ゆくぞ。このままでは飲まれる」
聽到義弘的聲音,歲久等人驚醒過來。
義弘の声に、歳久たちはハッとして我に返った。
義弘雖然裝作冷靜,但拳頭緊握到發白。
冷静を装う義弘であったが、その拳は白くなるほど握りしめられている。
(這就是……這正是織田所統治之地嗎……)
(これが……これこそが織田の支配する地だというのか……)
眼前發生的一切超出他們的理解,幾乎令人懷疑是妖術。
目の前で起きている全てが理解を超え、妖術かと疑うほどであった。
若有導引者,這些大概會被解釋為「技術」。
案内役がいれば、これらが「技術」であると説明されたであろう。
但選擇拒絕的人,只能持續被壓倒性的「文明質量」壓迫著。
だが、拒絶を選んだ彼らは、圧倒的な「文明の質量」にただ圧迫され続けるしかなかった。
但這僅是序章。等待他們的是更加殘酷、名為「經濟」的洗禮。
だが、これは序章に過ぎない。彼らを待ち受けていたのは、さらに過酷な「経済」という名の洗礼であった。
一行抵達兵庫津的旅館松乃屋。
一行は兵庫津の旅籠(はたご)、松乃屋(まつのや)へと到着した。
周遭一帶連一粒灰塵都沒有,玄關被潑過水,顯示出格調之高。
付近一帯に塵一つ落ちておらず、打ち水がされた玄関は格式の高さを物語っている。
他們帶著一絲戒心,穿過暖簾。
彼らは一抹の警戒を抱きつつ、暖簾(のれん)をくぐった。
「失陪。我是有預約的島津。」
「御免。予約していた島津だ」
「是,恭候多時!遠道而來,歡迎光臨!」
「へい、お待ちしておりました! 遠路はるばるようこそお越しくださいました!」
看著番頭勉強的笑,義弘與歲久微微鬆了口氣。
番頭の愛想笑いに、義弘と歳久は僅かに安堵する。
旅館裡飄散的木頭與榻榻米香,對他們來說也是熟悉的氣味。
宿に漂う木と畳の香りは、彼らにとっても慣れ親しんだものだったからだ。
「錢是先付的吧。就用這個。」
「代金は先払いだったな。これで頼む」
歲久從懷中取出皮袋,放到帳房隔著低格柵的內側。沉甸甸的重量。
歳久は懐から革袋を取り出し、帳場を仕切る低い格子の内側に置いた。ずっしりとした重み。
裡面是與明朝交易所得的最高品質渡來錢。
中身は、明(みん)との交易で得た最高品質の渡来銭(とらいせん)である。
應該是全日本通用、最值得信賴的貨幣……本來應該是這樣(……)。
日ノ本全土で通用する、最も信頼性の高い通貨であった……はずだった(・・・・・)。
店員一確認裡面,便苦惱地搖頭。
番頭は中身を確認するなり、困り果てた表情で首を横に振った。
「客官,非常抱歉。這種銭我們店裡無法使用。」
「お客様、大変申し訳ございません。こちらの銭は、当店では使用できないのです」
「……什麼?這可不是鐚銭。沒有缺角也未被搗扁,是真正的渡來錢。」
「……何だと? 鐚銭(びたせん)ではないぞ。欠けも潰(つぶ)れもない正真正銘の渡来銭だ」
「是的,我也以商業為業,知道這是上等貨。但……在現在織田大人的領地內,將此作為通貨使用是法度所禁止的。」
「はい、私も商(あきない)で身を立てておりますれば素晴らしい品であることは解ります。ですが……今の織田様の御領(ごりょう)内では、これを通貨として使うことは法度(はっと)で禁じられているのです」
「莫非是蔑視我們而為的行徑?」
「まさか、我らを侮っての所業か?」
被義弘散發出的殺氣逼得,番頭慌忙辯解。
義弘から放たれた殺気に、番頭は慌てて釈明した。
「絕對不是!只是,現在的畿內規定,織田大人發行的『新貨』以外嚴禁作為商業使用……違反的話店鋪就得收攤。」
「滅相もございません! ただ、今の畿内(きない)では、織田様の発行した『新貨』以外は、商に使用してはならぬと厳格に定められておりまして……破れば店を畳まねばならぬのです」
(發行獨自的貨幣,排除其他……?完全把統治地區圍閉起來嗎)
(独自の銭を発行し、それ以外を排す法度だと……? 支配地の完全なる囲い込みか)
歲久深呼吸試圖恢復冷靜,取出另一個袋子。
歳久は冷静を取り戻そうと深呼吸し、別の袋を取り出した。
作為貨幣無法使用時的救命索,他準備了金銀等貴金屬。
貨幣が使えぬ際の命綱として金銀などの貴金属を用意している。
這樣的東西在日本任何地方都會受重視,價值大致不會改變。
これならば日ノ本の何処であろうと重宝されるし、価値は概(おおむ)ね変わらない。
不可能有商人拒收這些貴重金屬。
これを受け取らぬ商人などいるはずがない。
「那麼,這個應該沒問題吧?」
「ならば、こちらなら問題なかろう?」
他遞上的,是極力去雜的銀錠和砂金。
彼が差し出したのは、極力混ぜ物を排した銀の延(の)べ棒と砂金である。
然而,番頭的困惑只愈發深了。
だが、番頭の困惑は深まるばかりであった。
「金銀確實有價值。但在畿內,未經『檢定』的地金不能收受。失禮了,請問是否有能保證此處位(位數)(貴金屬品質的規格,即含量)與目方(重量)的『證明書』?」
「金銀は確かに価値がございます。ですが畿内では『検定』を受けていない地金(じがね)は受け取れません。失礼ながら、こちらの位(くらい)(貴金属の品質を示す規格。いわゆる含有量のこと)と目方(めかた)を保証する『証明書』はございますでしょうか?」
「證明書……是嗎?」
「証明書……だと?」
「是的。可以說是擔保『信用』的紙。沒有它的貴金屬,在這裡並非金錢,而只是『沉重的石塊』。」
「はい。言わば『信用』を担保する紙にございます。これなき貴金属は、ここではお金ではなく、ただの『重たい石の塊』なのです」
歲久手中,失去價值的銀條滑落下來。
歳久の手から、価値を失った銀の延べ棒が滑り落ちた。
不只是日本,就連渡海到明朝也通用的渡來錢、以血汗累積的砂金。
日ノ本は愚か、海を渡った明でも通用する渡来銭、血と汗で蓄えた砂金。
島津引以為傲的巨大財富,在織田的法律下只和『路旁的石頭』一樣的價值。
島津が誇る莫大な富が、織田の法の下では「路傍の石」と同じ価値しか持たない。
歲久被那個事實擊潰了。
歳久はその事実に打ちのめされた。
「那麼我們該怎麼辦?要我們就這樣露宿街頭嗎……」
「では我らはどうすれば良い。このまま野宿せよと申すのか……」
義弘低聲咕噥。他的手已經搭在刀柄上。
義弘が低く唸った。その手は既に刀の柄にかかっている。
但番頭甚至沒有察覺到義弘的殺氣,反而以充滿同情的目光看著他們。
だが番頭は、義弘の殺気に気づくことすらなく、むしろ同情に満ちた目を向けていた。
「絕不行!若讓遠道而來的客人露宿,將是讓松乃屋子孫萬代蒙羞。本來應去找換錢商處,但天色已晚,今晚就由我個人先墊付。」
「とんでもございません! 遠い国からわざわざお越しの方を野宿させたとあっては松乃屋末代までの恥。本来は両替商へ行って頂くのですが、程なく日も暮れましょう。今宵は私個人が立て替えまする」
「你是憐憫我們嗎?」
「我らを憐れんだのか?」
「哪裡話。這是身為商人的自尊心。不管有何情況,松乃屋絕不會讓顧客流落街頭!」
「滅相もない。これは商人としての意地でございます。どのような事情があろうと、松乃屋はお客様を路頭に迷わせはいたしません!」
番頭完全誤以為眼前這行人是『從遠國抱著財產逃來的落武者』之類。
番頭は、目の前の一行を「遠国(おんごく)から財産を抱えて逃げてきた落ち武者」の類だと完全に勘違いしていた。
正是那份好心與善意,最深地傷了島津的自尊。
その親切心と善意こそが、島津の誇りを最も深く傷つけた。
「……不,還是遵從您的話吧」
「……いや、貴殿の言葉に従おう」
「明白了。那麼就把這些地金當作擔保保管。請這邊請進!已備好熱騰騰的晚膳!」
「承知しました。ではこの地金を担保としてお預かりします。ささ、どうぞ奥へ! 温かい夕餉(ゆうげ)の用意がございます!」
在番頭滿面的笑容引導下,眾人向內走去。
番頭の満面の笑みに導かれ、一行は奥へと進む。
歲久凝視著被留在帳場格子上的『曾經的財富』。
歳久は帳場格子(ちょうばごうし)に置き去りにされた「かつての富」を見つめた。
島津擁有金、人與力量。但若無法登上對方的土俵,那一切毫無意義。
金も人も力も島津にはある。だが、相手の土俵に上がれなければ、それは何の意味もなさない。
(……沒有對手可戰,原來是這樣。)
(……戦う相手がいないということは、こういうことか)
歲久一方面為自己拒絕當引導人的愚昧感到羞愧,另一方面感到背脊發寒。
歳久は、案内役を断った己の不明を恥じ入ると同時に、背筋が凍るのを感じていた。
(只要織田宣告不與我們通商,島津就會乾枯而亡……)
(織田が我らと交易をせぬと宣言するだけで、島津は干からびて死ぬ……)
歲久朝背上滲出沉靜怒意的義弘擠出聲音說道。
歳久は、背中に静かな怒りを滲ませる義弘に、絞り出すように告げた。
「兄者,切莫輕率!在此處,我等亦如嬰兒一般無助」
「兄者、ゆめゆめ短慮(たんりょ)なさいませぬよう! ここでは、我らとて赤子も同然にございます」
正當島津兄弟被連番意外擊潰時,靜子正以極其平穩的心情享受午餐。
度重(たびかさ)なる不慮の事態に島津兄弟が打ちのめされている頃、静子は至極穏やかな心地で昼餉(ひるげ)を楽しんでいた。
那是在靜子宅邸一室設置的通風良好的廣縁(和室窗邊所設、具有深度的縁側樣空間),陪同用膳的是彩以及慶次和長可。
そこは静子邸の一室に備えられた風通しの良い広縁(ひろえん)(和室の窓際に設けられた、奥行きのある縁側のような空間)であり、相伴(しょうばん)にあずかるのは彩(あや)に慶次と長可であった。
撇開那兩位側衆不談,擔任金庫番且極為忙碌的彩能與靜子一同用餐實屬罕見。
側衆の二人は別として、金庫番を務め、多忙を極める彩が静子と揃って食事をすることは非常に珍しい。
幸運的是,業務的空檔與靜子的公務空檔恰好重疊,這是偶然的產物。
幸運にも業務の空き時間と静子の公務の合間が重なった、偶然の産物であった。
「呼~!在太陽還高時就大口喝冷酒,格外爽快。直透五臟六腑!」
「くぅ~っ! 陽(ひ)も高いうちから呷(あお)る冷酒は格別だぜ。五臓六腑(ごぞうろっぷ)に沁み渡りやがる!」
慶次傾斜著會發出清涼之音的玻璃酒壺,將酒倒入同樣透明的酒杯中。
慶次が涼やかな音を立てるガラスの徳利(とっくり)を傾け、同じく透明なお猪口(ちょこ)に酒を注ぐ。
倒出的酒清澈如湧泉,散發著去除雜味後的純米吟釀芳香。
注(つ)がれた酒は湧水(ゆうすい)のように澄み渡り、雑味を削ぎ落とした純米吟醸の芳香を放っていた。
彎曲的酒壺曲面上緊貼著細小的水滴,訴說著它的冰冷。
湾曲した徳利の曲面には、その冷たさを物語る細かな水滴がびっしりと付着している。
「下酒菜是油脂豐滿的烤鯖魚!先咬一口再把冷酒灌下……像我這等有福氣的人恐怕不多!」
「酒肴(しゅこう)は脂の乗った焼き鯖! こいつを一口やってから冷酒を喉に流し込む……俺ほどの果報者もそうはおるまい!」
慶次一夾,烤得酥脆的魚皮啪嚓一聲裂開,受熱溶出的皮邊油脂滋滋滴落。
慶次が箸を入れれば、焼けた皮がパリッと音を立てて破れ、熱で溶けだした皮ぎしの油がジュワリと滴(したた)る。
在一旁,長可無言地展開名為「用餐」的猛烈戰鬥。
その傍(かたわ)らでは、長可が無言で「食事」という名の猛烈な戦闘を繰り広げていた。
「再來一碗!」
「おかわりだ!」
長可遞出空碗,他的吃相簡直驚人。
長可が空になった丼を突き出した。その喰い様は凄まじいの一言に尽きる。
他連骨頭一起嘎吱嘎吱咬碎,僅憑那鹹味就豪爽地大口扒下堆成山的白飯。
鯖を骨ごとバリバリと噛み砕き、その塩気だけで山盛りの白飯を豪快に掻き込んでいた。
彩以熟練的手法,從巨大飯櫃舀出如新雪般閃亮的白米飯,堆滿碗裡。
彩は慣れた手つきで、巨大なお櫃(ひつ)から、新雪のように輝く銀シャリをてんこ盛りによそう 。
「……慶次,聽說下午要鍛鍊,酒請適量。」
「……慶次さん、午後からは鍛錬と聞いていますよ。お酒はほどほどにしてくださいね」
「酒喝了反而更能活動身子。再說,面對這般佳餚叫人喝茶啜飲,未免太不近人情了」
「なあに、酒が入っていた方がかえって体もよく動くというもの。それに、これほどの嘉肴(かこう)を前にして、茶を啜(すす)れというのは無体な話だ」
靜子帶著一絲無奈的嘆息,把小松菜的燉浸菜送入口中。
静子は呆れ混じりの溜息をつきつつ、小松菜の煮浸しを口に運んだ。
今天的菜單是剛煮好的白飯與料多味美的豚汁。
今日の献立は、炊きたての白飯に具沢山の豚汁。
主菜是鹽烤鯖魚,副菜有小松菜的煮浸和金黃焦香的出汁玉子燒並列。
主菜は鯖の塩焼き、副菜には小松菜の煮浸しと、黄金色に焼き上がった出汁(だし)巻き玉子が並ぶ。
順帶一提,關於把主菜的鯖魚做成「鹽燒」還是「味噌煮」,廚房的料理人們幾乎為此爭得火花四濺,但那不是靜子所知道的事。
ちなみに、主菜の鯖を「塩焼き」にするか「味噌煮」に仕立てるかで、厨(くりや)の料理人たちが火花を散らさんばかりの激論を交わしたのだが、静子の知るところではない。
「『冰冷輸送』的體系也終於成形了。擁有漁港的尾張不說,連內陸的安土和京城也能吃到這麼新鮮的鯖魚,真是辛苦整備物流,真的太好了」
「『氷冷輸送』の仕組みも、ようやく形になったわね。漁港を抱える尾張はともかく、内陸となる安土や京に於いても、こんなに鮮度の良い鯖が食べられるようになるなんてね。物流の整備を頑張って本当に良かった」
靜子也伸手夾起鯖魚。入口一口,伴隨炭火特有的香氣,濃厚的鯖魚鮮味充滿口腔。
静子も鯖に箸を伸ばす 。一口含めば、炭火特有の芳(かぐわ)しさとともに濃厚な鯖の旨味が口腔を満たした。
大口扒著白飯,再以根菜滋味溶出的熱豚汁送下肚。
白いご飯をかき込み、根菜の滋味が溶け出した熱い豚汁で流し込む。
帶著幸福感的熱嘆息不自覺地溢出來。
幸福感に満ちた熱い吐息が、自然と漏れ出た。
「……說起來,松乃屋的料理,不知道島津殿他們會不會合胃口呢?」
「……そう言えば、松乃屋さんのお料理、島津殿たちのお口に合うかしら?」
靜子忽然像是想起甚麼般低聲說道。
ふと、静子が思い出したように呟いた。
既被婉拒擔任引導,無從得知他們此刻正在吃些什麼。
案内役を固辞されたため、彼らが今この瞬間に何を食しているかは知る由もない。
不過,講究格調的松乃屋理應會端出相當講究的膳食。
だが、格式ある松乃屋ならば、それなりの膳を供しているはずだ。
(若因飲食文化不同讓他們沒法下筷,實在抱歉……)
(食文化の違いで、箸が進まなかったら申し訳ないのだけれど……)
察覺到靜子那無意識的「憐憫」,慶次露出一抹不懼的笑,乾了杯。
そんな静子の「無自覚な憐憫(れんびん)」を敏感に察し、慶次はニヤリと不敵な笑みを浮かべて盃を乾(ほ)した。
「哼,他們現在恐怕還在織田那兒『值踏』纏著不放,哪懂飯菜滋味,肚子一飽就覺得足夠了吧。」
「なあに、今ごろ奴らは織田の『値踏み』に終始して、飯の味など分かりゃしねえよ。腹が膨れりゃ十分とでも思っているだろうさ」
「唔……真可惜。飯是要好好吃了才算美味的嘛」
「む……勿体ないな。ご飯は美味しく食べてこそなのに」
「……那個,島、島津……?他們是來幹嘛的……啊,多要一份出汁玉子燒!」
「……その、しま、しまづ……? とやらは、何しにここへ……あ、出汁巻きおかわり!」
長可嘴邊還粘著飯粒問道,但一看到追加的出汁玉子燒,那些關於島津的事立刻被拋諸腦後。
長可が口の端に米粒をつけたまま問うたが、追加の出汁巻き玉子が視界に入った瞬間、島津のことなど意識の外へと弾き出された。
隨從慌忙跑去取備用的盤子。
小姓が慌てて予備の皿を取りに走る 。
「肚子餓了就沒辦法打仗。吃到好東西,才能做出好工作……只是,勝藏(也就是長可)君似乎吃得有點太多了呢」
「腹が減ってはいくさができぬ。美味しいものを食べてこそ、良い仕事ができると思うの。……ただ、勝蔵(長可のこと)君は少し食べ過ぎな気がするけれど」
「他那是常態運轉,反正那傢伙吃得最多。」
「あいつはあれが平常運転だ。何せ燃費が最悪だからな」
慶次豪爽大笑,推滾著空了的酒壺。
慶次が豪快に笑い、空になった徳利を転がした。
他腳邊已經橫躺著好幾個空酒壺。
その足元には、既に数本の空き徳利が横たわっている。
把用心栽培的米化為酒肆意浪費,新鮮的海味也連骨頭一併大快朵頤。
丹精込めて育てた米を酒に変えて惜しげもなく浪費し、新鮮な海の幸を骨ごと食らう。
坐在這緣側的眾人誰也沒料到,正是這種壓倒性的「日常」品質,會成為在九州以外令島津戰慄的最大威脅。
この圧倒的な「日常」の質こそが、九州という己の領分の外で戦慄する島津にとっての最大の脅威であるなど、この縁側で過ごす皆は夢にも思わなかった。