戦国小町苦労譚
千五百七十八年 七月下旬
東國的雄主北條家敗北的消息,一瞬間便傳遍了整個日本。
東国の雄、北条家敗北の一報は瞬く間に日ノ本中を駆け巡った。
這意味著不只是關東,整個東國都落入信長的支配之下。
これにより関東だけでなく東国の全てが信長の支配下に入ることを意味する。
在日本境內,信長影響力無法及及之處僅剩北海道與九州地方。
日ノ本に於いて信長の影響力が及ばない場所と言えば、北海道と九州地方のみとなったのだ。
四國方面,由於臣從信長的長宗我部完成了統一,整個四國也可說已納入信長的影響範圍。
四国については信長に臣従している長宗我部(ちょうそかべ)が統一を果たし、四国全土も信長の影響下に収まったと言える。
局勢已到了可以說再無人能阻擋信長霸道的地步,朝廷頓時開始慌張起來。
最早信長の覇道を阻む者はいないと言っても過言ではない状況となり、俄(にわ)かに朝廷が慌て始めた。
朝廷原先預期平定東國需耗費數年之久,於是尚未在公家之間為對已成偉業的信長之待遇做好斡旋。
朝廷の想定では東国平定に数年以上掛かると見込んでおり、偉業を為した信長への待遇について公家達の間で根回しが出来ていない。
被緊急召集的公卿們為了賦予名實相符的天下人信長以相當的官職,開始審議商議。
急遽招集された公卿(くぎょう)たちは、名実共に天下人となった信長に相応しい官職を与えるべく審議を諮(はか)る。
結果是信長被授予從一位、右大臣以及右近衛大將的位階。
その結果として信長には従一位、右大臣及び右近衛(うこんのえの)大将(だいしょう)に叙せられることとなった。
對於非皇室及公家的臣下而言,這幾乎是最高等級的禮遇,可以說是破格待遇。
皇室及び公家ではない臣下に於いて、ほぼ最高位の待遇であり破格とさえ言える。
此一決定使得即便是公家也無法公開批評信長,為了保命不得不表面順從暗地不服。
この決定により公家ですら表立って信長を批判することが出来なくなり、生き残るためには面従腹背を強いられることとなった。
朝廷的決定震撼了整個日本。
朝廷の決定は日ノ本中を震撼させた。
織田家以情報為兵器,對此無疑表示歡迎,甚至加以推波助瀾。
これを受けて情報を武器とする織田家は、無論その動きを歓迎し、後押しすらする。
商人們也把向各方有力者打聽並傳播情報,當作彰顯自己能幹與消息靈通的武器,其散播速度之快令人驚訝。
商人たちも如何に自分たちが有能かつ情報通であるかをアピールする武器として、ゆく先々にて有力者に触れ回るため情報拡散のスピードには目を見張るものがあった。
另一方面,在相模國當然出現北條一方提出投降的請求,接受後預計處理戰後事務需花數個月左右。
一方、相模国(さがみのくに)では当然ながら北条側から降伏の申し入れがあり、これを受け入れ戦後の処理を進めるにあたり数か月程度の時間を要することが見込まれた。
當地負責統轄的信忠忙得不可開交時,從東國征伐後方支援稍微抽身的靜子,拿著前線送來的報告書皺起了眉頭。
現地を統括している信忠が忙殺されている頃、東国征伐のバックアップから少し手が離れた静子は前線から送られてきた報告書を手に眉を寄せている。
靜子正在閱覽的是關於笠懸山城使用之長距離砲故障的報告書,裡面記載多數問題起因於為了快速增加數量而採用鑄造砲身。
静子が目を通しているのは、笠懸山(かさかけやま)城で使用した長距離砲の不具合に関する報告書なのだが、その多くが数を揃えるために砲身を鋳造(ちゅうぞう)したことに起因すると記されていた。
正規的長距離砲砲身是將精鍊的鋼鐵以鍛造加工成圓柱狀,再經切削與鑽孔形成砲管。
正規の長距離砲の砲身は精錬した鋼鉄を鍛造(たんぞう)によって円柱状に加工し、これを切削及び穿孔(せんこう)することによって砲身を形成している。
但為提高生產效率的砲身則改為將熔化的鋼注入比目標尺寸更厚、為中空管狀的模具,藉此大幅減少切削與鑽孔所需時間。
しかし生産性を上げた砲身に関しては、目当ての寸法より肉厚ながら中空のパイプ型に液状化した鋼鉄を流し込むことで、切削・穿孔に要する時間を大幅に削減していた。
因此得以在短時間內備齊大量長距離砲,但鑄造特有的缺陷導致強度不足問題暴露出來。
これによって短期間に多くの長距離砲を用意できたのだが、鋳造特有の欠陥により強度不足が露呈してしまった訳だ。
「嗯……金屬內部是不是形成了空洞?因此產生了裂紋或變形……」
「うーん、金属内部に空洞が出来ているのかな? これによってひび割れや歪みが生じたってところか……」
「可稱作粗製濫造嗎?幸好並未造成事故,但所處理的是武器之類的物品,今後務必更加謹慎。」
「粗製(そせい)濫造(らんぞう)と申したか? 幸いにして事故に至らなかったものの、扱うものがモノだけに今後は慎重を期せねばなるまい」
「是由上樣您下令的吧……我本來建議不必如此執著於數量,也能期待足夠的戰果。」
「お命じになったのは上様ですよね……。そこまで数に固執せずとも、充分な戦果が期待できると進言した筈です」
「關鍵時刻的武器就必須得亮眼驚人!見過那個的人,必定會為其驚人的威力而震驚。小田原征伐的景象將帶著畏懼長久傳頌,並進一步有助於減少未來戰事的消耗。」
「ここ一番での武器というものはド派手でなくてはならん! アレを目にした者は、その凄まじい威力に震えあがったことであろう。小田原征伐の様相は畏怖と共に長く語り継がれることとなり、延(ひ)いてはそれが今後のいくさの消耗を減らす一助となるのじゃ」
「是這樣嗎。還有上樣,果然一邊橫躺著一邊用膳多少有些失禮。」
「そんなものですか。それよりも上様、流石に横になりながらお召し上がりになるのは些(いささ)か行儀が悪うございます」
在靜子宅的茶室裡,她責備著一邊橫躺、邊抓取茶點塞進嘴裡的信長。
静子邸の茶室にて、ゴロリと身を横たえながら茶菓子を詰まんでいる信長を彼女は窘(たしな)める。
靜子的茶室先前進行過小幅的改建。
静子の茶室は以前より若干の改築が施されていた。
被視為當代一流的茶人千利休的茶室窗戶很少,面積亦僅約二疊,構築顯得簡潔緊湊。
当代随一と目される茶人、千(せんの)利休(りきゅう)の茶室は窓が少なく、広さも二畳程度とこぢんまりした作りだ。
相較於茶道權威利休的樣式,靜子的茶室面積是其兩倍以上。
茶道の権威である利休の様式に対して、静子の茶室は倍以上の広さを持たせている。
這接近於史實上所稱的『織部好』風格。
これは史実に於いて『織部(おりべ)好(ごの)み』と呼ばれた様式に近い。
此處所謂的『織部』指的是利休的弟子,通稱古田織部(諱為重然)。
ここで言う『織部』とは利休の弟子であり、通称古田(ふるた)織部(おりべ)(諱(いみな)は重然(しげなり))を示す。
由於靜子向臣屬於織田家的古田委託茶室設計,因此她的茶室偏向織部好風格。
織田家に臣従している古田に対し静子が茶室の設計を依頼したがため、彼女の茶室は織部好みに寄っている。
另一方面,也反映出委託者靜子的堅持,因而存在與本來織部好應有的貴賓席未設置等差異。
一方で依頼主である静子の拘りも反映されており、本来織部好みにあるべき貴賓席が設置されていない等の差異もある。
代之以以爐為起點,從地位高者依序就坐的方式。即便如此因為大體採用了織部好風格,眾多設置的窗戶讓日光灑入,整體成為明亮的茶室。
代わりに炉を起点として格の高い者から順に座る方式を採用している。それでも総じて織部好みが取り入れられているため、多く設けられた窓から陽光が入り込むため全体的に明るい茶室となっていた。
下地窗(土壁的一部分不塗上本漆,露出竹或蘆葦的下地)也是圓形,採用矢竹的穿透式設計。
下地窓(土壁の一部に本塗りを施さず、竹や葦(よし)の下地を露出させた窓)も丸型で、矢竹の抜き通しを採用している。
並且引入了色紙窗,將下地窗與連子窗(只在窗框的縱或橫方向並列細木做格子之窗)中心軸錯開配置。
また下地窓と連子(れんじ)窓(窓枠の縦または横のみに、細い木を並べて組子とした窓)との中心軸をずらして配置する色紙(しきし)窓も取り入れた。
靜子自負在一流人士監修下打造出令她滿意的茶室,然而信長對其評價卻只是由「運氣會下降」變成「寒冷又顯得寒酸」。
静子としては第一人者の監修を受けた会心の茶室が出来たと自負しているのだが、信長からの評価は「運気が下がる」から「寒々しく貧乏くさい」になっただけであった。
信長認為因為格局放寬,空蕩無物的空間被強調,顯得寒冷。
信長に言わせれば、間取りを広くしたことにより何もない空間が強調されて寒々しい。
此外由於柱子和窗框所用的竹子尺寸不一,反而散發出拼湊應付的寒酸感。
また柱や窓枠に用いた竹の寸法が不揃いであったことから、如何にも有りもので間に合わせた貧乏くささが漂うようだ。
靜子本想再現融入自然原貌的美,但她的美感似乎與一般世俗脫節。
静子としては自然のありのままを取り込んだ美を再現したつもりなのだが、彼女の美的センスは世間一般から乖離(かいり)しているようだった。
認為自然原貌即為美的感性,是因為與未受污染的自然接觸機會減少而形成的現代人感性。
ありのままの自然が美しいと思う感性は、手付かずの自然と触れ合う機会が少なくなった現代人の感性である。
對於那個稍一不慎就會被自然侵襲、並靠戰鬥奪取他人領地的戰國時代人而言,自然是一種威脅,原封不動地放任不管只會被視為懶惰。
少しでも気を抜けば侵略してくる自然と戦い、人の領土を勝ち取っている戦国時代人の感性からすれば自然とは脅威であり、ありのままとは怠惰(たいだ)としか映らない。
話雖如此,看見在那間寒酸的茶室裡甚至躺著悠閒的信長,想必是達到了不拘禮節、讓賓客放鬆的待客之道。
とは言え、その貧乏くさい茶室で寝転びまでして寛(くつろ)いでいる信長の姿を見るに、肩ひじを張らずに客をもてなすという用は満たしているのだろう。
「話說回來,諂媚的佞臣越來越多了呢」
「それにしても佞臣(ねいしん)(媚び諂(へつら)う家臣)が増えたな」
「那不過是他們的處世之道吧。雖然在上樣那裡可能不得人心,但多數人被讚賞時總不會覺得難受。現在可以說世道正成為上樣的天下,為了活命他們也拼了命。戰後處理尚未穩定仍難預料,但東國已被壓住,西邊的毛利氣數將盡。九州尚未動手,不過眼下島津家似乎已著手統一九州了。」
「それが彼らなりの処世術なのでしょう。上様には不評でしょうが、多くの者は褒められれば悪い気がしないものです。世は正に上様の天下と言っても過言ではなくなり、彼らも生き残りに必死なのです。戦後処理が落ち着くまで予断を許さぬものの東国を押さえ、西の毛利は虫の息。九州は手付かずですが、ここに来て島津家が九州統一に乗り出した模様です」
「哦!他們打算在我出征之前就整合九州,並且敢於反抗?」
「ほう! わしが乗り込む前に九州を纏め上げ、歯向かう心づもりか?」
「他們不至於自負到想反抗上樣。倒不如說,他們與義父(指近衛前久)相交甚篤,大概是希望能由對方來居中斡旋吧。」
「上様にたてつこうと思うほど思いあがってはおりますまい。それよりも義父(ちち)上(近衛前久(さきひさ)のこと)と懇意(こんい)ですので、こちらとの仲介を望んでいるのでしょう」
「大友義鎮(法號宗麟)向我哀求的理由,難道就是那個嗎?」
「大友(おおとも)義鎮(よししげ)(法号は宗麟(そうりん))が哀願してきた理由はそれ(・・)か」
數個月前,大友義鎮曾寄來一封請求援助的陳情書交到信長手上。
数ヶ月前に義鎮より助力を乞(こ)う嘆願書が信長の許へ届いていた。
寄出信件的人自身大概也沒指望能真的獲得援助。
出した当人も助力を得られるとは考えていないだろう。
然而,一旦能從信長那裡得到任何反應,就能被當作進攻日向國的正當大義,這是可以推測的用意。
しかし、万が一にも信長から反応があれば、日向(ひゅうが)国(のくに)侵攻への大義名分とする思惑だったと推測できる。
「在自己還沒盡力之前就寄望他人幫助的懦弱之輩,不值得理會」
「自らが力を尽くす前から他者の助力をあてにするような腰抜けなど、相手にする価値もない」
信長看過陳情書後,不但置之不理,還把書信揉成一團丟進營火燒了。
嘆願書に目を通した信長は、義鎮の願いを無視した挙句に、書状を丸めて篝火(かがりび)にくべてしまった。
若有人以拿生命作賭注的謀略來試圖善用信長,信長有時會隨興應允。
命を賭した謀略によって信長を上手く利用しようと野心を示すのならば、気分次第では乗りもする。
但這次的陳情書只像是在碰碰運氣般,這種草率的態度即便不是信長也會感到不悅。
しかし今回の嘆願書は当たれば儲けもの程度であり、その投げやりな態度は信長でなくとも不愉快になろうと言うものだ。
因此信長對義鎮完全沒有任何回應,對島津家的動向亦毫不關心。
故に信長は義鎮に対して一切の返事をしなかったし、島津家の動向に関しても何ら関心を示さなかった。
「本來大友與島津交爭的原因,就是日向的伊東氏敗於島津。」
「元より大友が島津と争う原因は、日向の伊東氏が島津に敗れたことですから」
當時的九州由島津、大友與龍造寺三家互相對峙,爭奪霸權。
当時の九州は島津、大友、龍造寺の三氏が三つ巴となって覇を競っている。
至於問題中的伊東氏,雖比不上三大勢力,但以佐土原城為本城,周邊擁有多達四十八座外城與砦,勢力相當可觀。
問題の伊東氏はと言えば三大勢力には劣るものの佐土原城を本城とし、その周囲に四十八もの外城及び砦を持つ程の権勢を誇っていた。
這些後來被稱作伊東四十八城。
これらは後に伊東(いとう)四十八(しじゅうはち)城(じょう)と呼ばれる。
伊東氏的當主伊東義祐在與島津的戰鬥中敗北,從日向逃亡後投靠到大友家。
その伊東氏当主である伊東義祐(よしすけ)が島津とのいくさに敗北し、日向から逃れて大友氏の許へ身を寄せていた。
對陷入困境的伊東氏,大友義鎮賜予三百町的領地,庇護伊東義佑及其家臣。
困窮した伊東氏に対し、大友義鎮は三百町の領地を与えて伊東義佑及び彼の家臣たちを庇護する。
欲圖光復失地的伊東義佑向大友義鎮求助;大友義鎮藉此取得恢復伊東舊領的正當理由,因而決意侵攻日向。
失地回復を狙う伊東義佑は、大友義鎮に助力を乞う。大友義鎮は伊東氏の旧領を回復するという大義名分を得て日向侵攻を決意した。
雖說是出於姻戚關係庇護伊東氏,但與原本關係良好的島津為敵的原因,被認為是因為他是基督徒大名。
姻戚(いんせき)である伊東氏を庇護したとは言え、これまで良好な関係を築いていた島津氏と敵対した理由は、彼がキリシタン大名であったからと言われている。
雖有人慫恿大友義鎮割讓奪回領地的一半給伊東義佑,但他心中懷有在日向建立基督教王國的野心。
大友義鎮は伊東義佑に取り戻した領地の半分を割譲すると唆(そそのか)されはしたものの、胸の内では日向国にキリシタン王国を築き上げるという野望を抱いていた。
為證明此點,大友義鎮在抵達日向的無鹿之前,沿途徹底摧毀路上的非基督教寺廟神社,並迫害僧侶與神官。
その証拠に、大友義鎮は日向の無鹿(むしか)に到着するまで、途上にあるキリスト教以外の寺社仏閣を徹底的に破壊し、僧侶や神官たちを迫害した。
甚至據說還強迫當地民改宗,雖無確切記錄,但因此不僅當地百姓,連家臣也對他產生反感。
更には現地民の強制改宗まで迫ったと言われており、正確な記録は残っていないものの、これにより現地民は元より家臣からも反発を受けることとなった。
「島津也好,大友也罷,我都無所謂;只要敢反抗就要徹底粉碎。」
「島津だろうが、大友だろうがどちらでも構わぬ。歯向かうならば潰すまでだ」
信長口口聲聲說無所謂,但內心卻對大友更為警惕。
どちらでも良いと豪語する信長だが、内心では大友の方を警戒していた。
原因不是擔心大友家勢力的多寡,而是憂慮大友義鎮對基督教的傾心。
それは大友氏の勢力如何よりも大友義鎮がキリスト教に傾倒していることを危ぶんでいるのが原因だ。
依信長的立場,誰信什麼教倒不重要,只要不懷抱政治野心便無妨。
信長としては誰が何を信仰しようとも政治的野心を抱かなければ問題視しない。
反過來說,一旦宗教對政治起了介入野心,那宗教便會成為應當根絕的敵人。
逆を返せば宗教が政治に対して色気を出した瞬間、その宗教は根絶すべき敵となるのだ。
「與其談那些事,不如把東國放在眼前才重要。縱然已拿下相模國,但光那樣並無多大好處。」
「そんなことより東国が大事ぞ。相模国を押さえたとは言え、それだけでは旨みがない」
對信長的話,靜子點頭表示贊同。
信長の言葉に静子は首肯する。
目前織田領因為許多領主都效法靜子投資於基礎建設等,已發展成一個龐大的商圈。
現時点の織田領は、多くの領主が静子の真似をしてインフラ整備等に投資したが故に一大商圏として発展を遂げている。
然而在其他領地,尤其是成為飛地的關東,卻無法享受到那些利益。
しかし、他領それも飛び地となる関東に於いてはその恩恵に与(あずか)れない。
從這次征伐東國時,幾乎全部重裝部隊都由尾張與美濃兩國負擔得知,便可窺見其經濟落差之大。
今回の東国征伐に於いて、尾張と美濃の二国のみで重武装の殆どを賄(まかな)っていることからも、その経済格差がどれほどのものか窺い知れるだろう。
差距竟然拉到如此地步,使得織田家出現了一個獨有的問題:作為征伐東國的賞賜的領地竟不受歡迎。
これほどまでに差が生じた結果、織田家に於いては東国征伐の褒賞として領土が歓迎されないという他にはない問題が浮上していた。
從發展程度看,愈靠近尾張就愈繁榮,因此遠在他方的東國人氣可想而知不佳。
発展の度合いから見ても、尾張に近ければ近いほど繁栄を誇っていることから、遠く離れた東国の人気は推(お)して知るべしとなる。
總之,大家達成了共識:要把整個東國打造成像尾張一樣具吸引力的領地,必須由靜子主導進行開發。
要するに東国全体を尾張同様の魅力ある領土とするべく、静子主導での開発が不可欠であるとの共通認識が醸成されたのだ。
「後會正式下令,將你擔任關東開發的總奉行。」
「追って正式に命ずるが、貴様を関東開発の総奉行とする」
「明白了。事先想請教,對東國開發有沒有方針或大綱?」
「承知しました。事前にお伺いするのですが、東国開発に当たって方針や骨子などはございますか?」
「隨你便,盡量妥為處置」
「貴様の好きなようにして構わぬ、良きに計らえ」
(也就是說,跟平常一樣的全部交付吧……)
(つまり、いつも通りの丸投げですよね……)
靜子聽了信長的回答嘆了口氣。
信長の回答を聞いて静子は嘆息する。
靜子認為在東國開發中首先應該著手的是街道整備。
東国開発に於いて最初に手を付けるべきは街道整備かなと静子は考える。
因為按照史實,在德川家康實施開發之前的關東多為濕地,很多地方不適合農業。
何故ならば史実に於いて徳川家康が開発を行うまでの関東は、湿地帯が多く農業に適さない土地が多かったからだ。
為了承受未來大量預期流入的人口,首先必須確保食糧與飲用水,既然無法生產就只能從外地運來。
今後大量に流入が目される人口を支えるためには、とにかく食料及び飲料水の確保が必要不可欠であり、生産できない以上は他所から持ってくるしかない。
除海上輸送外,為了把所需物資送到必要地點,陸路的整備也是不得不做的事。
海上輸送は元より、必要な場所に必要な物資を届けるためには陸路の整備は避けて通れないのだ。
只有在這些準備完成後才能進行真正的開拓,於是她想到在大規模開發前需要先做的事項。
これらが出来てはじめて本格的な開拓が可能となることから、大規模な開発を前に必要なものに思い至った。
「那麼為了讓我行動方便,請賜下勅定(天皇的命令)」
「それでは私が動きやすいよう、勅定(ちょくじょう)(帝からの命令)を頂戴しとうございます」
即便信長被視為天下人,也一定會有人反對東國開發。
いくら信長が天下人と目されようとも、東国開発に対して反発するものは必ず現れる。
但若東國開發是以勅定進行,便等於朝廷將東國開發委託給了信長。
しかし東国開発が勅定によってなされるとなれば、それは朝廷が信長に東国開発を委託したことになる。
再者若信長任用作為懷刀的靜子,靜子便可作為受朝廷使命的信長代官行動。
其の上で信長が懐刀たる静子を起用すれば、静子は朝廷の使命を受けた信長の代官として活動することができる。
即便仍會有人反抗,有了勅定就可以把他們視為「朝敵」加以處斷。
それでも反発する者は出てくるだろうが、勅定があればそれを『朝敵』として処断することができるという訳だ。
此一手法在史實上豐臣秀吉曾用以為惣無事令(禁止大名間私鬥的法令)增添權威,效果可謂有口皆碑。
この手法は史実に於いて豊臣秀吉が惣無事(そうぶじ)令(れい)(大名同士の私闘を禁じた法令)に箔をつけるために使用した実績があり、その効果については折り紙付きと言える。
「你似乎也開始懂得所謂的政事了呢」
「貴様も政(まつりごと)というものが解ってきたようだな」
「這類手段只應在關鍵時刻使用,前往可能會遭遇強烈反彈的敵地時最為適合」
「こういう手段はここぞという時に使うに限ります。強い反発が予想される敵地に赴く際に用いるのが最適でしょう」
東國的國人們一旦知道勅定的內容,也會不由自主地理解其含意。
東国の国人たちも、勅定の内容を知れば嫌でも理解することだろう。
朝廷以發出最高位命令的勅定,命令信長維持東國的惣無事。
朝廷が発する最高位の命令である勅定により東国の惣無事を信長に命じたのだ。
若公開反抗此命令便等於對朝廷拔弓,因而成立作為朝敵被全國追討的正當名分。
これに表立って逆らえば朝廷に弓を引くことになり、朝敵として日ノ本中から狙われる大義名分が成り立つ。
不會有人有膽量背負那樣的風險去反抗信長。
そんなリスクを背負ってまで信長に反発する度胸の持ち主などいるはずがない。
「領了勅定後由近衛家出身的我出面。似乎有公家權威復權的意味,算是會讓那些心懷鬼胎的人高興的消息吧」
「勅定を受けて近衛家の者である私が動く。何やら公家の権威復権が実現するのではと、腹黒い方々が喜びそうなお話ですね」
「看來那些人無法忍受侍奉尾張那等土豪風範」
「どうやら連中は、尾張の土豪風情に仕えるのが我慢ならぬらしいな」
信長描繪著不久將成為現實的未來景象,獨自暗自竊笑。
近い将来に現実のものとなる未来像を思い描き、信長は一人ほくそえんでいた。
信長始終神色愉快地享受這次幽會休假,然後像來時一樣突然返回安土。
終始ご機嫌な様子でお忍び休暇を満喫した信長は、来訪時と同じく唐突に安土へと帰っていった。
靜子察覺到接下來信長將掀起的粛清風暴,對會有多少人被剝奪地位感到戰慄。
これから信長によって行われる粛清(しゅくせい)の嵐を察した静子は、どれほど多くの人々がその地位を追われるのかと戦慄する。
可以說信長已經不僅掌握武家,對公家的家務事也幾乎瞭若指掌。
信長は既に武家だけでなく、公家についてもお家事情まで殆ど掌握していると言える。
現在即便少數派做些工作也沒有勝算可言。
今更少数派が工作したところで勝てる道理などありはしない。
就算為了保全家族而屈服、改變自己的主義信條以忍讓,或許能保住家業,但他們大概也有不肯接受那樣做法的意地。
己の主義・信条を曲げてでも雌伏(しふく)の姿勢を続ければ家の存続は可能だろう、しかしそれを由(よし)としない意地が彼らにもあるのだろう。
如果仍要堅持己見直到走向滅亡的未來,就必須付出相對應的犧牲。
破滅の未来に突き進んでも尚、己の意地を通すというのなら相応の犠牲が払われなければならない。
靜子能做的只有暗自祈禱,盼望朝廷不會因人手短缺而陷入機能麻痺。
静子にできることは、朝廷の機能が麻痺するほどの人員不足に陥らないことを陰ながら祈るのみであった。
(坊間謠言說上樣因為提防家臣背叛而無法離開安土,聽起來十分有根有據,但其實他還是相當頻繁地來到尾張……)
(巷(ちまた)の噂では、上様が家臣の裏切りを警戒して安土から動けないとまことしやかに囁(ささや)かれているみたいだけれど、結構な頻度で尾張に来られているよね……)
人盡皆知的謠言自然也傳到了靜子的耳中。
人口に膾炙(かいしゃ)する噂は当然静子の耳にも入ってくる。
然而謠言的內容與真實的信長形象有落差,她想到或許有人在散布謠言以進行離間工作。
しかし、噂の内容と現実の信長の姿は乖離しており、誰かが離間工作をするべく噂を流しているのではと思い至った。
她認為可能還有作為北條殘黨的風魔在暗中活動,於是決定向統領間者的真田昌幸呼籲提高警戒。
北条の残党として風魔が未だに活動してるかもしれないと考え、間者を統べる真田昌幸に警戒を呼び掛けることにする。
信長的幽會過後一段時日,到了七月中旬過後事態開始有了動靜。
信長のお忍びから暫く経ち、七月中旬を過ぎた頃に事態は動いた。
朝廷下令要維持東國的惣無事(禁止私戰、私自行刑與私刑罰的狀態)。
朝廷が東国の惣無事(私戦、私的執行、私刑罰を禁じた状態)を維持するよう命じた。
面對以異例速度頒布的勅定,東國的国人們對信長的影響力感到震驚。
異例の早さで出された勅定に、東国の国人たちは信長の影響力に震えあがる。
藉由這道勅定,可以說信長從朝廷那裡接過了關於東國的權限,進入委任統治的狀態。
この勅定により、信長は朝廷から東国に関する権限を預かり、委任統治状態になったと言える。
因此今後就無法再採用從東西兩面夾擊信長的戰略了。
それにより今後信長を東西から挟み撃ちにする戦略は使用できなくなった。
總之,只要擔負著東國,便不再擔心會從背後遭到襲擊。
何しろ東国を背負っている限り、背後から襲われる心配が無くなるのだ。
可以說是室町幕府時代曾有的『鎌倉公方』(為統治關東十國而設立的鎌倉府長官)的東國版。
言わば室町幕府時代に存在した『鎌倉公方(くぼう)』(関東10か国を統治するために設置した鎌倉府の長官)の東国版と言えよう。
「即便如此,仍會有人暗地反抗,屆時就交給勝藏君處理吧」
「それでもこっそり反抗をする人もいるだろうから、その時は勝蔵君にお任せしよう」
靜子一邊翻閱信長的朱印狀,一邊低聲自語。
静子は信長からの朱印状に目を通しながら呟いた。
朱印狀上只寫了要她儘速上安土城的事,若事前沒被信長告知東國相關事務,根本會不知所云。
朱印状には早急に安土城へと登城する旨のみが記されており、事前に信長から東国のことについて聞かされていなければ何が何やら判らないものだった。
能在此時緊急召靜子,便知道信長打算在諸將面前,委以東國的惣無事等重要職責。
この時期に静子を緊急で呼び出すということは、諸将が居並ぶ中で東国の惣無事について重要な役目を申しつける腹積もりだと悟る。
靜子迅速整備出發準備,率領手勢前往安土。
静子は早速出立の準備を整えると、手勢を率いて安土へと向かう。
一進入安土便先發出到達的通報,靜子一行便在她的安土屋敷歇宿。
安土に入ると同時に到着の先触れを出し、静子一行は彼女の安土屋敷に逗留することとなった。
靜子等剛卸下旅裝,便接到信長遣來的使者,傳令翌日清晨起即刻上城。
静子たちが旅装を解いていると、早速信長からの使者が遣わされ翌日早朝より登城するようにと伝えられる。
隔日天亮,靜子正準備上城,便由擔任安土城留守役的堀親自前來迎接。
一夜明けて静子が登城の準備をしていると、安土城の留守居役を務める堀自らが迎えに来た。
雖因意外人物的到來而略顯慌張,但準備工作仍穩步完成,轉眼間靜子已在諸將列席之中向信長跪伏。
予期せぬ人物の到来にあたふたしている間にも着々と準備が整えられ、気が付けば諸将が居並ぶ中で信長に向かって平伏している静子がいた。
「朝廷任命你負責東國的惣無事,特此委任你為總奉行。因尚未開幕府,這為臨時職稱,將授為『東國管領』(後稱『東公方』),並將東國開發一切權限託付於你」
「朝廷より東国の惣無事を任されることとなった。ついては貴様にその総奉行を申し付ける。未だ幕府を開いておらぬがゆえ、仮の役職となるが『東国(とうごく)管領(かんれい)』(後に『東(あずま)公方(くぼう)』と呼ばれるようになる)に叙(じょ)し、東国開発に関する一切の権限を貴様に託す」
雖說在意料之中,但靜子對於被賦予如此誇張的職稱感到驚訝。
予想通りと言えば予想通りであったのだが、妙に大げさな役職がついてきた事に静子は驚いていた。
目前靜子所領有的職位有兩項,分別是『織田家相談役』以及朝廷授予的『芸事守護』。
現在静子が与えられている役職は『織田家相談役』及び朝廷からの『芸事守護』の二つである。
從那裡一躍成為統轄東國開發全權的地位,驚訝也不足為奇。
そこから一足飛びに東国開発に関する全権限を統括する立場になるのだから驚くのも無理はない。
「承知了,謹領命。」
「承知いたしました。謹んで拝命いたします」
到了這個時機已無法推辭,她以恭敬的態度接受。
この期(ご)に及んで受けないとは言えるはずもなく、恭(うやうや)しい態度で了承する。
「我今後將專注於平定西國,東國由你妥善調度安排。」
「わしはこれより西国の平定に注力するゆえ、東国については貴様が良いように差配せよ」
「是!」
「はっ!」
「不必奢求,要使東國富裕到雖不及尾張但可相抗的程度!」
「贅沢は言わぬ、尾張には及ばぬ程度まで東国を富ませるのじゃ!」
信長隨口的一句話,讓列席的諸將為之震動。
信長の何気ない一言に、居並ぶ諸将たちは身震いした。
這是個無理的要求,要踏入北條氏長期統治之地,將其開發到可與享有日本首屈一指發展之尾張相抗衡的地步。
長きに亘って北条氏が支配してきた土地に土足で乗り込み、日ノ本随一の発展を見せる尾張と張り合える程まで発展させよという無理難題だ。
過去鎌倉公方為將軍家親族世襲的重要職位,能夠相當於此的東公方,對非信長直系的靜子而言可說是重大提拔。
かつての鎌倉公方が将軍家の縁者が世襲した要職であり、それに匹敵する東公方は信長の直系ではない静子にとって大抜擢と言える。
雖可獲得龐大權力與統治領域,然而若失敗,便非以靜子一命可贖回的雙刃劍。
絶大な権力及び支配域を得られる反面、失敗すれば静子の命一つで贖(あがな)える問題では無くなる諸刃(もろは)の剣でもあった。
「承蒙過分期待,令我畏懼。雖非才,仍以畢生之力盡心盡力任職。」
「過分なご期待に身が竦(すく)む思いです。非才の身ながら全身全霊を以て務めさせていただきます」
在諸將對這驚天大任及其失敗後可能帶來的滅頂之災顫慄之際,靜子內心卻為能實現以往無法推行的各種開發而胸懷期待。
凄まじいまでの大役と、それが失敗に終わった際の破滅に諸将が恐れ戦(おのの)く中、静子は今まで出来なかった色々な開発が出来ると期待に胸を膨らませている。
信長暗自笑著這對比,隨即將朝廷送來的勅書交給靜子。
そんな対称的な様相を示す静子と諸将たちの対比を内心で笑いつつ、信長は朝廷から届けられた勅書を静子に渡した。
靜子立刻翻閱書狀,裡頭明確記載東國的定義,並清楚標示權限所及之範圍。
早速静子が書状に目を通すと、東国の定義がしっかりと記載されており、権限の及ぶ範囲が明確に示されている。
(果然避免了把上樣的居城近江(安土)歸類為東國的暴舉。我原以為會硬說因為在京的東邊就算,但看來並沒有那麼魯莽。)
(流石に上様の居城がある近江(安土)を東国に分類する暴挙は避けたか。京より東にあるからって強弁するかと思ったんだけれど、そこまで無謀では無かったみたいだね)
書狀中記載的東國構成如下。
書状に記された東国の構成は以下の通り。
北陸道方面除若狹國外,為越前國、加賀國、能登國、越中國、越後國、佐渡國,共計六國。
北陸道(ほくりくどう)からは若狭(わかさ)国を除く越前(えちぜん)国、加賀(かが)国、能登(のと)国、越中(えっちゅう)国、越後(えちご)国、佐渡(さど)国の計六ヶ国。
東山道方面除近江國外,為美濃國、飛驒國、信濃國、上野國、下野國、陸奧國、出羽國,共計七國。
東山道(とうさんどう)は近江(おうみ)国を除く美濃(みの)国、飛騨(ひだ)国、信濃(しなの)国、上野(こうずけ)国、下野(しもつけ)国、陸奥(むつ)国、出羽(でわ)国の計七ヶ国。
東海道方面除伊賀國、伊勢國、志摩國外,為尾張國、三河國、遠江國、駿河國、伊豆國、甲斐國、相模國、武蔵國、安房國、上總國、下總國、常陸國,共計十二國。
東海道(とうかいどう)は伊賀(いが)国、伊勢(いせ)国、志摩(しま)国を除く尾張(おわり)国、三河(みかわ)国、遠江(とおとうみ)国、駿河(するが)国、伊豆(いず)国、甲斐(かい)国、相模(さがみ)国、武蔵(むさし)国、安房(あわ)国、上総(かずさ)国、下総(しもうさ)国、常陸(ひたち)国の計十二ヶ国。
合計二十五國被定為東國範圍。將此勅書交予信長,意味著朝廷正式承認將東國二十五國的支配權讓與信長。
都合二十五ヶ国が東国の範囲として定められた。この勅書を信長に渡したという事は、朝廷が東国二十五ヶ国の支配権を信長に譲ったと公式に認めることとなる。
這是一項重要的決定,將在信長日後被任命為征夷大將軍、開設織田幕府時繼續沿用。
これは今後信長が征夷大将軍に任じられ、織田幕府を開く際にも継承される重要な決断であった。
(為了限制上樣的權勢,本想會把範圍訂得更小,結果看來只能把接近畿內的地區排除而已。)
(上様の権勢を制限すべく、もっと少なく定義するかと思ったけれど、畿内に近しい場所を外すので精いっぱいってところかな)
「既然姑且成為管領,宅邸也要依職位相稱地定製。以你在尾張的屋敷實在顯得不夠體面。別擔心,我會命人替你安排合適的地點。」
「仮にも管領となる以上、邸宅も役職に相応しいものを誂(あつら)えよ。貴様の尾張屋敷程度では流石に見劣りするゆえな。何、貴様が気を揉まぬようわしから都合をつけるよう命じておく」
「承蒙關照,感激不盡。」
「ご配慮痛み入ります」
看他在不待靜子回覆便接連安排,可知信長從一開始就無意聽取靜子的意見。
静子の返事を待たずに次々と話を進めるところを見るに、信長は最初から静子の意見を聞き入れるつもりが無かったと知れた。
憑信長以往的經驗,若交由靜子處理,必定會築起一套不拘格式、以實用為重的設施群。
信長は今までの経験から、静子に任せてしまえば格式を無視した実用性重視の施設群を作り上げるに決まっている。
此外,由於近畿與關東在地理上相距一段距離,打算將其打造為一座城塞都市,以便即便是在信長勢力無法伸及的土地上,也能妥善守護靜子。
また物理的に近畿と関東で距離があるため、信長の力が及ばない土地でもしっかりと静子を守れるよう城塞都市に仕上げるつもりであった。